From 三橋貴明
【今週のNewsピックアップ】
世界屈指の「豪雪国」
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12350794812.html
「余裕」を失った自然災害大国
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12351596263.html
今回の福井県を中心とした
北陸地方の豪雪災害は、改めて
我が国が自然災害大国であることを、
まざまざと見せつけてくれました。
さらには、過去二十年に及ぶ
緊縮財政路線によって、日本国民が
非常事態に対し「無防備」なまま
さらされる状況になっている
ことをも教えてくれました。
政府までもがカネばかりを重視し、
非常事態を考えない。
非常事態発生時に、
我々を助けてくれるのは、
平時の「ムダ=余裕」なのです。
平時の「ムダ=余裕」を許容しない場合、
非常事態発生時に、我々は、
「どうにもならない」
状況に置かれることになります。
もちろん、デフレで
収益が上がらない環境下では、
企業が「ムダ=余裕」を
許容するのは難しくなります。
特に、グローバル株主資本主義全盛の
現代日本において、短期の利益に繋がらない
支出を継続することは、
困難極まりないわけです。
だからこそ、本来は「政府」が
平時であろうとも支出を増やし、
将来の非常事態に
備えなければならないはずです。
政府が平時に「ムダ=余裕」のために
支出をしてくれれば、GDPにおける
「需要拡大」となります。
需要が拡大すれば、
企業の収益に余裕が生じ、
民間における「非常事態に対する備え」
も強化されることになります。
政府が緊縮財政路線を継続し、
防災、インフラ整備等の支出を削減することは、
● 非常事態の際に国民が苦しむ(下手をしなくても、命を失う国民が増える)
● デフレという需要不足の解消が、いつまでたっても実現しない
と、少なくとも二つの大問題を
引き起こすことになります。
とはいえ、政府が平時を「常時」と認識し、
非常事態の際には「自己責任」と
国民の苦難を放置するのであれば、
最優先事項は「カネ(予算)」となってしまいます。
現代の安倍政権の緊縮財政路線は、
明確に「政府の責任放棄」であることを、
日本国民は認識しなければならないと思うのです。
【三橋貴明】平時の「ムダ=余裕」への1件のコメント
2018年2月15日 1:25 PM
アメリカの著名なプロジェクト管理コンサルタントが、著書で以下のようなことを言っていたのを思い出しました。
「無茶なスケジュールのプロジェクトは、妥当なスケジュールのプロジェクトに比べ、完成までに時間がかかる」
また、その本には
「組織が効率的に機能し、成長するために必要なのは、徹底した合理化ではなく、ゆとり(Slack)である」
といった趣旨のことも書かれていました。
私は、多くの開発現場で、これらの格言が真理であることを見てきました。
ゆとりを切り捨てる行為は、未来を捨てて、現状を一時的によく見せる効果しかありません。
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