日本経済

2017年10月14日

【青木泰樹】国債発行は将来世代の負担ではない

From 青木泰樹@京都大学レジリエンス実践ユニット・特任教授

経済政策を評価するための1丁目1番地は、財政に関する正確な認識です。
それなくして先に進むことはできません。
財政とは政府の経済活動のことですから、財政の役割を考えることは、政府の経済活動の役割を考えるのと同じです。

それゆえ「政府は何のために経済活動を行なっているのか」という視点を欠き、単に財政の収支尻だけ捉えて一喜一憂しても意味はありません。
赤字だから悪い、黒字だから良いといった短絡的な問題ではないのです。
個人の家計と政府の財政は性格が全く異なるために、両者を同一視してはなりません。

「政府の経済活動の目的から財政を考える」のが王道ですが、残念なことに、
現在一般に普及しているのは「財政の収支尻から政府の経済活動を制約する」という真逆の考え方です。
そうした状況をもたらしたのが、主流派経済学者の言説に同調する財務官僚、および彼らに追従するマスコミ人、政財界人であることに疑いはありません。
PB目標に代表される財政均衡主義が、20年以上も日本経済を蝕んできました。

名目GDPの推移を見てもそれは明らかでしょう。
今、まさに正確な財政観が必要な所以です。

以前、私は「財政均衡主義の正体」というテーマで寄稿しました。
https://38news.jp/economy/10315
財政均衡主義とは、「経済モデルの予算制約式に従って財政を運営すべし。
すなわち現在から将来にわたって得られる税収(Tp)と現在から将来にわたる政府支出(Gp)を一致させねばならない」
という固定観念にすぎないという話をしました。
本日は、それを踏まえて「国債発行は将来世代の負担ではない」ことを説明します。

先ず問題の所在から。
著名な財政学者の言説は言うに及ばず、
財務省HPにも「公債金(建設国債を含めた国債発行額)は将来世代の負担」と記されています。
それを鵜呑みにしたマスコミが財政出動に対して、
「財源はどうするのか。国債発行で賄えば将来世代への債務の付け回しだ」と騒ぎ立てるのです。

彼らは明らかに視野狭窄に陥っています。
政府の経済活動の目的を考えずに、目先の財政の収支尻しか見えなくなっている。

政府活動の目的は、ただ一つ、国民経済の健全化です。デフレのような不健全な状態であれば、そこから脱却することです。
健全な国民経済とは、国民の大多数が少しずつ豊かになっていることを実感できる経済状況です。
経済成長はその必要条件であり、成長の成果を適切に国民へ分配することが十分条件です。

国民を豊かにすることが目的であって、現状のように企業と株主だけが成果を独り占めする状況は問題です。
産業界から国民へ至るパイプが詰まっていれば、政府が詰まりを取り除く必要があるのです。
成長政策と適切なる所得の再分配政策こそ、経世済民の胆なのです。

財政は国民経済の健全化を達成するために運営されるものであり、それを阻害するものであってはなりません。
ましてや財政の収支尻を合わせるために増税や歳出削減をして国民経済を委縮させることは、
デフレ脱却途上にある日本経済にとって愚の骨頂と言えるでしょう。

財政は短期的観点からではなく、政府活動と同様に長期的観点から論じるものなのです。
すなわち財政の単年度の収支尻は問題ではなく、重要なのは財政の持続可能性だけなのです。
それを担保する指標が「政府債務対GDP比」であり、それが低下していけば問題はありません。
一般に、名目成長率が名目金利を上回っていることが、その条件とされています。

ただし私は、政府債務から日銀保有分国債を控除した「統合政府純債務対GDP比」のほうが適切な指標だと思います。
この指標を使えば、日銀が適宜国債を買い取ることによって統合政府純債務は減りますから、
政策的に財政の持続可能性は保証されるのです。

さて本題に入りましょう。
経済学では、個人は生涯所得(Yp)から税金(Tp)を払った後の可処分所得(Yp-Tp)を全て消費(Cp)することが最適な行動とされています。
Yp-Tp=Cp ・・・(1)
これが個人の予算制約式です。使い切らずに生涯を終えると悔いが残ることを意味します。
他方、生涯所得は均衡において総需要(Cp+Gp)に一致します。
Yp=Cp+Gp ・・・(2)

二つの式から、Tp=Gp、が得られます。
これが「税収は政府支出と一致しなければならない」という政府の予算制約式である財政均衡条件です(政府のソルベンシー条件と言います)。
ただし、この制約式は「長期的に一致しなければならない」ことを意味しており、PB目標のような短期的一致を求めるものではありません。

政府の予算制約式は、個人の最適化のための予算制約式に対応するものです。
個人が最適に行動できるように、政府は財政均衡を保つ必要があるというのが新古典派理論の前提条件です。

主流派学者の念頭には常にこのモデルがありますので、「現在政府支出を増やすなら、将来同額の増税が必要である」と考えるのです。
もちろん、この帰結は理論モデルに基づくものですから現実経済に適用することはできません。現実は経済理論の前提条件を満たしていないからです。
しかし、理論と現実の相違に注意を払うこともなく、平然と理論的帰結を現実に適用しようとする学者、官僚、マスコミ人、評論家等が後を絶ちません。
その最も悪しき例として、「国債発行は将来世代の負担である」という説を取り上げるのです。

将来世代負担論の論拠は、先に示した財政均衡条件から直接導けます。
財政均衡条件は「現在の政府支出の増加は、将来の増税である」でした。
この条件に「政府支出の増加を国債発行によって賄う」こと、および「現在と将来の2期間で考える」ことを付け加えれば、次のように解釈されます。

国債発行は現在世代の所得を増加させるが、将来世代は国債償還時に増税される、と。
すなわち財政均衡論と将来世代負担論はコインの裏表です。
双方ともに経済理論の世界の話であり、現実に適用することはできません。

それでは理論と現実では何処が違うのでしょうか。
経済理論は、個人の家計と政府の財政を同一視しています。
債務の返済方法が個人も政府も同じだと考えているのです。
しかし現実は異なります。
個人と違って政府は永続する存在であり、その特性を生かした返済方法があるのです。

政府の国債償還方法は三つ、増税による償還、借り換えによる償還、日銀引き受けによる償還です(財政法第五条但し書き規定によって実施可能)。
ちなみに日銀引き受けと日銀による国債買い切りは同じことです。
実際、この三つの方法で償還が行われているのです。
経済理論は増税による償還しか想定していないため、「国債発行は将来の増税を意味するから悪い」といった奇妙な考えが出てくるのです。

他の方法、借り換えおよび日銀引き受けを使えば、当然のことながら将来世代に負担はありません。
日銀が国債を買い切っても民間経済に悪影響が出ない状況まで、国債を借り換えていけばよいからです。
その点に関しては、例えば下記を参考にしてください。
https://38news.jp/economy/07443

それゆえ、ここでは増税による償還をしても将来世代の負担にならないことを説明しましょう。
貨幣循環の観点を導入すれば、それは容易に理解できます。
経済内のカネの流れは二つに大別されます。
財サービスの購入に使うカネは、必ず誰かの所得になります。
それを産業的流通内のカネと言います。いわば所得化するカネです。
他方、資金貸借や有価証券の取引に使うカネは、所得を生みません。

それを金融的流通内のカネと言います。遊休化しているカネです。
経済内に二つの貨幣量のプールがあると考えると分かり易いと思います(経済学ではこれをひとつと想定していることが問題なのです)。

発行時点を現在、償還時点を将来とします。
先ず国債発行時点の貨幣循環を考えましょう。
国債発行とは、金融的流通内に滞留したカネを政府が借りて、産業的流通に投じることを意味します。

国債の機能は、遊休化したカネを所得化するカネに転換することです。
民間経済が停滞している時期に、政府が積極的に国債を発行することは非常に重要なことなのです。

国債発行に際し、国債を購入するのは資金運用を目的とした現在世代です。
将来世代から借りてきたわけではありません。
また政府が国債で調達した資金で公共投資をする場合、所得を得られるのも現在世代です。
すなわち、政府をバイパスとして現在世代間で貨幣循環が生じているだけなのです。

それでは国債の償還時点における貨幣循環はどうなるでしょう。
償還資金を増税で賄うとすれば、増税分だけ将来世代の所得は減ります。つまり負担が発生します。
それでは償還を受ける人は誰でしょう。言うまでもなく将来世代です。現在世代は既にいないからです。

将来世代は、現在世代が買った国債をどのようにして手に入れたのでしょうか。
贈与されたか、遺贈されたかのどちらかです。
もしくはそのように入手した将来世代から、同じく将来世代が買い取った場合でしょう。

いずれにせよ増税による負担をするのも将来世代で、償還を受けるのも将来世代ですから、同世代間で貨幣循環が生じているだけなのです。
もちろん、国債を保有していない将来世代の人から国債を保有している将来世代の人へ所得が移るわけですから、将来世代間の所得配分は変更になります。

国債発行が将来世代の負担となるのは、需給逼迫時に発行するケースだけです。
この場合、インフレが発生し、現在世代より高い物価水準で将来世代が暮らすことになるからです。
主流派理論における国債発行は、まさにこのケース、均衡状態において国債発行するケースを想定しています。
しかし現実的に言って、景気過熱期に国債増発によって公需を増やすことは考えられませんから、それは杞憂でしょう。

国債発行、特に建設国債発行による国土基盤整備は将来世代の負担どころか、現在世代から将来世代へのギフトに他ならないのです。

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  3. 日本第一主義 より

    青木先生に全く持って正しいご指摘だと思います
    国債発行はむしろ将来への遺産です。

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