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2023年7月6日

【竹村公太郎】どうする家康! ―水がないー

水がない
 1600年、徳川家康は
関ケ原の戦いで西軍に勝った。
家康は1603年に
征夷大将軍の称号を受けると、
さっさと江戸に帰ってしまった。
 家康にはやるべきことがあった。
利根川の流れを銚子へ向ける
利根川東遷工事であった。
これは日本史上最大の国土開発であり、
その後の日本文明の方向を
決定づける国土開発でもあった。

 歴史に残る利根川東遷という
大事業の陰に隠れて、
ある重要な工事が江戸のど真ん中で
行われていた。
江戸住民の飲み水を供給する
ダム建設である。

 家康は、利根川での治水と
江戸市内での利水ダムという、
水の両面作戦を展開せざるをえなかった。
このことを教えてくれるのが広重の絵である。
写真がない江戸時代、
広重は浮世絵という手法で
江戸文明のインフラを描いてくれていた。
(図―1)が、
その「虎ノ門あふい坂」である。

広重の虎ノ門のダム
 ある時、広重の画集を
ぱらぱらとめくっていた。
その時、「虎ノ門外あふい坂」で手が止まった。
 「虎ノ門外あふい坂」はもう何度も見ていた。

それまでは、
裸で願かけ修業する二人の職人と、
そばや屋の親父と、
二匹の猫に視線を奪われていた。
もちろん、滝も見てはいたが、
滝の重要な意味を見過ごしていた。
この絵で手が止まったのは、
滝の意味に気がついたからだ。
滝は自然の滝ではない。
人工の滝であった。

滝は人工の堰堤(えんてい)から
流れ落ちていた。
堰堤は石を積み練り固めたダムである。
絵の構図から判断すると、
基礎地盤から高さ10m近い
立派なダムであった。

 場所は千代田区の虎ノ門である。
修行している二人の職人が向うのは、
現在も虎ノ門にある金毘羅さんだ。
二匹の猫が座っている坂は、
アメリカ大使館へ行く坂である。
反対側の右の丘の上で光っている屋敷は、
今の首相官邸である。

 虎ノ門にダムがあれば、
背後の赤坂一帯は貯水池と
なっていたはずだ。
実際に赤坂の繁華街は
明治まで水の下であった。
今は「溜池」という地名だけ残っている。
 虎ノ門ダムの貯水池は、
交通量の多い「外堀通り」である。
 名前の通り貯水池は江戸城の外堀であった。
貯水池は江戸城の堀の役目を果たしていたが、
それ以上に重要な使命があった。
 江戸市民の飲料水を供給することであった。

江戸の塩水
 1590年、徳川家康は
豊臣秀吉の命令で、江戸へ移封された。
 当時の江戸は、
住家がぽつんぽつんと点在する
寂しい寒村であった。
江戸城のある台地に湧水はあった。
しかし、大軍を擁する
徳川勢の飲料水としては、
絶対的に不足していた。
 江戸城の台地の東には、
荒川の隅田川が江戸湾へ
向かって流れていた。

しかし、川の水は
飲み水にはならなかった。
なぜなら、江戸の低平地は
限りなく平坦で、
江戸湾の海水は満潮のたびに逆流し、
陸の奥深くまで差し込んでいた。
そのため、川の水の塩分は濃く、
飲料水としては使用できなかった。

 江戸は政権を樹立する地として、
最も基本的なインフラの
「水」がない欠陥の地であった。
家康は水のない江戸に
押し込められたのであった。
 家康が江戸入りに際し、
最初にやるべきことは
飲料水を確保することであった。

江戸のダムづくり
 1590年の江戸入を前に、
家康は家臣、大久保藤五郎に
上水の確保を命じた。
 大久保藤五郎は
後の神田上水となった神田山から
沢水を引いた。
どうにか、当面の飲み水は確保され、
家康は江戸入りをした。

 江戸入りしてから10年後の1600年、
天下分け目の関ヶ原の戦いが始まった。
関ケ原で勝利した家康は江戸へ戻った。
江戸幕府が開府され、
いよいよ首都・江戸の街づくりが
本格化していった。

 江戸の街づくりで有名なのが、
日比谷の埋立てである。
神田の高台を削り、
日比谷の入江を埋め立てた。
ここに家臣団たちの住居を配置し、
日本橋川や運河を整え荷揚場を建設した。
日比谷の埋め立ては
土地造成という華やかな工事だったので、
江戸の街づくりの代表として語られる。

しかし、日比谷の埋立ての
華々しい工事の陰で、
重要なインフラ工事が行われていた。
 虎ノ門のダム建設工事であった。

 

江戸を支えた水源
 江戸幕府開府から3年目の1606年、
家康は和歌山藩の浅野家に堰堤、
すなわちダム建設を命じた。

 神田の沢水に頼っていた江戸の水は、
目に見えて不足していった。
そのため、ダムを建設し、
ダム貯水池で水を確保しよう
というものであった。
現在の赤坂から溜池にかけては低湿地で、
清水谷公園から水が湧き出ていた。
さらに、虎ノ門付近は
地形的に狭窄部となっていた。

 この地形に目をつけた家康が、
浅野家に堰堤建設を命じた。
虎ノ門の狭窄部に堰堤を
建設すれば貯水池が誕生する。
さらに、この水面は江戸城を
防御する堀にも兼用できる。
虎ノ門の堰堤は、
都市の飲料水のための
日本最初のダムとなった。
広重は「虎ノ門外あふい坂」で
記念すべきそのダムを描いていた。

 虎ノ門ダムが完成して半世紀がたったころ、
江戸の人口はどんどん膨れあがり、
再び、水不足になっていった。
遠く多摩川から水を
導水する工事が持ち上がった。
工事は1653年に開始され、
1654年に総延長43kmの
玉川上水が完成した。

 玉川上水は虎ノ門の溜池に連絡された。
多摩川の水が豊富なときに、
この溜池に水を貯めておき、
多摩川が渇水になると
虎ノ門の溜池の水を使うこととなった。
(図―2)は広重が描いた玉川上水である。

 現代と遜色のない都市への
水供給システムが構築された。
 江戸時代を通じ、
虎ノ門の溜池は
江戸市民の命の水を供給し続けた。

 

ダムは都心から消え山の中に
 明治になり、
江戸が東京と改まっても、
玉川上水と虎ノ門ダムは
東京市民に水を供給し続けた。
しかし、明治の近代化は、
東京への急激な人口流入を招き、
居住環境は悪化し、
溜池の水質も一気に悪化していった。

 明治19年、
東京でコレラが大流行した。
近代水道事業の必要性が認識され、
明治31年、新宿に
淀橋浄水場が完成した。
多摩川からの玉川上水は、
虎ノ門の溜池をバイパスし、
淀橋浄水場へ直接送り込まれた。
浄水場で水は沈殿・ろ過され、
市内に鉄管や鉛管で配水された。

 玉川上水は虎ノ門の溜池を
バイパスされてしまった。
溜池の水はさらに腐り、
虎ノ門の溜池は東京首都発展の
邪魔者になってしまった。
溜池は少しずつ埋め立てられて、
昭和初期にダム堰堤そのものも
埋め立てられてしまった。

 300年間、水を供給し続けた
虎ノ門のダムは消えた。
東京都民の目の前から、
命の水の源が消えていった瞬間であった。
東京はとめどなく膨張していった。
人口は200万人、そして500万人も突破し、
1000万人へと向かっていった。
多摩川の水は徹底的に取水され、
羽村堰の下流の多摩川は
賽の河原になっていった。

文明を支えるダム
 増加する都民の飲み水のため、
多摩川の上流に小河池ダムが建設された。
更に、戦後の高度経済成長に伴い、
東京の発展は続き、
急増する水需要に対して、
利根川から水を導水することとなった。
利根川上流の集落を水没させ、
東京都民のためのダムが
次々と建設された。

(写真―1)が多摩川の小河内ダムで、

(写真―2)が利根川水系のダム群の一部である。

 しかし、東京都民は
そのことを知ることはなかった。
 現在、東京都は利根川から
1日当たり240万m3の水を導水している。
 240万m3といってもピンとこない。
甲子園球場を水で一杯にすると
60万m3である。
だから、東京都は毎日毎日、
甲子園球場を満杯にして4杯分の水を、
利根川から導水している。
いや、導水という
生易しい言葉は似合わない。
収奪という激しい言葉が似合う。

 山奥のダム群は
水が豊かな時に水を貯め、
利根川が渇水になった時に水を供給する。
このダムによって、
東京の365日の快適な
都市生活が維持されている。

 400年前、家康は
飲み水のない江戸に押し込められた。
家康は日本初の
都市ダムを建設することで
苦境を突破した。
家康が始めた水確保のシステムは
21世紀の現代にまで引き継がれている。

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【竹村公太郎】どうする家康! ―水がないーへの3件のコメント

  1. 利根川 より

    「国土が日本人の謎を解く 産経セレクト」

    で詳しく解説されていますが、日本の場合、河川が短く急流であるため、脊梁山脈に沿って降った雨が一挙に海に注いでしまい貯水することが極めて困難という国土的事情がある。水不足を克服するため、大和朝廷の時代以来、ダム・堰・ため池などの貯水設備を整備してきたわけだが、概略的な数字で示せば300億トン程度の水しかためることはできず、世界的に見れば中国の三峡ダムやアメリカのフーバーダム1つ分程度でしかない。水資源が豊富などと言われる日本だが、実は世界の国々に比べて決して豊かなものではなく、現在でも頻繁に渇水が生じ、取水制限が行われている。そんな中、近年では短時間に集中して大雨が降るという気候変動が起きている。
     先ほど、渇水を防ぐために全国にダムや・堰・ため池が作られていったと紹介しましたが、短時間に集中的に大雨が降るとこのため池が決壊して洪水被害をもたらすようになってしまっているという。昔は農業組合等の農家がため池を管理していたわけだが、近年では農家も減って管理者不明のため池が増えているのだそう。
     日本は「可住地(平野)」が少ないという特徴がある。

    <国土面積における可住地割合>
    ※可住地:標高500メートル以下で沼沢地でない

    日本:27%
    イギリス:85%
    ドイツ:67%
    フランス:73%

    このため、非常に狭い山間の土地で分散して農業を行ってきたため他国のような機械化・大規模農業というものが国土条件的に行いにくいという特徴がある。こうしたことから、

    「わざわざ自国で食べ物を作らなくても輸入すればいいじゃない」

    という意見に流されやすく、実際、そのようにしたわけだ。

    <日本の食料自給率と輸入状況>

    「農業消滅 平凡社新書」より

    年/輸入数量制限品目/食料自給率/備考
    1962年/81品目/76%/
    1967年/73品目/66%/ガット・ケネディ・ラウンド決着
    1970年/58品目/60%/
    1988年/22品目/50%/日米農産物交渉決着
    1990年/17品目/48%/
    2001年/05品目/40%/ドーハ・ラウンド開始
    2019年/05品目/38%/

    三橋貴明さんや私もさんざん「食料はなるべく自国で作らねばならない」と言ってTPPにも反対してきましたが、皆さん流されるのがお好きなようで…現在、

    『輸入』物価が上がって物価高騰に悩まされています

    どうしてかというと、「食べ物なんて輸入すればいい」とやっていたら戦争やパンデミック・天候不順などの影響で輸入が難しくなってきたからです。こうならないように、自国の食糧生産能力は下げるべきじゃないと言ってきたのに…
     さて、「食べ物など輸入すればいい」ということで海外から食料を輸入するようになると、当然、国内で食料を生産していた人たちは余るわけで、離農・廃業する人もでてくるわけだ。そして、「管理者のいないため池」が洪水を起こしたりするようになると。
     この「管理者のいないため池」が全国にどのくらいあるのか、今どのような状況なのか、その全てを国や自治体は把握できていないという。これではまずいということで、自治体では調査を急いでいるそうだが、とある自治体では

    調査せねばならないため池は60カ所以上あり、その一つ一つに調査会社の選定、事業監督、住民への周知、ハザードマップ作製といった作業が付いてくるのに担当者は1人

    という状況で遅々として進まないそうな。
     どうしてこうなったのかというと

    <地方公共団体公務員数 出典:総務省>

    1994年(平成6年):約328万人

    2018年(平成30年)には約274万人

    「構造改革」「無駄削減」というスローガンのもと公務員の数を減らしまくってきたからですね。どうしてこんなことをやったのかというと

    財務省・御用学者とその犬の政治家「このままでは日本は財政破綻してしまうから公務員を減らして切り詰めなければ」

    ということだったんですよ。
     
    映画「きみたちはまだ長いトンネルの中」

    3回くらい視聴して出直してきてちょ~ダイナ。ほんとうに、この30年間、日本はろくなことやってこなかったんですね。それでも、この町の町長さんは

    「予算が足りない。災害対策のためにも国はもっと予算を付けるべき」

    とTVでガッツリ言ってくれているので「なかなかやるな」と思ったりもしましたが。財務省に逆らわずに公共サービス削減に邁進してきたどこぞの府知事に見習ってもらいたいところです。

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  2. 利根川 より

    デフレとは何か?

    物価が持続的に下落していく状況、物に対して貨幣の価値が上がっていく状況

    「今日の相場では100円でリンゴ1個買える」

    「明日になれば100円でリンゴ2個買える。お金は使わずとっておいた方が得」

    どうしてデフレはダメなのか?

    ”お金が使われなくなる(需要がなくなる)から”

    お金が使われなくなる、すなわち貨幣経済崩壊ですね。
     現在のコストプッシュインフレとは何か?

    輸入品の価格があがることでモノの値段は上がるけど国民の収入は増えない状況

    コストプッシュインフレはどうしてダメなのか

    ”お金が使われなくなる(需要がなくなる)から”

    はいそうですね、コストプッシュインフレもまたデフレと同じく需要を減らして経済を崩壊に導いてしまうからダメなんですね。
     三橋さんたちが言ってきたのはデマンドプルインフレ、つまり、

    モノの値段も上がるけど国民の収入も増える状況

    にしましょうと言ってきたわけですが、「インフレ」という単語しか理解できなかったらしく、インフレはインフレでもコストプッシュインフレにしてくれたわけだ。余計なことをしおってからに…
     さて、コストプッシュインフレはどうして起きてしまったのか?

    国内生産を減らして輸入に頼り切りになったところでパンデミックや戦争で輸入が難しくなったから

    これを防ぐにはどうしたらいいのか?

    国内の生産能力を高めればいい。

    国内の生産能力を高めるにはどうしたらいいのか?

    売れない物は作れないのだから売れるようにすればいい

    誰が買うのか?政府が買え。

    <農業所得に占める補助金の割合 2013年>
    ※資料 鈴木宣弘、磯田宏、飯國包芳明、石井圭一による

    日本:30.2%
    アメリカ:35.2%
    スイス:104.8%
    フランス:94.7%
    ドイツ:69.7%
    イギリス:90.5%

    ※アメリカは一見すると農業への補助金は少ないように見えるが、事実上の輸出補助金を含めると75.4%と高い値になる。FAOの統計ではアメリカの小麦の輸出量はロシアに次ぐ2位、トウモロコシでは1位、大豆ではブラジルに次ぐ2位と農産品の競争力が非常に強い国なわけだが、どうして競争力があるのかというとアメリカ政府がめちゃくちゃ応援しているから(笑)

    ということで、政府が積極的に支出をして国内生産能力(備蓄含む)を高めれば輸入に頼らずに済むようになる。そうなれば、海外でパンデミックや戦争などが起きて輸入が難しい状況になっても右往左往しなくて済むようになる。
     国内投資の財源はどうするのか?

    国債でOK

    国債は返済しないでいいのか?

    よその国は自国通貨建て国債の償還費を一般会計に含めていない(よその国は国の借金の返済などやっていない)

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  3. 東京だヨおっかさん より

    前回の続きですね。嬉しいです。

    興味がわいてきたので、調べたら
    銀座線・虎ノ門駅隣り溜池山王駅の溜池って
    実在したんですね(1606年。港区HPより)。
    やはり堤をつくって湧水をため、神田、玉川の
    上水ができるまでの貴重な水源だったそうな。
    浅野幸長が家康にとりいってつくった、と。
    家康なら解ってくれると思ったのでしょうか。

    同じ堰堤なら溜池も描いてるはず、と思ったら
    描いてましたね(紀乃国坂赤坂溜池遠景)。
    池というか堀。上野不忍池より大きかったとか。

    先生は工学、地理学エッセイの広重さんですね。
    堀淳一先生の軽妙とは違った妙味がございます。

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