コラム

2018年8月25日

【平松禎史】「霧につつまれたハリネズミのつぶやき」:第四十八話

From 平松禎史@アニメーター/演出家

◯オープニング

「レコード」または「レコード盤」と言いますと、ポリ塩化ビニール製の黒い円盤に針を落として音楽を再生するもの、というのが一般的な認識だと思います。
CDなどデジタル再生に対してアナログ盤と言ったりしますね。
12インチ(30センチ)のLP盤、7インチのEP盤、音質を高めた12インチシングル盤、など。
「レコード」をLP盤などと考えても間違いではありませんが、幼馴染のオーディオ通が、CDが普及し始めた頃こんなことを言っていました。

「LPだろうがCDだろうが、レコーディングしたものなんだから、『レコード』で良いんだ。」

あくまで内容物(音楽)を中心に据えたざっくり把握ですが、納得がいったのでボクも以来これにならって言うことが多いです。
現在はデジタル音源が普及してきて、ついに円盤が消滅しはじめた一方で、DJや愛好家の間でアナログ盤が復活しているそうですね。

本稿では特記が必要な場合を除いて「レコード」と書くことにしましょう。

今回は、作曲家團伊玖磨(1924〜2001)の『筑後川』と『長崎』をご紹介。
1977年頃発売された両曲をカプリングしたレコード(LP盤)をもとに書いていきます。

◯第四十八話:「地方から立ち昇る成長力・團伊玖磨作曲『筑後川』と『長崎』」

團伊玖磨といえば、今上陛下ご成婚を祝して作曲された『祝典行進曲』、皇太子殿下ご成婚時の『新・祝典行進曲』でご存知の方も多いと思います。
作曲者が意識されずに最も知られているのは、童謡『ぞうさん』でしょうね。他にも『やぎさんゆうびん』や『カタツムリ』も。
ボクは『花の街』がとても好きです。

團伊玖磨でおもしろいところは、地域や川にちなんだ音楽を多数遺していることです。
川を題材にした曲では、ほかに『長良川』『高梁川』が、地域では、『横須賀』『伸び行く佐賀』『京都府の歌』『伊万里』など。さらに『日本道路公団行進曲』なんてのもある。
地域を題材にした曲は西日本が多く、九州北部とのつながりが強いように思えます。
出身は東京四谷なのですが、父が九州の放送局の会長で、妹がブリヂストンの創業者一族に嫁いだことと関係がある(ウィキペディア記述)そうですが、度々中国を訪問し、蘇州で亡くなったことから考えると、近い親族関係だけでなく、中国大陸との縁が深いのでしょう。
歴史的に中国大陸や朝鮮半島と縁の深かった九州北部から瀬戸内に思い入れがあった。
このことは、レコードのライナーノーツで本人が明らかにしています。
1976年に亡くなった檀一雄と祖先のことを研究したそうで、こう書かれています。

「七、八百年前、僕や檀一雄の祖先は、中国南部から済州島(昔は亶州と言った)を経て九州の諸河川の下流に住み着き、徐々に上流に拡散して土着した漂漁民(蛮民)であったらしい。」(中略)
「九州は、故郷という感覚を僕に植え付けた。東京は合衆国のようなところで、そこに生まれたとしても、とても故郷と呼べる代物ではない。」

高度経済成長期の末期、すでに東京一極集中状態であったことが伺えます。
團伊玖磨の「地方の力」に対する並々なら愛着と信念は、音楽で力強く響いている。

さて、まずは
合唱組曲『筑後川』。1968年の作品。
作詞は丸山豊。
このレコードの演奏は、九州交響楽団、福岡合唱連盟合唱団、指揮は團伊玖磨。

ピアノ、オーケストラ、吹奏楽、いずれかの伴奏で演奏されます。
各章の題名は以下の通り。
第1楽章:みなかみ
第2楽章:ダムにて
第3楽章:銀の魚
第4楽章:川の祭り
第5楽章:河口

2と3を合わせて緩徐楽章と考えれば、4楽章構成の交響曲と似通っています。
”みなかみ”で歌われる「いまうまれたばかりの川」と「筑後平野の百万の〜〜」の旋律が、終曲”河口”で回帰するところなど、ロマン派以降の循環形式を踏襲しているようにも思えます。
このような物語の形は、『長崎』でも共通しています。

という、音楽用語の解説はおいときまして、国土と人、という視点から見ていきましょう。
この曲はおそらく日本人以外には理解しがたい内容を含んでいます
まず、急峻な山の中腹(阿蘇外輪)で川がうまれ、狭い平野で急速に育ち、人々の生活を支えながら、海へ旅立っていく。その一生をほとんど一つの地域で実感することができる。
出雲神話のヤマタノオロチのように、川を命を持つもの、命を支えるもの、と感じて、八百万の神々のひとつとして祀るのは日本の国土条件ならではなのではないでしょうか。
他方、一度暴れれば膨大な人命を奪う怪物となることも、日本独特です。

特に欧州では、川が複数の国を跨いでゆ〜〜〜っくりと流れていきますから、川を水源から河口まで一体的に捉え難いのではないでしょうか。
『筑後川』に近いものでは、チェコのベドルジハ・スメタナの『わが祖国』の第二曲”モルダウ(ヴルタヴァ)”が有名です。
しかし、『わが祖国』は、紀元前の帝政ローマとの戦いから15世紀のフス戦争における、ボヘミア(チェコ)独立の歴史を描いた音楽ですから、川は長い独立戦争の目撃者として存在しているのです。
やはり、日本人にとっての川とは違いがあります。

『筑後川』は高度経済成長期の後半に作られています。
そのせいか、自然災害の負の面よりも、川がもたらす恵みの方を大きく取り上げています。
と同時に、ダムや工場、都市のビル群など、人間が国土に働きかけてきた営みも、肯定的に捉えているところが特徴です。
川を男女二人のキャラクターにたとえて、ともに育み合いながら大きく成長していく姿。

第2楽章”ダムにて”では、勢いを増した川の水が「非情のダム」にせき止められるところが描かれるのですが、男女二人の歌謡は、重みを増した静かなダム湖で語らいながら、大人に成長していく姿として表現されています。
直接的ではありませんが、治水の役割を象徴しているのだと解釈できます。
ダムと言えば、水没する村の被害や財政問題が取り上げられる一方で、公共の役割を矮小化した言説が現在まで続いています。公共事業批判にもよく使われますよね。
「非情のダム」と表現してはいますが、それは人生における試練のように扱われ、一方的なネガティブさがこの曲にはありません。
余裕があったんでしょうね。

終盤の「川は(川は)大きな川は 輝く活路を探し出す」

ここのところで決まって目頭が熱くなります。

白眉は第5楽章”河口”です。

「終曲(ふなで)を こんなにはっきり予想して 川は大きくなる」

前述したように、川(の水)がいつか海に旅立っていくことは、細長い国土の日本人にはほとんど自明のことです。その短い一生の中で、虫や鳥や動物と出会い、樹々や花々を育て、人々を街を育み、生産性向上を支えてきたのです。

「筑後平野の百万の 生活の幸を 祈りながら川は下る 有明の海へ」

日本のすべての川が、そうであるように。

× × ×

次は交響詩『長崎』。1974年の作品。
作詞は「花の街」と同じく江間章子。
このレコードの演奏は、九州交響楽団、長崎合唱連盟合唱団、指揮は團伊玖磨です。
どちらも「合唱連盟合唱団」なのは、おそらく録音のために結成された臨時の合唱団なのでしょう。

交響詩と題されていますが、合唱付き管弦楽曲で、歌の比重が高い。
『筑後川』と同種の楽曲です。

第1楽章:祝典序曲
第2楽章:平和の泉–長崎讃歌

副題の通り、第1楽章は長崎の歴史と繁栄を祝す音楽で、ここに登場する様々な主題(旋律)が第2楽章へと拡散していきます。
第2楽章前半は、長崎への核攻撃、原子爆弾投下による惨禍が、被災した少女の日記によって描かれる。戦争で亡くなった多く人々を、傷ついた多くの人々を、失われた街を、破壊された国土を、傷ついた少女のことばに映し、怯えた心を慰め、呼びかけ、再起を促すのです。
後半は、再び長崎讃歌となって、爆竹や祭囃子が轟く中、「栄あれ長崎」と繰り返しつつ全曲を閉じます。

『筑後川』が、生まれた川が大海へと旅立っていく様そのままに、静かにはじまって次第に力をため、膨らみ続ける塊の力強さがあるのに対して、『長崎』は華々しい歴史と文化の街が戦争と原爆で挫折する。その絶望的な挫折から、人々が呼びかけ合い、再び立ち上がり成長していく意志の力を感じます。

この音楽は、長崎市民会館の落成を記念して合唱付きの管弦楽曲を作る意図で生まれました。
團伊玖磨は作曲の準備で長崎を何度も訪れ、爆心地や市内外を見て歩いたそうです。

團伊玖磨はライナーノーツにこう記しています。少し長く引用します。

「1973年の夏の或る日、僕は詩人の江間章子さんと、長崎の原子爆弾炸裂の爆心地のあとに佇(た)っていた。爆心地には丸い池が作られ、その澄んだ水には、池の周囲に咲いていた夾竹桃の花の紅が映っていた。」(中略)
「爆心地の池のほとりには小さな碑があって

のどがかわいてたまりませんでした
水には油のようなものが一面に浮いていました
どうしても 水が欲しくて
とうとう 油の浮いたまま
飲みました (あの日のある少女の日記から)

の字が刻まれていた。」

「第一楽章は、昔からの長崎のメロディー、リズムをふんだんに活用したシンフォニックなものにしましょう。そして、第二楽章はこの碑文を歌い、次いでこの恐ろしい経験をした少女に優しく呼びかける形の詩を歌い、三楽章は、続いて、原爆の惨禍から不死鳥(フェニックス)のように立ち上がり、将来に向かって発展する長崎の讃歌を盛り上げましょう。優しい呼びかけが讃歌に流れ込む部分には、爆竹を鳴らして、「おくんち」のリズム、蛇踊りの笛と鳴物の交錯の中に合唱がクライマックスを作るようにしましょう。僕たちは、池の水に映る空の青さと、夾竹桃の花の紅を見ながら、そんな事を相談し合っていた。この池のほとりの石に彫られた小さな詩こそ、百万言の原爆反対の叫びよりも強く僕を打ち、江間さんを打ち、音楽を通して人に訴える内容を持っている。あの、天地が裂けた恐ろしい日と同じように晴れ渡った夏の日の中に佇って、僕はやがて出来上がる交響詩を思った。」

記述の時系列を考えると、着手は1972年の夏頃と思われます。
その秋に江間章子の詩が完成し、團伊玖磨は八丈島の仕事場で作曲を開始、翌年の1月半ばに「脱稿した」。総譜が写譜されパート譜になって合唱団とオーケストラの練習が始まり、初演は團伊玖磨指揮のもと、1974年3月9日に行われたとのこと。

このレコードは、「1974年の秋に、九州交響楽団とともに九州八都市で自作の演奏会を開く事が決まった」際に、『筑後川』のオーケストラ伴奏版が作られたのを機に、同年完成した『長崎』とともに録音されたものと思われます。

× × ×

このレコードは、なぜかCD化されていません。

ボクは、この2曲が大好きで、カセットテープにダビングし、MDが出たときにはそれにダビングしてよく聴いていました。
CD時代になって、リマスター版のCDを待ち望んでいたのですが、いまだに出ていないようです。
『筑後川』の方は、合唱コンクールの課題曲に選ばれたこともあって全国的に普及し、ピアノ伴奏版のレコード(CD)も複数出ています。
しかし、なぜか『筑後川』と『長崎』をカップリングした記念碑的なレコードがCD化されていない。
したがって、『長崎』の方は、LP盤のみで、CDで発売されていないのです。
誠に残念かつ不可解です。

発売元は「東芝EMI」でした。
2003年にユニバーサルに吸収合併され解散しています。その後は「Virgin Music」「EMI Records」となって残ってはいますが、もしかすると音源の所在が不明だったり、委嘱元など権利関係が複雑になって出せないのかもしれません。
これもデフレ不況の被害でしょうか・・・。

『筑後川』は作曲から50年、『長崎』は44年。両曲の録音から42年。
少しも色あせないどころか、益々この音楽の価値は高まってきていると思います。
是非とも、CD化を!

◯エンディング

『筑後川』と『長崎』のかけがえのなさは、両曲が日本の「地方の力」を立ち昇らせる熱い音楽だからです。
人の力、土地の力、文化の力、歴史の力。
それらが渾然一体となった音楽です。

團伊玖磨がライナーノーツの終わりに書いたことは、こと音楽に限らない、現代の「日本そのもの」に対する痛切な願いであり、叱咤であると思う。
40年経ってなお、日本は一人前とは言えない現実を改めて自覚せざるを得ないのです

「今迄、日本の音楽界は只管(ひたすら)に西欧一辺倒、国内では東京一辺倒の姿勢を続けてきた。そうした時代遅れの誤った姿勢は、日本のどの地方にも満ち満ちている豊かな音楽的遺産と、音楽の胚を再認識する事にも怠慢であったし、何よりも、音楽が国中のどこからでも創造出来得るものであり、又、そうする事に依って、真に生活と結びつき、血の通った自分たちの音楽を創造出来るのだという可能性をも自ら塞いでしまっていた。もとより、地方には地方なりの技術的、社会的、経済的制約が、大都市よりも大きく蟠(わだかま)る。然し、積極的な意志と創造性がその蟠りを越える時、どの地方にも、地方でなければ持つ事のできぬヴァイタリティーが、色彩が、心の歌が、そして本当の音楽が立ち昇ることを僕は信じてやまない。日本の各地から、音楽創造の華が咲く時こそ、日本の音楽が一人前になる時なのだ。」

◯コマーシャル

『さよならの朝に約束の花をかざろう』
ロードショー公開は終了していますが、キネカ大森で8月25日から31日まで上映されます。
是非とも劇場で御覧ください!
https://twitter.com/sayoasa_jp/status/1032515471151521795

TVアニメ『ユーリ!!! on ICE』の完全新作劇場版のタイトルが発表されました。
『ICE ADOLESCENCE ユーリ!!! ON ICE劇場版』
YouTube動画です→ https://youtu.be/-wjrCriMOO8
2019年公開予定!

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ボクのブログです。
http://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/

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【平松禎史】「霧につつまれたハリネズミのつぶやき」:第四十八話への1件のコメント

  1. あまき より

    日本語のイントネーションに西洋音楽の旋律を合致させ、かつ多くの共感を集める作品にまで昇華させるのは至難の業(逆もまた同じ)。

    たとえば『すみれの花の咲くころ』は、出だしの「春」から既に相反しています。有名な『筑後川』の第5楽章・河口にはそれがまず見当たりません。

    「魚たち」「虫たち」「小鳥たち」で交叉させる辺りなど、其角の「おくり火や定家の煙十文字」を思い起こさせます。

    伴奏も本当に過不足がない。特に最後の括り方は、さっと身を翻すようで、何度接してもカッコいい。

    体育館で聞いている父兄や、飽きるほど聴いてきたはずの教職員まで、途中からあちこちで目を真っ赤にする光景を壇上から見ました。

    いまの中学校でも『筑後川』が歌われているといいな。

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