政治

日本経済

2023年4月18日

【室伏謙一】「税は財源ではない」という事実が広まると「身を切る改革」の前提が崩れる

 先日、英国BBCのニュースを見ていたところ、現在の英国の状況と今後について二人の「専門家」が、キャスターの質問に答える形で討論していました。そのうちの一人が、英国の現状について「規制が多すぎ、税金が高すぎるから英国は成長しないのだ」としたり顔で話して、もう一人の論者から全否定されていました。全否定されるのは当然のこととして、英国にもまだこんな頓珍漢な「専門家」と称する輩がいるのかと呆れた次第。

 日本はと言えば、いまだにその手の輩は少なくありません。「規制が多すぎるから成長産業が生まれない」とか「法人税が高すぎる」とか、その手の主張を、テレビやネットを通じて聞いたり、読んだりしたことがあるのではないでしょうか?今回の統一地方選、16日日曜日から後半戦が始まっていますが、そんな主張をしている候補も少なからずいるのではないでしょうか?

 こうした主張を特にしてきているのが、大阪維新の会、日本維新の会です。色々な規制があるから成長産業が生まれない、だから規制を徹底的に緩和すべきだ、というのが大まかに言えば彼らの主張の一つですが、これが間違いであることは拙著『ニッポン没落のカラクリ』をご一読いただければ容易に理解できると思います。

 ではなぜ彼らはこの主張にこだわるのでしょう?その一つの背景としては、「既得権益だ!」、「岩盤規制だ!」と敵を仕立てることができることがあります。それから彼らは仕切りに改革改革と連呼していますが、その格好の標的が規制です。(もちろん公務員や行政組織もありますが、それらも根拠法や根拠条例を改正することになるので、広い意味では規制を変えることになりますね。)要するに常にその改革なるのもの対象を探しているということですが、規制改革と称する規制の緩和はいつ何時でも正しいわけでもなければ必要なわけでもありません。こうした政策手段は、その時々の国民経済の状況、つまりマクロ経済の状況に応じて使い分けるものなのです。

 では今の日本ではどうなのかと言えば、日本は相変わらず需要不足で供給過剰な状態が続いています。規制を緩和するというのは、主に供給能力を高めるために行われるものですから(これは手続の簡素化によって手続コストを下げるといった場合でも同じです。)、今の日本で採られるべき措置ではありません。(勿論、特定の需要が伸びている分野で供給が足りないということもありえますから、その場合には当該分野に係る規制の緩和というものは選択肢には上がってくるでしょう。ただし、それが唯一の解決策とは限りません。)

 需要不足ということは民間企業も投資を控えますから、それを放置していても需要が伸びることはなく、したがって賃金も上方硬直的にならざるをえません。そうした時、唯一お金を出して需要不足の解消を図ることができる主体が政府です。政府はインフレ率が許容する範囲内で、かつ民間の資金需要を圧迫しない範囲内で、財政支出を拡大することができます。日本の場合、消費者物価指数が、最新の値で、総合で3%を超えていますが、これは海外からのエネルギー原料や食糧原料の価格の高騰によるコストプッシュ型のインフレであり、エネルギーや農畜産業への国の投資によって相当程度解消することが可能です。更には、今後起こりうる国際紛争や天候不順によるエネルギーや食糧原料の価格の高騰に備えて、自給自足体制の拡充のための投資も必要ですし、製造業の生産拠点の国内回帰の更なる促進のための基盤整備、交通インフラの整備等も必要です。

 要するに日本政府はまだまだまだまだ財政支出を拡大する余地も対象もあるということですが、このことは地公体についても言えます。ただし、国にとっては国債は通貨発行であり、税は財源ではありませんし、少なくも税収を前提に財政支出をしているわけではありませんが、地公体にとっては地方税収は財源の一部になっています。なぜなら地公体には通貨発行ができないからです。ということで地公体が財政支出を拡大するには、色々やりくりをせざるをえず、「改革だ!」、「身を切る改革だ!」が当てはまってしまいそうな気がするかもしれませんが、地方税収だけで当該地公体の財政支出の全てを賄うことは、そもそも困難であるので、国の役割が重要になってきます。具体的には地方交付税交付金や国庫補助金等によって地公体の財政を支えたり、地方にとって必要な事業を国直轄事業として行ったりといったことです。つまり、必要なのは「身を切る改革」や、いわゆる「改革」ではなく、国がもっと役割を果たせ、ということなのです。国が役割を果たすということになれば、少なくとも税収を前提に財政支出をしているわけではありませんから、現状の日本であれば、地公体に対しても、前述のとおりまだまだまだまだ財政支出を拡大することは可能なのです。

 ここで困ってしまうのが「身を切る改革」を主張する方々。要するに「身を切る」必要がなくなってしまうので、彼らの主張は無意味どころか有害なものにまで堕してしまいます。それもそのはず、「身を切る改革」というのは国の財政には限度があり、つまりお金の量には限界があるから、持っているお金の範囲内でやりくりしなければいけないという考え方に基づくもの。別の言い方をすれば、商品貨幣論、金貨・銀貨の世界が前提になった話。しかし現在は信用貨幣の世界であり、マクロ経済の状況がどうであるかということは制約条件になりますが、有限の金貨・銀貨をやりくりしないと何もできないという世界ではありません。

 つまり、税は財源ではなく、国は税収を前提に歳出をしているわけではなく、国がちゃんと本来の役割を果たせば、地公体についてもそれは当てはまりうるということです。

 このことの理解が浸透していけば、「身を切る改革」やいわゆる「改革」の前提条件は、土台は見事に崩れて、崩れ去ることになります。

 「身を切る改革」は、別の言い方をすれば「停滞」又は「衰退」の促進です。

 統一地方選後半、ぜひこの事実を、この理解を広めていきましょう。

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【室伏謙一】「税は財源ではない」という事実が広まると「身を切る改革」の前提が崩れるへの3件のコメント

  1. 利根川 より

     この間、中野剛志さんが出ている動画を見たのですが、動画では経済学のお偉いさんが

    お偉い先生「MMTは無税国家ができると主張してるカルトだ」

    なんて言っているという話を話題にしていました。
     
    日本のエリートは本一冊まともに読めないほど劣化していたのか…

    全国の塾・予備校にサボローからのお願いです。ゴミみたいなエリートを量産するのをやめていただきたい。
     すでにいろいろな方が解説していますが、そもそもMMTがどうして世の注目を集めることになったのかというと、それまでただの紙切れにすぎない紙幣にどうして価値があるのかという説明は

    「みんながお金だと思い込んでるから」

    というフワッとしたものだったわけですが、MMTではこの部分がしっかり説明されていたからです。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    どうして紙幣に価値があるのか?

    ”税金はその国の貨幣でしか支払うことができない”

    だから、その国に生きる者たちはその国の貨幣を手に入れる必要が出てくるし、その国の貨幣に価値が生まれる
    これと同じ理由で、一部の無政府状態の地域や内戦状態の地域以外では外国の貨幣が流通することはない
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

     何度も同じ話を聞かされる方はウンザリだと思いますが、言う方もウンザリしているんですよ。中野剛志さんや三橋さんは10年続けてきたというのだから頭が下がります。
     MMTは無税国家ができるなんて言っていない。その逆で、徴税権をもった政府がきちんと存在しているからその国の発行する貨幣に価値が生じると説明しているのです。
     最近、けっこう人を小ばかにした書き方をしていますが、人より多くの勉強をしてきたと豪語するエリートたちが間違いを認めるのが怖くて本一冊まともに読めないとか、それはまあ馬鹿にもするでしょう。
     どんなに頭のいい人でもミスはあります。

    エドマンド・バーク「人間の能力には限界があって、社会の複雑さを十分に理解できない。一見、無意味に見える既存の制度も我々の理解力が乏しいから無意味に見えるのであって、実際には重要な機能があるかもしれない」

    なので、ミスを馬鹿にするようなことはしませんが、そのミスによって多くの人が困窮しているにもかかわらず、自分のプライドのために頑なにミスを改めようとしない態度を30年も続けられれば流石に見下げ果てるというものです。
     選挙中なのであまり言いたくないのですが、維新の会の支持層は”保守層”なのだそうです。「構造改革」だの「既得権益の打破」だのを叫ぶ維新の会を支持するのが保守層とか頭がバグりそうになります。

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  2. 利根川 より

     ついでに、MMTはいくらでも政府支出を増やしてもいいと言っているカルトだ」という説も否定しておきましょうか。
     MMTでは、民間に需要がない時は需要が供給を上回る状況、すなわちデマンドプル型のインフレになるまで政府が支出を増やすべきだと言っています。
     現在の日本はGDPデフレーター(2022年第四四半期)もプラス化してデフレから脱却したように見えていますが、過去のデータをみると、過去にも今と同じように海外要因で物価が跳ね上がることはありました。その際も海外要因が収束して1年もすると元のデフレ水準に戻ってしまっています。エコノミストの会田卓司さんによると原因は

    本来、マイナスでなければいけない企業貯蓄率がプラスだから

    ということ。”安定して”デフレから脱却できるようにするには企業が投資を出来る環境にしないといけないということです。
     現代の資本主義では、企業は銀行をはじめとする多部門からお金を借りて資本(工場・インフラ)に投資をする役割を担っています。なので、どのマクロ経済学の理論でも企業貯蓄率は必ずマイナスになるという。ところが、バブル崩壊以降、日本では企業貯蓄率がプラスで張り付いてしまっている。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
    <企業と政府の支出の合計であるネットの資金需要>

     計算は簡単、企業貯蓄率(対GDP比)と財政収支(対GDP比)を足してネットの資金需要(企業と政府を合わせたお金を使う力)を求める
     通常は、ネットの資金需要はマイナス。誰かの支出が誰かの所得になるので、企業と政府の支出の力が強ければ(=ネットの資金需要のマイナスが強ければ)資金は家計に回る
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

     日本の場合、バブル崩壊以降、企業は貯蓄を増やしてしまった。その状況で政府は95年に「財政危機宣言」を出してしまっているので、95年以降、政府の財政赤字は大きく増やすことはできなかった。結果、ネットの資金需要は0になってしまった。

    企業と政府の金を使う力が消滅した瞬間である。

    当然、企業も政府もお金を使わないのだから家計にもお金は回ってこなくなった。

    ”これが世界で言われている「日本化」である”

    企業はビジネスのパイが拡大しない限り投資はしない(営利団体ですしね)ネットの資金需要が0だと経済は拡大できません。だから、政府による積極財政が必要というわけです。
     具体的にどの程度の支出が必要になるのかというと、会田卓司さん曰く

    会田卓司さん「ネットの資金需要がマイナス5くらいだと名目GDPが3%くらい成長する適度なインフレになる」

    とのことで、ネットの資金需要を0からマイナス5に向かって垂直におろす、GDP比5%分下におろすとなるとだいたい25兆円程度の”恒常的な”財政支出が必要になるという。
     現在、コロナ禍でそれなりに財政支出をしたおかげでネットの資金需要は0だったのがマイナス3~5になっているということなので、25兆円程度の”恒常的な”財政支出を続けていけば、安定してデフレ脱却できるのではないかということでした。ということで、MMTはいくらでも支出を増やしていいなんて言っていない。

    くわしくは、森永康平のビズアップチャンネル 第120回 をご覧ください。

    ちなみに、こうした指標はあくまで政府が「国民の生命と財産を守る」という目的を遂行するために用いる手段にすぎません。指標に従うことそれ自体が自己目的化するようになっては本末転倒です。だから、状況に合わせたやり方や指標が使えるように「議論」をすることが大事なのだと思うわけですが、中野剛志さんによると日本のエリートたちは相手の主張すら理解せずに批判を繰り返しているありさまだという…

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  3. 利根川 より

    ところで、最近ちょいちょい「インフルエンサー」という言葉を耳にしますが、それって職業なんですかね?というか、お金になるんでしょうか…

    あ~、カネほっし(笑

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