from藤井聡@京都大学大学院教授
消費増税によって下落した賃金
2014年の増税以降、賃金は下落したまま一向に上昇していません。
http://mtdata.jp/20160305-1.jpg
そんな中政府は今、景気対策として「賃上げ」を重要目的に掲げています。賃金が上がれば消費が拡大し、デフレ脱却が促されるからです。
ただし「賃上げ」という現象は、民間企業の自主的判断によるもので、政府が直接操作することはできません。政府にできることは、
「民間の賃上げを『促進』する『環境を整備』する」
ということに限られます。
ついては政府はこの度、「賃上げ」を果たした企業を減税するという対策が決定しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24470730R11C17A2MM0000/
賃上げを導く条件
こうした税制はもちろん、「賃上げ圧力」をもたらしますが、賃上げという民間判断は、様々な要因によって決定されるもの。したがって、この税制導入だけで一気に賃金があがるということはありません。
そもそも賃金上昇は、以下の3つによって促されます。
(賃上げ条件1)企業売り上げ自体が増える
(賃上げ条件2)賃金以外に回す比率を下げる(賃金以外に回すカネを減らす)
(賃上げ条件3)賃金に回す比率を上げる(賃金に回すカネを増やす)
言うまでも無く、条件2と3は表裏一体のもので、いずれも労働分配率(売り上げの内、賃金に回す比率)の上昇を意味しますが、「環境整備」を考える上では異なる意味を持ちますので、ここでは分離して考えてみます。
そしてこう分類すると、先に述べた賃上げ税制は「賃上げ条件3」を整える対策だと言うことが分かります。しかし、賃金の本格的上昇を目指すなら、条件1、2、3に対する総合的な対策が必須なのです。
賃上げを導く7つの対策
こうした視点から、どういう賃上げ対策があるのかを考えてみると、少なくとも次のような7つの対策があることが分かります。
対策1:「PB赤字拡大=財政政策」による「物価上昇=デフレ脱却」 (条件1、3)
対策2:「残業時間規制」の「規制緩和」 (条件1,3)
対策3:「企業の市場参入」についての「ルール強化」 (条件1)
対策4:株主資本主義の抑止策 (条件2)
対策5:「非正規雇用」についての「ルール強化」 (条件3)
対策6:「外国人労働者」についての「ルール強化」 (条件3)
対策7:「賃上げ」促進税制 (条件3)
以下、これらについてそれぞれ簡単に解説しましょう。
賃上げ対策1:PB赤字拡大=財政政策
まず第一に、政府が「PB赤字拡大=財政政策」を果たせば当然、民間への資金注入が増加(民間PB黒字が拡大)しますから、必然的に企業の「売り上げ」が増えます(条件1)。
そして第二に、そうなるとその拡大した需要によって「人手不足状況」が必然的に生じますから、それによって「賃上げ圧力」が当然かかることになります(条件2)。
第三に、こうした政府支出の拡大を通してデフレが脱却すれば、需要の拡大局面が継続して物価が上昇し、ますます企業の「売り上げ」が伸びることになります(条件1)。
つまり、PB赤字拡大=財政支出拡大は、「賃上げ」を本格的にもたらす効果を持つのです。
ところが今、政府は、安倍内閣が誕生した2012年以降、PB赤字を過激に縮小させ続けています。2011年が44.7兆円だったところ、2015年には実にそれよりも26兆円も少ない18.6兆円にまで縮小しています。
http://ecodb.net/country/JP/imf_ggxcnl.html
もしもこの26兆円がそのまま「支出」されていれば、その多くの部分が賃金に充てられていたことは明白です。にも関わらず政府は、この26兆円ものマネーを「吸い上げた」事を通して、強烈な「賃下げ圧力」をマーケットにかけ続けたわけです。これこそ、本稿冒頭で示した、14年の増税以後、賃金が大幅に下落した本質的原因です。
こんな緊縮を続けていて、賃金が上がる筈はありません。
対策2:「残業時間規制」の「規制緩和」
次に『対策2:「残業時間規制」の「規制緩和」』については今、政府は、これとは正反対の対策を進めています。
「働き方改革」と呼ばれる取り組みでは、残業時間を規制することが検討されています。民間の試算によれば、今、議論されている残業時間カットによって、最悪、トータルで8.5兆円もの賃金が縮小することが懸念されています。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017082100720
しかも、残業時間がカットされれば、(生産性向上がそれに追いつかなければ)企業収益が低下することにもなりますから、それもまた「賃下げ圧力」をかけることになります。
だから賃上げを目指すなら、これとは逆の「残業時間規制」の「規制緩和」が必要なのです。そうすれば、直接賃金が上昇(条件3)すると共に、売り上げが増えて(条件1)間接的に賃金上昇圧力がかかることになるのです。
つまり、この点に於いても政府は、賃上げとは正反対の圧力をかけているわけです。
対策3:「企業の参入」に関するルール強化
一方、『対策3:「企業の市場参入」についての「ルール強化」』を図れば、価格競争が緩和され、物価下落が押さえられると同時に、一社あたりの受注量が増えて売り上げが増えていきます(条件1)。結果、賃上げ圧力がかかります。
しかし、日本ではこれとは正反対の取り組みが進められました。例えばトラック、バス、タクシー、倉庫などの運輸業界では参入が自由化され、一気に価格が下落し、企業売り上げを縮小させていきました。建設業界や小売業界においても同様です。
さらにはその他全てのあらゆるマーケットにおいても、様々な外国との自由貿易協定を通して、外国企業が自由に参入するようになり、これが各企業の売り上げ減少を導き、強烈な賃下げ圧力をかけ続けたのです。
今のところ政府において、運輸や建設等における参入については「安全性」などの観点からなんとか「野放図な自由参入状況」に歯止めをかけようとする動きが一部見られますが、ほとんどのマーケットで「抜本的な参入規制強化」を図るところには未だ至っていません。
自由貿易に至っては、日欧EPA等、さらに加速しているのが現状です。
したがって少なくとも現時点では、(規制強化の試みが進められるトラック業界やタクシー業界などを除けば)この視点からの賃金上昇圧力はほとんど期待できないのが実情なのです。
対策4:「株主資本主義」の抑止策
次に、賃金を下げる大きな圧力をかけているのが、「株主優遇」の姿勢です。
自社の株が売り飛ばされる恐怖から、労働者ではなく株主へ多額の売り上げを回す――という姿勢が昨今拡大しています。
これを抑止するためには、「企業統治改革」を株主の要望だけに添って進めるのではなく、「労働者」の要望にも配慮しながら進める必要があるのですが―――現在、政府が進めようとしている企業統治改革は、労働者の声よりも株主の声を重視して展開される可能性が考えられます。
事実、過去20年間、賃金は全然伸びない中、株主配当は5倍以上に拡大しているのが実態です。
しかもこのグラフからは、株主配当は、安倍内閣が誕生した2012年以降、急激に上昇している様子が見て取れます。
賃上げを願うのなら、企業統治のあり方を株主の意向に沿うのでは無く、労働者の声に基づいて改革していくことが今、強く求められています。
対策5・6:「非正規雇用」「外国人労働者」についての「ルール強化」
賃上げにおいて重要なのが、過剰に賃金の安い労働者を雇わない環境を作るという方針。
非正規雇用の規制を撤廃し、人手不足だからといって低賃金で働く外国人を積極的に雇える方向の規制緩和を行えば、当然、賃金は低下します。
現在、「特区」の制度や、様々な「自由貿易協定」の理念を活用しながら、そうした規制緩和が様々に進められる可能性が危惧される状況にあります。もしその方向で進むのなら、賃上げでなく、賃下げ圧力がかかることは必至です。
本当に「賃上げ」を願うのなら、そうした規制の緩和で無く、賃金にも配慮した「適切なルールの強化」が求められています。
「賃上げ→デフレ脱却」に向けた整合性ある総合的取り組みを
そして最後の「対策7」は冒頭で述べたとおり、賃上げ企業を優遇する税制によって賃上げが促進される効果を持つものですが、賃上げを目指すのなら、少なくとも、上記の対策1~対策6までの対策も同時に進めることが必要なのです。
ところが現状の政府においては、そうした対策を進めるというよりもむしろ、それらと正反対の取り組みを進める傾向が随所に見られるように思われます。
本当に「賃上げ」を通して、デフレを脱却することを目指すのならば今一度、様々な取り組みが「賃金」に対して一体どういう効果を持っているのかをしっかりと認識しながら、整合性ある取り組みを総合的に進める事が不可欠なのです。
本稿が、賃上げ、そしてそれを通したデフレ脱却に向けた「理性的取り組み」を促し得ることを、心から祈念したいと思います。
追伸:賃上げを導く最も重要な経済政策については是非、下記をご一読ください。
https://www.amazon.co.jp/dp/4594077323
【藤井聡】「賃上げ」のための7つの対策への5件のコメント
2017年12月12日 9:54 PM
現在、製造加工業で働く者です。
「残業時間規制」の「規制緩和」とは、具体的にはどういうことでしょうか?
働く者に、「もっともっと残業をしなさい」ということにならないでしょうか?
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2017年12月13日 1:31 AM
病身につき方言ご容赦。
多分おっしやる通りでしょう。
自分はかつて年の3分の1が残業100時間超で、未だにその年の所得を越えられません。十年は前なのに。
残業すれば労働者の所得が増えるのは道理です。
正しくは設備投資で生産性向上ですが、それまでの繋ぎならありかもしれません。
派遣、外国人労働者規制をすれば、まず残業でカバーされ、人件費より設備投資費の方が長期では安いので、設備投資に向かうかもしれません。
政策はパッケージであり、順序も大事なのかなと類推いたします。
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2017年12月13日 12:15 AM
『「である」ことと「する」こと』
モノには 限度が ありませう、、
「自由競争」に 胡坐をかいて
「資本の力」に 胡坐をかいて
弱者を 片殺しに「する」と どうなるか
あるいは
主権者「である」座に 胡坐をかき続けて
主権を行使しない(行使能力のない)
白痴や 阿呆は どうなるか、、、
推して知るべし
この国のやうに なりに蹴る鴨。。。
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2017年12月14日 11:13 PM
公的事業は一旦動き出すと止めるのが難しい。幸か不幸かまだ動いていない今なら方向転換しやすい。現在は、民生部門(非国防部門)を縮小し、国防部門を拡大すべき段階にある。国民の福利厚生よりも、国防関連の(国民生存のための)供給を優先すべき段階ということでもある。
経済成長によって軍事費拡大を目指すということかもしれないが、運よく平穏が続いたとしても、多分それは役に立たない。戦後、日本は随分経済成長し、軍事費もそれなりにかけてきたが、現在の日本は、本来なら投了でもおかしくないほどの窮地に立たされている。経済成長が不十分だったからではない。この国を本気で守ろうとしなかったからだ。本気でない者のやることは必ずおざなりになる。的外れになる。国を、人々を、本気で守ろうとする気持ちがあれば、必要なものは後からついてくるものだ。
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2017年12月19日 12:28 PM
藤井先生の指摘に全く同感ですが。現実の政策はむしろ逆な事ばっかやってますね(悲報)
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