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2015年10月10日

【青木泰樹】アベノミクスは第二ステージ「3つの的(まと)」

From 青木泰樹@経済学者

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●中国バブルの実態と今後の行方
●汚職追放が中国経済を失速させたカラクリ
●中国に進出した日本企業の末路

10/10までに申し込めば、9月号「農協改革と食糧安保–<国家の解体>を食い止められるか?」に加え
11日に公開の次回号「中国の読み方–地獄に引きずり込まれないために日本人が知るべきこと」も聞くことができます。

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「矢」は「的(まと)」を射るための道具です。
目的を達成するための手段。
しかし、世の中には矢と的を混同している人もいるようです。

先月末、安倍総理は「アベノミクスは第二ステージに移る」と表明し、2020年に向けた「新3本の矢」を示しました。
一本目の矢は、名目GDPを2014年度水準(490兆円)から約二割増加させ600兆円を目指す「希望を生み出す強い経済」。
二本目は、出生率を現在の「1.4」から「1.8」への上昇を目指す「夢を紡ぐ子育て支援」。
三本目は、介護離職ゼロを目指す「安心につながる社会保障」。

安倍総理はこれらを矢と称していますが、誰が見ても、三つとも的(目標)ですね。
名目GDP600兆円、出生率1.8、介護離職ゼロといった具体的数値目標です。
そうした目標をどうやって達成するのかという具体的政策手段、それが本来の意味での「矢」です。
それが明示されていない、もしくは隠されているのは問題です。

初期アベノミクスは、「デフレ脱却」という目標を達成するための三つの具体的政策手段のパッケージであったため、三本の矢という名称が付けられました。
大胆な金融緩和、機動的な財政出動、および成長戦略。
それぞれの政策は背後の理屈(経済理論)を異にするものでありましたが、曲がりなりにも金融緩和と財政出動を併用(ポリシーミックス)したことによって日本経済は最悪期を脱することができました。

しかし、残念ながら消費税増税の実施によって消費が低迷し、さらに公共事業費も政権発足時の水準から減額させ続けた結果、2014年度の実質GDPは▲0.9%となってしまいました。
そうした財政緊縮路線に政権が舵を切っている途上で、中国の経済不安といった外的諸要因が加わり、現在、リセッションが危惧されているのは周知のとおりです。

本日は、「アベノミクス第二ステージ」の目標から類推される安倍総理の経済観について少し考えたいと思います。
そこから「新しい矢」を射る(?)ための具体的な矢の姿が浮かんでくるでしょう。

安倍総理は初期アベノミクスの目標である「デフレ脱却」は目前であるとし、前述のとおり、次なる目標として「経済成長」と「子育てと介護に関する社会保障の充実」を掲げました。
問題は、「デフレ脱却策(旧3本の矢のパッケージ)」と「経済成長策(新1本目の矢)」がどのように関連づけられているのかということです。
麻生財務相は、その関係について「一番目の矢の中に、今までの三本の矢が集約されていると考えたらよい」と述べています。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL25HEH_V20C15A9000000/

しかし、これは正確な解釈とは言えません。
旧3本の矢のうち、2本目の財政出動と3本目の成長戦略には、一応、経済成長を促す論理が存在します(正確に言えば、2本目の場合、短期のケインズ理論を中長期的に再解釈する必要はありますが)。
ただし主流派エコノミストの多くは、公共投資の効果を「一時的に効くだけのカンフル剤のようなもの」と誤認し、その成長効果を無視しています。
緊縮財政を省是とする(?)財務省の意向を受けてかどうかはわかりませんが、マスコミも同様の見解を撒き散らしています。

この「公共投資=カンフル剤」論の致命的な欠陥は、短期的な総需要創出効果しか見ていないことです。
すなわち、一時的に総需要を増やすだけのものとしか捉えていないことです。
確かに、公共投資が「穴を掘って、埋めるだけのもの」であればそうした解釈も成り立つでしょう。
しかし、そのような無意味な公共投資が実行されることはあり得ないのです。
現実に実施されている公共投資には、民間の設備投資と同じような一種の能力効果(生産能力の増強効果)があるのです。
それを見逃してはなりません。

インフラ整備を通じ、中長期にわたって良質の公共サービスを提供し、それが民間の経済活動を高めることによって民間に利益をもたらしているのは疑いのない事実です。
一例を挙げれば、「当該の高速道路やバイパスが開通すれば、目的地までの距離が短縮され、渋滞が解消され、それによって時間が節約され、結果的に物流量が増加し、〇〇〇億円の経済効果が見込まれる」といった記事をよく見かけるでしょう。
それが公共投資の能力効果の典型例です。
公共投資は、将来に渡って、「インフラ整備がなされていなかったら得られなかった利益」を民間経済へ供与し続けるのです。
それは、単に総需要を増加させて今期の成長を促すだけでなく、民間の生産性を間接的に高めることによって中長期的な成長に資するのです。

ミクロレベルで生産性を向上させるのは企業の投資ですが、マクロレベルで生産性を向上させるのはハード面では公共投資なのです(ソフト面では教育投資が中心。いずれも政府主導の投資なのです)。

しかし、おなじ財政出動でも減税の場合は、カンフル剤の効果しかありません。
例えば、消費税増税の悪影響を減殺するためによく唱えられるのが「低所得者層への減税」もしくは「補助金の支給」ですが、それらに中長期的な成長効果はありません。
国土中にインフラ整備が行き渡り、かつ補修等も十全に実施されている国家ならいざ知らず、日本のようにそれが不十分な状況では、減税よりも公共投資を中心とする財政出動が望ましいのです。
なぜなら需給ギャップを埋める効果以外にも、民間経済の成長を促す効果、さらに防災・減災に役立つことで国民生活に安全と安心をもたらす効果(安全保障効果)を併せ持つからです。

ところが、1本目の矢である金融緩和策(リフレ政策)は、単独で経済成長を促すことはできません。
そうした理屈(論理)を持っていないのです。
リフレ派を代表する浜田宏一内閣官房参与および岩田規久男日銀副総裁は「金融政策は需給ギャップを埋め合わせることはできるが、経済を成長させるのは政府の役割(成長戦略)だ」と度々言明していることからも、そのことが知られます(岩田規久男『リフレは正しい』(2013年8月PHP研究所)および浜田宏一・安達誠司『世界が日本をうらやむ日』(2015年1月 幻冬舎)参照)。
もちろん、私がこれまで主張してきました通り、リフレ政策で需給ギャップが埋まるとは到底考えられませんが、ここでは触れません。

注意すべきは、1本目の矢(金融緩和)は2本目の矢(財政出動)と組み合わされることによって経済成長を促すことができるが、3本目の矢とは論理的に全く無関係ということです。
量的緩和によって生産性を向上させることはできません。
金融政策は公共投資を中心とする財政出動の資金調達(建設国債の発行)を容易にする環境(すなわち低金利状態)を整えることが、その主たる役割ということです。

さて、問題は、安倍総理が第二ステージの経済成長策をどう考えているかにあります。
2本目重視か、3本目か、それとも論理矛盾を孕んだままで両者を併用するか。
リフレ政策は継続していくでしょうが、今述べたように、それ自体は成長政策ではありません。
安倍政権発足後、名目GDPは二十数兆円増加しましたが、最も寄与したのは公的需要の伸びです。
すなわち、これまでの成長に寄与したのは2本目の矢なのです(徐々に尻すぼみになってしまいましたが)。

しかし、2四半期連続の実質GDPのマイナス成長が懸念されている現状でも補正予算の話は出てきません。
おそらく安倍総理は、10兆円の需給ギャップの存在を示す内閣府モデルではなく、「需給ギャップは存在せず、現在は完全雇用である」という黒田東彦日銀総裁の認識をベースに経済を見ているのでしょう。
そもそも公共投資の成長効果を理解していないのかもしれません。

そうなると、消去法で言えば、アベノミクス第二ステージの経済成長策は、旧アベノミクスの3本目の矢である成長戦略ということになってしまいます。
言うまでもなく、それは法人税減税と規制緩和を中心とする新自由主義的政策(ネオリベ政策)です。
安倍総理が今後は成長戦略によって経済成長を図ろうとしていると想定するならば、新3本の矢のうちの2本目(出生率1.8)と3本目(介護離職ゼロ)の目標を達成する手段もおのずから推察されます。

子育て支援のためには「保育士不足の解消」、介護支援のためには「介護職員不足の解消」が必要です。
いくら保育所や、老人介護施設をつくっても、そこで働く人がいなくては機能しないからです。
問題は、人手不足を解消する方法が二つあることです。

周知のように、現在の保育士不足、介護職員不足の原因はただ一つ、低賃金です。
厚労省の賃金構造基本統計調査によれば、保育士の平均月給は約21万円、介護職員のそれもほぼ同水準で、いずれも全産業平均を10万円余り下回っております。
これでは、人が集まりません。

保育士や介護職員に対する超過需要があるにもかかわらず賃金が上昇しない理由は、法的および技術的に一人の担当できる人数に限りがあること、および保育サービスや介護サービスの価格が固定されているか上限があることです。
後者は、大多数の人にとって、個人的に負担可能な保育料や介護費用に限度があるのことに起因します(一定額以上、払えない)。
その制約下では、保育士や介護職員一人を雇用したときに一人当たりの売上高(担当可能人数X当該サービス料)が確定しますから、賃上げは直接的に企業利益を減少させることになってしまいます。
それゆえ、資本効率を重視する民間の論理の下では、低賃金の解消は難しいでしょう。

しかし、利益があまり上がらなくとも社会にとって大切な事業を為すべきことが政府の役割です。社会保障はまさにその分野なのです。
新アベノミクスで、保育士および介護職員の不足を解消するために、当該分野に重点的な予算配分をし、待遇改善を図ればそれに越したことはありません。

懸念されるのは、安倍総理が新自由主義的政策で人手不足の解消を企図することです。
例えば、社会保障分野に市場原理を導入するとか、外国人労働者を積極的に受け入れるといったことです。
この場合、低賃金は解消されません。
こうした方向は、財政措置を伴わないので短期の財政再建を目指す勢力にとって好ましいかもしれませんが、我が国の社会保障制度の根幹を揺るがしかねない問題です。

安倍総理に認識して頂きたいことは、五年にわたる小泉構造改革の結果として、日本の潜在成長率は上昇するどころか低下し続けてきたという事実です(潜在成長率の定義は不問としても)。
すなわち成長戦略は経済成長をもたらさなかったというこれまでの経験です。
アベノミクス第二ステージの中心目標である「3%の名目GDP成長を6年間続ける」ためには、「成長戦略からの脱却」こそが必要であると思うのです。

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【青木泰樹】アベノミクスは第二ステージ「3つの的(まと)」への4件のコメント

  1. 學天測 より

    規制緩和、自由化と言う事は否定しませんがその美名の下に今儲かる産業のためと言う歪んだ視点で赤字になり負担だから最適化して切れば未来はありません。中長期的な投資という物もあります。教育と同じで交通や災害対策もそうでしょう。国土強靭化もそうだけどレジリエンスな多様性が無いと脆弱なのはリーマンショックで明らかですけどマネージメントの概念が無い人たちは失敗から学びません。

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  2. 日本晴れ より

    青木先生の分析&指摘に大いに共感いたします公共投資の短期的な視点じゃなくて中長期的な効果なのに短期的なPBだけで判断されてしまう介護職の離職率が高いのは大変な割に賃金が低い事農業の後継ぎがいない事も含めていずれも新自由主義のドグマがそうさせてるんですよね

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  3. マクロ・トライライト・ゾーン より

    〉マスコミも同様の見解を撒き散らしています。 マスコミュニケーションとは(ウィキペディアヨリ)。新聞・放送などによる)大量[大衆]伝達. 規制に守られた己に気づかないマスコミは、自由経済を叫びながら大量伝達ならぬ統制利権情報の大量伝達に明け暮れる。そしてTPPフロマン協定によって情報媒体は己が狂争淘汰されていくのです。

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  4. robin より

    量的緩和により株価は上がるから投機は行われる、でもなぜか投資は行われない。投資が行われないのは日本が内向きだからでグローバル化すれば投資は活性化すると信じてるのが現安部政権でしょうか。需要が世界的に縮小してる状況でグローバルに需要と雇用の奪い合えば戦争のリスクを高めることになるのでは。民主主義からグローバル投資家世界市民主義への移行が齎すのは主権の放棄、国民統合の崩壊、金持ちと貧乏人の地域的な住み分けと対立だろうか。

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