日本経済

2019年2月21日

【小浜逸郎】「自由」は価値ではない

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

 

『表現者クライテリオン』2019年3月号の特集
「移民政策で日本はさらに衰退する」の座談会
(出席者 施光恒氏、黒宮一太氏、
柴山桂太氏、川端祐一郎氏)を読んで、触発されました。

「自由」という言葉について、
少しきちんと考えてみようと思ったのです。

ドイツが先頭に立ったEUの「移民受け入れ政策」が、
2015年に至ってどれほどヨーロッパ各地を
荒れ回ったかは、よくご存じのとおりです。

昨年出版・翻訳されたダグラス・マレーの
『西洋の自死』が、その惨状を
余すところなく描いています。

イタリアはサハラ以南の
アフリカ難民・移民たちであふれ、

それ以前に、地中海を渡ろうとする
多くの難民・移民が海の藻屑と消えました。

リビアのカダフィが暗殺された後、
民主的な国家建設は少しも根付かず、
かえって渡船ブローカーの暗躍する
無秩序が支配したのです。

フランスのパリでは
テロ防止の非常事態宣言が出され、
カレーの街にはドーバー海峡を渡ろうとする人々が
キャンプを作ってひしめきました。

ロンドンはいまや45%が移民を占め、
スウェーデンは世界第三位の
犯罪国家になってしまったそうです。

そしてドイツは、
ケルンで大晦日の日に
大規模な女性暴行事件が起きて、
500件を超す被害届が出されました。

オーストリアをはじめ、東欧諸国は、
もはや移民受け入れを拒む姿勢に出ており、
域内移動の自由を保障するEUのシェンゲン協定や、

難民が最初に入国した国が
難民を受け入れるダブリン規約は、
実質上機能していません。

イギリスは、
ブレグジットを強行せざるを得なくなり、

アメリカでは、
トランプ大統領がメキシコ国境の壁建設を強行しようと、
非常事態宣言を出して、国論を分裂させています。

欧米におけるヒトの移動の「自由」は、
理念の麗しさと現実とが乖離して、
ほとんど全く生かされなくなったと言えるでしょう。

言うまでもなく、日本は、愚かにも、
そういう現実を見ているはずなのに、

何週か遅れで今年の4月から、
何の準備態勢も整わないままに、
移民を大幅に増加しようとしています。

関税の壁を削減・撤廃する貿易の「自由」は、
ある産業に強い国にとってのみの「自由」であり、
それはそのまま弱い国にとっては「不自由」を意味します。

アメリカ抜きTPP11は一部発効、
日欧EPAはすでに発効しました。

日米FTA(Free Trade Agreement)は
昨年12月にアメリカのほうから目標ペーパーが出ています。

これから恐ろしい交渉になりそうです。

日本はこれまた愚かなことに、
自国の弱い産業について平気で関税障壁を下げています。

たとえば、
ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドなど、

酪農の強い国によって、
日本の酪農家は壊滅的打撃を受けるでしょう。

さらに愚かなことに、
テレビ・マスコミは、消費者ばかり連れてきて、
「これからおいしいチーズが
安く食べられるなんて嬉しいわ!」などとやっています。

こうして「自由」貿易が
北海道その他の酪農家を殺しているのです。

さて、欧米やわが国など
いわゆる「自由主義諸国」では、
「自由」という言葉は、何よりも守らなくてはならない
「価値」であるかのように信じられています。

言論の自由、職業選択の自由、
居住移転の自由、経済の自由、
学問の自由、宗教の自由エトセトラ。

しかし、
こうした固形化した言葉よりももっと前に、
自由という言葉が日常どのように使われるかを考えてみると、

それは、私たちの身体が、
いまある状態から別の状態に
「移ることができる」という意味であることがわかります。

たとえば、「ここは自由に散歩してよい」とか、
「今日はこれから自由な時間だ」というように。

つまり、自由というのはもともと、
「身体が運動できる」という状態の形容としてあったのです。

その場合、大事なことは、
一人の人間が何にも存在しない状態へ
移ることをあらわすのではなく、

必ず、ある制約条件から
別の制約条件への運動の感覚を
表すものにすぎなかったということです。

ある制約条件から解放されて
「自由になる」ということは、
別の制約条件を引き受けることでもあります。

何にもしないで
ぼーっと過ごすというのも、
ある制約条件に他なりません。

とても退屈してしまうかもしれないのですから。

つまり、自由とは、
そもそも単に運動を可能にするための
意思の発動手段であって、

けっしてそれ自体が目的でもなければ
価値なのでもありません。

それは、本来、
形容詞的、副詞的な使われ方をする言葉なのです。

ところがこれがいったん固形化して、
名詞として扱われるようになると、
だんだん事態が変わってきます。

プラトンは、2という数には2という「イデア」、
3という数には3という「イデア」がある、と考えました。

こんな考え方は、リンゴを二つ、三つと
数えている時は思い浮かびませんね。

ところが、「数」という概念が、
数えられていた「もの=リンゴ」から自立して成立すると、
こういう考えが浮かんでくるのです。

これと同じように、
「自由に(気楽に)」遊んでいた子ども、
「自由な(くつろいだ)」気分で手足を伸ばしていた人、

などから自立して、「自由」という概念が、
名詞として成立すると、

そういう「実体」が、
まるで遊ぶことや手足を伸ばすことから
まったく独立に存在するかのような気がしてくるのです。

これがプラトンの言う「イデア」です。
つまり「自由」とは、

言葉が固形化して出来上がった
「理念(観念、アイデア)」なのです。

一旦この固形化の方向が定まると、
それはどんどん人々の間で広がります。

そして、まるで、
「自由」という実体が確固としてあり、

しかもそれが、他の拘束された状態よりも
一段優れた神様であるかのような
「価値」として現れてくるのです。

つまり、「自由」というのは、
それが抽象的で、しかも実体であるかのような様相を示すので、
どこに当てはめても使えるという錯覚を呼び起こします。

実際、この言葉ほど便利な概念はないので、
先に挙げた言論、学問、職業、居住、宗教など、
近代の法では、至る所に使われ、

国民の言動をきわめて寛容に
受け入れているかのように見えます。

そもそも近代というのが、
「自由」というイデア=イデオロギーが
支配した時代なのです。

しかしこの「自由」イデオロギーが
かたくなに守っているただ一つの非寛容があります。

それは、「非寛容な信念や行動を許さない」という非寛容です。

でもそのことに、
「自由」イデオロギー信者たちは気づきませんでした。

誰もが、その生まれ育った土地の文化や伝統を背負っている。
そこから「自由」になることなどできません。

もし完全自由になったとしたら、
その人は、故郷と人間関係を亡くした裸の無名者です。

でもヨーロッパ人たちは、
自分たちが大きな文化や伝統を背負っていながら、
それから「自由」になれると錯覚したのです。

すべてのヨーロッパ人が、といっては、失礼ですね。
特に知識人や政治家と呼ばれるエリートの人たちです。

別に文化や伝統などと大きなものを持ち出さなくとも、
日々汗水流して働いている普通の人たちのことを
思い浮かべればすぐわかることですが、

彼らは、「何ものからも自由な自分」などを
実感するところから遠いところにいて、

ほとんどの時間を具体的な制約から
次の具体的な制約へと体を移しているだけです。

エリートたちは、普通の人に比べて、
相対的により広い、さまざまな対象に
気を移すことができるので、

そのため、普通の人よりは
あの抽象的な固形物としての
「自由」を実感しやすいだけなのです。

そうして、彼らはその「自由」を用いて失敗しました。

まさか自分たちが寛容であったために、
イスラム教徒のような非寛容な信念をもった人々や、
自分たちの文化にけっして溶け込まない人々が、
どっと押し寄せてくるとは!

気づいた時にはもう遅く、
自分たちの周囲にまだら模様を作って
異邦人たちが居を占め、

そしてけっして「自由な」対話など
成立させようとはしないようになっていました。

自分たちの土地の何分の一かを、
戦争よりは少しばかり静かに侵略しつつあることによって。

でもヨーロッパのエリートたちは、
まだその深刻な事態に
気づかないふりを決め込んでいるようです。

「多文化共生」という、
成り立ちようもない美辞麗句に
ひたすらかじりつくことによって。

何がこのインヴェージョンから自分たちを守るのか。

もちろん、まずは「自由」イデオロギーの呪縛から醒め、
その醒めた目をもって、国民国家という
枠組みの重要さにいったんは差し戻すことです。

東欧諸国がすでにそれを実行しているように。

「自由」は普遍的価値でも何でもありません。

このイデオロギーには、
何々を通して、何を実現させるのか、
という具体的な問いが欠けているのです。

以上、ヨーロッパについて述べてきたことは、
おせっかいではなく、もちろん、
日本自身への警告です。

まだ遅くない、まだ遅くないと言っているうちに、
移民国家・日本もたちまち手遅れになります。
その日は近いのです。

最後にまとめとして、
自由についての定式を3つ挙げておきましょう。

(1)自由は、状態を変える意思の発動手段であって、
目指すべき目的でもなければ価値でもない

(2)自由には、もともと自由を許さない
非寛容を受け入れるほどの寛容さはない。

(3)自由は、現実的な拘束や制約を通してしか
実現されないし、実感されない。

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【小浜逸郎】「自由」は価値ではないへの8件のコメント

  1. 赤城 より

    オーストリアとオーストラリアが逆になってますね。

    自由とか言う抽象語はお花畑頭と巨悪を行う情報戦の支配者にはもってこいのキャッチフレーズプロパガンダだったわけです。
    理性というただの道具に神を勝手に取り付かせて近代という時代を地獄に導いたことと重なります。
    中身の無いものを神と崇めると其処には正体不明の悪魔が神の顔をして宿ってしまう。巨悪こそがその強大な道具の力を利用しようと意図してしまうから。
    自由とはもともとある状態の程度を表すだけの言葉でしょう。
    そのある状態が何かというこそが最も重要であり、それを利用するものが好き勝手に悪意で神を宿らせることができてしまう。

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  2. 神奈川県skatou より

    >つまり、自由というのはもともと、
    >「身体が運動できる」という状態の形容としてあったのです。

    自由とは、形容詞である。

    まったく先生のご指摘のとおりだと自分も思います。しかも状態遷移ということも、納得できます。百歩譲って、それが常態の形容詞だとしたら、どう定義できましょうか。

    状態遷移の例が時間軸であるとして、常態としてならば、時間軸が内包されたものの、部分と部分の比較が、きっと、そう形容できるかもしれません。

    不自由な自分、それは過去から引き継いで、未来へ受け渡す、選びようもない運命。
    自由な自分、それは、その不自由を基盤にして、発揮されるべき、豊かさの追加。というところでしょうか。

    マルセル・ベアリュというフランスの詩人がいるそうで、その人の訳詞を日本人が合唱曲にしたものがあります。その歌詞に、自由は、と、繰り返し唱えられます。

     自由の文字は 変わりやすい形をもつ雲の上には 書かれない

    この曲は自分と浅からぬ縁で、よく思い出します。
    結びの言葉は、詩人らしい、理屈によらない答えへの到達、かなと思っております。

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  3. ぬこ より

    そのおマヌケな欧州の思想家の言葉を借りないといけない本邦のエリートもダメでしょうね。
    豚コレラ、インフルエンザ蔓延。
    親中陰謀論者はケムトレイルのせいにしてますが、どう考えてもインバウンド観光客のばらまいたもんでしょうね。
    それもこれも安倍の愚行を後押ししてきたのは日米合同委員会のケツを舐めるしか能の無い米国留学組の妙に多いエリート官僚ですよね。
    英国留学組も馬鹿が多い。何かにつけてバーク読まないと云々と説教垂れてくるけど、庶民にはそんな知的遊戯に耽る余裕も無い。
    もっと生活からくる生きた言葉はこいつら日本の知識層にはないのか?
    一部欧米投資家にだけうけの良いことを言って、地に足を付けてはいつくばってる普通の国民を見下した所があるのが、日本のエリート。
    本当に保守だろうが左翼だろうが、そうした手合いには吐き気がしますね。新党にもまたそうした手合いが無自覚の工作員よろしく入り込むんでしょうね。欧米は狡猾だから、何重にもトラップ用意してますよね。

    小浜先生はそうした盲目の赤シャツ組とは一味も違いますが。

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  4. たかゆき より

    『自由からの逃走』

    現代は 多文化共生という 「逆ナチズム」が

    欧州を席巻している。。。

    自由の意味を履き違えると どうなるか

    エーリヒ・フロムが 提示済み

    そして 歴史は 繰り返す ♪

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