今回は珍しく「政治的」な話題をとりあげますが、ことの根っこには思想的な問題が横たわっていることを考えてみたい。
また、関連する問題では、そもそも政府の経済思想に原因があることも指摘したい。
尚、本稿は2月25日までの情報に基づいております。
愛知県出身で、名古屋で三年ほど暮らした時期を大切に位置づけているボクとしては、無視することができない。極めて恥ずかしい問題です。
あいちトリエンナーレ2019を巡っておこなわれた、愛知県知事リコール署名不正事件です。
リコール署名の目的は、「反日」的な展示内容に対して公金の支出を認めた大村市長に辞めていただくこと、だそう。
ボクは当時から、行政が展示内容によって公金支出の可否を決めるようなこと自体が検閲的であってやってはいけないことだと考えた。展示をめぐる批判や脅迫などへの準備不足など問題はあったと思うが、事業への支出を事後的に変えてはならない。展示への批判は表現の自由ですからどんどんやって構わないが、知事をリコールするのは筋違いだと考えていた。
リコール署名運動は高須クリニック医院長の高須克弥氏と、この件で知事と対立していた河村名古屋市長が中心となり、事務局長はのちに維新の会愛知5区選挙区支部長に就任した田中孝博氏が就いていた。この三人は愛知県出身ですから、地元でおこなわれた展示の是非を真面目に考えたゆえであろうとは思う。
その他、リコール署名運動には、武田邦彦氏、百田尚樹氏、竹田恒泰氏、有本香氏など「愛国者」または「保守」を自認する著名人が賛同・応援、彼らを支持するネットユーザーも応援していた。
リコール署名運動は6月2日に発表され、8月25日より愛知県各地で開始された。
「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会」公式サイト
https://aichi-recall.jp/
署名の結果
43万5千票が集まったが、必要な86万6千票には届かず不成立となった。
ここまでなら、届かずに残念でしたね、で終わる話だった。
しかし、署名の83.2%が無効。
ボランティア数名が会見して複数の同一人物による偽造署名が大量に見つかったと発表するなど仰天の展開となる。
これまでの報道をざっくりまとめると以下のような事実があります。
・10月中旬から下旬にかけて、名簿書き写しのアルバイト募集に応募した人が、佐賀県佐賀市内の貸し会議室で名簿の書き写し作業をおこなったと証言。
・名簿の書き写し作業では、口外しないことを求める書類にサインさせられ、携帯電話をポリ袋に入れて取り出さないよう指示された。
・偽造と疑われないよう、手口をこまかく指南された。
・署名偽造は広告関連会社の下請け会社が関与している。
・10月25日の終了後、日付を10月中旬に偽る指示とともに月末まで署名偽造はおこなわれていた。
・6月初旬からの運動開始からリコールに賛同、協力していた広告関連会社の下請け会社に、リコール活動事務局幹部が署名偽造アルバイトを募集する発注書が見つかった。
・河村市長がかつて行なった市議会リコール署名時の名簿3万4千人分が流用された。また、故人8千人の署名が含まれるなど、天国の名簿が流用された疑いもあり…、不透明な個人情報利用が判明している。
いずれの事実に関しても、高須医院長、河村市長、田中事務局長は関与・黙認を否定している。件の広告関連会社も下請け会社の独断として関与を否定している。
リコール活動を主導していた人々がすべて関与を否定し、知らなかったと言い、下の者が勝手にやったことだと主張するのは、森友学園・加計学園、桜を見る会、最新の菅総理長男が絡む総務省幹部接待問題…などと同じ構図だ。
足らなかったとはいえ30万票以上もの署名を「作り出した」のは個人の仕事とは思えず、組織力と資金力を駆使した可能性が疑われている。それなりの地位にいた人物が主導したのではないか、と。
すでに愛知県選挙管理委員会は県警に刑事告発しており、県議会、市議会が事実解明を求める決議案を可決している。
前代未聞ですね。
ここからは推測になります。
大村知事リコール運動は、河村市長の市議会リコールの成功例を踏まえていた可能性が疑われる。名古屋市議会のリコール署名でも無効票で一旦否決されたあと、無効の解釈を巡って市長側が粘り、逆転した経緯がある。無効を有効に無理やりひっくり返したとは言えないが、市民の請求ではない市長の都合でリコールを用いた手法含め、適切だったのかと批判があった。
この経験で「イケる」と、河村市長が高須医院長にリコールを持ちかけたたかどうかはわからないが、プロットとしてはあり得る。河村市長自身も今年4月に市長選挙があるので、大村知事リコールで「保守層」にサービスしたかったのか。あるいは、自身が知事に昇格しようと画策したか。ただ、河村氏は7割近い得票率で当選しており、不正に手を染める動機は弱いのです。
高須氏の言動には賛同できないものが多いが、不正を主導するメリットは薄い。
田中事務局長はどうでしょう。署名活動の事務局長に就任したあと、維新の会愛知5区選挙区支部長になっており、次期衆院選挙に出馬予定だ。署名活動で結果を出せば高須氏と河村市長を中心に強力な集票人脈を固める「利益」が期待できる。国政進出を予定する候補として最も旨味があるのは田中氏だ。推測ですよ。
他にも考えられます。ちょうど署名集め期間に安倍総理の辞任表明(8月28日)が重なった。そもそも中国韓国との歴史問題を声高に主張する支柱として「真の保守政治家 安倍晋三」の存在が絶大だった。「安倍ロス」によって支柱を失い動揺した「保守系」の結束を改めて固めるために、何が何でも誇れるだけの数を集めねばと途中から目的の転化が起きた可能性はどうだろうか。
あるいは、高須医院長や河村市長に恥をかかせまいとする「手下」の忖度で起きたのかもしれない。
おそらく原因はひとつではないでしょう。程度の差はあるとしても複数要因が重なり合った結果、高須医院長らが思いも寄らない大規模な偽造事件に至った可能性がある。高須医院長ら三人の誰かが偽造指示をしていないとしても、どこかのタイミングで不正を認識していた可能は高いのではなかろうか。転がりはじめてしまった不正を止めることができなかった可能性は高いと思う。
疑惑に対しては、「ある」と結論づけて考えるのではなく、「ない」と言える方向でも考える必要がある。この件では、高須・河村・田中の三名に疑われているような不正意図はなかった、または知らなかったと考えた場合、不自然な点が多く、三人が揃いも揃って「偽造は絶対バレない」と固く信じるマヌケだったか、「活動に参加した人は皆聖人君子である」と固く信じてチェックしないお人好しか、「絶対に86万6千票以上集まる」と構える自信過剰だった…、いうことになる。
そうではないなら、一部の不届き者が不正を働いたとしても2ヶ月の期間中どこかで発見・出直しできたはずであり、自ら停止宣言したあとになって支援者に活動中止を強い語調で求めたり、(高須氏の潔白を証明する)証拠となる名簿を「溶解液に入れて破棄する」など不整合な発言は不要だった。
いずれにしても、大村愛知県知事をリコールしようとした最初のボタンがかけ違っていたのです。
デフレ下で支出削減前提の行政改革をする根本的間違い、「大阪都構想」(総合区や一元化も同様)が、最初のボタンをかけちがっているのと同じです。
第一歩の間違いをごまかすための嘘が、嘘の連鎖を起こしているのではないか。
不正が発覚して以降、応援していた保守系言論人は潮が引くように関わらなくなった。いまだに「トランプは親中勢力に葬られた」とか「武漢ウイルス、武漢熱」とかに固執する残念な人たちもいるが、危なくなったら知らん顔という誠に正直な態度を示しておりますので、こちらも関わらないほうが精神の健康のために良いでしょう。
このような「政治的」な出来事は本当に面倒で厄介です。自分にその気がなくとも、政治に関わるようなことで集団に属してしまうと、巻き込まれて良いことがない。
横つながりの政治家や言論人を、異論があっても物申せなくなるような空気に取り込まれるのはまっぴらごめんです。
できるだけ距離をおきたいと考える由。
組織や集団は小さくて弱い個人を守ってくれる鎧になる。しかし、時にそれは、トゲトゲが内蔵された拷問具「鉄の処女」と化し、個性を殺しにかかるのです。愛知県知事リコール運動も、「集団浅慮」「悪しき認識共同体」と化して制御不能に陥ったのではないでしょうか。
数だけ揃えれば良いのだという手法は、民主的手続きを破壊するテロ行為です。
そもそも民主主義は常に善ではなく、厄介な面がありますが、今回の件は西洋由来の概念を理解したつもりになった弊害が強烈に出たのだろうと思う。そういう意味では、展示した側にも同様の誤謬があったと言わざるを得ませんが。
こういう問題が繰り返されるたび「もう忘れたのか」と言いたくなりますが、大石久和先生がおっしゃっていた「歴史の捉え方」を思い出します。西洋では、歴史とは積み重ねられていくもの……日本では大河のように流れていくもの…だと。
自然災害が多発する日本では、共同体を円満に維持するために災厄をできるだけ早く乗り越えねばならなかった。誰のせいでもない、恨みの持って行き場のない死を、心の奥にしまうことも含めて、乗り越えねばならない。日本人は死と向き合おうとしないとよく言われる。
都市生活が死を遠ざけたともいわれるが、共同体で生きていくために、大切な人の死を心の奥にしまわねばならなかったのは数百数千の年月には収まらない長い歴史で作られた意識ではなかろうか。「心の奥にしまう」ことに耐えられなくなり、「忘れてしまう」「なかったことにする」に変質すると、欺瞞と不信によって共同体は維持できなくなっていく。
忘れてしまい、なかったことにし、嘘を見過ごすようになり、同じ失敗を何度も繰り返すのでは、国は保てない。日本はすでに、そうなってしまっているのだと痛感します。
署名偽造事件に便乗して、さっそくこんな問題が出ています。
「疑われた東栄町の署名」 東愛知新聞 2月18日
http://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/7558
東栄町運営の病院が人口減少を理由に透析を中止、病床も廃止する方針を打ち出したことに、住民が反対署名活動をおこなった。町長の後援会が住民全戸に「(大村知事リコール署名のような)不正があれば懲役刑になる」と脅しと取れるチラシを配ったのだ。町議会は町長派が強いため議会では覆せない。
署名は民主的手続きとして許される最後の手段だった。それを萎縮させるようなチラシを配るのは、リコール署名偽造事件の騒動を悪用した妨害工作と言わざるを得ない。
経緯はこちらの記事に詳しい。
http://jcp-aichi-kengi.jp/2020/0409/7411.html
日本共産党愛知県委員会資料 2020年4月9日
本メルマガ読者ならすぐ見当がつくと思いますが、政府支出を削って保健医療のコストカットを進めてきた歴代政府の責任だ。
愛知県が透析中止方針を打ち出しているようですが、現在も撤回されていない政府の病床削減など支出削減方針こそ批判されるべきだ。
町長後援会は、署名偽造事件を利用して民意を封じるのではなく、県民の健康を守るため大村知事に予算確保を求めるとか、政府に財政拡大させるよう迫るべきでしょう。
東愛知新聞でも指摘されている通り、透析ができなくなれば家族ともども町を離れなければならなくなる。支出削減が地方の過疎化、人口減少の連鎖を起こしているのです。
東栄町はJR飯田線に駅がある山間の町で、鎌倉時代から伝わる花祭は重要無形民俗文化財に指定されている。政府支出削減によるデフレ長期化の被害を受けて存続が危ぶまれる文化のひとつだ。民主的手続きの歪曲も、超長期デフレによる精神の腐敗とつながっている。
財政拡大しない政府姿勢は日本国民を削減し、有形無形の文化をも消滅させようとしている。
財政や貨幣の認識を間違えるという、最初のボタンのかけ違いが様々に悪影響を及ぼしています。
署名偽造事件に関しては、適正な捜査が行われ、誰がなんの目的で偽造をおこなわせたのか解明して頂きたい。
同じ失敗を繰り返さないために、記録して心に刻まねばならない。
不都合なことを忘れたい、なかったことにしたい、そんな心理をしっり自覚し、不正の連鎖を防ぎましょう。
とにかくに、これ以上悪化を加速させないことです。
○コマーシャル
TVアニメ『呪術廻戦』にキャラクターデザインなどで参加しております。
第1弾PV 演出を担当いたしました。
https://youtu.be/dZPxN_2IyAI
ボクのブログです
https://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/
【平松禎史】「霧につつまれたハリネズミのつぶやき」 第七十四話:『リコール署名偽造事件・民主的手続きを破壊するテロ行為』への2件のコメント
2021年2月28日 4:03 PM
平松禎史 様
いつも楽しく、また有難く拝読しております。
「リコール署名偽造事件」は、ホンマにイヤーな気分になる事件ですね。早くしっかり解明してほしいものです。
ただ、今回の
>いまだに「トランプは親中勢力に葬られた」とか「武漢ウイルス、武漢熱」とかに固執する残念な人たち
・・・・・の部分は、まさにその後の
>「忘れてしまう」「なかったことにする」
・・・・・ということになりはしませんか?と問いたいです。
署名偽造事件が未解明なのと同様、米大統領選の真相も未解明だと私は思っています。
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2021年3月1日 12:46 PM
あの様な方々は保守でもなんでもなくて、アダルトチルドレンの遊びかパンとサーカスのサーカス。あの方は美容整形ですから偽造は趣味なんじゃないですかね。どちらにせよ深く考えて不正を行ったわけでなく「我輩の人生の集大成として偽造の真骨頂を見よ!これこそYES!すだれクリニック!なのだあ」程度のことでしょう。
但しサーカスがなければ人は生きられないので、「いい歳した大人がまた遊んどるわ」位に思っていればそれで良いんじゃないですかね。
人は二度死ぬといわれますが、一度目は肉体の死、二度目は人々の記憶から忘れ去られること。なのでいずれにせよ人は必ず死ぬのです。大義も何も無い、生きる理由も死ぬ理由も無い、生きる屍の様な現代社会ですが、せめて同胞の死に真面目に向き合う様に努めるならば「米国ともう一度戦争をして勝つ」と言わねばなりません。
こんな考えるまでもないことを言えない事が日本人の堕落ですね。そこを正さない事が戦後日本人が嘘の上塗りやアダルトチルドレンの発生を許しているのだと私は考えています。
恐らく人の死を「死んじゃったから可哀想、悲しい」というだけでは女の子や子供の感情に似ています。また「不正許すまじ」と文春砲炸裂でモグラ叩きをしてみたところで、日本の偽善と欺瞞は乗り越えられません。
現行のシステムである民主主義下で、「安倍政治を許さない」程度のことを、その都度カウンターで言ってみたところで、アダルトチルドレンのインチキの改善は不可能だと思います。元々民主主義とはインチキトンチキのそういうものでしょうし。
大戦により300万人死んだ出来事こそを忘れ、署名が不正だの42万人が死ぬなんてのは、ハッキリ言って戦後民主主義が招いた誤魔化しの結果ですので、必然であり小学生が悪戯した程度のつまらない話ですね。但し42万人死ぬなんてのは、サーカスにしてはたちが悪いサーカスであり厳しく叱らねばなりません。人々がサーカスを観てる間に、コソ泥の様に人々からパンを盗む行為はやり過ぎです。
日本人は3歩歩けば忘れる生き物で、日本という精神病棟で患者が患者に「もう忘れたのか!」と問いかけても、患者は「何をですか?」と自覚症状すらありません。
例えばそこに医者が居たとしても、医者はいちいち真に受けないでしょう。患者に対し精神安定剤か何か知りませんが、その様なものを渡して「ぐっすり休んでいい夢でも見なさい」としか出来ないでしょうね。
アダルトチルドレンは夢から覚めればまた妄想し出すのです。片方が「SAY YES!僕は死にましぇ〜ん」とダンプの前に飛び出せば、片方は「のやろう、あっちがダンプならこっちはプライベートヘリコプターや!」などと妄想をして、「俺こそYES!高過ぎるクリニック!」或いは「そう来たか、ならばこっちは船や!命もいらず名もいらず、安倍こそ日本だ!YES!であります」と彼らは何度でも玩具箱ひっくり返すのです。こっちがおたくらの始末に困るので、そのつまらんサーカスを一生やっててくれて結構。と思いますね。
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