日本経済

2018年3月28日

【三橋貴明】徳川宗春と戦後の自虐教育

From 三橋貴明@ブログ

中野剛志氏、佐藤健志氏、
柴山桂太氏、施光恒氏が
東洋経済で鼎談をされました。

【「衰退途上国」日本の平成30年史を振り返る リベラルはなぜ新自由主義改革に賛同したか】
http://toyokeizai.net/articles/-/212812

現在の名古屋の繁栄は、
江戸時代の徳川宗春に始まります。

尾張藩主であった宗春は、
徳川吉宗の「享保デフレ」の時代に、
幕府の方針に逆らい、尾張藩の
「政府支出」を拡大することで、
名古屋繁栄の礎を築いた人物です。

後に、吉宗との対立が激化し、
宗春は蟄居させられることになります。

元禄バブル崩壊後に
幕府の財政が悪化し、
八代将軍の座に就いた吉宗が
「節約」を貫いたため、国民経済は
デフレーションに突っ込みます。

特に、コメの価格が下がっていった
ことは、石高で報酬を受けとる
武士階級を直撃しました。

カネを使うことが「悪徳」とされた時代、
幕府の手元に通貨は積み上がった
ものの、街は寂れ、誰もが
貧困化していきます。

何しろ、「銀行」が
存在しなかった時代です。

幕府が通貨を貯め込むと、
その分、丸々マネーストック
(ここでは社会全体で流通する
おカネ、の意味)が減ってしまいます。

経済がデフレ化して当然です。

そんな中、宗春は政府の
緊縮財政に逆らい、支出拡大で
名古屋を繁栄へと導きました。

現代から見ても、真っ当な「経済観」
を持っていた宗春ですが、
名古屋の繁栄が吉宗の癇に障り、
最終的には失脚する羽目になりました。

宗春と吉宗の対立を描いた小説に、
海音寺潮五郎の「吉宗と宗春」(文春文庫)
があります。

「吉宗と宗春」は、元々は
「風流大名」というタイトルで、
1939年から翌年にかけて
連載されたものです。

海音寺は吉宗の緊縮至上主義に対し、
批判的に「吉宗と宗春」を書いており、
例えば宗春に、

「金は天下の廻り持ちという。

金銀が滑らかに天下を廻ってこそ、
人の生活は豊かになるのだ。

倹約、倹約で、人々が握った金銀を
一切手から離さないで握りづめ
にしていては、世の中どうなると思う。

金銀が金銀の役目をせぬばかりでなく、
町人も、百姓も、職人も、その仕事は
とんと上がったりになってしまうではないか。

天下中の者が食べるものを倹約し、
飲むものを倹約するようになれば、
食物を作りだす百姓が困り、
酒を造る酒屋が困る。

天下の人が残らず着るものを
倹約するようになれば、蚕を飼い、
麻をつむぐ百姓が困り、織屋が痛む。

運送の仕事にあたる馬子船乗りも困れば、
売買いの間に利鞘を稼ぐことによって
立っている商人も困る」

と、語らせています。

さて、宗春が書いた「温知政要」を、
戦後の日本近世史学者である
大石学氏が現代風に訳し、
1996年に海越出版社から刊行されました。

大石氏が解説において、
吉宗の政治を「大きな政府」、
宗春の政治を「小さな政府」と
表現していたため、
吃驚してしまったのです。

さらに、大石氏は宗春の政治について、

「吉宗と宗春の政治のうち、
庶民の多くが支持したのは、
規制緩和や個性尊重をうたった
宗春の政治であった」

と、断言してしまっています。

個性尊重、という言葉
(宗春は使っていません)が
登場した時点で、「戦後の匂い」が
感じ取れるわけです。

確かに宗春は温知政要において、
増え続ける法令について批判を
展開しています。

とはいえ、宗春の財政拡大政策は、
どちらかと言えば「大きな政府」です。

と言いますか、
ケインズ主義そのままです。

逆に、吉宗の節約至上主義、
幕府の金庫に貨幣を積み上げ、
支出に回さない政策は「小さな政府」です。

そもそも、両者の政治について
「大きな政府」「小さな政府」という
単純論で語ることが間違っている
ように思えるわけですが、
いずれにせよ大石氏の解説は
「規制緩和礼賛」「小さな政府礼賛」
になっており、戸惑ってしまったのです。

海音寺潮五郎が「吉宗と宗春」を書いたのは、
高橋是清によるデフレ対策が行われた
数年後になります。

是清は226事件で暗殺される前に、
自著において、

「仮にある人が待合へ行って、
芸者を招んだり、贅沢な料理を食べたりして
二千円を費消したとする。

これは風紀道徳の上から云えば、
そうした使い方をして貰いたくは無いけれども、
仮に使ったとして、この使われた金は
どういう風に散らばって行くかというのに、
料理代となった部分は料理人等の
給料の一部分となり、また料理に使われた
魚類、肉類、野菜類、調味品等の
代価及びそれらの運搬費並びに
商人の稼ぎ料として支払われる。

この分は、即ちそれだけ、農業者、漁業者
その他の生産業者の懐を潤すものである。

而してこれらの代金を受け取りたる農業者や、
漁業者、商人等は、それを以て各自の
衣食住その他の費用に充てる。

それから芸者代として支払われた金は、
その一部は芸者の手に渡って、
食料、納税、衣服、化粧品、
その他の代償として支出せられる。」

と、書いています。

海音寺の小説における宗春の台詞は、
時期的に是清のレトリックを参考にした
のではないか と推測しています。

実際にデフレとデフレ脱却を
経験したため、戦前の人々は
宗春の財政拡大主義の本質を
理解していたのでしょう。

それが、96年には歴史学者(大石氏)が
「規制緩和礼賛」「小さな政府礼賛」
のために宗春を取り上げる
ようになったのです。

なぜか。

結局、戦後の自虐教育などで、
「政府」と「国民」が対立概念として
理解されるようになり、
「政府は悪いもの」といったイメージが
国民に浸透したのでしょう。

というわけで、戦前は
「経済の本質を理解していた宗春」
だったのが、戦後は
「中央政府に逆らい、規制緩和を断行した英雄」
として、規制緩和推進論者に
活用されるようになったと推測します。

冒頭の鼎談で、佐藤氏が、

「1990年代以降の日本では、
「旧態依然の日本的なるもの」
が否定の対象となりました」

と、語っていますが、大石氏にとっては
吉宗の政治がまさに
「旧態依然の日本的なもの」に
映ったのではないでしょうか。

つまりは、戦後というか90年代以降、
右も左も「構造改革礼賛」「規制緩和礼賛」
になってしまったのは、政治家、言論人、学者、
そして国民に日本国憲法的な
「政府否定」の精神が浸透してしまった
ためではないかと考えるのです。

政府否定は、グローバリズムに繋がります。

というわけで、日本では
朝日新聞と産経新聞が、
そろってグローバリズム礼賛に
なっているのではないか。

ちなみに、わたくしは政府が
大きかろうが小さかろうが、
規制を緩和しようが強化しようが、
財政を拡大しようが縮小しようが、
国民が豊かになる経世済民が
達成できるなら何でもいいです。

とはいえ、多くの国民は
そうは思わないでしょう。

政府は小さくあるべきだ。

規制は無くすべきだ。

政府はムダな支出を控えるべきだ。

と、ドグマ(教義)的に思考してしまう
国民がほとんどなのではないか。

そして、その理由は戦後の
「政府否定」的な自虐教育、
日本国憲法制定に
さかのぼれるのではないか。

と、考えたとき、我が国が
抱える問題がいかに厄介か、
改めて理解できるのです。

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【三橋貴明】徳川宗春と戦後の自虐教育への2件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    白河の 清きに魚も 住みかねて もとの濁りの 田沼恋しき

    という狂歌があります。
    (白河=寛政の改革を行った松平定信)

    10代のころ、学校で江戸時代の歴史を教わったとき、潔癖な寛政の改革などと比較して重商主義の田沼時代は否定的に教えられました。ただ、この狂歌で、なにかあるのかなとは思ってました。今ならば多くの方の腑に落ちるのではないでしょうか。

    本来は日本人の感覚にこういう大事な本質があったのだと思いますが、最近の理屈や知識でふちどりされた「博識」なテレビ著名人な方々には、あてはまらないのでしょうか。。

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  2. たかゆき より

    昔 陸軍 今 財務

    日本殺すに 刃物は要らぬ 
    緊縮財政すれば よい。。

    現行憲法に象徴される
    身体中に廻った毒は
    ちょっとやそっとじゃ
    抜けないのかも、、

    >「日本の学校教育はどうしてこれほど質が悪いのか?」という身もふたもない特集記事を最初に掲げたのは米国の政治外交専門誌であるForeign Affairs Magazine の2016年10月号でした。
    その記事は日本の大学の学術的発信力の低下の現実を人口当たり論文数の減少(減少しているのは先進国の中で日本だけです)や、GDPに占める大学教育への支出(OECD内でほぼつねに最下位)や、研究の国際的評価の低下などをデータに基づいて記述した上で、日本の大学教育の過去30年間の試みは「全面的な失敗」だったと結論づけました。<
    ブログ 「内田樹の研究室」2018.03.23
    『受験生のみなさんへ』より引用

    日出る処の国から 日没する処の国へ、、、

    さてさて 夜の楽しみ方でも学ぶとしますか。。。

    返信

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