From 青木泰樹@経済学者
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●『月刊三橋』最新号のテーマは、「朝日新聞<従軍慰安婦>誤報問題」になります。
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「二兎を追う者は一兎も得ず」という諺は、「人間、あまり欲張りすぎてはいけません。徒労に終わるだけです」という周知の戒めです。
「虻蜂取らず」というのもありますね。
しかし、経済学の世界では「二兎どころか三兎でも四兎でも追って構いませんが、捕まえられるのは一兎だけです」と考えられています。
虻か蜂のどちらかは取れるのです。さて、どちらを取りますか。
この問題解決に際して経済学は「機会費用の概念」を用います。
これは「選択に際して、獲得利益と逸失利益(犠牲にするコスト)を比較衡量しましょう」という考え方です。
一兎だけしか得られないのですから、「逃した魚は大きかった」と後悔しないように、自分にとって一番良いものを見つけなければならないということです。
日常の買い物から始まって、人生を左右する結婚相手の選択に至るまで、機会費用の考え方は大切ですと経済学は教えているのです。
それでは現実の政治や経済の世界では、諺と経済原理のどちらが妥当するのでしょうか。
先般、第二次安倍改造内閣が発足しました。
また安倍総理自身、内閣改造後の政策運営に関しての論考(『アベノミクス第二章起動宣言』文藝春秋2014年9月特別号P94〜105)を発表しました。
本日は、その論考(以下、安倍論考とする)からアベノミクス第二章を考えたいと思います。
安倍総理は今回の改造内閣を「実行実現内閣」と命名しましたが、肝心なのは「何を」実行し実現するかでありましょう。
さらに重要なのは「誰のために」それを実行し、実現するかということです。
安倍論考には、「日本がとるべき道としては、『経済を成長させる』、そして『財政を健全化する』という二つの大きな課題を同時に達成する一本道しかありません。私は『アベノミクス』と名付けられたこの道を突き進むと強い決意を固めています。(前掲書P.95)」とあります。
この文章から従来のアベノミクス(第一章としておきましょう)からの転換が読み取れます。
アベノミクス第一章は、デフレ脱却のための包括的経済政策のパッケージでありました。
リフレ政策、財政出動を「実行」することと、成長戦略を「考えること」でした。
大胆な金融緩和によって円安と株高を演出し国民の気分を明るくさせ、機動的な財政出動によって総需要不足を解消し所得増を図る政策運営は、概ね成功したといえます。
同時に、円安が輸出増に結び付かない事実によって、予想以上の速さで産業の空洞化が進行していること、および原発停止による燃料費負担増がかなり大きいという日本経済の喫緊の課題も明らかになりました。
順調に思えたアベノミクス第一章の腰を折ったのは、他ならぬ安倍総理自身が当初のシナリオになかった財政再建路線に舵を切ったことでした。
アクセルと同時にブレーキを踏むという常識では考えられないことをしてしまいましたので、今後、車(日本経済)はどこへスピンするかわかりません。
本年4月からの消費税率引き上げによって、また円安による輸入インフレの発生とも相俟って、実質所得は減り続けているのが現状です。
消費の低迷が今後も続きそうです。
こうした景気の先行きが不透明な中、アベノミクス第二章が起動します。
インフレ目標2%は据え置かれますから量的緩和は継続されるでしょう。しかし、当初の国債買い取り期間は本年末迄でしたから、来年、どうなるかが懸念されます。
但し、おそらく再度の消費税増税を強行するでしょうから(もちろん何とか止めて欲しいと思いますが)、となると来年の景気低迷は必至です。
それゆえ、さすがに金融緩和は継続される確率が高いと思われます(株価対策のためにも)。
これで量的緩和も止めると日本経済は地獄の淵を覗くことになりかねませんから。
アベノミクス第二章は、成長戦略と財政再建策(消費税増税)の実行と実現を同時に目指す政策と考えられます。
通常、経済成長と財政再建を「同時」に達成することは不可能です。二兎は追えないのです。
経済成長とは現実GDPの増加のことであり、現実GDPは総需要によって決まります。
総需要は内需(民需+官需)と外需から構成され、円安によっても外需が盛り上がらないとするならば、内需拡大しか成長の道はないのです。
現行の財政再建策は、増税もしくは社会保障費の削減しかありません。いずれにせよ内需削減策(デフレ政策)なのです。
唯一の例外は、消費に回らない富裕層の高額所得や、投資に回らない法人企業の内部留保に課税して、それを財源に財政出動するケースだけです。
いわゆる退蔵されたカネ(不活動貨幣)を所得化するカネ(活動貨幣)に変換することです。
使わないカネを政府が替わりに使う場合は経済を成長させますし、財政出動を増税額以下に抑えれば(増税額>財出額)、その差額が財政再建につながるからです。
この場合だけ、「同時」に、二兎を得られますね(以前から私が主張していることです)。
消費税増税のように民間が使うカネを政府が取り上げて全額使う場合はどうなるでしょうか。
その場合、一見すると経済成長にとって中立的と思われますが、そうではありません。
消費税率アップは価格上昇と同じですから、消費需要が税率アップ前と比べて減ってしまうのです。
消費マインドは委縮し、内需は縮小します。それによって期待通りの税収増は得られないのです。
川下での販売不振は、川上の設備投資をも委縮させるでしょう。
何かで補填しない限りスパイラル的悪化は必至です。
もちろん、増税分だけ新規の赤字国債の発行は抑えられます。
しかし、それが財政問題(それがあるとして)の解決にどれほどの意味があるのでしょうか。
消費税率1%のアップで約2.7兆円の税収増があるとされています。
2%アップだと5.4兆円ですね。年間でこの額だけ赤字国債を刷らなくて済むことになります。
確かにプライマリー赤字の削減には多少貢献するでしょうが、26年度末で780兆円にのぼると予想される国債残高を抜本的に解消する策とは言えません。
もちろん、本メルマガの読者の皆様は日本における国債問題について正しい認識をお持ちのことと思いますから、解決方法もご存じのことだと思います。
日銀は現在、毎月約7兆円の国債を購入しております。年間80兆円位の民間保有の国債を日銀へ移し替えております。
それによって、実質的な国債残高(民間保有分)は着実に減少しつつあるのです。
もう2〜3年買い切りを続ければ、世間の懸念する国債問題など完全に解決できるのです。
わずか年間5兆円ほどの新規国債発行を抑えるために、再度の消費税増税をして日本経済を潰そうとしている愚行に、安倍総理はじめ政権内部にいる方達は早く気づいて欲しいものです。
機会費用の概念を知ってほしいです。増税の実体経済へ及ぼす機会費用(コスト)を考えてほしいです。
やはり経済成長と財政再建を「同時」に達成することは不可能なのです。
順番があるのです。時間差が必要なのです。
何をおいても経済成長を成し遂げることが先決です。
名目GDPが増加すれば自然増収を見込め、結果的に財政再建につながるのです。
誰にもわかる至極当たり前の話で、経済成長という一兎だけを追えば、事後的に二兎を得られるのです。
順番を間違え、景気不透明な状況下での財政再建という一兎を追えば、経済成長も取り逃がすことになり、二兎とも失う。
これでは諺どおりなってしまいます。
但し、アベノミクス第二章で想定されている経済成長は、私がお話ししてきた経済成長とは別の経済観に立脚しています。
すなわち、安倍総理は供給側の経済学に基づいて経済成長を考えていると思います。
その相違は、ひとえに現実GDPの決まり方にあります。需要側が決めるのか、供給側が決めるのか。
「つくったものが全て売れる」と想定し、供給側が決めると考えるのが供給側の経済学です。
供給側の経済学の立場からすれば、成長のためには供給能力の増強が全てです。
労働力の増加、資本蓄積の促進および技術進歩です。
政策的に技術進歩を起こすことは出来ませんので、アベノミクス第二章は専ら前二者へ関わる政策手段から成り立っています。
女性の社会進出の促進策および組織内における女性の登用範囲の拡大目標は、労働力増強の一環でしょう。
事の是非は別として、非労働力人口を労働力化する方策の一つです。
問題は資本蓄積の促進策の方です。
資本蓄積を促すには企業に投資をさせなければなりません。
それも日本の経済成長のためには国内に投資をさせなければならないのです。
この認識は安倍総理もお持ちのようですが、達成手段が誤っています。
安倍論考を引用すれば、「企業には、この日本に、どんどん投資してもらわなければいけません。だからこそ、私は、三本目の矢の中でも、法人税減税の引下げにこだわっています。(前掲書P98)」と。
安倍総理の最大の誤解は、法人税減税をすれば国内投資が増えると短絡的に考えているところです。
法人税減税をすれば、政府に入ってくるはずのカネが企業に留まります。
それは政府から企業への一種の所得移転です。すなわち政府が使うカネを企業に渡すのと同じことです。
しかし、企業がそれを全額使ってくれる保証はないのです。
自由主義経済なのですから、どう使おうと企業の勝手なのです。
留保利潤として積み上げるか、配当に回すか、賃金引き上げの原資とするか、海外投資をするか、国内投資をするかを決めるのは企業なのです。
いずれにせよ法人税減税分を全額使わない可能性が高い以上、法人税減税は内需縮小策(デフレ政策)と言えるのです。
法人税減税の実行によって、先ずカネを企業へ渡す。
そこから国民経済へカネが滴り落ちるのを待つ。
これは正しく「トリクルダウン政策」です。
安倍総理の経済ブレーンの一人である浜田宏一内閣官房参与も「アベノミクスはトリクルダウン政策といえる(2014年4月1日付「日本経済新聞」経済教室)」と言っておりますので、第一章に続き第二章もまたそれが継続されるようです。
安倍総理には、「トリクルダウン仮説は実証されていない」こと、また「過去の法人税減税によっても国内投資は盛り上がらなかった」こと、「産業の空洞化が予想以上に進行している現状では今後も国内投資が増加する保証はない」こと等の当たり前の事実を是非とも認識して頂きたいものです。
PS
中国共産党とマスコミとの間の「秘密協定」をご存じですか?
知らないがために、たくさんの企業が散々な目に遭ったようです。
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【青木泰樹】5兆円のための愚行への3件のコメント
2014年9月13日 3:18 PM
>>「産業の空洞化が予想以上に進行している現状上記について菅原晃さんのブログにてありえない事だと仰られておりました。本当なのでしょうか。ぜひ検証して反論して頂きたいです。ttp://abc60w.blog16.fc2.com/?no=135菅原晃ブログ
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2014年9月14日 10:40 AM
> やはり経済成長と財政再建を「同時」に達成することは不可能なのです。> 順番があるのです。時間差が必要なのです。> 何をおいても経済成長を成し遂げることが先決です。順序。時間。青木先生のご指摘、教科書だったら赤線二重線を引いちゃいたくなります。政府のカタくてエライ方々に、伝わることをお祈りしてます。でも結果を突きつけられてさえ、不協和低減で違う話で抗弁されちゃうのでしょうか。建設的な言動が、大事なのかもしれませんですね。。
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2014年9月14日 3:09 PM
>>アクセルと同時にブレーキを踏むという常識では考えられないことをしてしまいましたので、今後、車(日本経済)はどこへスピンするかわかりません。>>>>わずか年間5兆円ほどの新規国債発行を抑えるために、再度の消費税増税をして日本経済を潰そうとしている愚行>> ***ご指摘の「スピン」や「愚行」は、少なからずも「社会的混乱」を引き起こす「ショック」となるのではないでしょうか?ナオミ・クライン著『ショック・ドクトリン』で指摘されていることが、日本でも起こっていると考えます。この場合、「経済戦争」です。「スピン」「愚行」は攻撃されているということの証しでしょう。
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