From 平松禎史@アニメーター/演出家
◯オープニング
先日、アニメ映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』の0号試写がありました。
「0号試写」はできあがった映画を通して見て、問題点を改めてチェックする試写で、作画や撮影の細かい修正点や音響面のチェックを行います。
部分部分で見ていると気がつかない問題点が全体を見ることで見えてくることがあるので、重要な作業工程です。
その後、初号試写が行われまして、一般向けの試写会があり、本公開の運びとなります。
公式サイトで新しい予告編が公開されました。
こちらの右上の動画アイコンをクリックしてご覧ください。
今回は少々専門的な話。
アニメの「クチパク」の話です。
第四十話「明確さとあいまいさの両立・日本語のクチパク」
◯Aパート
「クチパク」とは、キャラクターがセリフ(音声)に合わせて口を動かす作画技術のこと。
アメリカのアニメーションでは「リップ・シンクロ」と呼びます。
日本では略して「リップシンク」と言ったりもしますが、「クチパク」という言い方に相当する英語はないようです。
アメリカ(おそらくフランスなどでもそうだと思いますが)では、音声に合わせてキャラクターの口を動かすのは体全体の演技と一体化しているため、口の動きだけに特化したことばがないのでしょう。
ディズニーやピクサーのアニメは、体全体を使ったことばの表現がとても豊かで、口の動きも多種多様です。
ボクが若い頃やっていたディズニーの下請け仕事(合作)では、TVシリーズのため日本のアニメのように口だけが動くところも少なからずありました。
英語だと、口の動きに10枚ほど使っています。
日本のアニメでは通常3枚ですから3倍以上の枚数を使ってことばを表現しているのです。
この違いは、英語と日本語の発音の違いに起因します。
よく知られているように、英語には「LとRの違い」があって、それが口の形に表れており、「W」ではじまることばも明確に形にされ、「F」や「Th」を表現する形も明瞭です。
英語は多くの発音を使い分けており、口の形が一致していないとことばが明確にならない。
それで、アニメの口の形も多種多様になっているわけです。
合作では日本人が作業しやすいように発音に対応したチャート(A,B,C,D,E,F…といった具合)があって、一枚一枚にどの形を使うか「明確に」指示されていました。
日本では、(1)閉じ口、(2)中口、(3)開き口 の3枚です。
これをセリフに対して「なんとなく」あうように指示しています。
クチパクの指示は演出や原画マンもやらない場合があり、動画マンがセリフに「なんとなく」合う範囲で「3・2・3・2・3・1・3・2・・・」といった具合に指示します。
なんだかおおざっぱですが、ちゃんとあっているように見えるのが日本のアニメのおもしろいところでもあります。
この3枚クチパク方式は、日本のアニメの歴史とともに先輩方が試行錯誤をして構築したものです。
しかしながら、ボクは3枚では足らないと思うことが多々あって、もう少し増やして、セリフ(音声)と絵の密着感を高めたい欲求をかなり以前から持っていて自分なりに試行錯誤を繰り返してきました。
きっかけは『AKIRA』です。
◯Bパート
(実写の)外国映画の吹替版を観ていて時々気になるのは、英語で喋っている人物と日本語吹替えの音がまったくあっていないこと。
タイミングはあっている、けど、ことばがあわないのです。あたりまえですが。
たとえば、『スター・ウォーズ』のエピソード5、”帝国の逆襲”の最後の方で、ダースベイダーがルーク・スカイウォーカーに「お前の父はワシだ!」と告白する場面があります。(「わたしだ」のほうが良いと思いますがそれはさておき)
ルークは「うそだ」とつぶやく。ここは大丈夫。
問題はその後、最も大きな声で「NOooooo!!」と拒絶するところ。
この時の日本語吹替えは「うそだぁーーー!!」。
人物の口は「のお」と口の形がひとつで長く伸ばされているのに対して、日本語のセリフは「うそだ」と3つの形を必要とする3つの発音なのですから、あわないのです。
ボクは吹替版のほうが直感的に鑑賞できるので最初は字幕版で観て、その後は吹替え版で観ることが多い。
不整合は吹き替えを担当した役者さんの責任ではなく、英語と日本語の違いで、仕方がないことなのです。
ここの「うそだぁーーー!!」で、直感的に観ていた映画が、理屈的に冷めてしまうのを感じる。
絵と声が分離してしいるのを脳で補完しようとするからです。
◯Cパート
日本語の発音は子音の後に母音が付きます。
中国文学者の高島俊男さんの著作に詳しくありますが、たとえば「cup」「deck」「bat」の末尾のp、k、tには母音が付きません。
しかし日本語の「キャップ」「デッキ」「バット」はそれぞれ「う、い、お」の母音が付く。
当然、口の形も異なります。
英語の語頭には「W」や「F」「Th」など特徴的なものがあって口の形も明確に違いがあり、唇や舌の動きが豊かです。
「bat(野球などのバット)」と「vat(底の浅い器のバット)」は「B」と「V」で口の形が異なりますから別な形を描かないとそのことばを言っているようにならないわけで、多種のかき分けが必要になるのです。
日本語にはこのような区別が少ないため、アニメのクチパクも少ない枚数で済んでしまうのです。
では本当に、日本語の発音は3枚で表現できるのか?
ボクは不十分だと思っています。
『AKIRA』を観た時、それ以前にボクは動画スタッフのひとりだったので、クチパクが合作のように10枚以上用意されているのに驚いた。
作画監督が合作経験を持っていたこと、制作会社の東京ムービー新社およびテレコム・アニメーションフィルムも合作経験が多かったからだと思います。
完成した映画を観て、感激したところと疑問を持ったとことの両方が混在していました。
セリフと口があっているように見えるところと、クチパクが多すぎてかえってあわないところがありました。
英語流の口の形を使っているため、日本人のキャラクターが英語で喋っているような違和感があった。
日本語にしては口の形が多すぎるのです。
◯エンディング
日本語をクチパクで表現するには、「明確さ」よりも「あいまいさ」が重要になってきます。
英語の発音のように体系化、記号化するのがむずかしい。
日本の3枚クチパクは高度に記号化され、なおかつ高度にあいまい化された高等技術なのです。
明確さとあいまいさの両立、バランスを上手くとることが必要になります。
伝統的な手法を活用しながら、その慣習(経路)にたよらず、日本語の特徴を改めて意識し、役者の演技(音声)から得た感覚で、絵の情報量を適時増やしていく。
そうすることで、ことばとキャラクターの密着感が増すのではないか。
『さよならの朝に約束の花をかざろう』では、キャラクターの自然な演技を豊かにすることと、日本語の発音に適したクチパクの使い方を模索しました。
その成果はいかに。。。
公開は来年の2月24日です。
◯後CM
東京アニメアワードフェスティバル2018のメインビジュアルを担当しました。
http://animefestival.jp/ja/post/7772/
2018年2月24日公開の映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』に参加しています。
http://sayoasa.jp/
『平松禎史 アニメーション画集』発売中。
『エヴァンゲリオン』シリーズや『彼氏彼女の事情』などカラーイラストを多数収載。
http://amzn.asia/hetpEPD
画集第二弾『平松禎史 Sketch Book』発売中。
キャラクターデザインのラフや楽描き、国民の祝日の絵「ハタビちゃん」シリーズなど収載。
http://amzn.asia/hUQoCkv
2017年放送のTVアニメ『ユーリ!!! on ICE』の完全新作劇場版、制作決定!
ボクのブログです。
http://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/
【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき」第四十話への1件のコメント
2017年12月23日 3:07 PM
>口の動きも多種多様です。
オイラは(ハンナ&?版の)トムとジェリーのトムがジェリーに玩ばれて、唇をブルブルブルブルブルブルさせられている場面を思い出し独り笑いが停まりません。
アキラ映画では教授が顎に手を添えて鉄雄の能力のコンピューター作成映像を見ながら、「素っ晴らしいっ!」のクチパクがシンクロしていたような記憶(間違いでしたらすみません)があります。
チミの記憶の話に何の意味があると?と言われそうな話です。失礼しました。
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