日本経済

2016年9月13日

【藤井聡】今、「良いROE主義」は「悪いROE主義」に駆逐され続けている。

FROM 藤井聡@京都大学大学院教授、内閣官房参与

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先週は、企業の業績を評価する様々な尺度の一つである、

  「ROE」(株主資本利益率)

について解説しました。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2016/09/07/fujii-212/

このROEというものは、「株で集めたおカネ(株主資本)に対して、(当期にて)どれだけ利益をあげたのか?」をあらわす尺度なのですが、「株主」にしてみればこれが高いに越したことはありません。より儲ける企業に投資した方が、より多くの配当が得られるからです。

だから、「株式市場により多くのオカネを集めよう!」という政府方針があれば、必然的に

  「民間企業よ、ROEをあげよ!」

という社会的・政治的プレッシャーが発生することになります。
https://www.marr.jp/etc/hen_interview/entry/4793

ただし、ROEを上げるにしても、「良い上げ方」(良いROE主義)と「悪い上げ方」(悪いROE主義)がある――これが、前回の主張のポイントでした。

良い上げ方とは要するに、たくさん稼いで、「結果的」にROEが上がっていくというもの。

一方で悪い上げ方とは要するに、稼ぎを上げるよりも、コストカット(そして自社株買い)を通して、無理やりROEを上げる、という方法です。

そして、我が国においてはどちらの方が支配的なのかといえば、残念ながら、「悪い上げ方」が支配的になってきているのが実態です。

下記グラフをご覧ください。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=856992874401657&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=3&theater

出所: 財務省「法人企業統計」

このグラフは日本がデフレ化するころから今日までの、企業統計をグラフ化したものです。

このグラフの「経常利益」に着目してください。ご覧の様に、日本がデフレ化した98年から経常利益は2000年代、2倍近くにまで上昇しています。

その後一旦2008年のリーマンショックによって半分近くにまで大幅に落ち込みますが、その後も企業は経常利益を年々増加させていきます。そして、2015年になればかつての2.5倍程度にまで、利益を拡大しています。

つまり、「利益」という視点で言えば、さらには「ROE」という点から見れば、日本企業はデフレという厳しい環境の中でも極めて「優秀」な存在だったのです(そして言うまでもなく、こうした風潮を後押ししたのは、ROEを上げるべしという「ROE主義」であったことは間違いありません)。

ただし、このグラフを見れば、利益以上に激しく伸びているものがあります。

株主への「配当金」です。

ご覧のように、デフレ突入以後、企業は利益を伸ばしていく以上のスピードで、株主への配当金を激しく増加させていきます。そしてその水準は2000年代中盤にかつての4倍の水準に到達します。

その後、リーマンショックにより配当金も一旦縮小しますが、2010年代には再び伸び始め、今やかつての「5倍」を超える水準にまで到達しています(!)。

ではなぜ、「配当金」がこれだけ拡大したのかといえば、それは、先に示した「利益」が増進したからです。そもそも、株主への配当金とは、売り上げから必要経費を差し引いた「利益」を「分配」するもの。だから、「利益」が増えれば必然的に「配当」も伸びるのです。

しかし、配当は利益の増加よりもさらに激しく伸びています。経常利益は2.5倍にしか拡大していないのに、配当金はその倍の5倍以上にまで拡大しています。これはもちろん、利益のうち株主に回す配当の「割合」それ自身が、過去20年の間に拡大していったことを意味します。

つまり、株主がより多額の配当を得るようになった背景には、デフレ下であるにも関わらず企業が「利益」を拡大していったという事実のみならず、その内から株主に回す「配当金の割合」も拡大していったという事実があったわけです。

これはもちろん、「株主」達にとってみれば、日本企業がより多くのカネを自分に恵んでくれる極めて「優秀」な存在へと変身していったことを意味しています。逆にいうなら、この20年間で、日本企業は株主達に対してはずいぶんと「良い顔」をする存在へと変わってきたのです。

では、そんなカネを、企業はどうやって手にいれていったのでしょうか?

売り上げを伸ばし、その結果として「経常利益」が増え、株主への「配当」を増やしてきたのでしょうか―――?

残念ながら、それが支配的な理由とは思えません。そもそもこの20年間、日本は需要不足のデフレだったのですから、日本企業全体の「売り上げ」がそれほど拡大したとは考えられないからです。もちろん、「外需」が伸びた企業もあるでしょうが、経常利益を2倍にさせるほどに、売り上げが十分に伸びたとは、到底考えられません。

だとするとやはり、企業が利益を増やしていった最大の原因は、人件費や投資、原材料費などの必要経費を削るという「コストカット」だったと考えざるを得ません。

実際、このグラフからも明らかな通り、企業の利益がどれだけ伸びようとも、従業員の給与・賞与は一向に伸びず、完全に横ばいでした。

これはつまり、日本企業はデフレ下の20年間、会社「内」の人件費を常に低く押さえ続けた一方、会社「外」の株主への配当金を過激に拡大し続けたという事を示しています。

いわば、デフレ期であった過去20年間、日本企業は会社員を「冷遇」し続けた一方で、株主を「厚遇」し続けたわけです。

この点は以下のグラフを見ればさらに、明確に見えてきます。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=857046074396337&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=3
図 主要国の労働分配率の推移

出展:http://www.rieti.go.jp/jp/columns/s13_0010.html

これは、「労働分配率」(企業が生み出した付加価値に占める人件費の割合)の推移なのですが、わが国の労働分配率は、デフレになってから一貫して減少してきているのです(!)。

しかも、誠に情けなき事に、その様な激しい縮小を見せているのは、少なくともこのグラフに記載された主要先進国の中で、わが国一国だけなのです。そして今や、このグラフに示した通り、日本の労働分配率は、「最低の水準」に至ったのです。

・・・

以上、いかがでしょうか? 今週は主にデータに基づいて日本企業の現状を解説いたしましたが、データから見えてくるのは、次の二つの事実です。

事実1:日本企業は過去20年の間、デフレをもろともせず確かに利益を増やし、ROEを改善してきた。

事実2:ただし、ROEの上昇は「人件費を含めたコストカット」を通して達成したものであった。つまり日本企業のROEの上げ方は、「良い上げ方」(良いROE主義)ではなく「悪い上げ方」(悪いROE主義)に基づくものだった。

・・・さて、この様な「悪いROE主義」が跋扈する状況では、日本の消費が伸びないのも当たり前です。

日本国民の大半がその生活の糧を得ている「給料」が低く抑えられ続けたのですから、家計の消費や投資も伸びる筈がありません。さらには、民間企業の消費や投資それ自身も配当金増加のあおりを受けて「縮小」するのですから、悪いROE主義は、トータルとしての「内需」を激しく縮小させる圧力をかけ続けているわけです。

つまり、悪いROE主義の跋扈が、日本のデフレを加速させてきたのです。

だからこそ、悪いROE主義でなく良いROE主義を加速し、「社員冷遇・株主厚遇」の態度それ自身を改善し、社員と株主を「フェアー」に取り扱う状況をわが国に創出していくことが、デフレ脱却のためにも、そして、デフレ脱却後のより高い成長率を確保するためにも、今、強く求められているのです。

そのために、どうすればよいのか――この点についてはさらに次回以降、考えてみたいと思います。

ーーー発行者よりーーー

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  1. はっちゃん より

    新日本経済新聞、本当に勉強になります。良いROEを促進するためにどうするべきか、早く読みたいです。悪いROEが蔓延った理由の一つに、外国人株主が増えた事がありそうに思います。外国人株主は商売に対する考え方や文化が日本人とは違いますよね。また、日本の社会や日本人の従業員の生活や人生のことなどには関心がないのでしょう。それどころか、自分たちが出資している当の会社の将来にさえ、関心がないのでしょうね。そういった外国人株主が多くを占め、日本の大企業に対して強い発言力を持つと当然悪いROEがはびこりそうですね。まあ、私は「外国人株主」ってやつや上場企業の経営者に知り合いの一人もいるわけでもないですからあくまで想像の話となりますけどね。また、これが日本人株主ばかりであったとしても、確かに従業員給料が増えるより自分の株主配当が増えたほうがちょっと嬉しいかも知れないか。いやしかし、ひと昔の日本の「株主」とは立場や求めるものが明らかに違うように思うのですが。なぜこんなに外国人株主が増えたのでしょうかね。また、なぜここ10数年は経営者が株主ばかりに気を使ったり株価を気にしたりするんだろう。「それぐらい自分で勉強しろ!」って言われそうですね。不勉強を晒して失礼しておりますが、ありがたく読ませていただいております。よろしくお願いします。

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  2. クレヨン より

    マネーゲームという名の経済戦争のさなかに、日本だけがそれに背を向けるのは、軍拡競争が繰り広げられている中で、日本だけが軍縮を行う、という事と同じにならないか。雇用を守りつつ給料も下げず、低賃金国から安い競合品が無制限に入って来る中でも売り上げも利益も減らさず企業価値を高め、株主に媚びることなく株価を維持して企業防衛も果たす、といった事が可能なのか。民間企業に立派さを求める一方、政府がその足元を崩すような事を次々と行う中では、立派な企業から順に駄目になって行くのではないか。いろいろと心配です。

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  3. tarosuke より

    そもそもROEは株のための指標であり、資金調達を借り入れにシフトすることで膨らむ程度の指標なので企業の業績判断材料としては不適切。業績を判断するときにはROAを使う必要がある。それと、98年の前年である97年は消費税が5%になった年であると同時に法人税率が引き下げられた年。原因は火を見るより明らか。

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  4. 反孫・フォード より

    >悪い上げ方とは要するに、稼ぎを上げるよりも、コストカット パソナ竹中南部(他社)の外国人労働者は、ある意味植民地時代の逆パターンであり、植民人政策と呼べると思います。為替があるから奴隷とは名指しできないけど、竹中南部の心意には奴隷制度としての思考が渦巻いているはずです。しかも、そうかがっかり、だわさ?と結びついている?。もうコイツらは国会に貼り付けにするべきなのに、いまだにシンポジウムなぞを政府は特区み合わせる!すみません、支離滅裂な文になりました。

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  5. 神奈川県skatou より

    グラフ拝見いたしました。勤続20年ちょっとの自分には、ため息しかでません。これが我が世代の人生です。(でした、が、と言えるように、、

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  6. 拓三 より

    あれれ〜? 「日本は企業の利益率が低いからもっと効率化を追求しなければならない」と鼻を膨らませドヤ顔でほざいてた経済評論家、腐るほど見てきたけど私利私欲の….キャーーーーまたまた、国家を同じロッジックで考えている経済学者、評論家、議員、多々、腐るほど見ているけども…..キャーーーーーくわばらくわばら。

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