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2017年8月12日

【青木泰樹】日銀は「プラスの付利」を止めるべき

From 青木泰樹@京都大学レジリエンス実践ユニット・特任教授

経済学者が政策を決定できる立場にある時、一番困るのは、経済理論の教える政策が現実社会で実行できない状況でしょう。
その場合、彼もしくは彼女は、現実を経済学が適用できる状況へ変えたいと願うはずです。

米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長は、7月の米議会証言で「年内にもFRBの保有資産の縮小を開始していく」旨の発言をしました。
リーマン・ショック以来、三度にわたる量的緩和によって拡大したバランスシートの縮小を段階的に行うと決断したのです。
それ以前にもFRBは2015年12月に9年半ぶりの利上げを決定し、今年6月までに三回の追加利上げに踏み切りました(現在1.25%)。
利上げと資産縮小の組合せは、いわゆるFRBの考える量的緩和政策の「出口戦略」です。
ここで出口戦略とは量的緩和政策の事後処理の仕方を指します。

量的緩和のプロセスを時系列で示せば、「量的緩和(資産拡大)→購入縮小(テーパリング)→購入停止(資産残高維持)→資産縮小」となります。
現在、FRBは最終段階へ向かいつつあるということです。
ちなみに日銀は最初の段階にあり、欧州中央銀行(ECB)は年内にも第二段階の購入縮小へ向かうのではと予想されています。

本日は、経済学者がなぜ出口戦略にこだわるのか、言い換えれば、量的緩和の出口で何が問題になるのかについて説明し、そこから日銀の出口戦略について考えます。

もちろん、日銀は先の金融政策決定会合にて2%インフレ目標の達成時期を「2019年度頃」に6回目の先送りをしたばかりですから、出口は遥か先でしょう。
日銀の出口戦略を考えるのは時期尚早かもしれません。
しかし、ここで言いたいのは、大半の経済学者が支持するFRB型の出口戦略、いわば経済学の教科書的なそれだけが出口戦略ではないということです。
日本経済の現状に合った独自の出口戦略の方法もあることを知って頂きたのです。

結論から言えば、日銀は政府と連携することにより、すなわち「財政と一体化した金融運営をすることによって出口を目指すべし」ということです。
日銀は財政政策の併用なしに単独で出口を目指すことはできないと思います。

それでは順次説明していきましょう。
一般に中央銀行が量的緩和の事後処理に際して懸念しているのは、中銀のバランスシート(B/S)の負債側に積み上がった法定準備を超える「超過準備」の存在です。
量的緩和で民間から国債を買い続けているのですから、増えるのは当然ですね。
日銀当座預金の場合、法定準備を10兆円とすると350兆円程度が超過準備に当たります(本年7月末現在)。

超過準備の存在は、民間銀行が運用先の無いカネを大量に抱え込んでいることを意味します。
プラスの付利(中銀が当座預金につける利息)がある場合には、付利以上の有利な運用先がない状況です。
言うまでもなく、短期金融市場(マネーマーケット)にカネが余っているということは、カネを借りる人がいないためです。すなわち資金需要不足。
民間主体が全て資金余剰状態にあれば、当然のことながら資金貸借は生じません。
つまり金利がゼロ、もしくはECBや日銀が実施しているように政策的にマイナス圏に沈むことになります。
今の日本がこの状況です。

こうした状況を経済学者、特に中銀当局者は「困った状況」と考えます。
何が困るのでしょう。
それは、カネ余りの状況下でもしも「将来のインフレ」が予想される場合、予防策として金利を上げることができないからです。
ただし、そうした懸念はバブルが発生し、資産効果を通じて消費に波及する経路に基づくものと考えられますが、あまり現実的とは思われません。
日本のバブル期に日経平均株価は数年で4倍になりましたが、インフレ率は1~3%程度に収まっていましたから。
やはり中銀には過度にインフレを恐れる、いわば「インフレ恐怖症」があるのかもしれません。

そこで無理矢理、金利を生み出したのです。FRBがそれに利用したのが付利。
付利はもともと、ECBが設立以来、金利の誘導目標の下限として設けたものです。
ECBは金利の上限も設定し、下限との範囲内(コリドーと言います)に金利を誘導しています。
それゆえ目標を下げれば付利も下がります。2014年にはマイナス0.1%になり、現在はマイナス0.5%です。
FRBの場合は、リーマン・ショック直後の2008年10月に導入以来、当座預金全額に対しプラスの付利をしてきました。
今般の金利引き上げ過程においても、付利も同じだけ引き上げました。

カネ余り状況におけるプラスの付利の意味は何でしょう。
先述したように、カネ余りの時はカネを借りる人はいません。
そこで民間の人が借りない代わりに「FRBがカネの借り手になる」ということです。
中銀が民間の資金余剰の受け皿になっているです。
しかし、当座預金で民間銀行に資金運用をさせているわけですから、それは補助金を渡しているのと同じです。
厄介なのはプラスの付利は中銀のコストであり、それが増えれば本来国庫へ納付される剰余金が少なくなりますから、税金で補助しているのと同じです。
FRBの場合は、将来の金利引上げの必要性を盾にそうした批判を封じているようです。

そうしたFRBの出口戦略を日銀が真似する必要はありません。
しかし現実は中途半端に真似ているようです。
日銀は、ECB型、すなわち金利の下限としての付利を2008年10月に導入しました。当初はプラス0.1%の付利を、法定準備を除く当座預金全額に適用しました。
しかし、その二か月後、金利目標は引き下げましたが付利を引き下げませんでした。
ECB型の付利の論拠から離れ、FRB型へ移行したと言えます。

2013年4月の黒田日銀の登場によって、金融政策の手段は金利から量へ抜本的に替わりましたが、プラスの付利はそのまま存続させました。
量的緩和とは、民間保有国債と現金の交換であり、民間銀行に国債売却のインセンティブを与えるためにも付利が必要であったと考えられております。

しかし、2016年2月からのマイナス金利政策は、プラスの付利の存在意義を消し去りました。
マイナス金利導入によって、実質的に金融手段が量から金利へ再転換が行われたからです。
マイナス金利政策は民間銀行に対し、「新規の準備を積み増さずに貸し出しを増やせ」という意図をもつものです。
そうしなければ、ペナルティとしてマイナスの金利を払えと。
ただ日銀の中途半端なところは、当座預金を三つの部分に分け、各々に付利の水準を変えるという「階層方式」を導入したことです。
既存部分に関しては従来通りの0.1%、新規部分に関しては0%を適用する範囲とマイナス0.1%を付す範囲を分けました。
つまりプラスの付利とマイナスの付利が同居しているのです。

これは明らかに政策意図の矛盾です。
プラスの付利は超過準備をつなぎ止めることを、逆にマイナスの付利は新規の超過準備の積み増しの阻止を意図しているのですから。
現在プラスの付利は日銀当座預金のうち200兆円程度に適用され、日銀のコストは年間2000億円に上ります。
本来一般会計に入るべき国庫納付金が民間銀行へ渡されているのです。
マイナス金利政策は金融緩和の促進策ですから、少なくともプラスの付利を徐々に引き下げ、将来的にはゼロにすることを目指すことが必要でしょう。
そうしなければ矛盾が解消されません。

さて、付利と同様、出口戦略に関しても日銀はFRBを真似る必要はありません。
出口戦略を中銀のバランスシートの縮小策と決め付けることはないのです。
日本の場合、量的緩和を利用して経済が健全化する道を示せれば、そこが出口なのです。
問題はバランスシートの大きさではなく、その中身(構成)にあります。
構成を変化させることによって、デフレからの完全脱却および経済成長を促すことが肝要なのです。

筆者は、日銀の量的緩和策は景気浮揚にほとんど寄与しないが、民間保有の国債を日銀へ移し替えたことに意義があると主張してきました。
それによって民間保有の国債が枯渇すれば、新規の国債発行を容易に市中消化できる道が開けるからです。
そして日銀バランスシートの資産側の国債を長期割引債と交換することで、すなわち資産構成を変化させることで国債残高の解消策を論じてきました。
https://38news.jp/economy/07443

今回は日銀バランスシートの負債側の話です。
経済学者が懸念するのは超過準備の存在であると論じてきました。日銀で言えば、巨額に積み上げられた日銀当座預金です。
それを解消するために資産縮小へ進むのが一般的な意味での出口戦略でした。

しかし、バランスシートの負債側も縮小する必要はなく、構成を変化させるだけで日本経済の浮揚に大きく貢献することを示しておきます。
日銀B/Sの負債側には、日銀当座預金だけではなく政府預金の項目もあります。日銀は政府の銀行でもあるからです。
今、政府が新規の建設国債を発行し市中消化すればどうなるか。
政府と民間の取引は日銀B/Sの負債側で決済されますから、日銀当座預金が減少し政府預金が増加することになります。
政府はそれを公共事業に充てることで、民間非金融部門(企業・個人)への新たなカネの流れが生じます。
それが名目GDPを増加させるのです。
金融市場に滞留している超過準備を、政府が使うことが肝要なのです。

FRBは民間の資金需要不足に際し、資金余剰を吸収するために資金の借り手となりました。
しかし、中銀が買えるのは金融資産だけで、民間から物財を買うことはできません。
それが出来るのは政府なのです。
政府が資金の借り手となり、公共事業を実施することが重要なのです。

黒田日銀総裁も金融政策だけでは景気浮揚はできないと気付いているでしょう。
それゆえ政府との連携、財政政策と金融緩和の併用が必要なのです。
日銀B/Sの規模をどうするかはさしたる問題ではなく、より重要なのは現在の金融緩和を利用する知恵が政府にあるかどうかであると思います。

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  1. Komiyet より

    難しい話なので、半分くらい理解できたのかなって感じです。

    青木泰樹さんの理屈は正しいのかもしれませんが、現実は正しいか正しくないかが重要ではない気がします。

    外国為替市場が投機筋の流動性で動いている以上、経済学の常識でレートが大きく動きます。

    金融市場がそういう常識で動いている以上、理論の正しさより、金を動かす人間がどう思うかの方が重要なのではないでしょうか。

    FRBもECBも日銀も投機筋の過度な反応を警戒していろいろ決めているように感じます。

    人間は正しいか正しくないかで動くのではなく、儲かるか儲からないかで動くのです。そこらへんが全く考慮されてない記事だと思いました。

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      1. 神奈川県skatou より

        遅レスですいません。

        >現実は正しいか正しくないかが重要ではない気がします。

        なるほど、つまり理屈ではない、とすると、

        >経済学の常識でレートが大きく動きます。

        これは理屈で動く、という話になりそうで、

        >人間は正しいか正しくないかで動くのではなく、儲かるか儲からないかで動くのです。

        利で動く、つまりは需要があるから動く、
        という話だと思いますが、

        単純な自分には記事へのご指摘がよくわからなかったのですが、自分の理解できるに、青木先生のおっしゃることは、出口戦略に建設国債発行を併用すれば、それは民間資金需要が産まれるので、民間の金融も昨今の経済学の常識でなく需要プッシュで動く、というねらいの記事だったと理解したのですが、いかがでしょうか。(単純すぎ?)

        また民間金融筋が今後の「予測」をするのは、おっしゃる通り、「経済学」の常識なのかなと、金融記事を拾い読みするに、思われます。

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