日本経済

2018年11月15日

【小浜逸郎】先生は「働き方改革」の視野の外

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

昨年の5月11日、当メルマガに、「『教育、教育』と騒ぐなら金を使え」と題して、概略次のような主旨の文章を投稿しました。
https://38news.jp/politics/10433
日本の小、中学校の先生の労働時間は世界でも突出して長く、小学校教諭の33%、中学校教諭の57%が残業時間80時間/月を超えており、「過労死ライン」を上回っている。
ところが、こうした実態に対する無理解がはびこっている。その理由は、第一に、教師の給与がそこそこ高く安定していて夏休みもあり、そんなにきついはずがないという誤った先入観があること、第二に、「教師=聖職者」観がいまだに残っていて、それが教師に対する期待過剰を生んでいること。
この悪しき文化伝統のため、教師は本来の職務以外の多くのことを背負わせられている。だからまず必要なのは、一人の教師の職分と管轄範囲をはっきりさせて、その認識を関係者ができるだけ共有することである。
ちなみに教員志望者は年々減少の一途をたどっており、教員志望者の中でも、こんなに忙しい日本の教員にはなりたくないと思う人が6割を超えている。
ところで教師の忙しさには、この困った文化伝統の問題もあるが、それがなくなったとしても過重労働はさほど減らないだろう。なぜなら、国が教育に金をかけていないからである。
日本の公教育支出は、OECD諸国の中で、6年連続で最低である。まずはこの貧困な教育投資の実態から脱却すべきで、その投資の矛先は、もちろん人材投資である。教師の数を増やすだけではなく、教師本来の仕事ではない部分を担える人材を雇用して、先生が余裕をもって本業に専念できるような環境を整備するのでなくてはならない云々。

上記の数字をさらに上回る、「中学校教員の8割が残業100時間」という調査結果もあります。
https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20170428-00070371/

さて安倍政権は「働き方改革」の美名のもとに、財界の意向をそのまま受けて「残業代ゼロ」を推進しようとしていますが、小中学校教師の世界では、もう半世紀近くも前から「残業代ゼロ」が続いているのです。
1971年に制定された給特法(正式には「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)という悪法があって、公立学校の教員には時間外勤務手当や休日勤務手当を支給しない代わりに、給料月額の4パーセントに相当する教職調整額を支給するというのです。
たとえば月給25万円ならば、1万円上積みされるだけで、休日も返上で月何十時間残業しようと、手当はまったく出ません。
加えて、公立小中学校教師には、採点や成績つけなど、家に持ち帰り深夜までかかって処理しなくてはならない勤務時間外の仕事が山ほどあります。これらの仕事は、いわゆる現場での「残業」とすら見なされないのです。
試みにネットで、「残業の多い職種」というキーワードで検索してみてください。公立小中学校教師などという職業はけっして出てきません。
それもそのはず、公立小中学校教師は、「残業」はしていないことになっているのですから。
つまり残業規制をしようとしている「働き方改革」には、小中学校教師は初めから視野の外に置かれているのです。
このため、すでに触れたように、教員志望者は年々減っています。

ことに小学校教員採用試験の倍率は、4倍を切っていますね。
倍率が低下すれば、当然、教員の質も落ちます。
この事実を差し置いて、日本の教育はどうあるべきかといった理念の空中戦を演じることには、意味がありません。

小中学校教師はなぜそんなに忙しいのか。
まず、部活の顧問として土日・夏休み返上で駆り出されます。
年間いくつもある学校行事の指導があります。
膨大な書類の書き込みや整理に取り組まなければなりません。
たいして意味のない研修会への参加強制に追われます。
その他、問題生徒の管理監督やいじめ防止への配慮、親のクレームへの対応などなど、とにかく息つく暇もありません。
つまり、教師のきつさとは、授業をこなすという本来の職務ではない仕事で埋め尽くされることからくるストレスなのです。
いわば多種の肉体労働と神経労働がどっと重なってきて、それを毎日捌かなくてはならないところに、このストレスの原因があります。

文科省はこの事実を知らないわけではありません。
ところが、机上の空論でごまかすのは官僚の常、次のようなふざけた対策を披露しています。
https://wezz-y.com/archives/60598/2

業務が多い時期の勤務時間を最長10時間に延長する一方、夏休みなど業務が少なくなる時期には勤務時間を短くする「変形労働時間制」を導入する。小学校教諭、中学校教諭ともに8月の夏季休業期は残業時間が短く、繁閑はっきりしているから、1年間を通じて平均すれば1日あたり8時間労働となるよう調整する。

まず、勤務時間を最長10時間にするというのが、実情に合っていません。
月の実質残業時間が100時間を超えるなら、月25日間勤務として、一日の残業時間が4時間になりますから、それだけでも8時間+4時間で、12時間になります。
もちろん、先に述べたように、これに加えて、休日返上もあれば、家庭での深夜作業もあるわけです。
次に、夏休みの勤務時間を減らして、学期の勤務時間との間で平均をとるという考え方が、ただの数字操作であって、ナンセンスそのものです。
なぜなら、平常時の勤務時間こそが殺人的な労働を強いているのですから、その部分を何とかしなければ、過労死の危険を免れることなどできっこないからです。
ここには、いったいどうやって勤務時間を10時間に抑えるのかその具体策が何もありません。

こういう珍奇なアイデアで現実を糊塗しようとする中央官僚の頭は勤務の現場とはどういうものかという想像力をすっかり喪失しているのです。
まずは日常の勤務実態の改善こそが喫緊の課題なのに、文科省はその課題から逃げているのです。
それもこれも、教師にゆとりある環境を与えるため教育行政にたっぷり投資するという積極財政の発想がまるでないからです。
こんなところにも、緊縮財政の弊害が大きな悪影響を与えています。

【小浜逸郎からのお知らせ】
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一度、以下のURLにアクセスしてみてください。
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●『別冊クライテリオン 消費増税を凍結せよ』(11月14日発売)
「消費増税の是非を問う世論調査を実行せよ」
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo

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【小浜逸郎】先生は「働き方改革」の視野の外への6件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    >たいして意味のない研修会への参加強制に追われます。

    思わず笑いました。自分のよく知る教師(妻)の苦情を聴いていると、この手の事実は、本当にあきれるばかりですね。

    >文科省はこの事実を知らないわけではありません。
    >ところが、机上の空論でごまかすのは官僚の常、次のようなふざけた対策を披露しています。
    >(引用先)
    >>夏休みなど業務が少なくなる時期には勤務時間を短くする
    >>「変形労働時間制」を導入する方針が

    まずダウト、でしょうね。。
    業務の多い時期に積み残した仕事をするのが、上記の期間でしょう。これに短時間勤務を導入するのは、仕事ができなくなることが慢性化する、あるいは教育の質をあきらめる、という方向性しかないでしょう。あるいは
    「こどもがかわいそう」
    に負けて、サービス残業するという、最低の結果をもたらす未来しか見えません(そうさせたい?)。

    予想される反論として、時間がかかるのは教師の質が悪いからで、教師に研修させるからサービス残業も積み残しもありえない、とかでしょうか。

    教育もデフレ思考であり、そんなに大変な現場ならば、普通は要員を増やす、あるいは生産性を上げるため、今のチンケな校務システム、そりゃ予算がないからセーブデータがちょっとしたミスで全部消えてしまうぐらい(横浜市教育委員会)マヌケなものを改善する、という発想があるべきなのに、出てこない。

    結局先生も時間を減らせ、人件費を減らせ、という話なので、財務省の消費罰則で財政再建と同程度に狂った話です。彼ら高級官僚が頭わるいのは勉強が形だけだからでしょう。
    (ゼークト、ハマーシュタイン理論を思い出してしまいます)

    >まず、勤務時間を最長10時間にするというのが、
    >実情に合っていません。

    今日のお話は痛快すぎて困ります!
    自分のよく知る教師の生活は、朝8時前に、つまり児童が登校する前に出勤、だから朝7時前に家を出発します。
    一日6時間の授業を終えて、そのあと授業の準備、学校の事務、研修会は他校開催のことが多いのでその場合は移動、しかも移動といっても小学校は電車の駅から遠いことが多く、バス便も不便で、研修会参加は数時間かかる場合もあります。
    直帰できればよいが、校内のトラブル、先生のトラブル、モンペ対応、地域対応、そして成績。これも普段のテストの集計でなく、小学校ならば「文章」で、生徒一人ひとり40人分ちかくの個別作文を書いて、またその作成作業も不得手な教師の分もサポート。
    そんなことをやっていると毎日仕事が終わるのが夜9時前後になる。つまり家に帰ってくるのは平均で10時ということになります。
    朝7時前に出て、夜10時まで帰ってこない。
    これが小学校(横浜市)の教師の毎日です。
    (嘘だと思う方は、近隣の小学校の職員室の電灯がいつまで点いているか、平均値を測ると分かりますよ)
    (こんなこと書くと、暗幕で光が漏れないように、という通達が委員会から来るでしょうか。)

    >ここには、いったいどうやって勤務時間を10時間に抑えるのか、
    >その具体策が何もありません。

    人を増やせばいい、というもっとも単純かつ基本的対策を文科省は絶対にしたくないという強い意志を感じてしまいますね。
    世の中人手不足だそうですが、将来にわたり、もっとも人間がすべき、機械でない、仕事のひとつは、教師であるべきだと思います。
    人を育てるのは人。機械ができるかもしれないが、それは人であってほしい、あるべき、そういう思想です。
    人手不足だから他の産業のため教師補充を辞めるとかまるで未来を考えたこともないのではないでしょうか。

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      1. Komiyet より

        本文より、skatouさんの話の方が面白いです。外野の話より、当事者の話の方が面白いのは当たり前なのかもしれませんね。

        こどもは教師にたくさんのものを求めます。それは家庭でやれよ!ってものまで教師に保護者が押し付けます。

        テレビの影響でしょうな。

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        1. 神奈川県skatou より

          >本文より、skatouさんの話の方が面白いです。外野の話より、当事者の話の方が面白いのは当たり前なのかもしれませんね。

          ありがとうございます。
          自分もネット情報で当事者の話を重視してます。
          小浜先生の記事は、文章の中身から察するに、かなりの現場の話を知ったうえで書かれていると思いますので、自分よりもっとご存知なことがあると思いますよ。
          (自分があと知っているのは、ブラック組織のリアルですかね・・)

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  2. たかゆき より

    先生

    教職も医療職も似たようなものかと、、

    モンペと称される

    monster parents monster patients

    怪物に脅かされる 境遇も 一緒

    まともな神経があれば 辞めますね。。。

    というわけで まずは

    議員のセンセイがたから 優秀な

    immigrantに 交代していただければ

    すこしは マシになるの かな ♪

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  3. 日本晴れ より

    少子化なのにむしろ先生のやる事は増えてる
    先生が忙しくなってるというのが謎ですね

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  4. かなえちゃん より

    この本文には日教組の動員のお話が欠落していますよ。
    自分たちの組合活動も自分たちの首を絞めているんですが

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