日本経済

2019年1月21日

【三橋貴明】日本には政府の投資計画が必要

From 三橋貴明

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「週刊三橋貴明 ~新世紀のビッグブラザーへ~」では、
昨年12月から唯物史観、ソ連経済、ケインズの「不確実性」と、
実にマニアックな話を解説してきました。
https://www.mag2.com/m/P0007991.html

理由は、現在の日本が
「政府の計画」を完全に軽視し、

結果的にデフレ脱却が果たせない
という一面があるためです。

計画経済といえば、ソ連でございます。

ソ連はあまりにも計画経済に固執し、
本来は計画ではなく「市場」に任せるべき分野についてまで、
政府がガチガチに規制し、リソースを割り当て、
価格を決めるといったことをやってきました。

結果的に、ソ連では軍事や科学技術分野はともかく、
民生品の分野において生産性が高まらず
(何しろ「競争」が皆無なのです)、

人民は恒常的なモノ不足、
インフレーションに苦しめられることになりました。

ソ連経済が停滞し、
最終的に「亡国」に至った理由の一つは
、間違いなく「計画経済に固執しすぎた」ことです。

だからと言って、政府の経済計画を
全否定するのは、これは奇妙な話です。

何しろ、交通インフラ整備、
防災インフラ整備、軍事力増強、
教育充実、科学技術振興などは、
「長期の計画」無しでは不可能です。

もっとも、例えば医療分野の医師、看護師の増強、
極端な人手不足に陥っている測量技師の育成なども、
本来は「長期」に解決するべき課題です。

何しろ、一人前の医師、看護師、
測量技師を育てるのには時間がかかります。

とはいえ、先のインフラ、軍事、教育、科学技術といった分野は、
人材教育に時間がかかる以前に、
政府が「長期的な投資」を行わないことには、話になりません。

分かりやすく書くと、
インフラ整備や軍事増強、科学技術強国化、教育充実を
「一年」で実現できると思う人はいないでしょう。

それにも関わらず、我が国の予算は単年度主義で、
特に第四次全総終了以降は、
何と「国土計画がない」という異様な事態に至ってしまっています。

国土計画を持たない国家など、
世界主要国の中で我が国のみです。

要するに、緊縮財政、小さな政府路線が行き過ぎ、
「政府は、可能な限り何もしない」ことが
善であるかのごとく見なされてしまっているのです。

その点で、我が国は世界の中でも突出した
「グローバリズムの国家」と言えないこともないのです。

しかも、デフレで需要が不安定な中、
政府が真っ当な投資計画すら示さないのでは、
企業は設備投資を拡大しません。

となると、ますますデフレが続かざるを得ないのです。

直近の明らかに「デフレ化」を示す経済指標は、
我が国の政府が「真っ当な投資計画を立て、推進する」方向に
舵を切らなければならないことを示しています。

というわけで、メルマガの方で
「固い話」である「経済と計画」について
集中的に取り上げたのでございます。

ご興味がおありの方は、
是非とも週刊三橋貴明の方にもご登録下さいませ。

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【三橋貴明】日本には政府の投資計画が必要への1件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    むかしMXテレビで故西部先生が「計画主義はよろしくない」という主旨のお話をしておりました。とても玩味あるお話だと思いました。

    社会の設計、また設計に基づく社会の改変という、不埒な、思いあがった行動は文化の文脈でいうと、とても暴力的でしょう。でも、だからこそ、それを分かっている人たちが、その限界を知るからこそ計画し、実施しなければならない。

    思考含めた道具というものを、無謬だと信じて使ってはいけない

    それがなにか、限界はなにか知ってるからこそ、社会の設計に取り組むべきである、これはとても、大人の仕事である、そう自分は思います。

    そのレベルにおいて、とても素敵な仕事だと思います。
    その領域での見晴らしは、きっと自由と民主主義だとか、SDG’sとかいった価値観とモチベーションではなく、人類の進歩の最先端の技術社会と、なぜ人は人であり、人は生きるのかをミックスした提案がある(べき)だと思います。

    簡単にいうと、生きること自体、個人(個体)が生き、生き延びること、ではなく、どのように生きるのか、世代を継ぐ物語こそ、かなと。

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