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2014年9月14日

【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第五話

From 平松禎史(アニメーター/演出家)

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●『月刊三橋』最新号のテーマは、「朝日新聞<従軍慰安婦>誤報問題」になります。
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_china.php

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◯オープニング

9月9日配信の藤井聡先生のご投稿「永遠にゼロ?」
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/09/09/fujii-107/

これがとても刺激的で考えさせられる内容でした。
「考えさせられました〜」で終わらせず、何を考えたか書いてみることにしました。

*映画の核心に触れる部分がものすごく多々ありますので、まだご覧になっていない方は本稿を読む前に…読まなくても良いですが今すぐ「永遠の0」を観て下さい!

『「物語を続けること」とは?』

◯Aパート

映画って良いものですよね。

重厚なドキュメンタリーからワクワクするエンターテイメントまで様々です。
ボクの仕事はアニメですが、映像ですし手で描いたりCGを使ったりするだけで基本的には映画の構造と同じです。
そんな立場からすると映画は奥深すぎて手に負えないものとすら思えます。

現実を撮したドキュメンタリーにも編集者の主観・演出が反映しますから、映像の中身が本物だとしてもフィクションとの違いが如何程かというのは計りきれません。
カメラを置いて現実を写し撮っただけでも、それを観る行為によって現実とは別なものになります。

逆に、エンタメ要素100%に見える作品にも、作家個人の主張や個性以外にその国の文化・歴史観や道徳観(宗教観)が入り込みますし、その時(今)の認識が大いに影響する。
作り手が現実っぽい場面をデッチアゲて撮影してつなぎ合わせて作った、完全に作り物の「現実のように見えるフィクション」であっても、観る人の感性によって「フィクションとは思えない現実」と認識されます。

ただ現実を撮しただけのリュミエール兄弟の「工場の出口」のような映画でも、それを劇場などで観る行為そのものが現実から離れる行為になり、観る人の「受け取り方」が作用した時点で現実とは別な…作られた…「現実」になるわけですね。

カメラで撮影して編集し、スクリーンに撮した時点で現実なのか作り物なのかの違いはどうでもよくなる。
観た人の心中に「本物」が映し出されます。
それを明確な形に映し出す枠組みが物語で、映像と音響が合わさったのが映画の醍醐味だと思います。

ボクは怪獣映画が好きですが、怪獣が出現する場面などは映像・音響と観客の関係性(共同作業)によって理屈が吹っ飛ぶ「圧倒的な現実」を認識させられます。映像の不思議な力が如実に現れていると思います。

この関係性がおもしろいから映像屋はやめられないのです。

そのような考えと合わせた上で藤井先生のメルマガから得た感想は以下の様な具合です。

『永遠の0』は当時公開されてたプロットを読んだ時に「これは巧い!」と思ったんです。
何故かと言うと、過去の出来事を描く時の難しさは、現代人の知識や感性に寄せて描くことを慎まねばならず かつ その時代の認識をそのまま描いても伝わらない可能性が高い、という問題がつきまとうからですね。

プロットによれば現代の若者が祖父から特攻隊の話を聞くとあります。

”過去の現実を極力淡々と再現し、現代人のズレた認識と対比させることによって「本物」を浮かび上がらせることができれば”…と期待したわけです。

「これだけの大ヒットは,今日の日本を覆う『大衆社会』の大衆人の『俗情』と結託せずして生じ得るはずなどないだろう...」
藤井先生が最初に『永遠の0』を(「安易な理由」とご自身書かれていますが)評した一節。
どういうことだろう?ボクが期待したような映画じゃなかったのかな?と。

現代人の主人公が祖父から聞いて思い描いた現実と、その祖父が見た本物の現実、そのズレが映画のテーマにつながるのなら…

という期待だったので、藤井先生(と息子さん)の論評から、映画はボクが思ったようなものではないのかもしれない、と感じたのです。

作者あるいは映画スタッフが、過去と現代の認識の違いを検証せず、一旦分けた上で描くこともしてないとしたら、何故にこんなプロットなのよ!?とツッコムだろうか。。。
とはいえ、自分が見ていない過去の出来事をどこまで「そのまま」描けるかと考えると難しい。
どうしたって作り手の主観は入り込んでしまいます。
それをコントロールするのが演出なのですが。

というわけで時間が取れたら是非映画を観てみたい。

はい。
「映画を観ないで書いてるんじゃないか?」と思われたでしょうが、その通りです。
「…」で挟んだ部分は観ていない映画への期待と、藤井先生のメルマガとのズレ具合をFacebookに投稿するつもりで、その時点の感想として書いたものです。
本投稿の段階で語尾を直したり一部補筆していますが、趣旨はそのままです。
しかしながら、やはり観ないでどうこう言うのはフェアではないなと考えまして投稿をキャンセルし保存しておきました。
観た後にどう変化するか検証したかったからです。

例によってまとまりのない文章ですが、映画を観た上での感想をこちらに書いてみることにしました。

この投稿を書くにあたって藤井先生の論評を「ネタ」にすること、ご快諾いただいております。

◯中CM

特攻隊といえば創設者として知られる大西瀧治郎氏の考え方がこの映画にも影響していると思えます。
早期戦争終結を考えて真珠湾攻撃のような刺激的な作戦に慎重論を訴え、大和のような大鑑を作るのでなく航空戦を重視して空母を多く作るべきだと反対した軍人です。

日本がなぜ負けたのか。しかもズルズルと戦域を広げ長期戦になってしまったかは、現代から見ればその理由をいくつも指摘することができます。
開戦前、戦争中、戦争末期…その時々で今から見れば正しかったと思える主張をしていたのが大西瀧治郎氏でした。
特攻の必要性を求められてもなかなか承諾しなかった大西氏が最終的に自ら組織した理由は、練度の不十分な搭乗員が簡単に撃ち落とされる通常の作戦より、特攻ならば成果を上げて死ねる可能性がある、ということ。
通常作戦での確実な「ゼロ」よりも遥かにプラスがあり得るんじゃないか?と考えを変えていったと言われます。

多くの若い兵士を特攻に送り出した大西氏は終戦後に自決しています。

◯Bパート

この映画には様々な賛否両論が沸き起こっていました。
ボクは映画を観る前にそのような両論を目にしていましたので、これは一体どういうことなのか?と疑問でした。

当時は仕事が忙しくて公開中に観れなかったのが残念でしたが、今回ようやく何者かの力(藤井先生ですがw)によってBlu-rayを買いに走りその日のうちに鑑賞と相成ったわけですが、「なるほどな」と腑に落ちるところがありました。

この映画は、観た人の予断によって映画の見方が全く異なるのだろう、というのは察しがつくところですが、ボクが最も気になったところは以下の場面です。

宮部が真珠湾攻撃の後、妻の元へ帰る場面があります。一時の家族団らんを過ごした後、妻と別れる時に宮部はこう言います。
「たとえ死んでも、生まれ変わって必ず帰ってくる」

それを受けて、映画の終盤、宮部と機を交換したことで思いがけず生き残った後輩君が戦後に宮部の妻の面倒を見ることになる。
宮部に代わって世話をする義務としてでなく、始めて会った時から… ここは藤井先生の投稿で「大爆笑してしまいました」と書かれていた場面… と告白した時に、妻はしみじみと思い出します。
あの時、夫が言った「生まれ変わって帰ってくる」とは、このことだったのね、と。

いい話なんですが
正直、この予定調和的展開には呆然としてしまいました。

後輩君は宮部の妻に、宮部が乗るはずだった五十二型を自分に譲ったことを「偶然ではなかった」と言います。

現代の場面で主人公が宮部の戦友の親分さん(生還してその道の親分になっておられます…)からこの話を聞いて、飛行機を変えた「偶然」でおじいさんは死んだのかと激昂します。
「偶然」というセリフは唐突で違和感がありましたが、最後につながるのです。

宮部は五十二型のエンジンが不調なことを察知し、これに乗れば特攻できずに生き残るであろうと予想した、と。
つまりこうなります。
後輩君が五十二型に乗り換えればエンジン不調で特攻できずに生きて帰り妻の面倒を見てくれて一目惚れして結婚して妻子は安泰となり自分と同じ歳になった孫が本当のおじいさんのことを調べて、結果として自分…宮部久蔵の生きた証を立ててくれることになる。という物語。

もちろん、宮部がそこまで期待したはずはありませんが、作劇上はそうなりますし、観客との共同作業によってそうなります。

この間には宮部の期待通りにならない、「そうはならない」という数々の現実的なハードルが想定できますが、そうなります。そうなっちゃいました。
「偶然」ではなく、「運命」だそうです。

ここに、”現代と歴史的時代の認識の違い、そこから見えてくるものは何か?”という視点は認められません。
過去が現代をうまいこと説明して擁護くれるという予定調和な期待に満ちているとさえ思えます。

※ ※ ※

呆然ついでに書きますと。件の後輩君が宮部の妻に告白する場面が印象的でした。
すごく良いシーンなのでまだご覧になっていない方は此処から先を読む前に「永遠の0」を観て下さい!

宮部の妻のもとへ熱心に通う後輩君の姿が点描的に描かれるのですが、最初は拒否していた妻が次第に心動かされていく様が見て取れます
気持ちはわかります。そいうことはあると思います…。
告白の場面の最初に、子供を寝かしつけた後輩君と妻が目を合わせ、「うん」と頷きあう仕草が描かれます。
極めてスケベな想像ではありますが、この二人の仕草を観た瞬間、「え?…このあとラブシーンですか??…ええ??!!もうそんなことに??!!」とドキドキしてしまいましたよ。
眠ってる清子ちゃんの横で???ですか!!! と。
本当にごめんなさい。でも、そういうことだってあり得るでしょう?
実際には極めて紳士な告白でした。
(真面目な話、ここの井上真央さんの目芝居は素晴らしかった。アニメで一番難しいのが目芝居ですから余計に唸ってしまいました。)

閑話休題

60年後、主人公のおじいさんはこう言います。
「生き残った者がしなければいけないことは、その死を、無駄にしないことだ。物語を、続けることだ。」

宮部が何故特攻に志願したのか?
この問に対する答えははっきりとは描かれていません。
自分が教えた若者たちが次々と死んでいったこと、素直に観ればそのことへのけじめだと思えます。

宮部の最期の表情は分かる気がしました。

彼のエースパイロットぶりや最後の特攻が直接描かれないことも、作劇的には理解出来ました。

「作劇的には」とは何かといえば、たとえばフィクションではこういうことがよくあります。
主人公が味方を守るために非情に徹して敵を殺す描写を重ねた場合、いわゆる「死亡フラグ」が成立し、壮絶死が待っていることがあります。
生き続けた場合でも、正義のための行為とはいえ罪を背負うことになり、幸福にはなれず孤独な人生を歩むことになる、というパターン…「物語」があるのです。
古いですが「愛と誠」の太賀誠が典型例ですね。
ボクが関わったアニメで言えば「グレンラガン」のカミナとシモンがそうでした。

宮部がそのような負の「物語」を背負うことは作劇上許されなかったのではないか、という意味です。
戦場で、技術だけで名声を得ることは不可能だと思えます。
並みの戦闘機搭乗員より多くの敵機を撃ち落し敵兵を殺す描写があったとしたら、あの複雑かつ前向きなラストシーンは成立しづらくなります。
だからでは? と。
推測ですけどね。

そのような作劇的事情による描写の欠落によって、過去の現実が(映画を観る観客含め)今の現実にとって、都合の良いものになってしまっていたと感じたのです。

しかし、そうでなければ大ヒットしなかったでしょうね。

※ ※ ※

靖国神社の遊就館には兵隊さんたちの遺書が公開されています。
父母を思って書いたもの。
妻と子を思って書いたもの。
故郷を思って書いたもの。
その全てを思って書いたもの。
特攻を志願した兵隊の中には、妻子が夫の志願の妨げにならないよう自決した例もあるそうです。
映画の中で何度も「不可」を告げられる兵士の場面でそれを思い出しました。

生きて帰れないことを納得ずくで結婚し、妻は戦後は未亡人として再婚せず看護の道を全うしている人も紹介されています。
その遺書には、もし生きて帰れなかったら、私のことは気にせず自分の幸せを考えて欲しいと書かれていました

遺書のほとんどが、生きて日本を引き継ぐ家族を思って書かれています。
そのために自らの生命を使うのだ、という退っ引きならない気持ちが伝わってきます。

合コンの場面で主人公の仲間が蔑んで言う「特攻をした者は狂信的愛国者だ」が誤解であることは特攻隊員の遺書を読めば伝わります。

※ ※ ※

手紙を託すのではなく、なぜ最後まで生き抜いて妻子のもとに帰らなかったのか?

終盤に、宮部がなぜ生きて帰る道を選ばなかったのかと問われ、おじいさんは「言葉に出来ない」と言います。
言葉にできるようなことではなかったと想像できます。

実際の特攻隊員の遺書には何が書かれているでしょう?
多くの遺書の文末には「天皇陛下万歳」と書かれています。
あの時代、差し迫った状況で、様々な「言葉に出来ない」多くの気落ちを代表する一言、家族と共有できる言葉が「天皇陛下万歳」だったのではないか?

そのこと自体に様々な考察があることはある程度知っていますが、現代の主観で分析することはできても当時の一人ひとりの気持ちまではわからない。

最期には「お母さん!」だったかもしれない。そうだとしても、です。

※ ※ ※

現代人の主人公が祖父から聞いて思い描いた「現実」と、その祖父が見たであろう本物の現実、そのズレが映画のテーマにつながるのなら… というのが映画のプロットから勝手に思い描いた期待でしたが、その視点はほとんどなかったと言わざるを得ません。

「戦争で死んでいった人々によって私たちが肯定される物語」

だったのね、というのが映画を観た率直な感想でした。

賛否の両論には映画とのねじれが存在すると思います。
「賛」の場合は「戦争で死んでいった人々のおかげで私たちがある。」と解釈をし。
「否」の場合は「戦争で死んでいった人々を賛美している。(特攻なんかをさせた悪い日本が消滅したから私たちが生きていられるのに!)」と解釈したのではないでしょうか。
果たせるかな、どちらも映画と関係なくず〜〜っと言っていることじゃないですか。

双方とも、映画を利用してるだけじゃないんですか?

映画は本当にそうでしたか?

この「ねじれた物語」はまだまだ終わることはないのでしょう。
「ねじれた物語」を続ける以上、戦後体制が終わる見込みはないように思えてしまいます。

◯エンディング

好意的な批評の通り、役者さんがとても素晴しかった。楽しみにしてたのは橋爪功さんでしたが、上半身だけの芝居なのに画面が狭く見えるほどの(画面外を想像させてくれる)演技力に圧倒されました。
好戦的な兵隊を演じた新井浩文さんは眼力が凄かったし立ってるだけで絵になってた。
あと、ボクの世代の「優等生美少女」代表(ですよね?!)斉藤とも子さんが脇役ながらイイ味を出してて嬉しかった。小さく頷く芝居が効いていて素晴らしいと思いました。
映像もとても素晴しかった。
特に、二十一型の塗装が年ごとに剥げていき表面も傷んでデコボコしていく繊細な仕事にシビレました。
それから、CG時代になってもやっぱり火と水は難しいんだな、と。

アニメもそうですが映画は集団作業です。
いろんな分野のスタッフが最初はできると思えなかったことを、終わった後には要求以上のことをいつの間にか成し遂げていたと思えたのではないか。
そんな総合的な力があったと思えました。
作り手目線ですけどね。

レンタルで観ようか買おうか迷ったんですが、買って良かったと思いました。

賛否様々あったとしても、「永遠の0」のような映画が今後も作り続けられることが、ボクたち国の文化の輪郭をたどっていく(たどり直していく)その歩みの一つだと思います。

そのための投資として。

PS
中国共産党とマスコミとの間の「秘密協定」をご存じですか?
知らないがために、たくさんの企業が散々な目に遭ったようです。

最新無料Videoでマスコミが「言えない」リスクを公開中
http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_china.php

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【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第五話への8件のコメント

  1. KenMatsu より

    Asreadで古谷経衡氏のお知り合いの木下元文という一般人の方が藤井教授親子の映画の感想に対して、何か私怨でもあるかのような感情的な中傷記事を載せています。先日、田中秀臣氏とのトークイベントの中で古谷さんが、土木系の人ガー云々揶揄していた理由から、今回も一部で消費増税時と同様に彼らの黒幕疑惑がおきてます。上記は只の状況的なものにすぎず、何かを確定するものでないですが、火の無い所に煙は立たぬとも言えると思います。私は古谷さんを応援する一人で信じたいですが、やはり人を貶めて自分の評価を上げようというのは道義的に問題ですし中長期的には逆効果なので、ご自身の著作を一冊でも多く売ることに専念する方がより建設的でしょう。皆様方にも非人道的な行為をもし見かけましたら、是正の声を上げていただけたらと思います。(前回同内容の投稿はこちらに訂正致します。)

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  2. KenMatsu より

    Asreadで古谷経衡氏のお知り合いの木下元文という一般人の方が藤井教授親子の映画の感想に対して、何か私怨でもあるかのような感情的な中傷記事を載せています。先日、田中秀臣氏との無韓心トークイベントの中で古谷さんが、土木系ガー云々揶揄していた理由から今回も一部で黒幕疑惑がおきてます。私は古谷さんを応援する一人で信じたいですが、やはり人を貶めて自分の評価を上げようというのは道義的に問題ですし中長期的には逆効果なので、ご自身の著作を一冊でも多く売ることに専念する方がより建設的でしょう。このような姑息な人たちに「無関心」であるべきか今後考慮すべきところですが、皆様方にも非人道的な行為には是正の声を上げていただけたらと思います。

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  3. あまき より

    「作り手目線」とご謙遜されてますが、共感をもって読みました。とくに「予定調和的展開」とは痛烈ですね。「予定調和的」とはつまり通俗的だということであって、常に新しい表現を目指している「作り手」にとって「通俗」といわれるほど恐ろしいものはないと、先日亡くなられた鬼のおくびこと大久保房男さんが一連の文士論で繰り返し説いています。これを読むと、いまをときめく提灯文士などという文士が歴史的に見ていかにあり得ないか、たとえ作品が多く売れ、多くの子女が紅涙を絞ろうと、日本語の使い方から表現、場面設定に至るまで、「通俗」と見做された作品がいかに作家の地位を危うくするかが、よくわかります。衆目を前に話を始められた頃、藤井さんは普段接している選りすぐりの学生とは違う、千差万別・不特定多数を相手にどう向き合ったらよいのか、手探りだった時代があったように思います。有名な日下公人さんとのやりとりにもそれが表れています。「多くの人にわかって貰えるようにと、面白おかしく説明しているだけなのに、それを芸人のようにとは何ですか」と、日下さんにたいそう怒っていましたが、そこは評論家歴の長い御大の諭す通りで、諭吉のいう「野に遺賢あり」という言葉を思い出すまでもなく、藤井さんのような志の高い学者が芸人のようにふるまうと却って世間に礼を失したことになるのではと、冷や冷やした憶えがあります。以後、芸人のような口ぶりの藤井さんを見ることも、春団治なる別号もあまり見聞きしなくなったように感じますが、私の場合むしろ春団治風でなくなってから著作を買って読むようになりました。もし藤井さんがご自身の通俗な部分に懲りているとしたら、映画化作品の当該場面の通俗さに人一倍敏く感じ取り、感興を削がれたとの思いは人一倍だったに違いない。そして安倍政権のもとに経済界学界その他から集められた多くの顔ぶれが、提灯文士をはじめとする通俗揃いで、選ばれた自分もその通俗の内なのかと藤井さんが思ったことがあるとしたら、先日の映画評は単なる映画評ではなく、この程度の「通俗」人材で国民を保守をなめている安倍政権に対する、ご自身の立場をも刺し貫いた痛哭なる「訴え」だったのではないか。以上、藤井さんに共感する末席の虚妄ですが、平松さんの公平で行き届いた記事を読んで、思ったことを述べた次第です。

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  4. 三里 より

    >「否」の場合は「戦争で死んでいった人々を賛美している。(特攻なんかをさせた悪い日本が消滅したから私たちが生きていられるのに!)」と解釈したのではないでしょうか。もちろんそういった方々も多くいるのでしょうが、「戦争で死んでいった人々を利用して今の自分たちを賛美している」ような印象を受けて否になった人もいると思いますよ。あるいは「戦争で死んでいった人々によって自分を肯定する」より先に、戦争で死んでいった人をまず肯定するべきじゃないの?っていう反感、かもしれませんね。

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  6. 言起 より

    藤井先生配信の「永遠にゼロ?」を読んでから、自分としてどう捉え、考えていくべきか未だに心の中に残っております。私は「永遠にゼロ?」配信の2週間ほど前にこの作品の文庫本を読みました。動機は世間の評判です(食べログの評価をうのみにして通うラーメン屋と同じ)。期待度はかなり高かったです。ところが読み進むにつれ違和感を感じ、途中で読み続けるのが苦痛になってしまいました。世間の人が「感動の大作」と絶賛しているものを私は受け入れられない・・・藤井先生のメール配信があったのはそんな矢先のことです。思わず、「よくぞ語ってくださいました」とコメントさせていただきました。そして本日の平松先生の配信です。この「ゼロ問題」は私の中でまだ考え中の問題でしたので、取り上げてくださったことにお礼を申し上げたい気持ちです。現時点での私の考えを整理しました。1.>「これだけの大ヒットは,今日の日本を覆う『大衆社会』の大衆人の『俗情』と結託せずして生じ得るはずなどないだろう...」上記のなかの「大衆人の俗情」とは、私は「愛」だと考えています。この「愛」とは男と女の愛です。現代の戦争物の根幹テーマは「戦争が引き裂いた「愛」」でありそれが前面に出過ぎだと思います。一昔前の「トラ・トラ・トラ」などはこの「愛」が隠し味だったと記憶しております。2.現代の倫理で過去を評論してはならないこと。ただしそうは言っても、>何故かと言うと、過去の出来事を描く時の難しさは、現代人の知識や感性に寄せて描くことを慎まねばならず かつ その時代の認識をそのまま描いても伝わらない可能性が高い、という問題がつきまとうからですね。>”過去の現実を極力淡々と再現し、現代人のズレた認識と対比させることによって「本物」を浮かび上がらせることができれば”…と期待したわけです。との平松先生のお考えに共感するものです。長文、失礼しました。さて、ラーメンでも食べに行こか・・。

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  7. 神奈川県skatou より

    > 賛否様々あったとしても、「永遠の0」のような映画が今後も作り続けられることが、ボクたち国の文化の輪郭をたどっていく(たどり直していく)その歩みの一つだと思います。ジンと来ました。ひとりだちの再開、ですかね。

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  8. 夏みかん より

    古い日本を壊し、「新しい日本」に、世界と同一になることを目指し、日本を「構造改革」しようとする安倍政権と、その安倍政権の構造改革路線を支持している、もしくは問題視しない自称保守派の人々…。戦時中で言えば、彼らの思想は、どちらかと言えば「敵国」のそれに近い。にもかかわらず、彼らはあの戦争を戦った人々と共鳴しあっているかのような態度で、物事を語っている…。なんというか…これは気味悪いことだな。というのが、今週の藤井先生のメルマガを読んだ時の感想でした。「美化している」といえば、確かに、強欲を原動力とする資本主義社会を目指す政権を支持しながら、一方で戦時中の人々の思いや気持ちに共感し、代弁している「フリ」をしている人々は、そのような振る舞いを見せることで、自分自身を「美化」しているのかもしれません。映画自体は見ていないんで、何とも言えないですけどね。そういう人たちが(も?)絶賛している映画…ということくらいしか。「家族」や「ふるさと」が壊れたあとの、「孤独な個の群れ」になった社会において突如あらわれた無機質な「愛国心」。本当は地続きのはずなのに、「家族」や「ふるさと」の崩壊には無関心でいられる人々が、「愛国心」だけは大切だと語る。今の「右傾化」って、本当に気持ち悪いな、と思った火曜日の朝でした。

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