コラム

2017年12月22日

【施光恒】創造性の土台と閉塞感

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございまーす(^_^)/

前回の本メルマガでは、徒弟制の意義について触れました。
日本人自身が、日本の伝統や習慣のよい点がわからなくなってきているのではないかと書きました。

外国人に「この習慣、変じゃない?」と言われると、お人よしの日本人は「そうかもなあ。変えるべきかも」と思ってしまう場合が多いように感じます。

厚切りジェイソンという米国人の芸人さん(兼 IT企業の役員)がいます。「Why ジャパニーズ・ピーポー?」などと問いかけて、日本の習慣の不思議なところに突っ込むのを一つの持ちネタにしています。(厚切りジェイソンの漢字ネタを動画でみたら、結構、面白かったですwww)

その厚切りジェイソン氏、以前、ツイッターでこういう書き込みをしていました。

***
幼稚園→周りと合わせろ
小学校→周りと合わせろ
中学校→周りと合わせろ
高校→周りと合わせろ
大学→周りと合わせろ
会社→周りと合わせろ
パターンパターン!見えてきたよ!

「やりたいことが分からない」とよく相談受ける理由。
自分で考える機会が今までなかったから。
***

これはあまり面白くありません。「日本人は同調主義的で主体性がない!」という欧米人がよくしたがる陳腐な日本批判です。
(´・ω・`)

ですが、こういう批判をされると、「そうだよなあ。日本人ももっと自律性や主体性をもたないといかん!」などと素直に思ってしまう日本人も少なくないようです。

地域によりますが、最近では、外国人の子弟が、日本の小学校や中学校に通うことも比較的普通になってきました。子供を通わせている外国人の父兄が、日本の学校の指導のありかたに素朴な疑問をもつことも増えてきています。

日本の学校には、班活動、給食当番、教室の掃除、部活動など、集団で共同作業をする場面が多くあります。例えば、こういうものについて「集団主義的過ぎないか。子供の個性を圧殺してしまうのではないか」などと心配になる外国人父兄も結構いるようです。

彼らにまさに「なぜ?」と問いかけられたとき、日本の学校の教師は、自分たちが普段やってきたことの意義をきちんと説明できないとまずいはずです。ですが、これ、結構難しそうです。

いくつかの答え方があるでしょうが、私だったら、例えば、次のように答えたいと思っています。

「「創造性」や「個性の発揮」についてのとらえ方が日本と欧米などとはかなり異なる。班活動や給食当番など、日本の学校で集団での共同作業を重視するのは、もちろん他者との協調や調和それ自体が大切だということもあるが、それだけではない。子どもたちの創造性や個性を十分に伸ばし、発揮させるためにも、他者と良い関係を築いていくことを覚えるのは重要だと日本では強く考えられているからである」。
(`・ω・´)

つまり、日本は、個々の子どもの創造性や個性を軽視しているのではない。むしろ、それを発達させるためにも、他の子どもたちとよい関係を作り、共同でいろいろなことをする練習を積むことが大切だと考えてきたということです。

この点について、以前、評論家の山崎正和氏が、日本文学者のドナルド・キーン氏に触れつつ、興味深いことを述べていました。日本と欧米の詩歌に対するとらえ方の違いです(山崎正和『室町記』朝日選書、1976年)。

欧米では、詩人や作家は、しばしば孤独で天才的な隠遁者のイメージがあります。実際、米国の著名な女流詩人エミリー・ディキンソンは今でいう「ひきこもり」に近い人でした。よく知られたところでは『ライ麦畑でつかまえて』でよく知られている作家J・D・サリンジャーも長く隠遁していました。

米国などの考えだと、詩歌は、神の啓示を受けて作られるので、詩人や作家は、あまり人付き合いせず、隠れ住むような暮らしをしていてもいいのです。詩歌をはじめとする芸術は、啓示を受けた個人が生み出すという発想が根底にあります。神を背負った個人が作ると想定されるのです。

他方、キーン氏は驚きをもって記していますが、日本の伝統では、詩歌は常に、人と人との関わりのなかで生まれると考えられてきました。

和歌も俳句も、歌会や句会といった社交の場で作られるのが基本でした。時には、吟行という具合に皆で出かけて行って、歌を詠むこともよくありました。

場の雰囲気や感情を共有し、人と人とが関わり、お互いに批評し合う中で、よりよき詩歌が生まれると想定されてきたのです。詩歌だけではなく茶道や華道にしても、日本の芸術は、社交の場で人をもてなす中で作られるものでした。

日本と欧米のこのような相違は、芸術観の相違であると同時に、創造性に対する見方の違いでもあります。欧米では、創造性を担うのはあくまで個人です。かつては背景に神の啓示がありましたが、世俗化の進んだ現代では神はあまり意識されず、個人の独創がそれを担うという発想に立ちます。

他方、日本では、創造性が生じるのは、人と人との間です。つまり、良き人間関係がある場です。状況を共有し、そこで生まれる感情を分かち持つ人々の相互作用のなかから新奇のユニークなものが生じるという発想です。

創造性についてのこうした日本的な見方は、教育心理学者も指摘しています。臼井博氏は、日米の比較研究の結果をいくつか参照しつつ、「個人主義の伝統の強いアメリカでは創造性を個人の中の特徴であると見やすいのに対して、日本ではそれをむしろ個人間に共有される特徴とみる傾向があるのではなかろうか」(『アメリカの学校文化 日本の学校文化』金子書房、2001年、91頁)と述べています。

つまり、日本では、創造性は、誰か特定の個人の内部から生じるものというよりは、人と人との間から生じると考えられる傾向があるということです。各人の個性の発達も、やはり、よき人間関係の経験を通じて、生じてくると考えるわけです。

そういうことから、日本の学校では、個々の感情移入能力を磨き、他者とのよい関係を築く能力を重視するのです。そのため、班学習や給食当番、清掃、部活動などの集団活動の場を数多く設定し、協調性を陶冶し、また、学級会や「朝の会」「帰りの会」といった皆の生活を振り返って話し合う場を作り、他者への感情移入能力を磨くことを大切だと考えてきたのです。

「創造性」に関する日米の発想の違いは、ビジネスの現場などにも表れます。例えば、米国では、イノベーションを起こす主体として想定されがちなのは、起業家です。独創的個人である起業家が天与の才でもってブレイクスルーを起こすというのが、ビジネスの場での創造性発揮のイメージでしょう。

最近では、日本でも起業家とかイノベーションとかシリコンバレーとか米国的な見方をもてはやすようになってきています。

ですが、それでも日本人にとってなじみ深いのは、やはり、いわば「プロジェクトX」的な見方ではないでしょうか。つまり、新製品の開発など創造性が必要とされる場合、ひとまず、よき信頼関係が得られる場を作り、その場における「知の共有」「感覚の共有」を図っていく。そして皆で、忌憚のないやり取りや試行錯誤をしながら、新奇な、優れたものを生み出していくという見方です。

例えば、「知識経営」を広めた経営学者の野中郁次郎氏は、かつてそのような見方で日本企業の創造性を分析し、大きな話題を呼びました(野中郁次郎、竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年)。

気がつけば、また、ちょっと文章が長くなってきました…
f(;^ω^)

結局、何が言いたいかといえば、前回と同じ結論ですが、日本人は、自分たちの日頃の習慣や決まりごとといったものの意義を、知的に理解し、ある程度、言葉で説明できるようにしておくことが現在では必要ではないかということです。

そうしなければ、外国人にうまく説明できないばかりか、日本人自身が、日本的なものの見方を理解できなくなってしまい、みずから良かれと思って「改革」を進めてしまう。その結果、日本人の多くにとって暮らしやすい、また、能力を磨き発揮しやすい社会的基盤を壊してしまうということになってしまうのではないかと危惧します。

今回取り上げた創造性に関しても、米国型の起業家重視の見方が最近では広まりつつあるように、日本人自身が、日本的見方を忘れつつあるというか、きちんと理解できなくなっているように思います。

「創造性とは人と人との間に生まれるものであり、それゆえ、その発揮のためには、相互に信頼し合える良き人間関係づくりがまず大切だ」というような創造性についての日本的見方が忘れられ、改革によって米国型の組織がどんどん増えていけば、結局、創造性を発揮する条件が損なわれ、日本人は創造性を伸ばしにくくなってしまうのではないでしょうか。

その結果、改革すればするほど閉塞感が高まるという、ここ20年間繰り返されてきた光景がまたひとつ再現されることになってしまうのではないかと思います。

長々と失礼しますた…
<(_ _)>

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【施光恒】創造性の土台と閉塞感への6件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    施先生の長文待ってました!ぱちぱちぱち

    >結局、何が言いたいかといえば、前回と同じ結論ですが、日本人は、自分たちの
    >日頃の習慣や決まりごとといったものの意義を、知的に理解し、ある程度、
    >言葉で説明できるようにしておくことが現在では必要ではないかということです。

    諸手を挙げて賛同いたします。
    この準備が今後の戦争の勝利につながると、、、ちょっとオーバーですね?

    ところで、創造性と文化的差異について自分はあまり深く考えたことはないのですが、少なくとも一人で創造性を発揮し実現してしまう、結果を出してしまう人、いわゆる天才は東西とわず存在するでしょうがいずれにせよ希少であり、そうでない凡庸な我々がそれに近い結果を出すには、ひとりの力ではなく、複数人の力を掛け合わせることが肝要だと理解しております。

    で、複数の力を生かして創造的な何かを成すにはどうすればいいのか。
    ただ議論を百回すればよいわけでなく、声の大きい人に従えばよいのでなく、また仕切り屋に筋道を確固として付けてもらえばいいのでもない。

    個々人の気づきを強制的に出す方法、それら気づきを皆で確認する方法、それらを経て、さらに新しい仕組みを考えだす方法、これらは存在します。そしてそれら活動に大切なのは、目的を共有することです。

    集団行動を重視する日本の今の教育は、目的を確認しあってひとつの作業をなすという意味において、とても未来の世界にむけ強力だと思われます。昨今では個々人の知識や論述の能力をペーパーテストで計る学力よりも、集団のなかでみなを支配するでなく活かしながらものごとを進める力こそ求められている(自分の理想も入ってる??)のだとも、聞いております。

    ジェイソン的な、個性とか、集団否定論は、きわめて大陸的な、つまり、たった一握りの成功者のためのシステムで、敗者はどこへでも流れて退場する文化のものだと、自分には聞こえます。
    日本には合わないですし、狭くなった世界で、もう歴史的に古い!のではと自分は思います。日本らしい日本は、もっともっと大きな使命が見いだせるのだと思っております。

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  2. たかゆき より

    義務教育制度と徴兵制度

    たしか明治5年に発令かと、、

    なぜ同じ年か?
    集団行動の 大切さと特定の思想を叩きこみ
    使い捨ての 兵隊さんを大量に生産するためでせう

    そして 現在 小学生はランドセルという
    背嚢をいまだに 背負う兵士予備軍

    右側の国に 「右向け右」と言われれば 右だけを
    左側の国に 「左向け左」といわれれば 左だけを

    死ぬまで 向き続ける 優秀な兵隊さんに
    なるので せう。。。

    ちなにみ 創造性
    >創造性とは人と人との間に生まれるものであり

    もしそうで ございますならば
    小生は 創造性とは 一生無縁でございます ♪
     

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  3. たかゆき より

    そうそう

    福沢諭吉先生は なんと 仰いましたっけ?

    一身独立して 一国独立す

    でしたよね。。。

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  4. ホワホ より

    そもそも、欧米こそ同調圧力の塊なんですが…
    そうでないなら学会に於いて主流派なんて言葉生まれませんよ

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  5. robin より

    創造性というと一部の天才による天啓とか直感によるものだと思いがちだが凡人達による創造性とは試行錯誤や知識や知恵による相互のフィードバックや知情意をバランス良く兼ね備えた人間によるものだろうか、感情や意志に基づく探究心や向上心、後は幸運と言う名の蝶が自分に止まるかは運による要素が大抵ではないかと。予測可能性に満ちた文明社会に暮らしてるとあらゆる言い訳も容易になりそうだ、自分は天才ではないからと始める前から諦めたりマスコミは偶然をさも必然かのように虚飾する、始める前から言い訳を用意する周到性、大衆とマスコミは相互に騙し合って傷を舐め合っているように見えて視聴してると気分が悪くなる。口で言う前にお前ら本当に自分でやってみたのか、と言いたくなる。

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  6. F-NAK より

    プロジェクトマネジメントの世界標準である PMBOK には、守るべき倫理として、個人のプロ意識以外にも、「知識ベースへの貢献」や「協調的な手法による交流」などが規定されています。

    海外でも「集団の和」が軽視されてるわけではありません。
    アメリカで書かれたマネジメントに関する書籍でも、(昭和のですが)日本企業を参考にしているものが数多くあります。

    海外は日本のよいところを吸収していってるのに、日本では自国のよい部分を捨てている。
    それに気づかず「やっぱり日本はダメだ」という評価になり、更に日本の改悪が加速する。という悪循環に陥っている気がして ありません。

    私の中には、日本に来ている高学歴外国人タレントって、本国で通用しなかった人たちなのでは? という疑念が消えません。

    信用度のよく分からない外国人タレントの言い分に、振り回されないようにしたいものです。

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