日本経済

2018年10月18日

【小浜逸郎】消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

消費税を負担するのがモノやサービスを買う人なので、増税で直接ダメージを受けるのは消費者であると思いがちですが、もちろんそれだけではありません。納税者である企業経営者(特に中小企業)も大きな打撃を受けます。
経営者の数が相対的に少ないためか、そのことに私たちは、なかなか気づきにくいのです。

筆者は、藤井聡氏が編集長を務められる雑誌『クライテリオン』の臨時増刊「消費増税を凍結せよ」(11月28日発売予定)に、「消費増税の是非を問う世論調査を実行せよ」という文章を寄稿しました。これを、フェイスブック上でお知らせしたところ、ある中小企業経営者の方(Aさんとしておきます)から、現場感覚にあふれたたいへん的確なコメントを
いただきました。私自身、たいへん勉強になりました。それを筆者なりに補足しながらまとめると、次のよ
うになります。

(1)政府はこれまで増税分を社会保障に充てるというウソを繰り返してきたが(現実には8割を国債の償還に充てている)、そもそもこの発想自体が、社会保険料の会社負担を減らしたいという、大企業の意向を反映させたものである。なぜなら、本来、社会保険料の財源は「本人+会社」が負担すべきものだからである。その企業が担うべき責任を「税」という形で国民に転嫁しようとする意図が、消費増税には働いている。

(2)大企業(グローバル企業)は、消費税負担の削減にとどまらず、次のような実質負担解消のシステムを構築している。
A.下請けに価格決定権を持たせない。つまり下請け企業が、きつい労働に耐えている現場労働者に、それに見合う給料を払うために価格を上げようとしても、それを認めない。
B.国際競争力維持の名目で、輸出時に税率ゼロの特例措置を受けることで、還付金を捻出する。
C.現場労働者を外国人化(移民拡大!)したり派遣労働を拡大することで、下請けからの値上げ圧力を回避する
D.人件費にかかる消費税分を控除できるようにするために、労働力をなるべく外注化する(つまり下請けに背負わせる)。

Aさんは、このように分析した後、自分が起業してから3年目に消費税の納税が大きな壁として立ちはだかったと自身の経験を語り、次のように述べます。有望な会社が急に売り上げを伸ばすと、資金繰りが安定しない中で巨額の納税を強いられるの
で、消費税は企業家つぶしの税制でもある、と。さらにAさんは、大企業が画期的な製品づくりができなくなったのも、かつては得られた下請けからの提案や協力が得られなくなったことが大きな要因の一つだと分析しています。昔は大企業と下請け企業との結びつきが強く、すそ野も広かったわけですね。そこには親会社―子会社という見えない紐帯があったために、両者の有機的な連携が可能でした。
ところが、デフレ不況に加えて、新自由主義イデオロギー(自己責任論、成果主義、規制緩和)が襲いかかったために、産業界の中間層が上層部と分断されて脱落しました。
そのため、大から小まで、企業は個別バラバラに自己の利益を捻出せざるを得なくなったわけです。

Aさんは、次のように語ります。

《消費税制度の30年の歴史の中で、大企業も、廃れていく中小企業を見ながら、更に自社の利益を確保するためにはこの道を、つまり消費税率のアップをはかることしか道が無くなってきたように思います。》

また、次のようにも語っています。(ごく一部改変と補足)

《財政拡大には、私も異論を唱えるつもりは全くありませんし、今はその道が最短かつ有効な手立てになることを確信してはいますが、消費税制度というハンデを背負ったままでは、実体経済の本来あるべき構造改革(中略)とはますますかけ離れていきます(中略)から、財政拡大が実を上げるためには、段階的かつ中長期(中略)の消費税率削減は必須だと考えています。そしてそれこそが大企業の本来あるべき収益構造の復活にもつながる道だと確信しています。》

こうして、消費増税要求だけでなく、消費税制度そのものが、社会保険料の企業負担削減、移民問題、非正規労働者増加、下請けへの大企業の不当な圧力、新自由主義イデオロギーにもとづく企業の個別分断化などと、すべて連動していることがわかります。それは、すべて、大企業の利益最大化のためのシステム作りに貢献するという仕組みになっているわけです。しかもAさんの最後の言葉に現れているように、この利益最大化の方法さえ、笑いの止まらない独り勝ちといったイメージのものではなく、むしろ苦し紛れの自己保身によるものです。
その根底には、株主の圧力に不本意にも屈している資本家の姿があります。別に彼らに同情はしませんが、ここにグローバル金融資本主義が極限まで進んだ、不健全で歪んだ構造が見て取れることは確かです。

つい先日、安倍首相が10%への増税の意向を固めたことが報じられました。
グローバル金融資本主義に奉仕することしか知らない安倍政権のこうした体質を見抜く政党、政治家が存在しないことを思うと、さらに暗澹とした気分になります。
しかし、増税が決定したわけではありません。まだ闘いの余地は残されています。

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●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
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【小浜逸郎】消費税制度そのものが金融資本主義の歪んだ姿への16件のコメント

  1. ぬこ より

    まさに、本質を突いたご指摘どす。
    下請イジメと輸出大企業への実質還付金。

    喜ぶのは、ウォール街とシティとスイスとバチカンという、いつもの構図。

    左翼人達はこれらの悪事を昔から指摘しております。
    実態経済と金融経済の違いを批判していた天野統康氏の言説が面白いどす。
    YouTubeでバクロスTVに出ています。

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  2. 神奈川県skatou より

    企業経営者の話は、目から鱗でした。
    彼の声を政治に代弁する人は今までどこにもいなかったのでしょうか?
    日本の政治はいったい・・・

    (昨今教師のブラック問題がクローズアップされていますが、つまりはどれだけ日教組が労組として無能で宗教化しているか、政治イデオロギー活動への教師動員で現場をさらに疲弊させている、の証左であり、ほかの組織も同様ということでしょうか)
    。。。

    >新自由主義イデオロギー(自己責任論、成果主義、規制緩和)が
    >襲いかかったために、産業界の中間層が上層部と分断されて
    >脱落しました。

    先生のたった1文でとても分かりやすくなりました。

    たとえばスパコンみたいな戦略的技術に取り組む会社のいち部門が「独立採算制」(=自己責任論・成果主義)を言い渡されて、もう次の次の京は辞めよう(そりゃスパコンがバンバン売れて開発費以上の利益なんて出るはずもない、インテルもそんなことはできず、パソコンチップで設けているカネで回している)のように、日本の戦略的技術へのチャレンジがまったく出来なくなり、企業の研究部門が「もうけを考えて研究企画をたてる」という時代になってしまった(=とうぜん学者のビジネス企画なぞ失敗する)
    つまり今の日本は戦前・戦中派の経営者が辣腕ふるっていた過去の時代の技術投資でまだ生きているだけで、今の新自由主義イデオロギーに支配された経営者、経団連により、近未来の日本は目を疑うほどの没落が待っている、という、まったく明るさの見いだせない未来しかみえませんです。

    この恐ろしいイデオロギーを覆滅するまでの維持防衛策として、増税阻止はとても差し迫った問題のように思われます。

    昨日今日の小浜先生、藤井先生のお話がご本尊だとすると、そのままでも分かる人にはわかるでしょうから、広めるためには手段を増やす必要がありそうです。

    物語形式にして文字が増えても呼んでくれる層向けの資料、
    絵や図表だとすんなり入る人向けのパワーポイント的資料、
    動画じゃないとだめ、ガンダムに例えないとダメな人向け資料、
    一文じゃないと寝てしまう人向けの資料、

    などなどバリエーションを作って、それに向いたメディア、テレビ、ラジオ、新聞、週刊誌、雑誌、吊広告、ポスター、ビラ、アドバルーン、街宣車?などで攻勢をかければ、案外と防衛できるかもしれないですね。

    そういえば財務省は部下が上司を評価する制度を導入するとか。

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  3. 日本晴れ より

    小浜さんの指摘には正に本質付いた指摘だと思いました
    何故経団連とか商工会議所の財界とかが消費税増税を即すのか
    結局の所社会保障費の人件費負担を減らしたい、増税分の価額上昇を移民受け入れという人件費抑制でカバーしたい、消費税は上がるが法人税や関税は下がるので国内の消費が鈍っても企業利益に影響しない。結局の所大企業の自分勝手な目的で日本国民には増税されてるって安倍総理や日本国民は気付くべきでしょう。
    安倍総理には財界が増税要求してるのは決して財政破綻するからではないと気付いてほしいです。

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  4. たかゆき より

    ヤクと一緒

    消費税 一度打ったら 一生モン

    ヤクの売人 政治家  役人 

    そして 依存症の大企業幹部には

    しかるべき 更生施設あるいは矯正施設に

    入所していただくべき かと、、、

    いずれ10%の濃度では 効かなくなるでせう、、

    人間止めますか それとも 消費税止めますか。。。

    てか もう 人で なし か

    地獄に 堕ちろ ♪

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  5. komiyet より

    おもしろい話ですね。

    大企業の社長も元々サラリーマンですから、保身を最優先にしますよね。

    保身保身で社長までなった人が、自分を犠牲にして挑戦するなんてことは出来ません。

    自分の為に生きる教育をずっとしてきた末路のような気がします。

    目的の為に生きず、生きることが目的になっている人ばかりです。

    精神が日本人の最強の武器なのに、

    保身では、持っている金の量で決着がついてしまう。

    保身に精神は不要。金だけが必要。

    国のために消費税を反対しているようで、

    みんな保身の為に消費税を反対しているように見える。

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