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2013年11月8日

【古谷経衡】世界初の新自由主義批判SF

FROM 古谷経衡(評論家/著述家 月刊三橋ナビゲーター)

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【書評】さかき漣「顔のない独裁者」世界初の新自由主義批判SFを読み解く

本書は、2009年にPHP研究所から出版された「新世紀のビッグブラザーへ」(三橋貴明氏著)の事実上の続編という位置づけである。その物語世界を継承し、「その後」の日本を描いたSF小説だ。

さかき漣・著「顔のない独裁者」(PHP研究所)
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本書の書評に移る前に、この「ビッグブラザー」のモデルについて少し解説したい。
ジョージ・オーウェルの著名なSF小説「1984」に登場する架空の独裁者のことを「ビッグブラザー」と呼ぶ。この世界では、ソビエト連邦を思わせる計画経済の中で、人民が党員として厳密に管理されている。
「戦争とは平和である」「自由とは隷従である」という二重話法と呼ばれる矛盾した思考を強制され、二分間憎悪という毎日の日課で、ゴールドスタインという体制の裏切者に対する憎悪が徹底的に繰り返される。この世界ではこの様に、単純な思考と反復が常に支配している。
人々は何が正しく、何が間違っているかの判断もないまま、延々とこの狂気の世界の虜囚になっているのだ。

ひるがえって、本書「顔のない独裁者」は、一見するとこのような「1984」的世界観から脱却した後の、自由と平等が訪れたかに見える日本を舞台にしている。しかしその実態は、「GK」とあだ名される新しい英雄の台頭によって、「暗黒時代」よりも更に悪化した、閉塞的な社会と新自由主義の亢進による、圧迫と狂気が待ち受けている。

「1984」で描かれた二重語法、つまり「自由とは隷従である」という矛盾した思考とは、本書が提示する近未来日本の姿そのものなのだ。「自由とは隷従」というビッグブラザーの提示した狂気の思考は、実のところこの世界において全く「当然」のこととして日本国民に受けいれられている。それが以前より開放的で、真に自由な空間ができるのだ、という詭弁を信じて。これ以上の皮肉があるだろうか。

古今東西、数多くのSFが小説や映画やアニメなどで扱われてきた。ほとんどの場合、未来世界は「ディストピア」か「ユートピア」の二つの分類で描かれている。前者は「暗い未来」後者は「明るい未来」である。前述したオーウェルの「1984」は「ディストピアSF」の代表例だ。

管理と統制を皮肉るこれらのSFは共産主義への間接的な批判として伝統的に親しまれてきたが、ソ連が崩壊して以降、こういったSF的想像力は次第に陳腐化していった。人間性や人間の尊厳を踏みにじる存在としての共産党やファシズムといった制度や思想が、20世紀の終わりに次々と敗北を迎えたと同時に、人々は共産主義や全体主義だけが、人類の敵ではないことに、しだいに気が付き始めたのだろう。

そういった意味で、全体主義に代わる新しい敵という概念は、20世紀後半のSF作品に少しずつ浸潤していった。共産主義の代わりに、行き過ぎた科学技術の発達による遺伝子差別の弊害、地球環境汚染や機械やロボットと人間の境界、など哲学的テーマを扱ったSFが次々と登場する。しかしこういった「ポスト・ディストピア」作品の中にあっても、真正面から新自由主義という考え方を未来世界のディストピアに据え、そこに批判的なエッセンスを加える、という試みを私は未だかつて見たことがない。

そういった意味で、本書は世界初の「新自由主義批判SF小説」として、日本文学史とSF文学史の中で特筆すべき存在になるだろう。まさしく「自由とは隷従である」という、当時「ビッグブラザー」が強制した矛盾が、美しく正しいもの、として受けいられている世界観は、はからずも現実世界と不気味なほどシンクロしている。我々はもしかするとすでに、「ビッグブラザー」の世界と同等かそれ以下の閉鎖空間に生きているのかもしれない。

他方、本書はその世界観に強烈な新自由主義批判を備えつつも、もう一つの重大なテーマを内包している。それは、本書のタイトルが図らずも暗示するように、この世界を支配する真の独裁者とは、いったい誰なのかという問いである。

「ビッグブラザー」が象徴するように、かつてのSFには固有名詞の存在するわかりやすい独裁者がいた。それは現実世界において、スターリンやヒトラーを模したものである。一人の狂人が権力を掌握する。そしてそれを打倒することによって自由が取り戻され、平和が生まれる。実にわかりやすい構図だが、現実の世界はそう単純にはいかない。

自らがユダヤ人であることから、ナチスに迫害を受けて命からがらアメリカに亡命したハンナ・アーレントは、その著書「全体主義の起源」の中で、ファシズムの分析を試みている。ファシズムというのは、ヒトラーとかムソリーニとか、そういうわかりやすい個人の仕業だと思われがちであるが、実はそうではない。

ファシズムというのは、人々が思考や模索を放棄し、「分かりやすさ」と「単純明快な答え」に飛びつき、大衆が「思考停止」状態に陥ることこそ、その起源であると説いている。ナチスに迫害されたユダヤ人の彼女だからこそ、出せた結論のように思う。

いま、はからずも、分りやすさや単純明快さを求める風潮が蔓延しているように思う。断定形式の口調や、敵と味方を分りやすく二分法にして区別し、敵のほうを徹底的にたたく。こんな手法が、広く採用され、少なくない人間が喝采を送っているように思える。一見、正義に見えるこういった考え方こそ、ハンナ・アーレントは「全体主義」の萌芽として警告を我々に送っている考え方そのものだ。

オーウェルが「1984」で描いたビッグブラザーは、現在、再び新自由主義、という概念でよみがえっている。亡霊は死んでいないのである。そして世界は、例えば二分間憎悪でその真理が理解できるほど単純なものではない。本作「顔のない独裁者」のラストには、そういった白黒で割り切ることのできない、複雑な登場人物の最後が描かれている。

世界に、単純な答えを出すことのほうが、よほど間違っている。まるでそういった真理を、この作品は体現しているかに思えるのだ。いやむしろ、それこそがこの作品が放つ本当のテーマなのかもしれない。単純な答えに飛びつく、分りやすさを求める人々が行きつく終着は、はたして天国なのか地獄なのか。

人跡未踏のジャンルを切り開いたSF小説の傑作が、ここに誕生した。

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【古谷経衡】世界初の新自由主義批判SFへの9件のコメント

  1. 粕谷真人 より

    新自由主義批判は、普遍主義の終わりの始まり?ユートピア思想のなかで、国境や人種民族の違いなく統一された政体のなかで全人類が等しく暮らすというのがあるが、これは共産主義や新自由主義を連想させる。しかし、どうやって普遍という基準を決めるの?結局、強いほうの一派が決めてしまうことになる。その結果、粛清とかおきる。ちなみに、米国の先住民族を虐殺してでっち上げた国であるとい歴史にも同じ問題がある。

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  2. 航海長 より

    新自由主義によって、『1984年』に書かれた世界と同じようなディストピアが到来するという作品は、確かに世界でも例がないものとなるでしょう。ただし、競争社会が行きつく未来に関して批判的にとらえた作品というのはこれまでも多数ありました。SF映画の金字塔ブレードランナーですとか、ピクサーアニメーションのウォーリーですとか。何が言いたいかというと、今まで幾度となく競争社会が行きつく未来について警鐘が鳴らされてきたにも関わらず、大衆は全くそれに呼応しようとせず、時代の流れにコンプライアンス(隷従)し続けてきたということです。グローバル化然り、政府小型化然り、民間大企業の独裁然り。そしてそこにこそ、「顔のない独裁者」が潜んでいた。本作のGKは、独裁者とはなるものの「顔のない独裁者」本人ではない。本当の独裁者とは、大衆の中にある隷従の精神そのものだった。そんな感じでしょうか。

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  6. 毒シャア より

    同意です。> 民主主義の対義語これ面白いですね。ちょっと考えたいです。

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  7. 旅丘 より

    確かにそうですね。本来「独裁」とは「独りで採決」の意味にすぎないわけで、決して民主主義の対義語ではないはず。ヒットラー政権も民衆の強い支持に支えられていた事を考えれば、独裁であっても十分に民主主義だったと言えるでしょう。逆にシナなどの政治体制は、決して「独裁」ではないが、間違っても民主主義と呼べる代物ではないですね。そう考えると民主主義の対義語って無いような気がします。全体主義ってのもちょっと意味が違うような気がしますし(ヒットラー政権は、民主主義かつ独裁かつ全体主義だったと思うので)。敢えて作るとすれば・・・「特権主義」?

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  9. 毒シャア より

    顔のない独裁者・・・買いましたよ。まだ読めてませんが。楽しみ(^-^)オーウェルだと「動物農場」も意味深な(全体主義を皮肉った)寓話で傑作ですよね。「1984」は最後の恐怖(ネズミだったかな?)がトラウマで忘れられません。

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