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2014年9月16日

【藤井聡】問題なのは「政府の借金」ではない,「民間の借金」である.

From 藤井聡@京都大学大学院教授

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●『月刊三橋』最新号のテーマは、「朝日新聞<従軍慰安婦>誤報問題」になります。
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_china.php

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今,来年秋の10%への「消費税増税」の是非を巡り,様々な言説がメディア上でも取り上げられるようになりました.

その「増税反対論」は当然ながら,それが,日本の「デフレ脱却」を妨げ,多くの国民が仕事を失い,仕事を持っている方々でも所得が大きく減少してしまう,しかもそれらの傾向は,都市部より地方部,大企業よりも中小企業,資本家よりも労働者…..という形で,いわゆる強者よりも弱者において顕著となってしまうから…..ということを,明示的あるいは暗示的に認識しているものと思います.

普通に考えれば,この「危惧」が,相当程度払拭されない限り,来年秋の10%への増税など許容することはできない,というのが,常識的,良識的判断であることは,疑いを入れません.

一方で,増税を是認する方々が準拠しているのは,当然ながら,「増税することが,日本国民のためになるのだ」という予断です.

では,その予断の具体的内実とはどんなものかといえば,その典型的なものは,下記のようなものです.

(学者)
http://diamond.jp/articles/-/29836

(政治家)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140910/stt14091017500012-n1.htm

すなわち,これらのご主張の背後にある「物語」を簡潔に申し上げれば,次のようなものだと言うことができるものと思います.

「今や日本政府の財政は,借金が対GDP比で2倍を上回るほどの危機的状況にある.

増税しなければ,日本は深刻な経済危機を迎えてしまう.だから,増税が必要だ.」

もちろん,こういう予断が100%間違いである,ということを証明することはできません.

つまり,増税が国益のためにこそ必要なのだ,というロジックを完璧に否定することは,神様あらざる人間には不可能なのです.

が!

人間にでもできることはあります.

それは,人間の「知性」でもって(理論やデータの力を借りながら)「上記の予断が間違っているという疑義は濃厚なのではないか?」という可能性を突き詰めて考える,という知的活動です.

そんな「知的活動」の一つとして,次のようなコラムが公表されています.

「政府の借金は問題じゃない.民間の借金こそが問題なのである」

Government Debt Isn’t the Problem—Private Debt Is
http://www.theatlantic.com/business/archive/2014/09/government-debt-isnt-the-problemprivate-debt-is/379865/?single_page=true

このコラムの主張は文字通り,そのタイトルが示している「政府の借金は問題じゃない.民間の借金こそが問題なのである」というものです.

もう少し解説すると,このコラムが主張しているのは,次のような趣旨です(下記は直訳でなく,当方の解説です).

『リーマンショックやバブル崩壊,アジア通貨危機,ユーロ危機などの「経済危機」は,政府の借金が増えることによってもたらされる....と多くの経済学者や政治家は信じている.

しかし,そうした危惧は,単なる幻想である疑義が濃厚だ.

実際に過去のデータを見てみれば,すべての経済危機の直前における「政府の借金の対GDP比率」は,一律,「低い」のが実情である.

その「水準」が低いだけでなく,その「増加率」もまた低いのが実態だ.

つまり,政府の借金が大きいことやそれが増えていくことが,経済危機の源泉だという言説は,単なる幻覚的妄想にしか過ぎない,というのが,過去のデータから実証的に示唆されているのである.

では,政府の借金でなければ,いったい何が,経済危機をもたらしてきたのかと言えば,それは,「民間の借金」の高さ,ならびにその急増である.

つまり,経済危機というものは,政府の借金ではなく,民間の借金によって引き起こされるものなのである.

これこそが,過去のデータによって示されている真理なのだ」

具体的に翻訳しますと,このコラムでは,次のように述べられています.

「1929年の大恐慌の直前も,
1997年のアジア通貨危機の直前も,
1991年の日本のバブル崩壊の直前も,
いずれにおいても「政府の借金の対GDPは比較的低かったのであり,かつ,その増加率も低いのが,実態だったのである.

2007年のリーマンショックの直前についても,アメリカでは,中東での戦争や社会プログラムのために支出が大幅に増えていたにも関わらず,政府の借金の対GDP比率は10年前に比べて特に増えてはいなかったのである.

1991年の日本のバブル崩壊の直前,1997年の韓国のアジア通貨危機の直前においては,政府の借金の対GDP比率の五年間の増加率はほぼゼロだったのである.

最近のスペインの経済危機の直前において言うなら,借金の対GDP比率は16%も減少していたのである.」

The ratio of government debt to GDP was relatively low, and its rate of growth_flat, before the crash of 1929, the Asian crisis of 1997, and the Japan crisis of 1991. In the United States, even with its Middle Eastern wars and a major increase in social program expenditures, the ratio of federal debt to GDP was no higher in 2007 than it had been a decade before. The five-year increases in government debt to GDP in Japan as of 1991 and in South Korea as of 1997 were both near zero. In Spain, before its recent crisis, government debt to GDP declined by 16 percentage points.

一方で,「経済危機」の前に何が急増していたのかというと.....民間の借金総額,である,という実証データが紹介されています.

このコラムの二つ目のグラフ(Japan Crisis of 1991: GDP, Public Debt, and Private Debt)は,そのことを明確に示しています.

http://www.theatlantic.com/business/archive/2014/09/government-debt-isnt-the-problemprivate-debt-is/379865/?single_page=true

このグラフの「1991」のところに縦線が引いてありますが,この線はバブル崩壊を示しています.

そして,「public debt」の線を確認ください.これは「政府の借金」という意味です.

で,この線,1991年のバブル崩壊まで,GDPの線(一番太い実線)と,ほぼ「平行であることを,ご確認いただけると思います.

このことはつまり,バブル崩壊直前まで,「政府の借金の対GDP比率は,一定水準を保っていた」ということを意味しています.

一方で,「private debt」の線をご覧ください.これは,「民間の借金」を意味しています.

ご覧のように,1975年から1991年にかけて,着実に増加しており,1985年頃から急激に増えていることがわかります.

そして,その「増え方」は,GDPの増え方よりも一貫して大きいことをご確認いただけると思います.このことは,つまり,「民間の借金の対GDP比率は一貫して増加し続けていた,そして,経済危機の直前には急伸していた」ということを意味しています.

さらに言えばこのことは,バブル崩壊は,「政府の借金の対GDP比率の伸び」で引き起こされたのではなく,「民間の借金の対GDP比率の伸び」によって引き起こされた可能性を含意していますよね.

理屈で考えても,それは簡単に合理的説明が可能です.

民間の借金がうなぎ登りに増えた,という事実は,「土地転がし」に代表される,「投機」の加速的な過熱化を反映したものと考えられます.

つまり,民間人のカネをたくさん持ってる人たちが(個人,法人問わず),さらに,カネを増やそうと考え,土地や株に「投資」するのではなく「投機」していったのです.事実,その頃は,投棄すればするほどにカネを儲けることができたのです.だから,そのカネ儲けのために,銀行から大量のカネを「借金」し,投機を重ねていった訳です.

こうしたことを,「一部」のカネ持ち達(決して,全員ではありません.バブルの時代にも真面目に暮らし,真面目に投資していた人が多数いたことを忘れてはなりません!)が,さながら気でも違ったように繰り返していったのが,皆さんご存じの通り「バブル」というものだったのです.

そしてそうした過剰な投機のための過剰な借金によって,「民間の借金の対GDP比率」は増えていきました.

ところが,バブルが崩壊すると「投棄すれば儲かる」という前提が崩れてしまいました.同時に,「カネ儲けのために投機を繰り返していた一部の人々」は返済できない程の多額の借金を背負ったが故に,彼らは今度は,借金を全く,ひたすら借金を返済する方向へと向かっていったのです.つまり彼らは,「(正常な資本主義経済を回すために不可欠な)正常な投資活動」を全くやめてしまったのです.

その結果,このグラフに示してある通り,民間の借金の対GDP比率は,今度は逆に,「右肩下がり」に,ひたすら減少していくこととなったのです....

こうなったとき,政府もまた,借金を増やさなければ,GDP,つまり,国民の所得(!)は,坂道を転げ落ちるように低下していくことになります.

したがって,GDP,つまり国民所得を守るために,政府は致し方なく,ニューディール的な財政支出を行ったり,そしてそれ以前に,制度として定められている失業対策や生活保護などの社会保障費が増やしていくことになりました.そしてその結果として,経済危機後,政府の借金の対GDP比率は右肩上がりに伸びていくことになっていく訳です.

このことは次のように言うこともできます.

すなわち,

1)GDP=国民の所得が伸びていくためには,誰かが「借金」をしなければならない,

2)健全なる資本主義では,その「借金」を「民間」がやり,それをサポートする格好で「政府」もまた借金をするものである,

3)ところが,経済危機が生じ,民間経済が不況となれば,民間が,十分に「借金」をして,GDPの水準を維持していくことができなくなる....

4)だから,結果として,経済危機後においてGDPの水準を維持していくために,政府は,

「民間がやらない借金の肩代わり」

をしてやるようにして,借金を増やしていかざるを得ない....

これが,このグラフに示されている,バブル崩壊後の政府の借金の急伸と,民間の借金の縮減です.

ちなみに,こうした経緯は,アメリカのリーマンショック前後においても,全く同じプロセスが生じていることが確認できます(このコラムの一つ目のグラフをじっくりとご確認ください).

さらには,先に直接翻訳した部分にも明記されているように,同様のプロセスは,1929年の世界大恐慌や1997年のアジア通貨危機,最近のユーロ危機においても認められる...ということが考えられます.

いずれにしても,こうして繰り返されてきた歴史的事実が含意しているのは,次の二点です.

第一に,「日本経済に多大なる影響を及ぼしうる要人達」の多くが危惧しているのとは裏腹に,経済危機は政府の借金の増進によってもたらされてきたのではなく,民間の借金の増進によってもたらされてきた,「客観的事実」です.

そして第二の,そしてさらに重要なポイントは,政府の借金を減らすために必要なのは,「民間の借金を増やすこと」という一点なのだ,というものです.繰り返しますが,GDP=国民の所得を守っていくためには,誰かが借金をせねばならず(それが,資本主義,というものの本質なのです),その借金を,民間が担わなければ,政府がそれを担い続けなければならない,という構造が,存在しているのです.

この第二の理論解釈が直接的に含意しているのは,次のような(多くの人々にとっては当たり前とすら思える,自明の)命題です.すなわち,

「日本政府の財政の改善を心から願う人々は,
デフレ脱却に,文字通りの『全力』を投入しなければならない」

いわずもがなですが,この命題は,今日の日本経済の状況における「緊縮財政」(すなわち,デフレ脱却の妨げとなる増税+政府支出の削減)の妥当性を,根底から覆すものであることは間違いありません.

....

以上は,当該コラムで紹介されている実証データを踏まえた上での,理論的結論です.

この結論に賛同されるか否かはもちろん,それぞれの個人の自由ではありますが,少なくとも藤井個人はこの結論を絶対的に確信しているという一点は,申し添えておきたいと思います.

一人でも多くの論者に,その「知性」を(自分自身の立ち位置を守るためではなく)真理に到達するための努力にご活用いただきたいと思います.

さもなければ,日本の未来は限りなく暗い最悪のものとなることを回避することは,不可能となるでしょう.

....では,また来週.

PS1:宮崎哲也氏と,消費税増税問題について対談いたしました.ご関心の方はこちらを.
http://www.youtube.com/watch?v=Bl7A8JN8JrA

PS2:経済政策についての適正な判断はもちろん,「思想の深さ」に超絶に左右されます.そんな「思想の深さ」にご関心の方は,是非,こちらを.
http://www.youtube.com/watch?v=2pqqlM9aKdk

PS3
『月刊三橋』最新号のテーマは、三橋貴明が朝日問題を徹底解説
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_china.php

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  1. 拓三 より

    最近、怒り通り越して笑けてきたわ。そろそろ、こんな人が出て来るやろな。「景気は悪いが株はあがっている。市場は日本の政策に賛成をしてる。消費税増税は市場も理解している。」またこんな人も。「今、市場が日本に求めているのは、構造改革だ。岩盤規制を潰し、既得権を打倒し自由で平等な社会をつくる事だ。それをしないと市場は売りに入り株が暴落する。」またまたこんな人も。「消費税は法律上止める事は出来ない。またこれ以上国の借金を増やす事も出来ない。日本を沈没させない為には、外資の力を借り、移民の力も借りなければならない。」筋書き出来とるやん。敵も20年、着々と工作活動ご苦労さんでございます。そやけど日本人なめとったらあかんぞ。こら、クソ保守、外交がいくら良うても、足下取られたら、何の意味もないんや。安倍を支持するんは、しゃあないけど、消費税上げたら、辞めてもらう位、口に出せや。(上げてもうたら遅いんやけど)どうにかならんか。

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  2. ぱなとりん より

    T大学のI教授とか、増税論者ではないですがHゾー氏とか、確信犯としか思えないです。I教授と藤井教授ないし三橋先生でニコ動などで対談番組とかできないものでしょうか。他の参加者の存在は邪魔なので、3名での討議など、絞ったメンバーでの番組を望みたく・・。

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  3. sabasasi より

    増税論者には、やはりアメリカの影が付きまとっているように思えます。日本の経済成長を一番恐れているのは、アメリカでしょう。1980年代後半から、ある種の恐怖があるのではないかと思います。世界一の経済大国の可能性を日本に見たアメリカは、日本の経済を潰しにかかった。 まともな頭脳で、実践的な観点で日本経済を見たら、増税の必要性も、規制緩和も、首を傾げたくなります。こんな事が分からない財務官僚ではないはずです。 洗脳や圧力?どちらにしろ、つじつまが合わないことが多すぎます。竹中平蔵氏や引退したにもかかわらず政治的な発言を繰り返す小泉潤一郎氏などアメリカの影を感じさせる人物が多すぎます。

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  4. 神奈川県skatou より

    あの時代、豊かさが分からず見かけや即物に走り、カネの使い方に迷って狂ったように投機をした民間というのは、きっと資本主義経済の循環という観点が足りなかった、それは歴史の教訓が蓄積不足だったということに思えてきます。そういや大正時代もバブルだったはずで、そのときのいろいろは、なにか参考にならないものかなと。次あれば三度目ですから。一般書ではそのあたり、なさそうですが。。今の問題、デフレ不況の時代のノウハウもなんとかなれば、ようやく資本主義経済、マスプロ社会の完成ということでしょうか。夏の干ばつで飢え、冬の寒波で凍え死ぬ時代とオサラバしたように、不況や恐慌で不幸になるのが過去の歴史になってほしいものです。で、生き延びから生き方になれば、意味が主眼になってくるわけで、過去からの連続から途切れれば虚無しかないに気づけば、おのずと保守へと、世の中まとまりそうかなと。これは蛇足でしたか。>さもなければ,日本の未来は限りなく暗い最悪のものとなることを回避することは,不可能となるでしょう.日本が国民所得主眼の経済に成功した暁には、世界のリーダーだったりするのでしょうか!?

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