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2018年12月21日

【施 光恒】物語の危機―国語教育「改革」にうんざり

 

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学おっはようございまーす(^_^)/

今月の『月刊 文藝春秋』(2019年1月号)に、作家の阿刀田高氏が「高校国語から文学の灯が消える」という論説を寄稿しています。

文科省が今年三月に発表した新学習指導要領によると、高等学校の国語科が大きく変えられ、文学(小説)があまり扱われなくなります。阿刀田氏は、それに大きな懸念を寄せています。新学習指導要領に沿った授業は2022年から始まります。

新学習指導要領では、現在、主に一年生が学んでいる「国語総合」が、「現代の国語」と「言語文化」の二つの必修科目に分かれます。「現代の国語」では、「現代の社会生活に必要とされる論理的な文章及び実用的な文章」を扱います。文学・小説はこちらには含まれません。

もう一つの「言語文化」のほうで、古典から近現代までの小説や詩歌をまとめて扱うことになります。阿刀田氏は、「一年次での小説を扱う時間が半分程度に減ることになります」と懸念します。

また、いままで2年生以降で主に学んでいた「現代文」は、「論理国語」と「文学国語」の二つに分けられます。これらに加えて古文や漢文を学ぶ「古典」が「古典探究」という名称になります。

高校2年生以降では、一般的には、「論理国語」「文学国語」「古典探究」、および「国語表現」(これも実用的な題材中心)の四科目のうち、二科目を選択して履修することになります。

現在の大学センター試験に変わる「大学入学共通テスト」の国語では、主に「論理国語」が扱う実用的な文章を素材として問題が出題されるようです。また、古文や漢文も入試では扱われます。そのため、「文学国語」は、選択されない学校が非常に多くなるでしょう。

結局、高校の国語科での文学や小説は、新学習指導要領によると大幅に減らされたあげく、高校一年生までしか学ばない子供たちが普通になりそうなのです。

阿刀田氏も触れていますが、「論理国語」で扱う素材は、契約書や法律の条文、統計資料、電子メールなど、非常に実用的・実務的な文章になりそうです。実際、過去に2回行われた「大学入試共通テスト」の試行版では、一回目はある高校の部活動に関する生徒会規約の文章、二回目は著作権法の条文が主な題材でした。

各高校(特に進学校)は、大学入試を意識するでしょうから、国語の時間にこういった法律の条文や規約、契約書などを扱うことが増えるでしょう。

非常に実用的・実務的な文章を高校の国語の時間に扱い、文学は軽視されるようになります。

これでいいのでしょうか。

ここにも、新自由主義やグローバル化の影響力が見て取れます。ビジネスの力が大きくなりすぎています。

阿刀田氏も、今回の国語科の教育内容の「改革」は、実利的、実用的なものを重視する流れ、つまりビジネス偏重の流れから来ていると指摘しています。

また、今回の「改革」にはPISA(OECD生徒の学習到達度調査)の結果も関わっています。以前のPISAの調査で、日本の生徒は実用文読解の記述式の正答率が低かったので、それを引き上げることを念頭に置いているようです。

文芸評論家の伊藤氏貴氏も、今回の国語科「改革」が露骨なPISA対策であると指摘しています。そして、「そもそもPISAで得点の高い国が、学校でそのための対策をしているなど聞いたことがない」と呆れつつ、批判しています(『月刊 文藝春秋』2018年11月号)。

伊藤氏も、「中島敦『山月記』や漱石『こころ』のような、日本人なら誰でも読んだことがある文学作品が、契約書やグラフの読み取りに取って代わられる」と、今回の「改革」を危惧しています。

私も、阿刀田氏や伊藤氏の懸念を共有します。現在は、教育全般がそうですが、高校の国語科も、新自由主義やそれに基づくグローバル化路線の影響を受け、ビジネス偏重、「グローバル化対応」偏重の近視眼的な考え方にどんどん侵食されて行っているようです。

文学や物語、小説は大切です。それらの価値は様々な角度から述べることができます。阿刀田氏も、文学に親しむ大切さを何点か指摘しています。

私も、ごく一面だけですが、物語(文学、小説)の意義について、臨床心理学者の河合隼雄氏を参考に述べてみたいと思います。

河合氏は、晩年、心理カウンセリングにおける物語の役割に注目していました。

河合氏によれば、人間は誰しも、「自分とは何者であるか」ということを、つまり自分のアイデンティティを一種の物語形式で理解しています。自分を主人公とする大河ドラマのようなものです。進学、就職、結婚、転職など、人生の大きな節目において何らかの選択が求められたときは、自分を主人公とする物語がよりよきかたちに展開できる道筋を選んでいこうとします。

過去を振り返り、自分はどのような「自分の物語」を紡いできたか、そして、現在、どのような選択をすれば、将来、自分の人生をよりよき物語として描き出していけるだろうか。そのように考えるわけです。

河合氏は次のように記しています。

「人間は自分の経験したことを、自分のものにする、あるいは自分の心に収めるには、その経験を自分の世界観や人生観のなかにうまく組み込む必要がある。その作業はすなわち、その経験を自分に納得のゆく物語にすること、そこに筋道を見出すことになる。筋(プロット)があることが、物語の特徴である」(河合隼雄『物語を生きる――今は昔、昔は今』(河合俊雄編〈物語と日本人の心〉コレクションⅡ)、岩波書店、2016年、3頁)。

そのうえで河合氏は、心理カウンセラーの役割とは、クライエント(来談者)が自分にふさわしい物語を作り上げていくのを援助する仕事だと述べます。

河合氏は、ノイローゼの症状に悩んでいる人を例に挙げながら説明します。ノイローゼの症状に悩んでいる人にとって、その症状とは自分の物語に組み込めないものとなっています。

例えば不安神経症の人は、その不安が、なぜ、どこから来るのかわからないゆえに悩んでいます。その不安を自分の物語のなかに入れて、納得がいくように語ることができません。

それを可能にするためには、いろいろなことを調べねばなりません。自分の過去や現在の状況、これまで意識することのなかった心の働きなどです。それらを調べているうちに、新しい発見があり、新しい観点が獲得されます。そのうえで、全体をなるほどと見渡すことができ、自分の人生を「物語る」ことが可能になっていきます。

河合氏はこのように述べて、カウンセラーの仕事とは、自分の物語がうまく紡ぎだせなくなった人を援助し、伴走しつつ新しい、よりよき自分の物語づくりを援助することだと言うのです。

河合氏の議論を参考にすると、物語の大切さがよくわかります。

少し前から、教育の世界では、「生きる力」ということが強調されるようになっています。子供たちに「生きる力」を身に付けさせることが大切だというのです。

お題目は美しいですが、実際のところ、「生きる力」は矮小化され、「稼ぐ力」として解釈されているようです。阿刀田高氏も、結局、現在の「生きる力」とは、「良い就職をして、良い給与をとれる会社に入るための、効率的で便利な能力」に陥っていないかと指摘しています。

しかし、もっときちんと考えれば、「生きる力」を育成するには、物語を学ぶことは欠かせないはずです。

「生きる力」とは、自分の物語をよりよくつむぎだしていく力にほかならないからです。

河合氏は、子どもの時から数多くの物語に触れることの大切さを指摘しています。いろいろな物語やその展開のされ方に親しんでいれば、自分の過去を解釈するときでも、他者を知ろうするときでも、あるいは自分の将来について悩みつつ道を切り開いていこうとするときでも、より豊かな理解を得ることができるからです。

よい物語を数多く心に収めておく。そのほうが、人生が豊かになる可能性が高いのです。

河合氏は次のようにも言います。

「私は、『物語』ということをとても大事にしています。来られた人が自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような『場』を提供している、という気持ちがものすごく強いです」(小川洋子氏との対談で。小川洋子、河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫、2011年)。

河合氏のこの言葉はカウンセラーとしての言葉ですが、「自分の物語を生きているような『場』を提供する」ことは、カウンセリングだけでなく、教育一般にも当てはまるでしょう。

現代の日本でも多くの親が子供に昔話や絵本を読み聞かせするように、どの時代のどの国の親も、自分の幼い子供には、なんらかの物語を語り聞かせてきました。

そして子どもは物語が好きです。子どもが人生に乗り出していくには、自分の物語を紡ぎだす能力の育成が必要なのです。

これは幼い子どもだけに限られません。絵本のように割と単純で面白いものから、人生で直面する複雑な状況や深刻な問題を描き出す文学作品に至るまで、子どもの発達の段階に応じて様々な物語が求められます。

自我を形成する多感な時期である高校時代に読んでもらいたい文学作品というのは、多数あるはずです。

もちろん、学校の「国語」の時間など、ごくごく限られた短いものですし、本好きの子は、放っておいてもどんどん自分の好きな物語を見つけて読んでいくでしょう。

ですが、そのときどきの子供の年齢に応じて、その社会における代表的な物語(文学作品)に触れる機会を大人が用意する。子どもが様々な本を自分で読み、物語を紡ぎだす能力をより育んでいくきっかけとなる場を提供する。それが教育のささやかながら重要な役割ではないかと思います。

現在の日本は、そういう当たり前の教育の役割も、ビジネスの論理優先で軽視されても構わないと考えるようになってきているようです。

文学作品には親しまず、契約書や法律の条文みたいなものを数多く読む「国語」の授業で育った大人は、自分や他者をどのように理解し、人生の物語を描き出していくのでしょうか。豊かな物語が紡げるのでしょうか。

考えると少々うすら寒くなります。
(>_<)

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【施 光恒】物語の危機―国語教育「改革」にうんざりへの3件のコメント

  1. たかゆき より

    学校 とは、、

    軍人養成機関(明治 大正 昭和)

    丁稚養成機関(平成)

    ちなみに 小生

    幼稚園 小学校 :泣きたくなるくらい 嫌

    中学校 :グレたくなるくらい 嫌

    高校  :死にたくなるくらい 嫌

    大学 大学院 :極楽

    いずれ丁稚衣装で 奉公先を探しあるく 大学生には

    丁稚教育が無難 なのでは??

    軍人さんやら サラリーマンやら 宮仕えやら

    他人様にアゴで こき使われるのは 大嫌い

    で ございますので、、

    万国の労働者諸君 

    お仕事 お疲れさまです ♪

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  2. 神奈川県skatou より

    デフレ20年の冷風のせいで、そろそろ自分の首筋が寒い昨今です。

    施先生のおっしゃる「ビジネス偏重」、おそらくものさしをカネで測って選択するという意味だと思います。でも、自分の信じる本当のビジネスは、カネの最大化でなく、新しい価値の実現こそ、本質だと思ってます。

    本当に事業とはなにか分かっている人ならば、どれだけ夢を描けるか。それは挫折の連続ですが、それでも夢を、つまりは素晴らしいまだない物語を繰り返し創作できるか、その粘り強さこそ求められるはずなのです。
    ロジックなんて、過去(認識済み)を説明する道具なのですから、企画、新規事業というチャレンジの世界では、字でなく絵でようやく伝わる程度で良いのです。

    そもそも企業の目的とはカネの最大化でなく、価値の実現です。

    管理、管理、管理。

    それを20年のデフレで忘れた哀れな現代ビジネスマンは、すでに形のあるものの奪い合い、レントシーキングに終始し、あるいは廉売、コストカット、リスクカットに血道を上げるしかできなくなってしまったのです。

    そんな哀れな連中に都合のいい兵隊を作るために、日本の物語豊かな教育を改造するならば、己の本分さえ弁えないということで、幼稚であると言わざるを得ませんですね。

    新しい価値を創る。自分の物語を創る。

    このマインドを徹底的に潰すのは、デフレ脳です。そのデフレ脳とは、デフレな日本ほど旺盛ですが、ひとたびインフレ時代になれば一笑に付されるほど薄っぺらいものです。

    来年は政権の沽券かなにかのために、消費罰則(GDP罰則)を強めることになるそうで、もうそうなってしまえば、ビジネスとはなにか、日本人だれもが知らない世界になってしまいそうで、自分はそれが怖いです。

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  3. 日本晴れ より

    施先生の言われる通り、教育が何でもかんでもビジネスの手段化してるのがうんざりです。お金儲けの為のビジネスの為の教育なんて
    本当に教育かと?思います。

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