日本経済

2017年9月1日

【施光恒】「忖度」を悪者扱いするなかれ

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございまーす(^_^)/

森友学園の問題以降、「忖度」(そんたく)という言葉をメディアで頻繁に聞くようになりました。年末の流行語大賞の有力候補にあがりそうです。

近頃、この「忖度」という言葉は、悪い意味を込めて使われているようですね。「権力を持つ相手におもねって、その意をくみ取る」というような意味で用いられる場合が多いように感じます。

例えば、最近の朝日新聞の記事。作家の椎名誠氏の新刊紹介のインタビュー記事ですが、このなかでインタビューアーの依田彰氏は次のように記しています。
(「(著者に会いたい)『ノミのジャンプと銀河系』」『朝日新聞』2017年8月20日付)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13094779.html?_requesturl=articles%2FDA3S13094779.html&rm=150

「そしていまも(椎名誠氏の)好奇心は子供のときのように健在だ。(略)では勉強やバイトに追われ、大人の忖度やウソを見せられている今の日本の子供たちは、椎名さんにどう見えているのだろう」。

依田氏のこの記事では「忖度」という言葉が、「ウソ」と並べられ、何か非常に悪いもののように扱われています。

ですが、もともとは「忖度」、「忖度する」という言葉に特に悪い意味はありません。国語辞典をみると、だいたい「他者の心を推し量ること」といった語釈が掲載されています。悪い意味どころか、むしろ他者の気持ちを敏感に感じ取って、それをおもんぱかるということですので、「思いやり」「やさしさ」「和」など日本人が大切にしてきた、また現代でも大切にしている道徳に大いに関係のある語なのです。

なのに、最近のマスコミでは、「権力者におもねって、その意をくみ取る」という意味で使われ、これが広まりつつあります。そのため「忖度」という語のイメージが悪化していますので、日本の古くからの道徳意識そのものにも悪いイメージが付着してしまわないかと心配になります。

ひょっとしたら、「忖度」をそういう悪い意味で好んで使う人は、日本人の道徳意識自体を、「長いものには巻かれろ」的な、「権力者・権威者に対しておもねりやすく、オカミに弱い」もので、「主体的・自律的ではなく、同調主義的で他律的でいかん」と暗に言いたいのかもしれません。

しかし、「忖度」や、この言葉の背景にある他者の気持ちをおもんぱかる日本の道徳を、悪くとる必要はまったくありません。

「忖度」とは、さきほど述べたように「他者の気持ちを推し量ること」「おもんぱかること」ですが、ここで、気持ちを推しはかる相手である「他者」とは、特に「権力者」「権威者」「オカミ」などに限られません。

例えば、「息子の気持ちを忖度する」とか「友人の行動の意図を忖度してみた」という具合に、「権力者」でも「目上」でもない他者の気持ちを推し量る場合にも使われます。

もちろん、他者の気持ちを重視する日本の道徳自体も、権力者に対しておもねりやすい同調主義的なものだなどと捉える必要はありません。

アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、かつて著書『菊と刀』のなかで、日本人の道徳意識を「恥の文化」と名付け、周囲の他者の顔色を窺うばかりの同調主義的なものだと非難しました。また、ベネディクトに倣って、日本の多くの戦後知識人も、日本人の道徳は、同調主義的で主体性や自律性がなく、オカミや権威に弱いと批判してきました。

(ベネディクトの「恥の文化」論に対する批判は、だいぶ以前に本メルマガで書いたことがあります。そちらもご覧ください)。
【施 光恒】「恥の文化」の力(『新・経世済民新聞』2013年5月3日付)
https://38news.jp/archives/01705
【施 光恒】続・「恥の文化」の力(『新・経世済民新聞』2013年5月17日付)
https://38news.jp/archives/01761

確かに、日本人の道徳意識は、西洋のキリスト教のように絶対的な戒律を前提にしたり、「正義」や「人権」といった抽象的原理を第一に強調したりするものではありません。そうではなく、日本人の道徳意識とは、様々な他者の気持ちや期待を感じ取り、それに配慮し、自分の行為や思考を絶えず反省し改めていくことを重視するものです。

ですが、このことが「権力や権威に弱い」とか「同調主義」につながるというわけではありません。

気持ちを感受し配慮すべき「様々な他者」には、権力者やオカミ、目上の人などだけではなく、身近な家族や同僚、あるいは見知らぬ外国人や世間様も含まれます。

それどころか、日本の道徳では、「様々な他者」には人間以外の者も含まれることが少なくありません。

植物など人間以外のものも含まれるのです。

前回のメルマガでも書きましたが、私は、最近、なぜか園芸にハマっています。それで今年の夏は、朝顔やひまわり、ハイビスカスの気持ちを忖度するのに明け暮れてしまいました。
f(^_^;)

例えば、うちのベランダには、赤、黄、ピンクのハイビスカスの鉢植えがあり、7月のはじめごろまでは、ほぼ毎日、どれかの鉢が大輪の花を咲かせていました。

園芸初心者の私は、「ハイビスカスは熱帯の花だから、これから暑くなってくるとますます多くの花が咲くだろう!」(^^♪)と楽しみにしていました。

ですが、7月も半ばになり本格的に暑くなってくると、黄色いハイビスカスは、つぼみはたくさんつけるものの一向に開花しなくなってしまいました。つぼみは、花を咲かせないまま変色して自然と落ちてしまうのです。赤とピンクの鉢も、花こそ咲かせるものの、どんどん花が小さくなっていきます。

心配になりました。日照不足? それとも肥料不足? はたまたダニかアブラムシでも付いたか、病気にかかったか? あるいは鉢が小さくなって根詰まりを起こしたか?などといろいろ考えました。顔色ならぬ葉色を伺いながら、物言わぬ黄色のハイビスカスの気持ちをあれこれまさに忖度していました。

本やネットで調べたり、うちの大学の農学部の学生を捕まえて尋ねたりしたのですが、結局、「夏バテ」だったようです。ハイビスカスは熱帯原産ですが、最近の日本の夏の猛暑は熱帯地方以上のようですね。真夏は暑すぎるので、鉢植えをあまり直射日光に当てず、日陰の涼しいところに置くようにすると、秋になるにつれて元気を回復するそうです。
φ(・ω・ )フムフム

私だけでなく、園芸好きは皆、こんな感じで植物の気持ちを日々忖度しているのだと思います。

いとうせいこう氏は、様々な分野でマルチな活躍を見せている人ですが、ベランダ園芸界の大御所でもあります。いとう氏の園芸エッセイのなかでも、植物の気持ちを忖度する様子が描かれていました。

ニオイザクラの鉢植えが枯れてしまったのではないかと心配し、いとう氏は次のように書いています。

「…匂い桜は枯れ色の枝を固定したままで数か月、愚痴も礼も言わない。すねてしまった内省型の女のようで頭に来た。(略)何か言ってくれればこちらの気も晴れるのである。(略)その言葉からなにがしかのコミュニケーションが生まれ、互いの気持ちを忖度し合えるのではないか」(『ボタニカル・ライフ』新潮文庫、2004年)。

ことは園芸趣味だけにとどまらず、実は、植物など人間以外のものの「気持ち」を重視し、それに配慮するよう教えるのは、日本のしつけや教育の大きな特徴でもあります。

教育心理学者の臼井博氏は、教育学や心理学の様々な実証的研究を踏まえつつ、日本では、人間関係で他者との共感が好まれるが、これは人間同士の関係だけにとどまらず、人間と動植物との関係でもそうだと論じています(臼井博『アメリカの学校文化 日本の学校文化』金子書房、2001年)。

例えば、日本と英国の国語教科書の内容を分析した研究では、物語の主人公に動植物が擬人化されてでてくることが、日本の教科書では英国の教科書の3倍近く多いということです。

また、日本と米国の母親が子供にどのように言って聞かせるかを比較した別の比較研究では、日本の母親は、米国の母親と比べると無生物や動植物を擬人化することが多かったということも臼井氏は指摘しています。例えば、子供が家の壁にクレヨンで落書きをしているのをみかけたときに、「壁さん、泣いちゃうよ」と言ったり、夕食のおかずを食べないときに「人参さん、食べてもらえなくてかわいそう」と言ったりするというものです。

日本の母親がこういう言い方をすることは特にめずらしいことではないですが、この研究によると、アメリカの母親がこういう言い方をすることはほどんどみられなかったとのことです。

他にも例えば、文科省が作成した道徳の副教材『心のノート』(小学校3, 4年生向け 平成21年改訂版)には、「植物も動物もともに生きている」という項目があり、そこでは「植物も動物も、人間と同じような心や力をもって生きているんだなと感じたことはありますか?」という問いかけがなされていたり、傷ついた菊の花をかわいそうに思い、手当してやる子供の話などが出てきたりします。
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/02/23/1302316_22.pdf

考えてみれば、日本人の多くはかつて農民だったわけですから、他者の気持ちの感受を重視する日本人の道徳意識というのは、植物など人間以外の者が対象として含まれるのは当たり前なのかもしれません。むしろ、植物や動物、山や川などの自然物が主で、そのなかの一部として他の人間が入ってくると考えたほうがいいのかもしれません。

内山節(うちやま・たかし)氏は、東京と群馬の山村を行き来しながら思索を続ける在野の哲学者ですが、日本の伝統的な主体性の観念とは、「他者のまなざし」を自分のものにし、そこから自分を見つめることが基本となって生じるものだと論じています。このとき、やはり、まなざしを意識すべき「他者」には、人間だけでなく、自然の事物も入ってくると指摘します。

内山氏は、村人とのある会合で、村人が農作業の様子を語るときの語り方について興味を持ちます。農作業について話す場合、村の人々は、「…作物や畑のまなざしで自分の仕事ぶりを説明する。春になった畑が自分に耕作を促し、伸びはじめた芽が村人に間引きを促す。もちろん、森での仕事も同じことである。大きくなった木が、人間に間伐を求める。村人は木のまなざしを自分のまなざしとしながら、森で仕事をする」(内山節『「里」という思想』新潮社、2005年)。

内山氏は、日本の伝統的な主体性の観念の特徴を、欧米の主体性の観念と比較しつつ、次のように述べています。

「欧米的な主体性は、自己や自我が出発点であり、自分の側からの働きかけとともにある。ところが日本的な精神では、他者が出発点にあり、その他者とのかかわりのなかに、主体性も発生する。(略)たとえばそれは、村の森であり、村の川や畑であり、村人であり、村を訪れた人々である。そういった具体的な他者とのかかわりのなかで、他者のまなざしを自分のものにしながら、主体性を発揮する」(同書)。

今回の私のメルマガ、だいぶ長くなってしまっていますね…
f(^_^;)

でも、この辺りの話、面白いと思いませんか?

こう見てくると、「忖度」という言葉に表されるような他者の気持ちを推し量り、それに配慮するという日本人の道徳意識は、決して「権力者・権威者に対するおもねり」とか「同調主義」といったもので言い尽くされるものではないでしょう。また、「オカミに弱い」「主体性や自律性がない」といった批判も、日本人の道徳意識全体を捉えた上でのものではないと言えます。

日本人の道徳意識とは、言ってみれば、自己と、自然界を含む万物・万人との調和的関係を試行錯誤的に絶えず探求していくことを求めるものなのではないでしょうか。

また、日本の道徳は、こうした探求を可能にするために、幅広い、多様な他者の観点を鋭敏に感受する諸々の能力を伝統的に重視してきたのではないかと思います。「忖度」とは、そうした伝統のなかから生まれてきた言葉の一つなのです。

長い目で見れば、今後、世界では、おそらくエコロジカルな視点が重視されるようになると思います。そのとき、日本の伝統的道徳意識が世界的に評価されるようになることは大いにあるはずです。日本の道徳意識は、現代の日本人が十分に理解していない、非常に大きな可能性を含んだものではないでしょうか。

最近、「忖度」が悪い意味を帯びつつあり、またその背景としての他者の気持ちを推し量り、おもんぱかることを重視する日本の伝統的道徳意識も評価されにくくなっているように感じます。

日本人自身が、「忖度」や日本人の道徳意識を矮小化して理解し、それに引け目を感じるようになってしまってはいけません。それは、日本人の道徳的アイデンティティの喪失のみならず、人類の可能性の削減につながるものに他なりません。

長々と失礼しますた…
<(_ _)>

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【施光恒】「忖度」を悪者扱いするなかれへの5件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    施先生のお話はいつも豊かさを感じます。ありがとうございます。
    うれしくなって家族にみせたところ、昭和ヒトケタの父から「我々世代は忖度はよい意味で刷り込まれています。マスコミの現在の使い方には何時も違和感を感じてます」とのことでした。忖度と言う言葉をしらない世代が、なにか格好の材料として見つけたつもりになって浮いているのでしょうか。。。

    先日、1歳の娘が部屋の曲がり角で柱につまづき転びました。見ていた妻は、泣く娘をあやしながら柱を叱りましたが、すぐに思いを巡らせ、柱さんいつもありがとうねと、娘に言って聞かせました。これは感謝の気持ちを大事にしているのだと、嬉しくなりました。
    擬人化し、自分らの生活を助けるものに感謝する。お世話になっていると感じる。日本人らしさは現代でも日常で受け継がれているのだなと思いました。

    他者、それは人だけでなく事物にもあてはめられ、それを忖度することで、自分を囲む環境や状況の本質を見出すことができる、実は日本人らしい賢さがそこに宿っているのだと、先生の話を読んで自分にもよく理解できました。

    ちなみに、柱さんにも忖度する妻は毎日のように朝日新聞を読んでいます。自分にはとてもとても不思議です。なぜ、全共闘世代の親に反発し、伝統的日本人であった祖父母を今も敬愛する妻が、なぜ抽象概念とそれから敷衍する正義による無配慮な糾弾、魔女裁判的ヒステリックな勢力に同調するのだろうと。
    きっとその謎も、いつか自分に分かるのでしょう。
    たぶん、その理由がわかったとき、戦後の空虚な平和主義という抽象的な本尊を、なぜにもこんな柔軟で洞察のある日本人がおおぜいひれ伏してしまい続けたのかも、分かりそうです。

    >長い目で見れば、今後、世界では、おそらくエコロジカルな視点が
    >重視されるようになると思います。そのとき、日本の伝統的道徳意識が
    >世界的に評価されるようになることは大いにあるはずです。
    >日本の道徳意識は、現代の日本人が十分に理解していない、
    >非常に大きな可能性を含んだものではないでしょうか。

    >日本人自身が、「忖度」や日本人の道徳意識を矮小化して理解し、
    >それに引け目を感じるようになってしまってはいけません。それは、
    >日本人の道徳的アイデンティティの喪失のみならず、
    >人類の可能性の削減につながるものに他なりません。

    声を大にして読みたいです。ありがとうございます。

    自己や自我から始まる文化には、時間という概念に限界がありそうです。なにせ自分は有限ですからね。帰結として無限の命を欲しがるのかもしれませんが、それは生物として、人が人でなくなる可能性があり、そのとき定義が崩壊すると、維持できなくなる、そりゃそうです、過去からの連続を見ないのでは、将来への連続も保てない道理で。
    日本に隠された古くからのものに、文明の終わりに対する出口があるのかもしれませんね。

    ちなみに生物と時間は密接な関係がある訳で、もし仮に、生物を超克した人類というものがあるとすれば、どうして時間から無防備でいられるのか、そこに保障はないのではないか。また、生物を辞めてしまえば、時間的継続を保障するという必要性も無くなるかもしれず、そういうのは視点を変えたら「終了点」あるいは「自壊」というところでしょうか。

    もうちょっと「生き物」でありたいですね。

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  2. たかゆき より

    山川草木悉有仏性 とか ♪

    儒仏が 中つ国を席巻してから 八百萬の神々も
    肩身がせまくなりました。。。

    大陸や半島からは ロクでもないものしか やってきませんね、、

    自然を敬い
    生にも性にも大らかな
    「大和」魂をを大切にしたいと おもふ
    今日この頃 なのだ ♪

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  3. robin より

    忖度さんもいい迷惑ですね、言葉は文脈とか前後関係の中で定まるもので「森友問題?」なんて矮小な枠組みの中でマスコミのミスリードのために広く広告されてしまった。神話の中でイザナギさんは1000人殺すなら1500人生もう、と言ってるようにマイナスイメージの言葉を植え付けるならそれ以上にプラスのイメージの言葉も欲しいがマスコミという私的営利会社に日本の言葉文化を栽培する(culture)ことは出来ないと思う、善悪に関わらず広く広めることのみに特化した機関であろうし。売名目的が第一のコメンテーターばかりが集まるのならその価値観だって偏って当然だろう、そんな変人の巣窟が広く常識を語るのだから堪らない。他者の気持ちを推し量るには想像力が必要になる、言葉や知識も想像力に影響を与える道具や要素の一つだろう、言葉を大量消費するマスコミに言葉の中身を吟味してを大切に育てることは可能なのか、多くの役割を与え過ぎなのでは。日常的に使う言葉ならそれに未来性を付与すれば定期的に前を見ることを思い出すだろうか、言葉を使い捨ての慰み者にするのは止めて欲しい、と思う。

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  4. スズメのかたびら より

    今回のお話も大変ためになりました。なかなか難しいことがいっぱいで一度には理解できないのですが、何度も読みたいと思います。いつもありがとうございます。私は現代農業という農業専門雑誌を愛読しているのですが(少々、内容が左翼っぽいのが残念w)農家の人の中にはトマトの苗と一緒に寝置きしている方もいるそうです。トマトの苗に異変があると心配で心配でたまらなくて苗のそばで寝ないで観察してるそうです。不思議な能力を持つ人もいてほぼ枯れてるように見える苗を元通りにしまう人や、普通は3年かかって実をつける苗を1年で実をつけるようにするとか、とんでもないことをやっているので驚きです。私の場合は今日は農薬撒くのしんどいわ~暑いから明日からがんばるど!などとズルをして害虫や獣や病気にやられてしまうレベルです。。何万本と生産していてその1本1本の状態を観る、忖度する、農家の人は何気なくやってることがとても難しく、さらに土や天気や獣の気持ちの忖度。。しんどいっ。植物も人間も育てるのが上手な農家さんをみるとすごいなと感心するばかりです。
    施先生の動画をyoutubeでいろいろ見ているのですが、築土構木という動画の第一部の14分ぐらいで、今回のコラムでも取り上げられている山下さんの言葉を引用して、空間の中の自分、内面化する他者と施先生が語っておられ、ずっと気になっていました。岡潔さんという数学者の人も似ていることをおっしゃっていられるのです。これもyoutubeに動画があるのでご覧いただきたいのですが、K.Oka というタイトルの動画の8分ぐらいからで、文章を引用しますと

    重要な発見には、自然と人間が対立する西洋型の思考だけではなく、自然と一体となる東洋型の情操が大切である

    岡潔
    「日本人は自然とか人の世とかを自分の心の中にあると思っているらしい。自然や人の世が喜ぶと、自分が非常にうれしいというらしい。芭蕉や万葉を読んでみると、少しも自他対立してなくて、

    自分の心がそのまま外に嬉しいというふうに詠んでる。うちなびき春来るらし山の間の木ぬれの桜咲き行くみれば

    春がぱ~っと春が来てるがそれがすなわち自分の生命だっていうふになる。そう思って自分のやり方をみると数学を自分の心の中に取り入れて、そして心の中でその数学を見る。そうすると心の中に入っている数学がその1点に凝集して形を表してくるというふになる。つまり日本人はものを心の中にいれて、そしてその自分の心を見るっていうふうなことが非常に上手なのに今の人はどうも内を見る目というのがあまり開いていないように思う。日本人の本来の心を取り戻してもらいたいな」

    難しくて分からなくて悩んでいたのですが
    施先生の
    「日本人の道徳意識とは、言ってみれば、自己と、自然界を含む万物・万人との調和的関係を試行錯誤的に絶えず探求していくことを求めるもの」
    すごいな~先生!そして、先生のコラムを読んでいて思っていたのですが先生は常に追い続けている。誰よりもがむしゃらに追っかけていると感じます。日本的なものの中に含まれてる重要な何かを。エラソーですみません(汗)岡先生は、数式や言葉を使わないで数学やってみたいということもおっしゃっていたようです。言葉で表現できない物事もある、心の中に自然をいれて心の目で見て感じるとはそういうことなのか、、取りとめなくなってしまってすみません。庭先のイチジク熟し、さきほど食べました。甘くて美味し!夏が終わり体重が増える豊穣の秋がきました!

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