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2014年6月28日

【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第三話

From 平松禎史(アニメーター/演出家)

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●●中国大暴走。日本は国家存亡の危機を回避できるのか?
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◯オープニング
去年秋ごろから徐々に忙しさが増えて、年を越してからは、あっという間に誕生月(3月)を過ぎて「あれ?もう7月!?」てな感じです。
仕事があるということは良いことですが、前にも書いた通り、アニメの仕事(に限らないですが)は常に「供給制約」的な無理難題が突きつけられる環境でして、それが「才能」という壁だったりすると絶望的な気分になります。
しかし、それすら多くの先人は越えてきているわけでして、簡単に諦めるわけにはいかないのです。

ともあれ、時間だけは如何ともし難くて、映画をじっくり見たり、音楽に浸る時間が欲しい今日この頃。
(お酒はそこそこ楽しめてます♪ 人間観察も楽しいし仕事の糧にもなります。)

第三話『ヒッチコック映画・「サスペンス」が成立する条件』

◯Aパート
ボクはヒッチコックの映画が大好きです。
映像演出のお手本が数多くあって趣味と実益の両方を満足させてくれるのです。

ヒッチコックといえば『サイコ』『鳥』『北北西に進路を取れ!』が有名ですね。
ヒッチコック映画のプロットは非常にシンプルです。その代表例はこれ。
無実の罪を着せられた主人公が警察に追われながら身の潔白を証明するために真相を追う。」
ヒッチコック映画にかぎらず、多くの「物語」に共通する古典的なプロットです。
均衡の崩壊から安定へと回復させる基本プロット。
その過程で様々な「何か」を表現するのが物語であり、映画は映像と音響を用いた総合芸術ですね。

『大人は判ってくれない』などの監督で以前は映画評論をしていたフランソワ・トリュフォーが、サスペンス映画の神様、アルフレッド・ヒッチコックに50時間にも及ぶロングインタビューを行い、書籍にまとめたのが『映画術』です。

_ _ _

すみません。
今回は、引用や映画の必要最小限のあらすじを添える必要性から、本文が少々長いです。m(_ _)m

ヒッチコック映画に見る『内奥の真実』

『映画術』の序文で、トリュフォーは「ヒッチコック的なるもの」を、こう解説しています。
『たとえば、わたしがあるレセプションに招待され、キャメラの眼となって、Y氏が三人の紳士たちに向かって彼が妻と一緒にスコットランドで夏のバカンスをすごした話をしているところを捉えてみるとしよう
Y氏の顔を注意深く観察しながら彼の視線をたどっていくと、わたしは、Y氏が実はX夫人の美しい脚に強い関心を抱いていることに気が付く。

そこで、わたしはX夫人に近づいていく。

彼女は小学校に通っている自分の二人の子どもたちの成績が悪いので心配でしかたがないと一所懸命に話しているのだが、眼だけは全く冷ややかに別なところを見ていて、若くエレガントなZ嬢の素晴らしく美しいシルエットをこまかく分析しているのである。

このシーンの最も本質的なものは、社交的でしかない対話の中にはなく、人物たちの胸の内にあることは、明らかである。
すなわち
・Y氏はX夫人に欲望を感じており
・X夫人はZ嬢に嫉妬を感じている
ということがこのシーンの内実なのだ。

ヒッチコックは、どんな作品においても、このイメージ(映像)に描かれたものと台詞に発音されたものとのズレの原理にもとづく数々の試みを行いつつ、第1のシチュエーション(外側の事実)と第2のシチュエーション(内奥の真実)を同時に描くことによって真に視覚的でしかあり得ないドラマティックな効果を獲得しようと努めてきたのである。』

このような場面は、会社の会議や居酒屋でのいわゆる「無礼講」の場でもよく観察されるんじゃないでしょうか?

代表例として『私は告白する』を挙げます。
非常に美しい白黒映画で、ヒッチコックの敬虔なカトリック信者としての一面も現れていて、それが映画の美点でもあり弱点にもなっている(それが何なのかは後述)。
カナダのケベックを舞台にした映画で移民の多い地域ならではの、人間模様が切ない作品です。

あらすじはこうです。
主人公のローガン神父が、教会で働くドイツ移民のケラーから人殺しをしてしまったと告白を受ける。
神父には政治家の妻との不倫(正確に神父になる前の恋愛関係が影響している)問題で脅迫してきた男がおり、ケラーが殺したのはその男だった。
神父が告白を漏らすことは許されないので、ケラーと共犯関係となり、神父自身は殺人の動機があることになってしまう。
「無実の罪を負った主人公の物語」、その変形とも言えます。

繊細なケラーの妻は夫の犯した罪を、ローガン神父が自らの潔白を証明するために警察に話してしまうのではないかと心配でしかたがない。
事件の翌朝、神父が教会に集まっていつものごくありふれた会話の中、素知らぬ顔で話すローガンと、素知らぬ顔でお茶を注ぐケラーの妻の視線が、まるで殺し合い直前のような緊張状態になっていることを「観客だけが」知るのです。

登場人物の「内奥の真実」を観客だけが知る。
そこから「それからどうなるの?」というサスペンスが生まれます。

◯中CM
『映画術』を買った当時、三鷹の映画館で日曜日の昼間に『鳥』を観ました。
子供の頃、テレビで見たっきりで、おじさんが目をくりぬかれて死んでいる場面が脳内増幅されて、建物の中がそんな死体で埋め尽くされているとんでもない場面を捏造してしまっていました。
もちろん、映画にはそんなシーンはありません。
『鳥』はもっと淡々とした怖さで、映画の本質は「鳥が人間を襲う」という第一のシチュエーションに対して「家族を取り戻す物語」という第2のシチュエーション、内奥の真実が描かれていたのです。

『鳥』を見終わって、呆然と昼間の三鷹駅前に出ると、ごく当り前に人々が行き交っていました。
空には鳩やカラスが飛んでいて、今にも襲いかかりそう。
映画は終わったのに、現実との境目があいまいになって頭を抱えてうずくまりたい衝動に駆られました。
そのことを「ぴあ」に投稿したら、しっかり掲載されました!(…自慢)
『鳥』には気分を盛り上げたり鎮めたりしてくれる音楽がなく、「THE END」もないのです。

◯Bパート
「サスペンス」って何でしょうか。
ミステリーと混同されがちですが全く違うものです。
ミステリーは登場人物も観客も(たとえば事件の真犯人など)真実を知らず、主人公が真相を探っていく過程を観客とともに見せていくものです
中心になるのはサプライズ(驚き)です。

サスペンスは、真実が登場人物よりも先に観客だけに知らされる事が条件になって発生するものです。
『映画術』ではサスペンスとサプライズの違いと共に何度か論じられています

たとえば
ある家に泥棒が忍び込み部屋中を物色しているとします。
そこに家主が帰ってきて格闘になり…
あるいは、家に帰ったら泥棒がいて…
というのは登場人物と観客に同時に起こるサプライズ(驚き)です。

サスペンスとは
ある家に泥棒が忍び込み部屋中を物色している。
一方、家主が仕事を終えて帰宅中の姿を見せる。(早く帰らないと泥棒に財産とられちゃう!)
カメラは再び、泥棒へもどる。
泥棒は見つけたアダルトビデオを鑑賞中。(早くお宝みつけないと家主が帰ってきちゃうぞ!)
家主がコンビニで週刊誌を立ち読み中。(早く帰れってば〜〜!!

…と、こんな風にそれぞれの登場人物が知り得ない状況を観客だけに知らせることによって、エモーション(カッコで書いた観客の感情)を湧き起こさせ、高めていくのがサスペンスなのです。

この演出は『見知らぬ乗客』など多くの映画で見られますが、最も本質的なのは『めまい』でしょう。

あらすじはこうです。
刑事を引退して探偵業をしている主人公スコティは、旧友から妄想癖と自殺願望を持つ妻マデリンの素行調査を頼まれます。
尾行を重ね、実際に話を聞くようになってマデリンを好きになってしまう。
スコティはマデリンを救おうと努力しますが、甲斐なく死なせてしまいます。
罪の意識から心を病んでしまったスコティが回復した時、マデリンそっくりな女、ジュディに出会う。
スコティは失った過去を取り戻そうとジュディをマデリンに仕立て上げていく。

このシーンは(ていうか映画全体が)かなり変態的ですが、男の願望が赤裸々に表現されていて色んな意味で鳥肌モノです。

原作はミステリーで、マデリンを失ってジュディに出会ってからも描写が重ねられるだけで、それが何の意味を持つかは、最後のどんでん返しまで待たなければなりません。
ミステリーの場合は、「新事実」で興味を引っ張って、最後に「真犯人は今ここにいる!」「なんだって〜〜!!」という展開が定番ですね。

ヒッチコックは「それではオチを知ってしまったお客さんは二度と映画を観ないだろう」と述べています。

ヒッチコックは映画会社の反対を押し切って、映画の中盤でネタバレを敢行します。
スコティがジュディと出会った直後に、彼女が、実は旧友の妻殺しに協力するため金で雇われマデリンに化けていた、という事実を、「お客さんにだけ」知らせるのです。

そうすると、どうなるでしょう?
スコティはジュディに真実を隠したまま死んだマデリンに似せようと努力しますが、観客は「その子がマデリンなのになぁ」と思ってヤキモキします。
ジュディは、マデリンだった時からスコティに惹かれていたけど真実が言えない。再会出来たのは嬉しいいけど真実が言えない。真実を知っているお客さんは、その葛藤を共有することが出来ます。

これぞサスペンス。

「表層の事実」と「内奥の真実」を同時に描くことによる対位法的な響きあいです。

_ _ _

さて、ここまできてお気づきでしょうか。
サスペンスには、映画が用意する前提条件と、もうひとつ根本的な条件が存在します。
何でしょうか?

「常識(日本的に言えば道徳観)」 だと思います。

ヒッチコック映画がイギリスやアメリカだけでなく日本始め世界中で人気を博したのは、人間が持つ普遍性の高い「常識」に訴えているからだと思うのです。

『サイコ』は英語圏以外で吹替えや字幕なしでもヒットしたそうです。
衝撃的なシャワールーム殺人が『サイコ』の売りではありません。台詞や教養に頼らず、純粋に映像言語として語られる「内奥の真実」は人々が持つ普遍的な「常識」を基に、映画との協奏を実現したのでしょう。

カットつなぎがなく全編を切れ目のない「ワンカット」で作った映画「ロープ」(実際には4箇所ほど明確なカットつなぎがあります。なぜカットつなぎをしたのか考えるのは演出論的にもおもしろんですがここでは割愛します。)という映画があります。

そのクライマックスで、ジェームス・スチュワート扮する大学教授が、自分たちの優位性(学問的正当性)を主張するためにクラスメートを殺した教え子二人を厳しく叱責します。

ニーチェの超人思想を都合よく歪めて「殺人」を正当化したこと。それを導いてしまった自らを反省し、このように叫びます。
「(学問的に真実性があったとしても)私にはそれ(殺人)を行わない「何か」がある。しかし、君たちには、それを行わせる「何か」があった!」
キリスト教的な性悪説もかいま見えますが、人の行いを決める「何か」を問うことに、国ごとに、歴史文化ごとに「常識」が存在するんだろうと思います。

国ごとの歴史や文化を「踏まえて」なお響くものが、ヒッチコック映画にはあったのだと思います。
注意すべきは、国ごとの歴史や文化を「越えて」ではなく、「踏まえて」なところです。
国ごとに映画の捉え方は異なります。
映画がつなぐことはできても、決して、グローバル化して平準化できるものではないしょう。

_ _ _

『私は告白する』で、ヒッチコックのカトリック教徒としての表現が美点でもあり、弱点だとも書きました。
『映画術』での対話の中で、トリュフォーは弱点について、こう指摘しています。
宗教的な感性を共有しない人からすれば、社会正義より宗教的信条を優先するはずないと思うのではないか。
つまり、観客が、ローガン神父はいつか警察に告白するだろうと考えてしまったためにサスペンスの方向性がズレてしまったのではないか? と。

ヒッチコックはこう答えます。
「プロテスタントや不可知論者からすれば、そんなことは滑稽でばかげているわけだ。『そんなくだらんことに命を投げる人間がいるわけがない!』ということになるんだ。」
そして、さらに
「あの映画は作るべきではなかった」とまで言っています。

ヒッチコックは、「そんなことはありません」と擁護するトリュフォーの話を聞き、気を取り直してこう言います。
「人間というのはいつも自分の心を素直に口にだすわけではない。むしろ、こくありきたりの、なんでもない雑談をしながら、お互いのまなざしの中に真意を読み取ろうとするものだ。」
人々の中にある「何か」を問うていこうとする姿勢、試みが『私は告白する』の中にもあるわけです。
ただ、ヒッチコック自身、トリュフォーの指摘に感情的になってしまったように、宗教的な主題は強すぎて、伝わりにくくなってしまった感は拭えません。

ボクが演出したある作品で、今日書いていることを踏まえた演出(技術的なことで、ホントにさりげないものでした)をしたことがあって、それを尊敬するアニメーターに褒めてもらったことがあります。
そして、その方はこんな風に言いました。

「作り手と観客に共有できる『何か』がなければ、こういう演出は成り立たなくなるんだよ。」

そんな「何か」を失いたくはないですね

◯エンディング
普遍性の高い「常識」、というものについて心配があります。
近年映画をあまり見ていないんですが、たまには観ます。テレビもたまには。
そうすると、実に親切なんです。
台詞で人物の内面がほとんど説明されている。
見たまま聞いたまま、そのままで驚きもなければ、サスペンスもなかったりします。
説明を聞いて納得したり、いい話だな〜と感動したりする。
「全米が泣いた!」なんてのは既にギャグですが、いまだに、あらかじめ「いい話」だと説明されて流布されるものがたくさんあります。

そういうものだと理解して楽しむ分には悪くはないんですが、慣れてしまうと麻痺してしまいそうです。
表現者の端くれとしては、想像する余地が少ないのはなんだかもったいないと思うことも、たまにあります。

普遍性の高い常識…というよりは…普遍性が高いかどうかを吟味することすら、説明が必要な時代になって来ているんでしょうか?
サスペンスが成立する条件が失われてきて、「何か」までいちいち説明してしまうとしたら、それはなんだかつまらない。
でき得る限り、作品とお客さんの想像力、発見力との協奏が望ましいと思います。

想像力、発見力の基になる「何か」、共有され得る「何か」を失わないように、めげずに表現方法を探り続たい。

_ _ _

表層と深層にズレがあるのが現実であり、それを映像表現として描くことにおもしろさがある。
トリュフォーが、ヒッチコックを「リアリズムの作家」と評価しているのは、その表現を生涯試み続けたからでしょう。

◯後CM1
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!

さかき漣先生とのコラボ企画、鋭意製作中!
とはいえボクの身の回りがバタバタしていてあんまり進んでいません(>_<)
次回には何か新情報をば!

◯後CM2
音楽や映画などの情報発信やイベント主催を活発に行っている「ロッキング・オン」が立ち上げたコラボTシャツブランド「Rockin’ star」から「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」のコラボTシャツシリーズが発売中。

アスカ・レイ・マリの3種ともイラストは私、平松禎史が描いております。
http://rockinstar.jp/products/248/
http://rockinstar.jp/products/212/
http://rockinstar.jp/products/268/

◯おまけ
拙ブログ Tempo rubato :_http://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/

PS
中国がやばい本当の理由とは? 三橋貴明が解説中
http://youtu.be/ns-sXQ-Iey0

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【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第三話への2件のコメント

  1. あまき より

    >普遍性の高い常識より新鮮なもの、多くの共感が得られるものを要求されている人ほど、創作活動に全身全霊傾けている人ほど、その軸足は世間が思うほど浮ついてはいない。視座が時流に流されていないのですね。常識とは我が家のようなもの。日常があるからこそ脱却が可能。帰る家をもたない連中は脱却が日常なわけで、作家の示す脱却と連中の脱却とが長いこと競争していたが、文芸誌のほうはいまだに連中と競い合えると思い込んでいる。世間をなめているのです。しかも小説の命ともいうべき描写力を特別要求しない今時に迎合して、多くの小説家自身が帰るべき家を失っているように見えます。平松さんの記事を読みながら、いろんなことを考えさせられました。

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  2. びちゃらん より

     あれもこれもそれもどれも観ようかなぁ・・・と欲望をかきたてられてしまったのですが、デフレの私は需要を抑えるばかりです。・・・ストップ!需要(ヒバリ)くん。読んだこと無いけど。「古い奴っ」 ミステリーで思い出してしまいました。筒井さんのロートレック荘事件。小説と言う世界を使ってこそ描けるトリック・・・だった気がします。観たい、読み返したいモノばかり増えてしまい引き篭もりの生活ばかりで全然抜け出れません。 抽象的過ぎる私想ですけど、デフレからの脱却にも通ずるトリックな気が、ふと、して書き込んでしまいました。「引き篭もりから脱却できねぇ奴の私想なんか糞喰らえだっ!」・・・ですね。(自虐的思考ギャグはつづく)

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