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2015年5月23日

【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第十三話

From 平松禎史(アニメーター/演出家)

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http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=hp

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◯オープニング
佐藤健志さんが水曜日のメルマガで紹介して下さった通り
ドワンゴとスタジオカラーの共同企画「日本アニメ(ーター)見本市」にて
その第22話(それぞれ単発の短編作品です)として「イブセキヨルニ」が公開されました。
現在はアーカイブに入っていますが、以下のURLからどうぞ。
http://animatorexpo.com/ibusekiyoruni/

原作はさかき漣「顔のない独裁者」(PHP研究所)
監督は私、平松禎史です。

上記リンクより公式サイト上で公開中ですが、アダルト表現を含むため18歳以上の視聴制限を設けております。
当メルマガにはおそらく18歳未満の方はおられないと思いますが。。。

「イブセキヨルニ」は、誰もが善意であるにもかかわらず、全体主義的な罠に陥ったがために悪意の塊へと変貌し、破滅的結末に至る物語です。

今回は、映画「ダークナイト」の音楽とも絡めつつ「イブセキヨルニ」の中心的なテーマについて書いていきます。

第十三話:『「イブセキヨルニ」…隣同士の「善」と「悪」』

◯Aパート

「顔のない独裁者」は、新自由主義的な「改革」が、経済状況が精査されないままイデオロギーとして次々と行われていった末路を描き、GKこと駒ヶ根覚人と地下組織ライジングサンのメンバー秋川進の破滅を描いています。
ライジングサンの諜報部長として進と共に戦い、報道局准将として、テレビキャスターとして笑顔を見せていた美女、涼月みらいがすべての男たちを成功へ、破滅へと導いていく。

「イブセキヨルニ」は本編7分程度の短編映像です。
状況説明や専門用語を説明する時間はなく、また、物語の持続音として響いている「全体主義」の恐怖をあぶり出すためにも、政治経済問題の側面はかなり省略しております。

_ _ _

今回の映像化に際して重要な示唆を頂いたのは、いわゆる「大阪都構想」の住民投票で事実を発信し続けられた藤井聡教授でした。
その一つがプラトンの「洞窟の比喩」。

日本アニメ(ーター)見本市の解説番組「同トレス」でもお話していただきましたが、プラトンの「洞窟の比喩」とは超簡単に書くとこうです。
地下の洞窟に囚われた人々が壁に映った影を本物だと信じてい疑わない様子。
気が付いた一人が地上に出て真実を観察して戻ってくるが、彼の話は誰も信じず、挙句には殺されてしまう、という比喩です。
影を本物だと疑わない人々は、オルテガの言う「大衆」であり、真実を見る事ができた者が哲人で、政治家に求められる姿勢を示しています。

具体的な演出としても、舞台の多くを占める東京を強烈な大気汚染によって地下の洞窟のように見せています。
拳を振り上げていた多くの一般人だけでなく、高等教育を受けたはずのGKも正義感に燃える進も、みらいも、原作に登場する政治家や学者や経営者も、皆「大衆」に堕してしまうのです。

これはとても恐ろしいことです。

皆が「大衆」に堕してしまい、全体主義的状況を作り出すことに加担する可能性を誰一人、否定できないでしょう
もちろん、これを書いているボクもその一人です。

_ _ _

「そんなことはない。」
と思った一人(あるいは、考えもしなかった一人)がGKこと駒ヶ根であり、進であり、彼らを支えたであろうエリートや企業人で、取巻きの政治家たちだったのではないでしょうか。
「イブセキヨルニ」では多くの人物まで描けませんでしたが、「誰か」が悪いのではなく、また、個別の政策や構想などが悪いのでもない。

何をすれば良いか、何をしてはいけないか、の選択をする時に、感情を沸き立たせる雰囲気に身を任せて思考を停止させてしまうことが、あえて言えば悪いのだろうと思う。
そして
人々を思考停止状態に導く行為は、間違いなく悪いことでしょう。

_ _ _

「恐怖」を描いた数多くの映画の中で、「イブセキヨルニ」の気分に近かったのは
「ダークナイト」です。
911同時多発テロ事件後のモラルの混乱がよく現れている名画だと思います。

「イブセキヨルニ」はかなり直接的ですが、エンターテイメントに巧みに落とし込まれた「ダークナイト」の方が想像力を掻き立てられます。
長編であればこちらが正攻法だと思います。

この映画に登場するジョーカーは、人々の恐怖を煽り、憎しみ合い、猜疑心を起こさせ、市民の分断を図ります。
バットマンはマフィアと戦う正義の人なのですが、マフィアと癒着している市警や企業が多いために恨まれ、市民の誤解もある。
彼はダークヒーロなのです。
そんな時
凄腕の検事でゴッサム市長になったハービー・デントはマフィアと癒着した腐敗政治を叩き潰し、市民の「希望の星」となる。

この映画の悪玉、ジョーカーがしかけた最後の罠は「希望の星」ハービーを悪意の塊へと落とすことだった。
トゥーフェイスとなったハービーは復讐を繰り返し、バットマンと対決することになる。
これがゴッサム・シティに知れ渡れば市民の絶望は更に深まりバットマンは憎まれることになる。

「善」と「悪」の2つの顔を持つトゥーフェイスは善意のすぐ隣に悪意がある事を示唆しています。

その考えを証明するようなディテールが、「ダークナイト」の音楽に仕込まれています。

*今回は中CMカットでお送りします(笑)

◯Bパート

「ダークナイト」の音楽は、2つの持続音が支配的に鳴り続けています。
耳に入ってくるのは高い方の「レ」ですが、同時に「ラ」も鳴っています。

ここで、ちょっと音楽話です。
「ラ」と「レ」は、イタリア語や英語などでは「A」と「D」。和名では「イ」と「ニ」で表記します。
「ラ」と「レ」はピアノの鍵盤で見ると離れていますよね。
5度離れた和音が(旋律上で)連続することは、教科書的に禁則だそうです。
一見すると遠くて、一緒にしてはいけない2つの音ですから、対局にあるように思えます。

果たしてそうでしょうか? もう少しよく見てみましょう。

作曲の基礎で使う、五度圏を示す図形があります。
ハ長調、ト長調・・・と言った具合に完全五度の関係にある12の調を並べていくと輪が出来上がります。
この並びで見ると、「イ長調(ラ)」と「ニ長調(レ)」は隣同士なのです。
そして
Dメジャーの和音は「レ・ファ#・ラ」
Aメジャーの和音は「ラ・ド#・ミ」
「レ」と「ラ」が含まれていますから2つの和音は転調が容易です。

ちなみに、ヴァイオリンの絃は低い方から「G・D・A・E」と張られています。
つまり、中央二本の「D(レ)」と「A(ラ)」は隣同士ですから開放で重音を響かせれば「ダークナイト」の音になります。

教科書的に禁則な2つの音が1つになって鳴り続ける
その2つの音を用いた和音は音楽理論上は隣同士で容易く転調することが可能
ということです。

「ダークナイト」に戻って、ジョーカーのセリフを再び引用してみましょう。
映画終盤に逆さ吊りにされた彼はこう言います。
「”狂気”は重力のようなもの、人は、ひと押しで落ちていく」

対局に見える「善」と「悪」は、実はすぐ隣に位置するもの。
しかも容易く変貌し、全体主義の狂気を帯びれば加速度的に落ちていくのだ、と解釈することが可能と思えます。

ハービー・デントがが持つコインの裏表の変貌とトゥーフェイス、ジョーカーがマフィアの資産を「半分」要求すること、ハービーとレイチェルのどっちを助ける? 二艘の船のどちらが? …などなど、この映画には「2つ」「二分割」「白/黒(0/1)」「二者択一」などの対立要素が沢山盛り込まれ、何を選択すべきかの重要性が突きつけられています。

更に加えて、2つの音によって作品のテーマを支えている。
偶然の一致にしては要素が多すぎますから、意図的に演出されていると考えた方が良さそうです。

「ダークナイト」の深さは、バットマンのように絶対にモラルに反しない「高潔さ」ですら、悪を滅ぼせない限界があり、もしかしたら「高潔さ」や「良心」や「善意」が、選択を誤れば「悪」を生み出してしまう、という問いかけをしていることでしょう。

選択を迫られた時の葛藤や思考の重要性は「寄生獣 セイの格率」でも改めて考えたことでした。
特に、後藤との決戦場面においてですが、作品のテーマ、持続音として「選択のための思考」があったように思います。

_ _ _

「イブセキヨルニ」でも持続音を意識的に多用しています。
例えばバグパイプのドローンパイプは常に同じ音を響かせています
中間部のエロティックなシーンでは、ティンパニのロール(トレモロで音を持続させる奏法)がドロドロドロ…と響き続けています。
最後の場面の神楽鈴もトレモロ奏法で持続音にしています。

さかき先生は神楽鈴は神と人をつなぐ楽器だと仰っていました。
打楽器は元々神の存在を感じ、神と対話するために生まれたと言われます。
その後、人間同士のコミュニケーション手段になり、音楽に不可欠な楽器へと発展していきました。

クラシック音楽でもクラブミュージックでも、打楽器や持続音はトランス状態に導く心地良さを作り出します。
しかし、その心地良さは、思考を伴わない気分だけの行為への誘惑を、まかり間違えば孕む危険性を持っています。

おもろい、心地良い、ふわっとした空気やノリ…だけで全体が動いてしまい、立ち止まって考えることができなる。
縛られていることが気持ちよくなってしまうと、「ちょっと待て、よく考えろ」と事実を見せようとする者を排除しようとします。
「空気読めよ!」「なに真面目くさったこと言ってんの?」「うざいヤツ…」
いじめから政治経済問題まで、ありとあらゆる局面で全体主義的状況がムクムクと立ち現れてきます。

古代ギリシャ哲学の紀元前から、言論封殺や恫喝に遭った藤井教授の現代まで、2000年以上前から全体主義が人類史の持続音として鳴り響き続いていて、大小様々な戦いが続いているわけですね。

_ _ _

「ダークナイト」終盤。
バットマンは市民の良心を信じていましたが、それが永久不滅で揺るがないものだとは考えていませんでした。
ゴッサム市民のロスト「ハービー」で、良心が崩壊することを見抜いていたからです。
バットマンが罪をかぶって「希望の星・ハービー」を偶像化し維持させざるを得なかったのは、ゴッサム・シティ(=アメリカ)の限界を示しているようにも思えました。
同時に、映画で「人はそうなってしまいがちだ」と割りとあっさり前提されているところに焦点を当てたい欲求にも駆られるわけです。
なぜ?…と。
さかき漣先生の「顔のない独裁者」では、そこに光が当てられていたように思います。

「イブセキヨルニ」の東京駅舎炎上は伝統的価値観の崩壊、その後、現状否定と新しい救世主への期待、道徳の崩壊、極一部富裕層の自己保身、日本を捨てる者、将来に希望を見出せない子供、もはや街の灯は消えて国民同士が潰し合う日本列島へ…と映像を並べてます。

「大阪都構想」の住民投票が終わって約一週間、今は、この「最悪」映像群を考えていた時の薄ら寒い気持ちとよく似ているのです。

どうしようもなく気分が晴れない状態が続くと、一気に変えてくれそうな誰かに頼ってしまい、人々は全体主義の栄養源になってしまう。

全体主義には決まった中身はありません。
藤井聡教授の「〈凡庸〉という悪魔」では、全体主義は「カラッポ」であり虚無主義であると述べられています。
だからこそ、全体主義は何にでもくっついて社会現象になり得る、と。

全体主義に陥るのを防ぎ、もし全体主義的状況に陥ってもなるべく早く正気に戻れるような理性を持てるよう、人間の強靭化を続けないといけないわけですね。

「イブセキヨルニ」は、全体主義の恐ろしさを感じるための「悪い見本」として観ていただきたい。
時々思い出してゾッとしていただいて、立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。

◯後CM
「イブセキヨルニ」の解説番組「同トレス」で、原作者のさかき漣先生、メルマガでもお馴染みの藤井聡先生をお招きして作品の通奏低音となる全体主義などについて解説していただきました。

音楽のスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン Auld Lang Syne」についても少しお話しています。
こちらもどうぞ。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv218473088

PS
月刊三橋最新号のテーマは、「日本経済の大問題」。

日銀は何を間違えたのか?
マスコミが報じないTPP交渉の真の問題点、
「国の借金問題」のウソ、大阪都構想、リニア新幹線、原発再稼働ほか、
2015年上期の経済ニュースを徹底解説

http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

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【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第十三話への1件のコメント

  1. elseorand より

    「何か分からないけど怖い」知り合いの中でも最も、所謂頭の良い人間の感想でした。(逆に、空気に液体窒素をぶっかけるのが好きな連中は、凄いがんばっているという感想でした。)そこから、私が解説を加えていくと、途中で拒否が始まりました。やはり思考停止と顔のない独裁者が極めて近縁であるという説明は大変でした。「いや、そんなことはないはずだ」で安穏に逃げるのはしょうが無いのですが、実際・実存?への恐怖へはまだ遠いのでしょう。上手い挫折の仕方は無いのか?などと今更ながらに思いました。

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