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2014年10月21日

【藤井聡】「税収を増やす」ために「増税延期」と「財出の拡大」を

From 藤井聡@京都大学大学院教授

小渕大臣,ならびに,松島大臣の辞意が固められた今,こうした流れが安倍内閣の各種の判断にどのような影響を及ぼすのかが,様々なメディアで論じられ始めています.

そんな中でもやはり,多くの国民が注目しているのが,「消費税の10%への延期」についての判断ではないかと思われます.

そもそも,この消費税増税の議論ですが,

「財政再建」

を目的としたものでした.

例えば,安倍総理が8%への増税判断を下したとき,その目的は,明確に「財政再建」である旨が明言されています.
https://www.jimin.jp/activity/news/122444.html

ただし,財政再建が必要なのは,「国の信任を維持する」ことと,「社会保障制度を次世代にしっかりと引き渡す」ためであることも,この時に明言されています.つまり,国の信任と社会保障制度の双方を維持していくためにも,「財政再建が必要だ」と考えられているわけです.

ここで間違えてはならないのは,総理はあくまでも「財政再建」を主張しているのであって,「税率を上げる」あるいは「財出を切り詰める」といった「緊縮財政」,というもの「それ自身」を主張しているのでは決してない,という点です.

この点を踏まえつつ,筆者は,「デフレ脱却」のみならず,「財政再建」のためにも,今求められているのは,

・消費税10%への増税の一年半程度の延期と,
・大型の補正予算の決定とその早期執行

の二点,すなわち,

「積極財政」

であると考えています.

なぜなら,多くの読者が理解しているとおり,今8%への増税という「緊縮財政」方針によって,超絶に景気が冷え込んでいますが,この様な状況下で,10%への消費税へのさらなる増税が決定されれば,トータルとしての「税収」がかえって落ち込むことが危惧されるからです.

97年の消費税増税時に,そうした「増税による税収減」という皮肉な結果が得られた事はよく知られていますが,そうした情けない事態が,10%への増税が決定されれば,再び繰り返されてしまう事が強く危惧されるのです.

そもそも,5%への増税直前の消費税は6.1兆円,法人税が14.5兆円,所得税が19兆円でした.消費税増税をした翌年,98年には,消費税こそ,4兆円ほど増加しましたが,所得税は2兆円,法人税は3兆円以上も「減少」してしまい,結局は,トータルとしての税収は減ってしまったのです.

こうした事態が今回起こるか否かは,この8%への増税によって,「法人の利益」や「世帯の所得」がどれだけ影響を受けたのかにかかっていえる訳ですが,今のところ,法人の業績を示す「鉱工業指標」も「所得」の指標も,大きな『悪』影響を受けていることが明らかになっています.

そして恐ろしい事に,その増税による『悪』影響は,97年の増税時よりも今回の方が『より酷い』ということが示されているのです.

法人税収を規定する企業の業績の悪化状況については,こちらを,
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=575013979266216&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1&theater
https://www.facebook.com/Prof.Satoshi.FUJII/posts/573314812769466

所得税集を規定する賃金の悪化状況については,こちらを,それぞれご覧ください.
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=566921110075503&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1&theater

(※ なお,全体のGDPの悪化については,こちらをご覧ください
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=564095007024780&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1&theater )

これらのデータはいずれも,「97年増税によって景気が悪化し,税収がかえって減収になった」という事態が,今回においても繰り返される可能性が十二分に以上にある,という事を強く示しています.

そうである以上,本当に「緊縮財政」を目的としているのではなく,「財政再建」を目的としているとするなら,10%へのこれ以上の消費税増税は,少なくとも景気が回復するまでの間は,延期することが得策なのではないかと,筆者は強く確信しています.

ただし.....仮に増税を延期したとしても,(デフレ下での)消費税増税によるディープインパクトは,未だ残されたままであることを忘れてはなりません.

この問題に対してどうすべきか,という事について,筆者は(例えば,先日のG20で,デフレ懸念が深刻化している欧州に対してなすべきだと主張された)「財政出動」こそが,不可欠であると考えています.
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF20H0G_Q4A920C1MM8000/

この点について.多くの論者は,「財政出動は,景気浮揚効果はあるが,財政には悪影響だろう」と考えられているものと思います.

しかし,「増税という緊縮財政が,税収を減らす」という逆説的な結果をもたらしたように,「財出という積極財政が,税収を増やす」という逆説的な結果をもたらす可能性は,十分にあるのです.

...というよりむしろ!

「過去の増税によって税収が減った」という「事実」が存在していように,
「過去の財出によって税収が増えた」という「事実」が存在しているのです(!!).

まず,その事実についての学術論文としては,下記で論じましたが,
http://www.union-services.com/sst/sst%20data/2_57.pdf

この論文では,98年のデフレ突入以降,中央政府の公共事業費の増減が,名目GDPやデフレータ,失業率などにどのような統計的影響を及ぼしているのかを分析したのですが,その中で,「税収」に対する影響も分析しました.

その分析によりますと,

「中央政府の1兆円の公共事業の増加が1.58兆円の税収増に結びつく」

という統計的関係があることが示されたのです.

これはいわゆる,GDPに対するものではなく「税収に対する乗数効果」を,統計的に分析したものと解釈できますが,この結果が意味しているのは,公共投資の拡大と税収増は大きく連動し,かつ,税収増の方が公共投資の拡大を上回っていた,という事実(!)なのです.

これは統計分析結果ですが,視覚的に確認しますと,その傾向はより明白です.
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=574015422699405&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1&theater

ご覧の様に,公共事業関係費の増減が,税収の増減に強く符号していることが,このグラフから明らかに見て取れます.

もちろん,これらは一つの統計分析であって,社会科学的な視点で言うならこれが「必ずしも」因果関係を示しているものではない,と解釈しなければなりません.しかし,こうした「財出の拡大による税収増」という「因果関係」は,理論的に十二分以上に考えられるものなのです.

まず,公共事業関係費が,デフレ下においてはデフレ−タに大きく影響していることは,上記論文の分析からも明らかになっています.

これは考えてみれば当たり前の事で,デフレというのは需要不足のためのデフレギャップの存在によって生じている一方で,公共事業を拡大すれば,そのギャップが埋まり,デフレ傾向が緩和し,デフレータが改善することになるからです.

一方で,デフレ−タが改善すれば,税収は増えていきます.

下記のグラフをご覧ください.
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=570459423055005&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1&theater

このグラフは,「税収対GDP比」(名目GDPに対する税収の割合)を意味するものですが,インフレ期には10%〜高い時には13%程度まで,その割合が高くなっているのですが,一旦デフレに突入すれば,10%を大きく割り込み8%程度まで低下してしまうことも見られるようになります.

つまり,デフレになれば,インフレの時よりも,「GDPに対する税収の割合」が低下するのです.

これもまた考えてみれば当たり前で,デフレ期には法人収益が低下し,「ゼロ」になる企業が大半となっていきますから,法人税収が大幅に低下すると共に,所得も大きく下がることで,所得税の累進制故に税収の割合も低下していってしまうからです.

一方で,インフレになれば,法人は儲けを増やし,これまで法人税をほとんど払っていなかった企業が軒並み,法人税を払っていくことになると同時に,世帯の収入が上がれば,所得税の累進制のために,より高い税率で所得税を支払うようになるからです.

さて,インフレとデフレのその,税収のGDP比の差は,平均で実に2.2%.

これは,500兆円の税収を想定すれば『11兆円』に相当します.

つまり!

デフレが脱却できれば,11兆円のボーナスが政府に転がり込んでくる,という事になるのです!

いずれにしても,デフレが緩和すればするほどに,「税収の名目GDPに対する割合」が増加していくのは,モノの道理として,当然なのです.

事実,データで確認すると,その傾向は明白に存在しています(下記グラフをご覧ください).
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=572446169522997&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1&theater
(注:縦軸の名称,誤字がありますが,ご容赦ください 笑)

つまり,まとめて申し上げますと

公共事業の増加
⇒ デフレギャップの縮小
⇒ デフレの改善
⇒ 税収対GDP比の改善
⇒ 税収の増額

という因果関係が存在することが「理論的」に想定されるのです.

そして,こうして理論的に想定される傾向が,全て(!),上記のように,実証的なデータ分析からも支持されているのです.

以上の理論的実証的分析(※)が示しているのは,

「公共事業の拡大は,税収の増加をもたらす」

という結論です.

( (※)こうした分析方法こそ,近代科学が生み出した仮説の演繹と実証的確認,という科学的分析方法論です. )
(さらに,この結論は,「公共事業の縮小こそが,税収の減少をもたらし,財政悪化をもたらしてきた」ということも,逆に示唆しています.が,この点については,また別の機会に詳しく論じたいと思います).

以上の分析より,筆者は,

「財政再建を目指すのなら,増税を延期し,大型の補正予算を執行する,積極財政をこそ,なすべきである」

と強く確信している次第です.

当方はこれから,この考え方に基づく様々な主張を,京都大学教授として,そして,内閣官房参与の防災減災『ニューディール』担当の責務の一環として,様々な局面で重ねて参りたいと思います.

ついては当方の主張にご賛同くださる方がおられましたら,是非とも周りの代議士の方々を含めた多くの方々に,

「財政再建のためにこそ,増税延期と財出を!」
「財政再建のためにこそ,緊縮財政から積極財政への転換を!」

の考え方をお伝え願えると幸いです.

....ではまた,来週.

PS
雇用崩壊。日本人の給料が奪われる理由とは?
https://www.youtube.com/watch?v=IsJZZaD-rPQ

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  1. 拓三 より

    どうすれば、この空気を打ち破ることが出来るのか。ひとは、悲しいかな、理論だけでは動きません。この事を考えれば考えるほど、自分の思想、哲学が壊れて行くジレンマに悩まされている今日このごろです。(ただの一般庶民です)

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  2. 神奈川県skatou より

    理想や理屈をみたり、考えたり、表現したりするのは人間のおこないとして本質的でしょうから、あながち責められない(なにせ誰もがそうでしょう)とは思うのですが、まさしくおっしゃる通り、>現実ではなく理想を観てたんでしょうね。理想、空想と現実の乖離をちゃんと感じることが大事なのかと思われます。そもそも理想をみる作業は無駄ではないか、というと、あんがいそうでもなく、理想を突き詰め、乖離を突き詰めれば限界がわかるわけで、手出しできない範囲が分かる、理解できない先が知れる、操作できない領域を体感する、ということで、おぼろげながらも、「ヒトが知ることも見ることもできないもの」を「だいたい感じることができる」という逆説的なかよわいなにかも、あるのではと。学術的には役に立たないものでしょうけど。。

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  3. Kaito Yuriya より

    前略 {国土強靭化}を言いながら{経済弱体化}を実行する。{靖国参拝}をしながら{郵政民営化・派遣労働者法}実施する。アクセルは{空アクセル}で、ブレーキは{実ブレーキ}に見える。自民党の政治家のミッションは、米国主導のものであろう。{年次改革要望書}や{日米構造協議}などでは明らか。であれば安倍総理であっても与えられたミッションの重要部分に{米国の意思}が含まれている。どれくらいの割合なのか{米国の利益}vs{日本の利益}。日本の総理には{神風特攻精神}が必要なのではないか。 草々 2674.10.21 

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  4. 神奈川県skatou より

    藤井先生の緻密なお話、財政再建の要不要を語らず、まずは増税延期と財政出動の判断を確保するという戦略かとお見受けしました。堀を埋めてから、石垣を登るというところでしょうか。正面突破狙って全力突撃では死体累々でしょうし。対象の信念が財政再建に近いところにあるようならば守りは鉄壁なのかと思われました。また、なるだけ結果を早急に確実に積み上げるには、きわめて妥当な第一波なのかと。でもまだまだ、ニュースでみる政治家発言には、根拠が結果に基づくデータなのか、将来を空想した見込み数値なのか、この二つの違いに鈍感なことが多いようで、後者が根拠では競馬と大差ない気がして心配でもあります。策と言えば、当方、学生時代の先輩で経済紙関係の人間と飲んで語らい認識を交流してみようと思ったのですが、カタイ話は疲れたようで、過去のロジックを修正して現実を再認識するのはなかなか困難なようです。過去に同様くりかえし、また今回も不毛だという警戒的構えが出来てしまったのでしょうか。(そのあたりポイントなのかなと反省しています)

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  5. 匿各希望 より

    ふと思ったのですが、社会や経済を科学的に観て衒学的に論じるってのは、高学歴で頭脳明晰な共産主義者のオハコでしたよね(昔は)。結局この人たちって、理論はすごいけど現実ではなく理想を観てたんでしょうね。コラムとは関係なくてスミマセン。

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