From 平松禎史(アニメーター/演出家)
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●●日本は「発展途上国」へと転落するのか? 豊かで安全な日本を後世に残すための条件
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp
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◯オープニング
梅雨が明けてとても暑い日が続いています。
7月前半は海外ではギリシャの緊縮受け入れ、中国株の急落と市場の低迷。
日本では新幹線車両内での焼身自殺(巻き添え殺人)という前代未聞の事件が起きました。
箱根など各地の火山活動も依然活動を警戒中です。
ザワザワとした嫌な予感の中、世界遺産登録を巡って、これまた前代未聞の「事件」が起きてしまいました。
第十五話「戦勝国の価値観と世界遺産」
◯Aパート
「明治日本の産業革命遺産」の登録で、端島(軍艦島)などでの戦時中の徴用を巡り、韓国政府が「強制労働だった」として日本を非難しています。
詳細な経緯などは三橋先生のブログ( http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12047543496.html , http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12049077181.html )や青山繁晴氏が参加している「虎ノ門ニュース8時入り」(7月9日放送回 https://youtu.be/25IrPZ4uwgw )で知ることが出来ます。
また、問題の文言「forced to work」は佐藤健志さんがブログ(http://u111u.info/moYI , http://u111u.info/moYt )で解説されていました。
ざっくり言って、日本の官僚、及び政府は戦後に横たわる本質問題から逃げ、韓国の甘言に騙され乗せられて「強制労働」を認めたと読める文言を発表してしまった、ということです。
これにより韓国が形勢不利となっていた「慰安婦強制連行」なども改めて主張するでしょうし、日本がナチス・ドイツ並の悪逆非道国家であるという(もちろん事実誤認ですが)印象操作に利用されるでしょう。
まさに「大失態」で、巨大かつ大深度の墓穴を掘ったことになります。
何故こんなことになってしまったんでしょう。
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まず「世界遺産」とは何か。
世界遺産の採択をしているユネスコについておさらいしてみました。
国際連合教育科学文化機関
United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization 頭文字を取ってU.N.E.S.C.O 日本ではユネスコと言います。
国連の経済社会理事会の下部機関とのこと。
本部はフランス、パリ
加盟国195カ国
憲章採択は昭和20年(1945年)11月16日
創設 昭和21年(1946年)11月4日
日本加盟 昭和26年(1951年)7月2日
ユネスコ憲章 第一条(目的及び任務)
第一項
『この機関の目的は、国際連合憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによつて、平和及び安全に貢献することである。』
第二項では機関の活動について各国の国際協調が謳われています。
第三項
『この機関の加盟国の文化及び教育制度の独立、統一性及び実りの多い多様性を維持するために、この機関は、加盟国の国内管轄権に本質的に属する事項に干渉することを禁止される。 』
憲章の前分には以下のような文言があるそうです。
「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」
世界遺産は、1960年、エジプトのナイル川に建設されたアスワン・ハイ・ダムでヌビア遺跡が水没することがわかり、この救済キャンペーンをきっかけに国際記念物遺跡会議が発足。
その後、1972年に世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で成立し、’75年にアメリカのイエローストーン国立公園やエクアドルのガラパゴス諸島など12件が第一回に選ばれた… という経緯があるそうです。
日本は政治的理由でアメリカなどが脱退した危機の時代も一貫して世界第二位の分担金(36億7千万円:2011年)を拠出してます。
(アメリカはパレスチナ加盟に抗議して2011年から分担金を停止中)
邦人職員も世界第二位で35人です。
参照元
ウィキペディア
「国際連合教育科学文化機関」
http://u111u.info/moYu
文科省のページ
「ユネスコとは」
http://www.mext.go.jp/unesco/003/001.htm
「日本のユネスコ活動のあゆみ」
http://www.mext.go.jp/unesco/002/002.htm
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ユネスコは国際連合の下部機関。
国際連合とは、第二次世界大戦の戦勝諸国がその元になっている、ということは当メルマガの読者様には承知のことと思います。
国際連合への加盟は1956年ですが、ユネスコへの加盟は主権を回復していない1951年。
世界遺産条約の批准は1992年で随分最近の話しです。
世界遺産の登録は、国内で暫定リストを作り、世界遺産条約関係省庁連絡会議(外務省、文化庁、国土交通省、林野庁、水産庁、環境省/オブザーバ:文部科学省、農林水産省)を経て選定された後、ユネスコ世界遺産センターに推薦することになっています。
推薦は国が行い、個人や団体、自治体が勝手に推薦できません。
つまり、責任は国、政府にあるわけです。
◯中CM
関連する事柄として、日本国憲法前文の一部を引用しておきます。
(前略)
『日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。』
(中略)
『日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。』
日本は「平和を愛する諸国民」の「崇高な理想」に則って、名誉ある地位を得、その目的を達成することを国家の至上としている(とされている)わけです。
国際連合及びユネスコへの加盟と世界遺産条約批准も、この「戦勝国の秩序」に則っとることが前提であり、日本国憲法と共に受け入れていることが前提と考えられます。
その上で、日本はユネスコの活動に貢献し世界各国と協力することが求められているのであり
『名誉ある地位』獲得に精を出している、と言えるのではないでしょうか。
ユネスコ憲章は国連憲章と関連性が高いわけですね。
国際協調、国際貢献は大切ですが、国際連合の大前提を諸手を挙げて肯定するのは疑問を禁じません。
◯Bパート
世界各国の登録された世界遺産を見ていくと、その最初のきっかけとなったエジプト然りですが、発展途上国が多いです。
自然遺産、文化遺産、複合遺産。三種類ともに普遍的価値の高いものが対象となりますから100年、200年、1000年といった歴史が重要になってきます。
世界遺産を持つ国は長くて豊かな歴史・文化を持つ国である、との国際的認識を得ることが出来ます。
ステータスですね。
発展途上国にとっては先進諸外国に価値を認めてもらえ支援も受けられ、観光によって経済的恩恵を受ける可能性が期待できます。
先進国でもアメリカのような人口国家は先住民の遺産を登録することで「アメリカ人の遺産」にすることが出来るでしょう。
植民地を持つかつての帝国も同様に、一種の恣意活動に利用できる側面を持っている。
各国が持つ独自の文化の理解が広く深まることには大きな意義があると思いますが
一方で、やはり国際連合=連合諸国=戦勝国の価値観による「お墨付き」でもって認めていただく、という嫌〜〜な感じも致します。
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確実に世界遺産対象だと思われるものでも登録されていないものがあります。
イギリスのバッキンガム宮殿がそのわかり易い例ですが。
理由は現在宮殿として使用中で王室の住居だから、だそうです。
私的な住居ゆえに世界遺産には登録しないと言われています。
ところが、バチカン市国は国土全体が世界遺産に登録され、法王の住居や執務室など使用中の建物も世界遺産になっているそうです。
この違いは何でしょうか?
また、これらのと似たものを我が国に尋ねれば、皇居、があります。
実際に皇居を世界遺産登録しようと主張されている団体もあるようですが、バッキンガム宮殿と同じ理由であり得ないこととされているようです。
イギリスの事情を見ると宗教や王室(つまり国体ですね。)に要因があるように思われます。
イギリスではスコットランドの独立が話題になりましたし、北アイルランドは帰属意識が大きく揺れた歴史を持ちます。
「イングランド国教会」という名称からしても宗派としてイギリスで一枚岩になっているのではなく、世界的にも多数派でない。
英国王室はイギリス全体から見て完全に支持されているとも言い難いでしょう。
となれば、バッキンガム宮殿がイギリスの歴史・文化としての普遍的価値とすることに異論が沸く可能性が否定できません。
推測の域ですが、国内で世論が分かれるようなことを避けるため、世界遺産へ推薦しないのではないでしょうか。
バチカンは国家、宗教として完全に一枚岩で、古代ローマから続く価値観として世界の多数派から支持されている。
世界遺産においてこの違いは大きいのだと思います。
余談になりますが、ヨーロッパの文化的地位としてみると、ギリシャのEU・ユーロ加盟にも似たような心理がありそうです。
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さて、日本の宗教的事情はどうでしょう。
ざっくり書くと、古神道に外来の仏教、儒教が伝来し、カトリック伝来の流れがあります。
仏教を巡っては廃仏派の物部氏と崇仏派の蘇我氏が対立して起こった丁未の乱があり、大化の改新へとつながって豪族中心から天皇中心の国作りに移っていきます。
六世紀から七世紀の話です。
そこから室町時代、南北朝に分かれた時代、足利義満が再び仏教や陰陽道などを強めます。
その後カトリックの伝来があり、江戸時代に儒学、朱子学、陽明学が台頭してくると、日本古来の神道を重視しようとする国学が活発化して明治維新の精神的支柱となり、明治時代には皇国史観とともに廃仏毀釈運動が盛んになります。
明治期が西欧の近代化に多大な影響を受けていたことは明らかですが、明治維新は日本が古来から経験した文化的な変化の中で、極めて大きな、革命的な変化だったと言えなくはないでしょうか。
日本国内に宗教的な対立などほとんど顕在化していませんが、八百万の神々をいただく国としても、決して一枚岩とはいえない歴史を持っています。
あまつさえ、国際社会なるものの価値観に照らして普遍性を問うことなどは馴染まないと考えます。
端島(軍艦島)にも神社とお寺があります。
端島神社は昭和11年(1936)。泉福寺は大正10年(1921)に建立されています。
炭鉱の経営が三菱に移って約30年後にお寺が建立されているのは、やはり端島で亡くなる労働者が増えたからだと思います。
また、設備や住居の増大と、昭和6年(1931)の満州事変、昭和7年の(1932)満洲国建国による国際社会との対立によって精神的支柱を欲したことが神社建立の要因だったのではないかと想像します。
戦時徴用は戦争末期の限られた期間だったそうです。
当時の朝鮮半島および台湾出身者も日本人でした。
その意味では内地の日本人同様の労働者だったと言えます。
しかし、元々別な歴史・文化を持った国民だったことも事実であり、時の情勢とは言え、そのような人々を日本人の価値観に合わせさせ働かせた事自体、果たして一点の曇りもなくお天道様に恥じることが全くないと言えるのか、疑問はあります。
日本の近代化とともに生まれた産業遺産は現代に生きる私達を支えている重要な証です。
と同時に行われたことに対して真摯に向き合う必要もあると思う。
このバランスをとる努力なしに、誇りとして胸を張れないと思います。
皇居、皇室を世界遺産に登録。この言いようのない違和感。
朝日新聞社でさえ会社の屋上に神社を設置しているお国柄ですから、違和感は日本全体あらゆる遺産に及んでも不思議ではないでしょう。
世界遺産というものの意味と、日本の歴史・文化を考えてみれば
戦勝国の価値観を背景とした世界遺産に登録させて頂く必要など、ない。
という考えに至らざるを得ないのです。
◯エンディング
自然・文化・産業など遺産を持つ自治体は世界遺産登録を推進する委員会などを作って活動しているようです。
このような活動は、世界遺産に登録して頂いて観光資源の価値を高めようとする心理が働いていると思います。
産業による収益の少ない自治体が遺産に頼るのは、長期デフレ不況によって人も産業も東京などへ流出して疲弊していることとも関連があるのでは?と思います。
政府がデフレ脱却に専念し、地方が活性化して地域共同体が機能し、地元の人々が遺産に誇りを持てば自然と日本全体の遺産となり、世界への発信力にもなるのではないでしょうか。
時間はかかるでしょうが、よほど立派だと思います。
国際社会の普遍的価値観などに頼って飛びつき、国家の誇りを失う愚かな行為を二度と繰り返させてはいけません。
そんなことに心血を注ぐなら、朝鮮半島、台湾出身者含む炭鉱労働者の無縁仏を調査して丁重に弔ってほしい。
端島神社や慰霊碑は観光客が参拝、慰霊できる場所に建立し直すなど検討していただきたい。
端島の炭鉱労働者の墓所になっていた中ノ島も放置されたままです。
◯後CM
アニメ(ーター)見本市第22話 「イブセキ ヨルニ」
原作:さかき漣「顔のない独裁者」、監督:平松禎史
大エイジア連邦に服属し文化を根底から失った日本国民の迷走。思考の軸を失った国民が全体主義現象を作り出す様を描いています。
http://animatorexpo.com/ibusekiyoruni/
強制徴用で騒ぐ韓国が仕掛けた罠とは?
月刊三橋の今月号のテーマは、「歴史認識問題」です。
【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第十五話への1件のコメント
2015年7月26日 11:56 AM
>そんなことに心血を注ぐなら、朝鮮半島、台湾出身者含む炭鉱労働者の無縁仏を調査して丁重に弔ってほしい。かつて生きた、今を生きる人の生を省みない態度が、遺産を唯のエンターテイメントへと組み替えていき、遺産という自己を奪っていくのでありましょう。世界遺産の違和感はそこなのでは。遺産には直接関係しませんが、同様に先のイスラム国と日本との闘争に殉じた後藤と湯川を靖国に祭るべきという想いがあっても良かろうものです。
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