日本経済

2018年10月4日

【小浜逸郎】税の恩恵?

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

「中学生の『税についての作文』」という
のがあるのを、寡聞にして初めて知りまし
た。
国税庁と全国納税貯蓄連合会が主催してい
ます。
平成29年度ですでに51回を迎えており、
全国から61万編もの作品が集まったそう
です。
平成29年度の受賞者がすでに決定してい
ます。
その内閣総理大臣賞に選ばれた作品の一部
をご紹介しましょう。

《【題名】私の使命
【学校名・学年】************
【氏名】*****
「消費税がなかったら、もっと買い物がで
きたのにね。平成三十一年から、消費税が十
パーセントに上がるんだって。嫌だね。」と、
料理をしている母に話しかけていたら、「何
を言っているの。■ちゃんが唯一払っている
税金でしょ。ちょっとくらい、社会の役に立
つことをしてもいいんじゃない。」と、逆に
母に言い返されてしまいました。母だって、
「思ったよりも住民税が引かれているのね。」
なんて、愚痴を言ったりするのに。
でも、我が家にとって税金は、「感謝」の一
言でしかありません。もし、なかったら…。
考えるだけでも恐ろしくなります。
それは、八年前のことです。私の弟は難病
にかかり、救急車で病院に搬送されるとすぐ
に、CT、MRIなどの検査や手術が行われまし
た。それからというもの、弟は点滴での投薬
や放射線治療、再び何回もの手術や移植など、
長い闘病生活のスタートとともにあらゆる治
療が必要になりました。
突然の入院でパニックになっていた母に、
主治医の先生は優しく、病状や治療の説明と
同時に、弟のような難病を抱えた小児のため
の慢性特定疾病医療給付制度の申請手続きを、
すぐにするよう勧めて下さったそうです。弟
には高度な最先端の医療が必要でした。しか
し、その検査や治療の一つひとつに、数十万
から数百万円の費用がかかるのです。
(中略)
残念ながら、弟は一年半前に息を引きとり
ました。しかし、最期まで、悔いなく最善の
治療を受け、家族とかけがえのない日々を過
ごせたのは、紛れもなく税金からなるこのよ
うな給付制度があったからに他なりません。
(中略)
今の私には、何が出来るでしょうか。おそ
らく多くの方々が、税金を納めることは支出
となり、マイナスのイメージを持っているこ
とでしょう。しかし、素晴らしい恩恵を受け
た私達家族のような人間が、税金が心も身体
も救う、プラスになる、ということをイメー
ジではなく、事実として根気強く伝え続けて
いくことが使命だと思います。》

やらせじゃねえの、マジかよと言いたくなり
ますね。
この企画自体がやらせそのものと言ってもい
い欺瞞極まるものですが、しかし60万人も
の応募があったことに嘘はないのでしょう。
それにしてもねえ。
消費増税をこんな美談の形で正当化するとは、
国税庁をはじめとした企画者を許せない気が
します。
もっともこの中学生に罪はありません。
しかし、結局この弟は高額医療のための助成
金を受けながら、亡くなってしまったんでし
ょう。
それなのに、「(税金の)素晴らしい恩恵を
受けた私たち家族」とは、日本人て、なんて
人がいいんだろうと、いまさらながら思いま
す。
消費増税に対する反対運動が(野党からすら)
さっぱり起きないのも、むべなるかな、と思
います。
ため息しか出てきません。

しかし物事の原則だけははっきりさせておき
ましょう。

国税庁が国民から徴収した税収は、そのまま
財務省の裁量の下へ。
各省の概算要求を受けた財務省が、お財布の
中身を見ながら、とことん切り詰めます。
当たり前ですね。
さてその中で厚労省の取り分が決まり、社会
保障費に充てられるわけです。
ここで大事なのは、小児慢性特定疾病医療費
助成制度(2017年1月施行)のような社会保
障制度が存在することと、税一般が徴収され
ることそのものとの間には、何の直接的な関
係もないということです。
なぜなら、第一に、税はまず一つの財布に収
まり、それを何にいくら使うかは、政府が決
めることであって、ある制度のためにどれく
らい使われるかどうかは、一般国民が決定で
きる範囲にはないからです

また、この制度がある個人に適用されるかど
うかは、申請された書類が、管轄部門によっ
て審査されて、適用に値すると認定されるか
どうかにかかっています。

さらに、国民一般が納税するのは、べつに特
定の制度が適用されることを目指してのこと
ではありません。
納税の義務が憲法で定められているので、義
務を怠れば公共の福祉に反する振舞いとして
罰せられるからです。
まあ、多少の公共心の持ち合わせが、税収の
確保に貢献しているかもしれません。
とはいえ喜んで納税する国民など1%もいる
かどうか。
もしみんなが喜んで納税するなら、税理士も
節税対策もこの世に存在する必要がないこと
になります。
また、その公共心にしても、ごく抽象的、一
般的なものです。
何かの具体的な制度の運用を目指して納税す
るわけではありません。
ほとんどの国民は、こんな制度があることす
ら知らないでしょう。

以上の理由からして、私たちには、「税によ
る恩恵」などという概念を抱くいわれはまっ
たくありません。
作文中にある「税金からなるこのような給付
制度」という言い方は間違いです。税金が給
付制度を作っているわけではありません。
また、弟が亡くなってしまったのに「素晴ら
しい恩恵」を感じるのはこの人たちの自由で
すが、その感謝の念を「税金」に向けるのも、
「国民」に向けるのもお門違いです。
どうしても感謝したいなら、制度を紹介して
くれたお医者さんにするべきでしょう。

私たち国民がしなければならないのは、現在
の税制が一般国民の福利にとって適切なもの
であるかどうか、消費増税のような措置が、
国民に害を与えないかどうか(大いに与える
のですが)、毎年の予算配分や財政政策が国
民経済に豊かさとゆとりをもたらすものであ
るかどうか、などに対して、監視と批判を怠
らないことです。
こんな「お上」が仕組んだトリックに引っか
かって、それに迎合することではありません。
繰り返しますが、この作文を書いた中学生や
その母親には、何の罪もありません。
彼らは騙されているだけだからです。
彼らは国家的詐欺の単なる被害者なのです。

しかし、こうした詐欺にたやすく引っかかっ
てしまう日本人の国民性に対して、警鐘を打
ち鳴らさずにはおれません。
福沢諭吉は、いまから百四十年も前に、次の
ように書いています。
福沢にしては珍しく、国民に広がる卑屈な心
情を直接、痛烈に批判したくだりです。

《ためしに今人民が官費の出納につきて用う
るところの言語文書を見るに、拝借を願い奉
るといい、下したまわりてありがたき仕合せ
と称し、今日人民より政府に納めたるその金
を、その封のままにして、明日政府よりこれ
を人民に貸し、またはこれを与うれば、すな
わちこれに拝借下賜の名目を付くるは何ぞや。
その金の正味に相違なしといえども、政府の
官員の手を経てこれを清めたるものと認むる
がゆえなるか。》(『民間経済録』)

この卑屈な心情と、税金でこうしてくれたか
ら無条件に税をありがたがる、というのとは、
同じではありませんか。
百四十年経った今でも、変わっていないので
はありませんか。
ここには、税金が公金としてどのように使わ
れているのかとか、増税は本当に必要なのか
など、疑問や批判を抱こうとする、健全な民
主主義的発想がまるでありません。
政府(財務省)も、そういう日本人の伝統的
な心性、つまり民度のあり方が直感的にわか
っているので、財政破綻論のデマを流し続け
たり、納税の大切さを一般民衆自ら(それも
子どもを利用して!)に語らせるトリックな
どを用いて、簡単に国民をだませると踏んで
いるのです(事実、この詐欺は成功を収めて
きました)。

筆者も、国民一般に批判の矢を向けたくない
のは、福沢と同じです。
しかし消費増税をほとんどの国民が既定路線
として認めてしまっているそのふがいなさに
対して、どうしてもひとこと言っておきたく
なったのです。
なぜなら、いまからでも増税を凍結すること
は不可能ではないからです。

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「安倍政権の『新自由主義』をどう超えるか」
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo

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【小浜逸郎】税の恩恵?への7件のコメント

  1. かずぅ より

    おっしゃる通りです。そもそもお金の本質からいって税は政府支出の財源にするために取るものではありません。
    結果的に財源になるというだけです。
    ここに誤解があるので、その一家のような勘違いが起きます。
    国民の大多数は国の財政を巨大な家計のように考えてしまう。
    財務省はその誤りを訂正するどころか、この作文のような工作を用いて更なる誤解を促しています。

    貨幣の製造主体である政府は仮に税収がゼロであったとしても支出することができます。ここが家計と異なるところです。
    税を取るのはあくまで行き過ぎた物価上昇を抑えるのが目的です。物価が上がらないのなら無税でよい。

    わが国は愚かしいことに物価が上がらないことに苦しんでるにも関わらず、増税に踏み切ろうとしています。
    そのことでますます国民の困窮が極まることになるでしょう。

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  2. ぬこ より

    通貨発行権は、主権国家なら、国民の権利だと言う教育がされない事が異常なのかと。
    民間企業で上場してる日銀というものの怪しさの追求から、まずは教育して欲しいものです。

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  3. 神奈川県skatou より

    若者が学ぶべきことは、こんな作文をすることでなく、カネとは貸し借りの記録であり、物々交換の一つではない、という勉強や、あるいは簿記の基礎、借金の反対側に資産がある、などだと思われ、税をありがたがるなんて、学びというより宗教ですね。

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  4. 針貝 武紀 より

    どうして財務省は気づかないのか。消費税の名前を変えてみたらいかがでしょうか。

    「消費税は、個人なり企業なりが、消費したり投資たりする時の、心理的、金銭的に乗り越えるための障壁みたいなもので壁が高いほど乗り越えがたくなる。ゆえに高いほど消費(投資)を渋ることになる。
    消費税のアップはGDPの縮小にもつながり、2,3年もするとかえって税収も落ち込むので目論見と違う方向になってしまう」という素人の仮説ですが、いかがでしょうか。消費税という名前も消費障壁税と変えたらどうかなどと思いますがいかがでしょうか。

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      1. 篠原克彦 より

        財務相は気付いていないのではなく知り尽くしていながら自分達の権益を強固にするため国民を騙しているのです。その証拠に国債のランク付けをする国際機関には「日本は通貨発行権を持っているので国債を千兆円発行しても何ら問題ない」と言っているのです

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  5. たかゆき より

    税に怨嗟

    普通は こうでせう。。

    税に感謝とかって どんな 御用作文

    沖縄のガキ もとい お子 の 平和の戯言といい

    こいつらが あいつらみたいになるのか と おもうと

    やれやれ で ございます ♪

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  6. 星秋 より

    権力と貨幣
    権力が貨幣を発行して使う
    貨幣の後ろ盾は権力だ
    使えば貨幣が国全体に回り、貨幣の価値が定着し、総貨幣量に等しい実経済規模が実現する
    条件:
    ・権力は国民から出てくること
    ・権力の貨幣行使が浪費でなく、国全体に対する実際価値の創造であること
    以上の条件がそろえば、貨幣の創造に際限はない.
    インフレは起きず、国家破産もない.元々国の借金などはないのであり、国がしたのは単に貨幣の創造である.

    財務省のクソどもは東大法学部で何の役にも立たない法律というクソ理屈しか習っていないからこの理論を理解できない
    自民党のクソ共も似たようなもので、理論を理解する知能がない
    (私にこう言われたからといってもだね、まー知能がないのは生まれつきであるから怨むのならご自分の生みの親を恨んでくれや)

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