From 角谷快彦@広島大学医療経済研究拠点(HiHER)拠点リーダー/広島大学教授
読者の皆様、はじめまして。広島大学の角谷快彦と申します。医療経済学(ヘルス・エコノミクス)を専門としており、経済学の知見を応用して人々の健康と福祉に関する課題の解決を志向しています。さて、今回のテーマは表題の「介護職員の待遇改善とCCRC」、今後日本の介護の進むべき道について2回に渡って考察します。
近年、介護職員の労働環境が悪化しています。厚生労働省が2019年2月に全国の介護事業所で働く1万人以上の職員から回答を得た調査では、訪問介護職員の50%が「利用者本人からハラスメントを受けた」と回答しています。他の職種でも4~7割程度の職員が受けた経験があると回答しており、ハラスメントの種類(複数回答)には、暴言や脅迫などの「精神的暴力」(81%)、「身体的暴力」(42%)、「セクシュアルハラスメント」も37%もありました。また、同職員の2割は、あろうことか利用者の家族からもハラスメントを受けています。
この状況で、中長期的には介護職員の賃金に下げ圧力をもたらす可能性の高い、外国人介護職員を6万人も受け入れるという政府の方針は理解に苦しみます。そもそも介護は決して「人材不足」ではありません。介護分野の最も一般的な資格である介護福祉士(介護士)は、有資格者のうち実際に介護に従事しているのは6割弱しかいません(厚生労働省2014「第1回社会保障審議会社会部福祉人材確保専門委員会資料」)。
しかも、待遇(特に賃金)の悪さが介護離職の主な原因の一つであることはさまざまな研究からわかっていますので、介護士の待遇さえ改善すれば、移民の受け入れをしなくても、有資格者でありながら介護に従事していない人材の多くがすぐに現場に戻ってくると考えられます。
また、現在の国家財政も、自国通貨が流通する中、長期の低インフレにあえぐ状況下では、介護報酬を適度に改善することもできないような差し迫った状態にあるとは私には思えません。現在の政府の対応では「介護職員の待遇改善をするのが嫌なので、面倒な仕事は移民にやらせておこう」と考えていると思われても仕方がないのではないでしょうか。
先の調査結果のような介護職員へのハラスメントも職員の待遇改善で防げる可能性があります。兵庫県が既に二人目の訪問介護職員の支援策を導入したように、派遣する訪問介護職員を一人ではなく、二人にすることでかなりの程度ハラスメントを防ぐことができます。実際、相手が一人だと暴力を振るう利用者も、相手が二人となるとそれを控えるというのは十分にあり得るでしょう。
先に述べたように介護職員の待遇を改善すれば、移民受け入れをせずとも自ずと人手不足も解消に向かうので、その上で行政側が必要に応じた支援を行えば、この問題は一定程度改善されると思います。とはいえ、このように問題の解決策がある程度明確であるにもかかわらず、政府は介護職員の待遇をほとんど改善することなく、(事実上の)移民政策で介護職員の将来的な待遇にも下方圧力を発生させています。
これでは、中長期的に介護の現場に優秀な人材が集まりにくくなりかねず、それに伴って介護職員の社会的地位も低下、事態は悪化することはあっても好転させることは極めて困難となるでしょう。
私は以前、某先進国の介護施設を視察に訪れた際、介護職員の待遇を下げ続けた結果に起きた恐ろしい話を聞いたことがあります。その国ではもともと低賃金だった介護現場にさらに低賃金で働く大量の移民を受け入れたために労働環境が著しく悪化。介護職員のかなりの割合が日本でいう「生活保護」に近いレベルまで落ちてしまいました。介護職員のモチベーションも下がり(あたり前です)、介護の質は当然低くなります。
結果、寝たきりの高齢者がトイレの介助を頼む際、財布から取り出した紙幣を左右に振って要請することが習慣化したそうです。言葉で言ってもそもそも現地語が通じないか無視される。高齢者は止むに止まれぬ思いで紙幣を振ってそれを職員に渡し、おむつを替えてもらっていたそうです。
もちろんこの事例はその国の介護現場のすべてを代表するものでは決してありませんが、介護職員の待遇を下げ続けた先にある光景の一つであることは間違いありません。日本ではこのような事態が将来絶対に起こらないと誰が言えるでしょうか。
しかし、介護職員の待遇改善は非常に重要である一方で、それだけでは十分ではありません。世界に先駆けて介護需要が増え続けている日本の状況を追い風として捉え、成長戦略に結びつけて行くには別の工夫も必要だと思います。次回はその方策について考えてみます。
【書籍紹介】
『介護市場の経済学』(著書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4815808333/
『Human Services and Long-Term Care』(著書)
https://www.amazon.co.jp/dp/1138630934
https://www.routledge.com/9781138630932
『博士号のとり方[第6版]』(訳書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4815809232
【執筆コラム紹介】
介護市場の競争と品質(1)多くの国では「価格」も選択肢
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12108040V20C17A1KE8000/
介護市場の競争と品質(2)規制による質の確保は困難
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12160250W7A120C1KE8000/
介護市場の競争と品質(3)日本の制度設計に優位性
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12265340Y7A120C1KE8000/
介護市場の競争と品質(4)「結果」でなく「過程」の質評価
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12300260Q7A130C1KE8000/
介護市場の競争と品質(5)貧富の乖離、供給コスト拡大
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO12351190R30C17A1KE8000/
==============
角谷快彦(かどやよしひこ)
1976年生まれ。広島大学教授、同医療経済研究拠点リーダー、Distinguished Researcher。
PhD (経済学、豪州・シドニー大学)。
主著に「Human Service and Long-Term Care: A Market Model」(Routledge)、
「介護市場の経済学:ヒューマンサービス市場とは何か」(名古屋大学出版会)。
ウェブサイト:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~ykadoya/ja/
【発行主より】
客観的な事実・データをもとに、
明治維新や江戸時代の歴史について、
教科書や大河ドラマでは明かされなかった
本当の真実を
三橋貴明が徹底的に暴き出します。
これまでの歴史観がきっと変化し
新たな発見や面白さ、楽しさを
感じることが出来ます。
この機会にぜひ、お求めてください!
【角谷快彦】介護職員の待遇改善とCCRC(前編)への2件のコメント
2019年5月21日 12:44 PM
御著書
『介護市場の経済学』
リンク先で検索いたしました
単行本で 5832円ですか
うぅ〜ん 角谷さまのお手元には 一銭も入りませんけど
図書館をあたってみます(失礼)
内容紹介の文言
小生の頭ではチンプンカンプン
レビューを拝見して
key words は
介護市場 品質 効率性 経済成長
かな と。。。
次回の投稿も楽しみにいたして おります♪
コメントに返信する
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です
コメントを残す
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です