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2015年7月28日

【藤井聡】世の中を変えたいのなら、『交通』を考えろ!

FROM 藤井聡@京都大学大学院教授

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●●長崎の「軍艦島」は「日本のアウシュビッツ」にされてしまうのか?
月刊三橋の今月号のテーマは、「歴史認識問題」です。
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

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橋下大阪市長率いる「維新」をはじめとした、「改革好き」の日本人は、とかく、「幕末」から「明治維新」における「変革」をもてはやします。

「明治維新」には、彼らが好む、古いものをきれいさっぱり捨て去って、彼らが理想とする机上の空論を社会に実装させ、社会を作り替える事に成功した、という側面があります。だから彼らは、明治維新を引き合いに、ありとあらゆる「制度改変」を是認し、推奨します。

しかし明治維新の改革の多くは、実は、単なる「旧体制の破壊」に過ぎず、破壊された後には、単なる、

「無秩序な混沌」

をもたらしたに過ぎなかった―――ということが、幕末から明治維新を舞台とする人間群像を描いた島崎藤村の小説『夜明け前』からはっきりと伺い知ることができます。

「当時、外国の事情もまだ充分には究められなかったような社会に、西洋は実にすばらしいものだという人をそう遠いところに求めるまでもなく、率先して新しい風俗に移るくらいのものは半蔵(注:小説の主人公)が宿の亭主多吉のすぐそばにもいた。

…(略)…実際、気の早い手合いの中には、今に日本の言葉もなくなって、皆英語の世の中になると考えるものもある。

皮膚の色も白く鼻筋もよくとおった西洋人と結婚してこそ、より優秀な人種を生み出すことができると考えるものもある。

こうなると、芝居(しばい)の役者まで舞台の上から見物に呼びかけて、

『文明開化を知らないものは、愚かでござる。』

と言う。

五代目音羽屋(おとわや)のごときは英語の勉強を始めたと言って、俳優ながら気の鋭いものだと当時の新聞紙上に書き立てられるほどの世の中になって来ていた。」

なんだか、現代の話を聞いている様ですね(笑)。

江戸末期から日本人の中には(相当数の?)おバカさんがいた様子が、よく分かります。

で、その結果どうなっていったかと言うと……

「かくも大きな洪水(こうずい)が来たように、慶応四年開国以来のこの国のものは学問のしかたから風俗の末に至るまでも新規まき直しの必要に迫られた。

日本の中世的な封建制度が内からも外からも崩(くず)れて行って、新社会の構成を急ぐ混沌(こんとん)とした空気の中に立つものは、眼前に生まれ起こる数多くの現象を目撃しつつも、そうはっきりした説を立てうるものはなかった。

というのは、いずれもその空気の中に動いていて、一切があまりに身に近いからであった。半蔵にしてからが、そうだ。」

つまり、何もかもが崩れていって、混沌としていって、もう何が何だか分からなくなっていった、ということですね。

これもまた、平成の御代かと見紛う様なお話。

ただし!

どうやら、そんな「何の筋も無い、混沌とした世の中」にあっても、その混沌に、一定の

「秩序」

を与え得るモノがあることを、一市井の民(主人公の半蔵)は明確に論じています。

「ただ馬籠駅長として実際その道に当たって見た経験から、彼の争えないと想(おも)っていることは、一つある。

交通の持ち来たす変革は水のように、あらゆる変革の中の最も弱く柔らかなもので、しかも最も根深く強いものと感ぜらるることだ。

その力は貴賤(きせん)貧富を貫く。人間社会の盛衰を左右する。歴史を織り、地図をも変える。」

つまり、日本の社会の仕組みがことごとく「舶来」のもので、めちゃくちゃに、無秩序に破壊されていく中で、

『最も弱く柔らか』

であるにも関わらず、

『最も根深く強い』

影響を及ぼし続けたのが、

『交通』

だったということです!

ここで言う交通とは、一つに、黒船来航を皮切りに始められた「貿易」ですが、もう一つはもちろん、

「道(路)」

です。

なんと言っても、この『夜明け前』は「木曽路は全て山の中」というかの有名なセリフで始まる小説ですが、その主人公・半蔵はその中山道の宿場町の庄屋だったのです。彼は、宿場町の変化を日々見詰めながら、「道(路)」の凄まじい力に吃驚した、という次第です。

その力はつまり、短期的にみれば「弱く柔らか」にしか見えぬものの、長い時間軸で眺めれば、「深く強い」ものなのです。

そして、その「深さ、強さ」は、

「貴賤(きせん)貧富の差を超え、
人間社会の盛衰を左右し、
歴史を織り、
地図をも変える」

程の凄まじさだ、という次第です。

それは、平成の御代に「維新だ!」「改革だ!」と叫ぶ輩どもが好む、下らない抜本的見直しやイノベーションとは完全に対照をなしています。

そんな抜本的見直しやイノベーション、改革は、短期的な視点で見れば、「強く、刺激的」なものに見えます。

しかし、長期的にみれば、それら改革、イノベーションは、単なる思い付きの行き当たりばったりのチグハグな、「脆弱」なものにしかすぎません。

ですからそれは結局、長期的な視座から眺めれば、「交通」のそれとは真逆に「歴史を織り、地図をも変える」程の「深く、強い影響」を持つ事などあり得ない、陳腐なものにしか過ぎないのです。

そうである以上、単純に、「変えなきゃならん!」「チェンジが必要だ!」と叫び続ける、今日の輩の皆様は、結局は何も変えることなく、ただ単に

「破壊」

「無秩序」

をもたらすに過ぎない、ということなわけです。

だから、ホントに「変える」「チェンジ」を志向するなら、下らない改革などは一旦おいといて、大局的視点から、

「交通」

のあり方を抜本的に見直すことが何よりも大切だ、という事なわけです。

そして、そういう議論はまさに、マルクス、スミス、リストら、近代黎明期の社会科学者達が紡ぎ出した議論とまさに軌を一にするものです。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/06/02/fujii-145/

……とはいえもちろん、だからこそ、「交通」は

「恐ろしいもの」

でもあります。

改革論者、維新推進者たちの「ままごと」の様な改革ごっことは全く異なる、深く、強い力を持つものが「交通」である以上、その整え方を一歩間違えれば、その地域、国、文化、歴史は、全く予想だにせぬ異なったものともなってしまうのです。

だからこそ、交通に関わる取り組みは、超長期的な視座の下、歴史と伝統と文化と風土を見据えながら、高い理想を掲げつつ、その国の遠い将来に思いを馳せる、

「力強い精神の営み」

を必要不可欠としているのです。

そうした「交通にまつわる、力強い営み」を、私たちは普通、一般的な「交通計画」と呼んだり、「モビリティ・マネジメント」と呼んだりしています。

この恐ろしい力を秘めた交通を手なずけるためにも、下らない維新や改革にかまけることなく、「謙虚さを携えた人間精神の意志の力」を最大限に発揮する交通計画やモビリティ・マネジメントを志すことが必要なのではないかと、当方は考えます。

ついてはみなさんも是非、

 「交通」(モビリティ)

の大切さに思いをはせつつ、それぞれの地の隆盛や国の将来を慮っていただけますと幸いです。

では、また来週!

PS
空恐ろしい力を秘めた「交通」のパワーにご関心の方は是非、こちらの『超インフラ論』をじっくりと度一読ください!
http://amzn.to/1JIB755

PPS
あるいは、「まちの交通」を改善することでまちを活性化したいとお考えの方は是非、当方の文字通りの最新刊(!)であります、「モビリティ・マネジメント」についての下記書籍、是非、ご一読ください!
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月刊三橋の今月号のテーマは、「歴史認識問題」です。
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【藤井聡】世の中を変えたいのなら、『交通』を考えろ!への6件のコメント

  1. 拓三 より

    インフラ論を「古い」とか「昭和の発想」と言う奴、頭湧いとんな。たぶん、この人達の文明や歴史は戦後から始まったと思ってんやろな。可哀想に………..。

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  2. 學天則 より

    心の重要さを上げておられる方がいますが、やはり大切なのはまず人生という道であり、人生の交通をどうするかがまず大事ですよ。まあ、そういうのは口で言えばいいわけですが、議論の出来る勉強している人間なんて昔から限られているので文化的な面から情緒的な方法で価値観として植え付けていくしかないし、実際、人類は歴史という中でそういう手法を編み出してきました。その為には最低限の衣食住の確保が必要で、文化的な事は残念ながらその次となる。物理的道路の前に共同体の軸となる精神的な物流を担う情報通信網に力を入れ、住民の物心両面あわせて人をきちんとつくらんと藤井先生の言われるように人がおかしいと今や情報通信網に包括される道路や鉄道交通すら管理できません。常に時代は創造により現状にある物を知的に再定義し革新し、他国の追撃から逃れる知的創造能力が未来を決します。人が物欲だけの精神という人間の部分が死んだ物同然だと既存の物を奪う事に走るだけで、人間がだけが持つ、創造性はなかなか生まれてこない。物は思考しません、出来ません。それを実践するには大学は知的中枢機関としての責務を自覚し、社会という有機システムを知的理解し包括的に解説できるかがカギとなると思います。本来は包括的に行うのは政治家でしょうが、今の民衆から選挙で選ばれる政治家にそんな物は期待できないですから、藤井先生の様に専門に捕らわれない包括的な視野のある学者が集まり学問の実践性を追求し、学問を再定義、再整理する集団が社会の指導者として必要かもしれません。この辺、西邊先生あたりもにかよった学問の再編を言われていた様な事を人づてで聞いた記憶もあります。

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  3. 神奈川県skatou より

    交通!交通を現状の延長や修正で考えるのでなく、べき論で考えると、とても力強い日本の骨組みの担保になりそうですね。交通は文化・習俗も形成するでしょうし。公の場、公というもの、これを将来に向けて用意するかどうかも、未来の形成の検討課題だと自分は思っております。

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  4. ぬこ より

    貴賤や貧富の垣根を越えて、日本人の心の「道」を繋げる事も大事なのでせうか??自転車が通ろうがお構いなしに狭い路地を猛スピードで走ってくる車混雑時の駅ホームでスマホを観ながら階段を降り交通の流れを妨げる人道と道の要所要所でいつも見かけるこれらの人々。とてもこれらの人々と同じ「道」は歩けそうにありません。些細な所から亡国してるのでせうか?また、デパート等に入る時、出る人を先に通すべくドアを開けた際、お礼を言うのは、日本人より欧米人の方が多いと言う皮肉黙って、当たり前だ!と言う様な顔で出てくるのは大体日本人(中韓も居るかも(笑))そうした心の道を矯正する為の、インフラも求められてるのでせうか?スマホは今、歩行速度で利用の際、アラートがでる仕組みを一部採用してるそうですが、何だかな〜、という感じです。なんかアメの悪い所ばかり真似してると言うか、日本人が子供を通り越して動物になっている気がします。昔の人々は、雨が降ったら傘と傘がぶつからない様にすれ違いざまに斜めに倒したりと、ちょっとした心遣いがあったのでせうか?…そんなちょっとした配慮が既存のインフラを輝かせたり良質なインフラを産むのでせうか?

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  5. 天鳥船 より

    現代人は、あまりにも明治維新を美化しすぎです。何か、高い志を持った若い侍達が起こした近代化革命のようなイメージで捕らえているフシがありますが、勿論、そのような側面が全く無かったとは言いませんが、根本にあるのはあくまでも、当時無名の下級武士達の手による徳川政権に対するクーデターです。明治政府による代表的な施策の1つに、廃城令があります。これにより、多くの名城が取り壊されました。特に、松平家のいた城は、徳川憎しとばかりに例外なく廃城令の対象となりました。廃城になった城はどうなったかと言うと、構造物は破壊されて更地となり、民間に競売にかけられました(官から民へ、ですねw)。しかし、その殆どは民間では維持管理しきれず、石垣の崩落事故等が相次ぎ、結局は地元自治体が買い戻して城址公園といった形で整備することになりました。最後はは税金で尻拭いをすることになった訳ですね。こういった計画性の無さは、今も昔も「改革」を声高に叫ぶ者に共通しているように感じます。明治政府が壊したのは、有形文化財ばかりではありません。所謂「古武道」も、こんな野蛮なモノはこれからの時代には不要だ、と多くの流派が断絶の憂き目にあいました。要するに、中国の文化大革命を悪く言えないような愚かなことを明治政府もやった訳です。結局、本来で有れば国家の運営というものは、国としての明確な方向性を描き、その為の有るべき国家像、有るべき国民の姿を打ち出して、そのためには何を変えて何を残していかねばならないのか、是々非々で判断すべきなのですが、いつの間にかそれを忘れて目的と手段を混同し、得てして改革自体が目的になってしまいがちです。しかし、明治政府は殖産興業、富国強兵といった明確なビジョンを持ち、日本を一等国として西洋列強国に認めさせるまでに至りました。この辺り、誰とは言いませんが「このままでは日本は駄目になる」「とにかく変えて駄目だったら戻せば良い」等と無責任なアジテーションを連発するだけの改革馬鹿とは違いますね。

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  6. もうもう より

    今の日本において改革好きの最先端は橋下市長では無く安倍晋三でしょう。藤井先生のご意見には全くもって異論はございませんがこのまま、安倍政権が続く限り日本はボロボロにされハゲタカだかタケナカだかが潤うだけです。橋下市長の都構想のバカ騒ぎを批判しておいて安倍首相のブレーンでありながら安倍の暴走を批判しないのはいかがなものでしょうか。

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