コラム

2017年4月26日

【佐藤健志】大国民の襟度(きんど)

From 佐藤健志

このところ何度か取り上げてきた
「敵への心理的依存と思考停止に関する平松テーゼ」について、さらに考えてみたいと思います。

あらためて整理しておけば、平松テーゼとは以下のようなもの。

1) 何らかの対立勢力を〈自分(たち)より明白に劣っている存在〉、
ないし〈自分(たち)と違って、明白に間違っている存在〉と規定し、
それを否定・攻撃することをもって、自分(たち)の正しさや優越性の根拠としたがる者は、
くだんの対立勢力にたいし、心理的に依存するようになる。
向こうが存在しなくなったら最後、自分(たち)の正しさや優越性の根拠も失われるからである。

2)しかるに否定・攻撃の対象としている相手に、じつは依存していたというのでは、アイデンティティの崩壊は避けられない。
よってそのような者は、おのれの矛盾、ないし欺瞞から、ひたすら目を背けたうえ、
他人に指摘されたら、キレてごまかすという思考停止の状態に陥る。

つまり「敵への心理的依存」に陥ると、
〈言動が不誠実になり、知性が衰弱する(←思考停止に陥るので)〉
という感心しない症状が生じるのです。
しかも、問題はそれだけにとどまらない。

この依存、対立勢力を
〈自分(たち)より明白に劣っている存在〉
〈自分(たち)と違って、明白に間違っている存在〉
と規定するところから始まります。
そうしないことには、心おきなく否定・攻撃できませんので、当然と言えば当然の話。

し・か・し。
こんなふうに規定してしまったあとで、相手の力量を正確に推し量れるか?
できるわけがないでしょう。

そして言動が不誠実で、知性も衰退、おまけに敵を正しく理解することすらできない者が、当の敵に勝てるか?
聞くだけヤボですね、これは。

「彼(=敵)を知り、己を知れば、百戦殆(あや)うからず」とは、孫子の兵法に出てくる有名な言葉ですが、
敵への心理的依存に陥った者は
「彼を知らないばかりか、そもそも知ろうとせず、ついでに己についても知らず」
と、こうなってしまうのです。

すると、どういう結論が待っているか?
孫子の言葉をどうぞ。
「彼を知らず、己を知らざれば、戦うごとに殆うし」。

それはまあ、「表向き批判・攻撃している相手が、滅びたりせず、永遠に存在してくれること」こそ、
敵への心理的依存に陥った者の(自覚されざる)真の願い。
「戦うごとに殆うし」なのは、むしろ好都合と言えなくもない。
だとしても、そんな態度に終始したあげく負けたのでは話になりません。

まして本当に相手に勝ちたいのなら、向こうが明白に劣っているとか、明白に間違っているとか見なすのは慎むべきなのです。
むやみに否定・攻撃するのも、むろんアウトですね。

関連して、ご紹介したい話があります。
1946年3月、『新日本文学』誌が組んだ特集「八月十五日の記」に含まれていた
作家・上司小剣(かみつかさ・しょうけん)さんの随筆「重大放送」。

上司さん、明治後半には読売新聞に勤め、論説委員や編集局長にまでなった方ですが
日露戦争と太平洋戦争の際の国内の雰囲気を比較して、こう述べました。

(日露戦争の時は)国の上下にズッと余裕があった。(中略)
国民がみだりに敵国人を罵ることを悪徳とし、互いに相いましめた(=戒めあった)ものであった。

それどころか、政府もこんなふうに注意したとか。

国と国とは国際上の利害によって戦いを交えているが、
国民と国民とには、個人としてなんの恩怨(=感情的なこだわり)もないのだから、
いわれなき漫罵(=むやみに罵ること)は、大国民の襟度(=度量)でない。
(原文旧かな。表記を一部変更、以下同じ)

これを受けて上司さん、「ロシア(人)を罵倒してはいけない」という趣旨の論説を書いたそうです。
だが、話はこう続く。

今度の戦争(=太平洋戦争)では、それと全く違って、初めから
“敵を憎め”
“敵を罵れ”
“まだまだまだ罵り足らぬ、憎み足らぬ”で、
今となっては、否、そのときでも、心あるものには、気恥ずかしかった。

聞くに耐えぬ最上級の悪声(=悪口)を聞きつつ、“これで勝てるかなァ”と私は、ひそかに眉をひそめたこともあった。
ところが、結果は憂慮したとおりであった。
(安田武・福島鑄郎編『ドキュメント昭和二十年八月十五日 増補版』収録。双柿舎、1984年、59ページ)

無理もありません。
そこまで精神的な余裕をなくし、目を吊り上げずにはいられないこと自体、自信のなさを白状しているようなもの。
小物ぶり丸出し、というヤツですね。

ついでにそこまで敵(主にアメリカでしょう)を罵倒しているとき、向こうの力を正しく把握できるはずもない。
負けて当たり前であります。

しかるに現在の保守派は、日露戦争当時の日本人と太平洋戦争当時の日本人、どちらに近いか?

みんながみんな、そうだとは言いませんが、
中国・韓国、あるいは左翼や「反日マスコミ」への漫罵を見ると、残念ながら全体としては後者ではないでしょうか。
日本の偉大さ、素晴らしさを謳いながら、明治政府言うところの「大国民の襟度」が備わっていないのです。

他方、左翼・リベラルは左翼・リベラルで、安倍政権やトランプ大統領、はたまた保守派や「ネトウヨ」への漫罵にふけっている。
左右がそろってこんな状態で、安全保障や経世済民が達成できるのか?

だ・か・ら、
『右の売国、左の亡国』と言うのですよ!
https://www.amazon.co.jp/dp/475722463X(紙版)
https://www.amazon.co.jp/dp/B06WLQ9JPX(電子版)

・・・ちなみに上司さん、「国の上下にズッと余裕があった」と書いていますが、日露戦争も厳しい戦いでした。
明治天皇も、もし負けた場合は
朝鮮半島の支配権を失うのはもとより、九州や四国ぐらいまでは取られても仕方ないと覚悟されたそうです。

経済面でも、わが国は相当に逼迫。
ある死刑囚が処刑の直前、刑務所内の労働で得た金のすべてを、戦費に使ってほしいと差し出した、
などというエピソードまでありました。

そんな中でも、明治の人々は「大国民の襟度」を持ちつづけた。
だからこそ「敵を知り、おのれを知る」状態を維持するのに成功、勝利を収めたのです。
ひきかえ太平洋戦争のときは、襟度をなくしてしまったせいで、「敵を知らず、おのれも知らず」の状態に陥り、みごとに負けた。

つまり日本人は、なんと敗戦前から、アメリカへの心理的依存をきたしていたかも知れないのです!
戦後70年あまり、対米従属からいっこうに脱却できないのも、こうなると新たな意味合いを帯びてきますね。

日本が現在の低迷を脱する道、それは「大国民の襟度」を取り戻すことにあるのではないでしょうか。
でないと気づかぬうちに、アメリカどころか、中国や韓国、はては北朝鮮にまで、心理的に依存するハメになるかも知れませんよ・・・
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)日本文化チャンネル桜の番組「闘論! 倒論! 討論!」に出ました。

テーマ:どこまで自立したか? 日本
https://www.youtube.com/watch?v=m79m_n9jD6I&feature=youtu.be

2)雑誌『表現者』72号に、評論「失われた右手を求めて」が掲載されました。
アニメ映画版がヒットして話題となっている『この世界の片隅に』を題材に、戦後日本のあり方を分析します。

3)「敵を知らず、おのれも知らず」の状態で戦後脱却を試みると、どんな結末が待っているかをめぐる体系的分析です。

『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』(徳間書店)
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/(紙版)
http://qq4q.biz/uaui(電子版)

4)保守と左翼・リベラルの双方が、「敵への心理的依存」に陥っていることについての詳細な考察はこちらを。

『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

5)戦後の歴史は、敗戦前からひそかに存在したアメリカへの心理的依存が、どんどん顕在化・深化していった過程と見ることもできるでしょう。

『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
http://amzn.to/1lXtYQM

6)「旧政府の悪について、大げさに騒ぎ立てるだけでは気がすまないのか、革命派は国全体の名声を貶めようとしている」(164ページ)
エドマンド・バークの言葉です。となれば言動が不誠実になり、思考停止に陥るのは不可避。その行き着いた先こそ、「テロリズム」の語源たる恐怖政治(テロル)でした。

『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj (紙版)
http://amzn.to/19bYio8 (電子版)

7)「人々が礼儀をわきまえ、節度を保って行動することが、社会の安定を維持するうえで重要なのも事実である」(211ページ)
イギリスにたいする決起を説いたトマス・ペインも、「大国民の襟度」の重要性を理解していたのです。

『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)

8)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

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