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2014年6月19日

【青木泰樹】国家の根幹

From 青木泰樹@経済学者

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何といっても国家の根幹は国民であり、施政者なら誰しも「国民の健康と生活の安定」を願わざるにはいられないでしょう。

先月末、超党派の議員立法「過労死等防止対策推進法」が衆議院本会議にて全会一致で可決され、今国会で成立する見通しとなりました。
過労死の報道に接するたびに、心を痛めてきた多くの人たちにとって良いニュースでした。私も同じ思いです。
ようやく政治も重い腰を上げてブラック企業の規制に乗り出したかと。

法案によれば、「過労死対策は国の責務」であると明確に規定し、調査研究および対策の推進を唱っております。
官民挙げて過労死を防いでいこうと。
しかし、具体的にどのような規制をすべきかについては定められておりませんので、今後の動向を注視したいと思います。

ただ良い知らせもあれば、悪い知らせもあるのが世の常でしょうか。

先日、安倍政権の成長戦略が出そろいました。ある程度予想していたとはいえ、やはり国民目線からすると厳しい内容になりました。
今回は、その中から「労働時間規制の緩和」について考えたいと思います。
いわゆる「ホワイトカラーエグゼンプション」の問題です。

ホワイトカラーエグゼンプションとは、「一日8時間、週40時間」という労働時間の原則を超えた場合、残業代の支払を義務付ける労働基準法の適用を除外する制度です。
第一次安倍(改造)内閣時代、当時の舛添要一厚労大臣が有識者(レント・シーカー?)の意見を容れて、それを強力に推し進めようとしたことが昨日のように思い出されます。

勤労者にとって幸運なことに、当時は「サラリーマンにとっての残業代ゼロ制度」という実体がマスコミにより暴露され、国民に周知されたために舛添大臣の努力にも関わらず法制化は見送られました。
私は、それを旧小泉構造改革路線から続いた新自由主義的政策への勤労者側からの初めての反撃であり、かつ初めての勝利であったと評価しております。

「勤労者も殴られっぱなしではないぞ」との思いを強くしました。国民の声が大きくなれば、巨大な行政権力にも勝つことは可能なのだと。
政府の既定路線は必ずしも国民にとっての既定路線ではないのです

しかし、今回はどうなるのでしょう。
マスコミ権力がどの程度政権にすり寄るかで状況は大きく変わるので、多少心配しております。

政権側も今回は、同じ轍を踏まないように戦略を練ってきているようです。
単独提案ではなく、アベノミクスの第三の矢である「成長戦略」の中に、これを忍ばせてきました。
毒まんじゅう作戦でしょうか。
経済マスコミもこぞって、成長戦略こそアベノミクスにおける最重要課題であると叫び続けることによって援護射撃を行っています。

同じく、今回はホワイトカラーエグゼンプションと呼ぶ代わりに「成果賃金」制度と名称も変更しているようです。
成果賃金とは! 詭弁もここまで来ると恐れ入ります。

これまでの「労働(時間)の対価としての賃金」を「成果に対する対価」とすることで、賃金と労働時間の関係を切り離してしまいました。
これなら時間無制限に労働させても賃金に反映されないので、確かに企業にとっては福音でしょう。残業代ゼロで済む。

さらに成果を評価する人は誰でしょうか。もちろん経営者(側)です。
経営者に「当社の目標とする成果とはほど遠いので、もっと長く働いてください」と言われたら、どうしますか。
働かざるを得ない。
このように成果というハードルは、経営者の主観によっていくらでも上げられるのです。

他方、経営者の成果に関して言及しないのが成果主義の欺瞞です。
勤労者の成果を評価することはかなり難しいものです。
複数の業務をこなす場合や、担当地域の相違(運不運)を勘案すれば、社員共通の公平な評価基準をつくることはできないのです。

しかし、経営者の成果は企業業績を見れば一目瞭然です。
現在、税金を納めている法人企業は全体の3割ですから、7割の企業は利益を上げていないことになります。
そうした企業の経営者の報酬は、成果主義からすればゼロになるはずです。
しかし、そんなことはしない。
好業績の時だけは、ストックオプションなり役員賞与の増額で対応する「都合の良い成果主義」に立脚しているのでしょう。

経済学者の方も、またぞろ前回のホワイトカラーエグゼンプションの時と同じようなメンバーが参集して、労働時間規制の緩和を唱えています。
今回の特徴としては「労働時間の規制緩和」と同時に「長時間労働の抑制」にも言及している人が含まれているので多少の進歩は見られることです。

しかし、これも世間向けのリップサービスでしょう。
もしくは学者としてのアリバイ工作。私はバランスを考えていますからと。
本気であれば、抑制策が盛り込まれない成果賃金制度は、片手落ちであるから反対するはずです。
でも、しない。軸足(目的)が労働時間規制の緩和の方にあるからです。

残業するのは、能力がないからでしょうか。
それとも仕事が多過ぎるからでしょうか。
もちろん、後者です。仕事は会社から与えられるものですから。
ある新聞社の論説委員が「残業代欲しさにだらだら残業する人が多いので日本の労働生産性は低いのだ」と書いておりましたが、そんな人はいません。
そんなことをしていたら首になってしまう。
サービス業の労働生産性を上げたければ、相対的に売上の低い深夜などの労働投入時間を減らせばよいだけの話です。
少しでも利益が出れば、店を開けておこうという経営姿勢が労働生産性を下げているのです

現在の日本の抱える問題は、労働時間規制を緩和して、より多くの勤労者に長時間労働を強いることではありません。
勤労者の健康を害する長時間労働が事実上存在していることを認識し、その原因を取り除くことなのです。
そちらが優先事項なのです。
柔軟な働き方は、既に現行の「フレックスタイム制」や「裁量労働制」で対応可能なのです。

厚労省が定める「過労死ライン」は、1か月あたり80時間を超える残業が続いた場合とされています。
しかし、現実はそれを上回る時間外労働を強いる企業が多いのです。

しかし、罰せられない。労働基準法第36条の規定(通称、サブロク協定)があるからです。

もちろん、労使間で時間外労働時間の取り決め(サブロク協定)をしても、無制限に残業を課すことはできません。
しかし、それを無視した取り決めが横行し、労働基準監督署も対応できないのが現状です。
この事態を改めることが先なのです。
改正すべき労働基準法の内容は、過労死ラインを時間外労働の上限として規定することなのです。
違反に対して罰則規定を設けることなのです。
それこそ勤労者の健康と生命が懸っていることなのですから。

今般、成長戦略に盛り込まれた労働時間規制の緩和は、政府が「勤労者の健康」よりも、「企業利益の増進」を図る姿勢を鮮明にしたものとしか考えられません。
それによって株価は一時的に上がるでしょうが、長期的に国民生活が疲弊することになります。

残念なことです。

成長戦略の掲げる経済成長は、国民の多数を占める勤労者の生活向上を伴ってこそ意味のあることです。
勤労者の犠牲の上に企業成長が達成されても、国民・国家のためにはなりません。
施政者には、是非このことを理解して頂きたいものです。

PS
もし、あなたが日本を「残念な国」にしたくないなら、、、
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv2.php

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【青木泰樹】国家の根幹への4件のコメント

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  2. 頓 珍漢(チャイニーズではありません) より

     先日ジョージルーカスの初期の近未来映画THX1138の解説音声入を再び観ていたのですが、その中で「…社会そのものが異常なロボット…」と解説されていました。この映画を作られた頃の米社会を日本はなぞってきているだけなような気がしました。 先日ネオリベ派と思われる2011年発行の中古本を買ってしまった(意図的です)のですが、捲り流しただけですがデフレのデの字も見かけませんでした。なんかその辺から狂っているのでしょうね。 「…社会そのものが異常なロボット…」究極的に脳は意識(都合よく?)だけで社会システムを造り上げようとする思考がネオリベ思考を造ったのでしょうか?。金融が牽引する経済って仮想経済にしかならない気がしました。 ネオリベ思考がシステムではなく、毒まんじゅうと言う一部分、そして果ては欠片と化して消えていくことを祈ります。 高卒プロレタリアートな者で、思いつきな曖昧模糊な抽象的表現で失礼しました。ご了承願います。

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  3. 久しぶりの通りすがり より

    以前勤めていたとある情報通信サービス企業で、長期に渡り、月100時間を超える残業を強いられていたことがあります。セミナーと称して、スローガンを大声で叫ばせたり、集団討議で会社方針に忠誠を誓わせたりと、色々とやっていました。従業員の「付加価値」を絞り出すために、企業努力もいろいろなようです。そういうことを繰り返していると、反骨精神のある社員も段々と従順になっていくようです。いつしか従順な社員は自己評価を下げるのを怖がり、残業時間の申告を自主規制するようになります。性的倒錯に似たようなもので、最初は苦痛でも、だんだんそれが普通になっていくのです。オーウェルの1984の世界を思わせます。

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  4. 神奈川県skatou より

    祝!電柱新設禁止!青木先生、出だしの一文からカッコ良すぎます!本質すぎて光ってます。成果も評価も主観であること、まさしく、です。会社は目標がひとつとは限りませんし、たとえ統制したとしても、それを実現するための手法や考え方はさまざまであってよい(職種によりますが)はずで、そのような多様な価値観を内在しうる会社組織においては、評価するもの、評価されるものが意見を異にするのはありうるべき話であり、そのような状況に置いて成果評価というのが正しく行えるかといえば、アンマッチな上下関係の場合は低評価、マッチすれば好評価、ということが普通に起こります。規制撤廃で気の合わない部下は気に入る結果を出すまで無限残業とかいう地獄が容易に見えます。会社は成果、いや結果が全てですが、社内では経過も重視され、その経過は数値化しにくいものです。社内関係が健全で業績が上がるのならば、内部に釣りバカなハマちゃんが居たってべつに良いわけです。ひとは機械ほど単純でない、よくもわるくも、です。また過労死の件は、制度で守れる範囲と、守れない範囲はあるのだと覚悟したうえでの、政治を期待したいと、元過労死候補生としては願っています。ひととひとの関係、その行き違いや交流の失敗で、地獄は起こるものです。人を活かす「集団」は殺しもできるという理解ならば、制度改善でブラック企業消滅万歳、あいつさえ磔の刑にすれば、もう地獄はないし、認めない、という楽観にはならないはずなので。

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