From 青木泰樹@経済学者
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●●日本は「発展途上国」へと転落するのか? 豊かで安全な日本を後世に残すための条件
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税収の上振れが続いています。
2013年度は当初予算に対して3.9兆円の税収の上振れがありました。
2014年度も当初予算での見積額50兆円(うち消費税以外34.7兆円)が、決算時点では54兆円台に達すると見込まれております。
消費税増税分を除いても4兆円前後の税収増です。
税収の上振れは現状の日本経済にとって好ましいのですが、手放しでは喜べません。
なぜ財務省が当初予算をこれほど低く見積もっていたのかについて疑問が残るからです。
財務省の税収見積もりが二年続けて大幅に外れたことは由々しき問題です。
その原因として考えられるのは、経済成長による自然増収を過小評価したがる財務省脳にあるのではないでしょうか。
「経済成長による自然増収などたいした額ではないので、それに頼ってはならない。財政再建はあくまでも歳出削減と増税でやり抜くしかない」と主張したいのでしょう。
経済成長と税収増の関係は、税収弾性値(税収変化率/名目GDP変化率)として知られています。
名目GDPが1%増加したときの税収の増加率を表す指標です。
本日は、税収弾性値から読み取れる財務省の悪弊について考えたいと思います。
これまで財務省は税収弾性値を「1.1」として推計を行ってきました。
かなり低いですね。
この数値は、バブル期以前の税収の伸び率と名目成長率の双方が安定していた1980年代のデータから算出されたもので、ここ15年間は現実に計算される税収弾性値とかけ離れております(この期間の税収弾性値の単純平均は4程度)。
財務省は当該期間における名目成長率がゼロに近い数字であったため、算出される税収弾性値が大きく振れやすく、結果的にたまたま大きな数値となったと説明しております。
異常値だと言いたいのでしょう。
しかし、逆から見れば、財務省の主張する税収弾性値(1.1)はデフレ期およびデフレ脱却期には適用できない異常な数値であるということになります。
現状はコアCPIの動向を見る限り、よく見てデフレ脱却期、下手をするとデフレへ逆戻りといった状況にありますから、今後の経済成長の財政再建効果を測る上で、財務省の主張する税収弾性値を採用すれば、必ず予想が外れてしまいます。
財務省が税収弾性値を限りなく「1」に近づけたい理由の背後には、先の理由とともに主流派経済学の経済観も見え隠れします。
経済学的に見て税収弾性値が1になるのは、税収が全て比例税から成るケースです。
比例税とは所得の一定割合に課税される税で、消費税(所得の一定割合が消費に向かうため)および法人税(黒字企業に限られますが)がその代表です。
比例税率をα%とすれば、所得100に対して税収は100αとなりますから、所得が1%伸びれば、税収も1%伸びることになります。
ですから所得税の累進度をフラット化し、税収に占める比率を下げて消費税中心の税制度にすれば税収弾性値は1に近づくのです。
もちろん、その場合には税制度から所得の再分配機能が失われることになりますから、高額所得者に有利となります。
所得税のように累進税がある場合も、主流派経済学の想定する「需給ギャップの存在しない長期均衡状態」では、税収弾性値は1に近づきます。
ちなみに長期均衡状態(期待が実現している状態)に赤字法人は存在しません。
課税ベースである付加価値は、個人と法人間に分配されています。その分配構造を示すのが、労働分配率(人件費/付加価値)です。
長期均衡状態において労働分配率は一定となりますから、個人と法人間での所得の移動は生じません(割合が一定のまま推移)。
その状態のまま成長するとどうなるか。例えば、主流派経済学の想定する潜在成長軌道に沿って経済が進行する場合です。
税収の中身を「税収=消費税(比例)+所得税(累進)+法人税(比例)」とします。
経済成長が1%の時、既述のとおり比例部分は1%の増収です。所得税に関しては限界税率(税額の増分/所得の増分)が平均税率(税額/所得)に一致した場合は1%、それを上回った場合には+アルファが生ずるわけです。
累進度の低下および所得税の税収に占める割合が低下すればするほど、+アルファの部分は0に近づき、すなわち税収弾性値は1に近づくことになるのです。
内閣府や政府税調における有識者メンバーは、ほとんど主流派経済学者なので彼等の経済観が色濃く答申や報告書に反映されることになり、それが財務省見解の形成されてきた一因でしょう。
主流派学者は、現実経済が平均的には長期均衡軌道上にあると思い込んでいるわけですから。
しかし現実的に言えば、需給ギャップが存在する場合、法人税率が所得税の平均税率を上回っている限り、経済成長による税収弾性値は1より大きくなります。その理由を簡単に説明しましょう。
景気が上向くとき、労働分配率は低下します。なぜなら人件費の部分は景気に即座に反応しないからです。
必然的に景気拡大の恩恵は法人にもたらされ法人税収は増加し、さらに赤字法人も黒字化することによって納税側に加わります。
主流派の想定し得ない、このインパクトが大きいのです。
デフレ脱却途上にあり、需給ギャップが存在する現在の日本経済において、成長による財政再建効果は大きい、少なくとも財務省の想定よりかなり大きいと思います。
税収の上振れは正にその証左ではないでしょうか。
財務省による政策をミスリードするプロパガンダは、税収弾性値にとどまりません。
現在、政府は6月末を目途に2020年度までの財政健全化計画を策定中ですが、ここでも財務省脳がさく裂しております。
内閣府の公表している「中長期試算(平成27年2月公表)」の経済再生ケース(実質成長率2%以上、名目3%以上)によると、2020年度で基礎的収支(PB)の赤字が9.4兆円と推計されています。
これをベースに財務省は、当該年度における9.4兆円の歳出削減を主張しています。
すなわち単年度の財政均衡を目指すというPB目標を堅持しているわけです。まさしく財政均衡主義。
歳出削減を9.4兆円するとどうなるのでしょうか。
普通に考えれば、総需要が減るわけですから、GDPは減少するでしょう。
もちろん、国民所得勘定の恒等式「GDP=内需(民需+官需)+外需(貿易収支)」には解釈方法が二つあります。
ケインズ的に解釈すれば、右辺から左辺への因果関係を考えますから、総需要によるGDPの決定式です。
他方、主流派(供給側)からすれば、逆の因果関係を想定しますから、GDPの分配式と解釈されます。
セー法則に基づきGDPが資源の賦存量と生産技術によって先決されていると考え、それが内需と外需に配分されるとするのです。
主流派学者は後者の立場ですから、官需を削減しても自動的に民需が増えると考えてしまいます。
パイの大きさが一定である場合、切り分け方を変えても大きさはかわりませんから。
それゆえ彼等は、歳出削減してもGDPが減少しないと考えてしまうのです。
多少、現実的に考える学者は、歳出削減分を供給能力の増加によって埋め合わせればよいと考えています(「造れば売れる」というセー法則にどっぷり浸かっているのです)。
いわゆるアベノミクスの三本目の矢である成長戦略頼みです。
しかし、妙な話です。
歳出削減は9.4兆円という明確な数値目標を定める一方で、それを埋め合わせるべき総需要の増加に関しては、規制緩和で何とかなると言っているのです。
財務省にしてはどんぶり勘定、かなり無責任ですね。
はっきり言って規制緩和の効果は量的に計測不可能です。
それゆえ9.4兆円の歳出削減の埋め合わせはできません。
構造改革の重要性を主張する人は、改革には時間がかかると言って責任逃れをするのが常ですが、小泉構造改革から10年を経た現在も潜在成長率(ここでは定義に論及しませんが)は低下の一途をたどっているのです。
これまでの構造改革は全く無駄だったのです。
レントシーカーに多少の利益をもたらしただけで、地方の疲弊を助長させたにすぎません。
少なくとも潜在成長率を押し上げられなかったことは疑いのない事実なのです。
規制緩和を唱え続けてきた主流派学者は猛省すべきでしょう。
歳出削減をするのであるならば、それに見合った総需要拡大策をとらなければ景気が悪化することは誰の目にも明らかです。
しかし、財務官僚や有識者と言われる主流派学者にはそれがわからないのです。立場上、言えないのかもしれません。
そして量的効果が明確に測定できる公共事業の実施に対しては、国債残高をこれ以上増やすなと反対するのです。
国債残高の累増問題は、民間への利払い費の膨張をどうするかという問題ですが、日銀が国債を大量に買い取っている以上、既に解決済みの問題であります(ここでは詳細は触れませんが)。
彼等にはそれが全く分かっていないのです。
財務省の主張する歳出削減と規制緩和の組合せは、デフレ化政策パッケージに他なりません。これでは景気低迷に逆戻りしてしまいます。
単年度の財政均衡を目指すPB目標にこだわっている限り、デフレスパイラルから脱却できません。
PB目標の旗は降ろすべきでしょう。
財政再建は中長期的な視点から実施すべきでありますから、それに対応した新たな目標が必要です。
それは経済成長を促すことによって、成長の範囲内で財政再建を図ることに尽きます。
デフレ脱却途上にある経済において、経済成長と財政再建を同時に達成する条件は、一例をあげれば「税収増加率>一般歳出増加率(利払い費を除く政策経費)」でしょう。
初期的にPB赤字があろうと、この条件を満たせば、いずれ財政再建は達成できるのです。
この条件式を経済成長との関係で書き直せば、「名目成長率_税収弾性値>一般歳出増加率」です。
これは単年度目標ではなく、5年なり10年のスパンでこうした状況を目指せばよいのです。
拙速に結果を求める財務省脳からの脱却が望まれるところです。
PS
「財務省脳からの脱却を」に、ご賛同下さる方は、
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PPS
「大阪都構想」騒動とは一体、何だったのか? 三橋貴明が解説中
https://www.youtube.com/watch?v=ox0dS84nBHQ
【青木泰樹】財務省の頭の中への4件のコメント
2015年6月12日 6:42 AM
資本収支の黒字で安定している現在、税収弾性値はGDP相関で考えて良いのでしょうか。むしろGNI相関で観るべきではないでしょうか?
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2015年6月13日 1:44 AM
青木先生のお話は誰でも注意深く読めば、また分からない言葉をしらべれば、かっちり分かるはずと自分は思うのですが、むしろ半端に詳しいと自認される方はおのれの定義との矛盾で拒否反応を起こしてこの正論にたどり着けないのでしょうか。>パイの大きさが一定である場合、切り分け方を変えても大きさはかわりませんから。>それゆえ彼等は、歳出削減してもGDPが減少しないと考えてしまうのです。この現実感のなさは、経済活動というものはどこか遠くの世界のもので、数字と、学校で教わった理屈で片づけてしまえるような、なにか物凄く知識として残念かつ、やっつけ仕事的としか言いようがない話です。学生から官僚になるコース辞めたら解決するでしょうか。>構造改革の重要性を主張する人は、改革には時間がかかると言って責任逃れ>をするのが常ですが、小泉構造改革から10年を経た現在も潜在成長率>(ここでは定義に論及しませんが)は低下の一途をたどっているのです。民主主義の本質が多数決の前の議論の積み上げだとすれば、この事実の粘り強い周知で、すこしづつ散漫な経済議論を「見解の相違」で切らなくてもいい程度の差異に収まる、知の近接になっていくことを願ってやまないです。
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2015年6月13日 9:53 PM
「いかなる問題もそれを作り出した時と同じ意識によって解決することはできない。」なら「市場経済で起きたデフレ問題は政府にしか解決出来ない」と思います。実際100年放置したら解決するのでしょうが、格差拡大で社会が不安定化しいずれ戦争を招くことになる、政府要らないですね。だから主流派経済学は実際政府を否定してるのでしょう。歳出削減する政治家程財務省に多く予算を付けて貰えるとしたら仕事しない政治家程評価されてるのかな。
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