From 柴山桂太@京都大学准教授
——————————————————-
●●三橋貴明が実践する経済ニュースを読む技術とは?
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp
——————————————————-
ギリシャ債務問題は、債権団とギリシャ政府の交渉が暗礁に乗り上げるなど、先の見えない状態が続いています。債権団は、国有資産の売却や年金削減などを求めていますが、この内容を受け入れるとチプラス政権は公約違反となるため、簡単に飲むことができません。
http://jp.reuters.com/article/jp_eurocrisis/idJPKBN0OK1TW20150604
それにしてもドイツの要求は頑なです。もちろん、金を返せない側が悪いというのはその通りですが、仮にギリシャが破産しユーロ離脱となれば、金融市場の混乱は避けがたく、ドイツも無傷ではいられないはずです。最終的にギリシャが従うという目算があるのか、あるいは妥協策を準備しているのか。いずれにしてもドイツの強硬な態度に、強い国家意志のようなものを感じずにはいられません。
最近、出版されたエマニュエル・トッド氏の『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』は、タイトル通り刺激的な内容の本です。
http://www.amazon.co.jp/dp/4166610244
この本でトッド氏は、EUが加盟国の対等な関係で成り立っているという見方はもはや幻想だとしたした上で、ドイツを頂点とした新しい階層構造(「ドイツ・システム」)が出現しているという見方を打ち出しています。今後、世界の力関係は、冷戦期のような米ソ対立ではなく、アメリカとドイツ(を頂点とするヨーロッパ)の対立によって特徴づけられることになるだろう、というのが本書の中心的な主張です。
もっとも、「ドイツ・システム」は完全なものではありません。まず、ドイツの経済的優位は、あくまでもユーロという共通通貨体制に支えられたものだということ。ユーロが崩壊したり再編されたりすれば、このシステムは維持できなくなります。
加えて、ドイツの軍事力はアメリカに対抗できるものではありません。むしろドイツの国防は、NATO体制に多くを負っているのが現状です。この状況で、ドイツとアメリカの対立が先鋭化していくことがあり得るのか。あり得るとすれば、いずれドイツが軍事力の増強に踏み切ると予想しているのか。本書だけではよくわかりませんが、ドイツが帝国への意志を持ち始めているというトッド氏の分析には、非常に興味深いものがあります。
もう少しマイルドな見方として、ドイツが欧州債務問題に頑なな姿勢を示すのは、ドイツ人固有の経済観のせい、とするものがあります。
例えば英エコノミスト誌の以下の記事。
goo.gl/GuK6gF
戦後ドイツ経済学界で主流を占めてきた「オルド自由主義」が、今も経済政策に強い影響力を持っている、というのが同記事の見方です。これは、競争による分権的な経済秩序を理想とする自由主義思想で(「オルド」はラテン語で「秩序」を意味します)、戦中・戦後に活躍した経済学者のヴォルター・オイケンが始祖とされます。
この思想は、ナチス型の全体主義やソビエト型の共産主義を嫌うのみならず、単純な自由放任やケインズ主義的な需要管理をも否定するという点に特徴があります。カルテルを防止し、厳格な通貨管理を唱え、自己責任を強調するなど、英米の「新自由主義」とよく似た内容を持っています。(実際、研究者の間では「新自由主義」のルーツの一つとみなされることが少なくありません。)
戦前のハイパーインフレの経験や、戦時中の全体主義への反省から、戦後ドイツでは「オルド自由主義」が強い影響力を持ちました。そしてこの思想は、ドイツの経済的優位を背景にEUやECBの中枢にも流れ込みます。財政赤字を一定枠内にとどめるユーロ圏の「成長安定協定」や、最近ドイツが各国に要望している均衡財政を憲法で義務付ける動きも、「オルド自由主義」の影響が濃厚です。
現在のユーロ圏では、ドイツが一方的に対外黒字を積み増しており、米英の経済学者から「ドイツはもっと内需拡大をせよ」と盛んに非難されています。しかしオルド派に言わせると、ドイツの黒字は競争力を高める努力の純粋な結果であって、政策的に是正する必要など一切ない、ということになるようです。
同記事によると、メルケル首相の経済政策ブレーンにケインズ派は(5人中)1人だけ。その人物によると、ドイツのオルド派は「攻撃的な段階に入り込んでいる」とのことです。ギリシャに対しても妥協を許さない攻撃的な姿勢は、ドイツ国内のこうしたイデオロギー状況が影響しているとみてよいでしょう。
トッド氏の分析と合わせると、いまのヨーロッパで進行しているのは、自由主義(競争、緊縮、自己責任の原則)を錦の御旗としたドイツ帝国の拡大、ということになります。
問題は、この新たに出現しつつある体制が、非常に不安定だということです。ギリシャ債務問題がどう決着するのかわかりませんが、仮に債務返済に猶予が認められても、現行のシステムが続くかぎり似たような問題をまた引き起こすことでしょう。
そしてドイツには、現行のシステムを変更する意志がない。そうなると、何が起きるのか。歴史は、非常に厄介な段階に入ったと思わずにはいられません。
PS
表現者最新号、もうすぐ発売。特集は沖縄問題です。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00XVHU5DQ
PPS
大阪都構想とは何だったのか? 最新Videoを公開中
https://www.youtube.com/watch?v=ox0dS84nBHQ
【柴山桂太】不安定な「ドイツ帝国」への3件のコメント
2015年6月11日 8:26 AM
ドイツは実に「したたか」です。政治的にも軍事的にも、決して(表向きは)出しゃばること無く、今のドイツ帝国を築きました。一つ言いたいのは、文中の>ドイツの軍事力はアメリカに対抗できるものではありませんこれは少々ドイツを甘く見過ぎです。もちろん、二度の世界大戦敗戦を経験しているドイツがアメリカと真正面から軍事衝突することはあり得ないでしょうし、NATOの足並みを乱すような行動も取らないでしょうが、見逃してはならないのは、ドイツはアメリカ、ロシアに次ぐ武器輸出大国だと言うことです。一番のお得意様はポルトガルで、総輸出額の39%にものぼります。ギリシャも19%でかなりのお得意様です。この二カ国が大変な債務に苦しんでいるのは、皆さんご承知のとおり。ドイツの第三世代MBTのレオパルト2は、今やNATO標準戦車とまで言われる存在となっていますが、ヨーロッパだけでなく、南米やトルコ、インドネシア軍でも正式採用され、サウジやカタールも採用を決定しています。(ドイツ製兵器は中東で非常に人気が高い。)また、ドイツのドルフィン級潜水艦はイスラエルに輸出され、これには中距離核ミサイルが搭載されていると言われています。日本も例外ではありません。ヘックラー・ウント・コッホ社のMP5というサブマシンガンは海上自衛隊や海上保安庁、警視庁特殊部隊で採用されています。また、90式戦車の主砲には、ラインメタルの120?滑腔砲が採用されています(日本製鋼所がライセンス生産)。このラインメタルの120?滑腔砲は、驚くべきことに世界一の軍事大国アメリカが、M1A2エイブラムスの主砲として採用しています。これが、第二次大戦後「平和国家」として評価されてきたドイツのもう一つの顔です。今や、世界中の戦場や紛争地帯の至る所でドイツ製兵器が活躍し、その性能と耐久性はアメリカでさえも一目置く存在となっています。そしてドイツ自身は直接戦場で戦うことはなくとも、世界中の軍隊に影響を与え、ドイツには外貨をもたらし、現在のヨーロッパの中心としての地位を築くに至りました。実にしたたかです。某半島は何かにつけて「日本はドイツを見習え」と喚きますが、ドイツのしたたかさは見習うべきかも知れませんね。
コメントに返信する
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です
2015年6月12日 10:14 AM
>自由主義(競争、緊縮、自己責任の原則)を錦の御旗としたドイツ帝国△ヒットラー率いる労働党▽自由と言う概念が率いる? 昔は生身が世界を動かして来た‥‥近代は漠然とした意識が?。うまく表現できません。‥‥あれっ柴山先生って滋賀大学では?。(別にいいじゃんっ)まぁそうなんですけど、なんか京都に新撰組が結集したみたいですね。 考えてみるとあの時代もバラんバラんな日本をまとめようとした人達が沢山居たんですよね。現代も何処か似てますね。バラバラになってしまった日本を更にバラそうとしてしかも糞真面目な奴等と、まとめるのに必至な世間的にはしいたげられた人達によるレジスタンス集団。 目には見えない凄まじくも評価を得られない、もしかしたら消されるかもしれない活動ですよ!
コメントに返信する
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です
2015年6月12日 5:22 PM
ドイツ・システム、ですか。やはりというか、運命でしょうか。ゲームの話でたいへん申し訳ありませんが、スウェーデンのシミュレーションゲームでハートオブ●イアンという第二次大戦ごろの世界戦略ゲームがあります。日本のその種とちがい、数字だけで構成される世界観であり、イベントなどはほとんどなく、ストーリー性、ドラマ性もない、基本的に数値のやりくり作業で1950年ごろまで継続するゲームです。プレーヤーは世界中の1国を選んで、世界征服をしてもよいですし、自分みたいに、ニュージーランドとか蚊帳の外を選んでただただ1950年まで維持に努めて情勢を眺めることもできますし、フィンランドを選んでソ連憎しとあがくのも一興です。このゲーム、自分がやるとたいていはドイツ第三帝国がソ連を破ってユーラシア西半分を占拠し、東半分は大日本帝国が制覇し、インドあたりで拮抗する流れになります。枢軸国陣営の圧勝ですね。ちなみにアメリカは太平洋に介入せず、遅れてアフリカに上陸してドイツの隙間を侵食する程度に伸びる状態でした。で、おもしろいのが政治体制の数値化で、民主と独裁、政治的左派と右派(革新と保守?)の2軸で表現されていて、これでスターリン主義から社会民主派、自由経済派、ファシストから国家社会主義まで表現していて、政体の変更も可能なことです。大日本帝国(ファシスト)が左派に移行すればレーニン主義へ。民主化すれば社会保守派、さらに徹底して民主化ならば自由経済派になるらしいです。当時の各国の政治体制の数字を観ていると、こんな表現にすればこんな関係も見えるなと、ゲームながら、ちょっと感慨深かった覚えがあります。リアルでまじめな話に戻りますと、日本がアメリカと組み、ヨーロッパはドイツシステムで整理整頓されたとして、どちらも新自由主義のジャンルに属する勢力と思われ、対立の動機がよく分からないですね。他者の存在否定がないならば軍事的対立もよく分からないですし、そのあたりはドイツに対する潜在的恐怖というのがあるのでしょうか。それよりも、日米という組み合わせも、どうも日本はコンサバな国でしょうし、座りが悪い気がします。むしろ現ロシアのほうがスジが通りやすい。ただ、アメリカ自体も、もしかすると百年単位の節目で、今とちがう姿にこれから変わっていくかもしれません。強さと弱さが逆転するような。これから世界史が動くとして、日本も空疎な議論から脱却し、次の時代で生き残ってまっとうな地位になることを、願ってやまないですね。世界における日本は、都会のなかの神社以上に輝いてほしいものです。
コメントに返信する
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です
コメントを残す
メールアドレスが公開されることはありません。
* が付いている欄は必須項目です