政治

2016年5月14日

【青木泰樹】100回の嘘と101回の正論

From 青木泰樹@京都大学レジリエンス実践ユニット・特任教授

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熊本地震では避難、復興の拠点となるべき公共施設等の被害も目立った。

民間住宅も含め、大きな被害を受けた建物の多くは、新たな耐震基準が適用された1981年以前に建てられた建物だった。これまで「危険だ」と何度も議論になってきたにもかかわらず、こうした旧耐震基準の建物の多くで、耐震化が先送りされてきた。その最大の理由は「財政問題」である。

「そもそも日本に財政問題などない」と語る三橋貴明が、日本の防災安全保障、さらには国土強靭化とは何かについて詳細に解説する。
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_mag.php
このテーマが聞けるのは6/9まで

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いよいよ五月になりました。
今後の日本経済の浮沈を左右する本年最大のイベント、安倍総理の消費税再増税に関する決断の時期が近づいてまいりました。
予定通り実施か、延期か、凍結か(最も望ましい5%への減税は無理でしょうが)。

5月18日には、増税可否の判断材料の一つとされている2016年1〜3月期のGDP速報値が公表されます。
あまり良い数字は出ないと予想されていますが、実際はどうなるでしょう。
直近の2015年10〜12月期の実質GDPが前期比▲0.3%でしたから、ここでマイナスにでもなれば定義上はリセッション(景気後退)となります。

3〜4月に官邸が主催した「国際金融経済分析会合」にて世界的に著名なクルーグマン教授やスティグリッツ教授が増税延期と財政出動の必要性を総理に説いたと報じられていますし、伊勢志摩サミットでも財政出動が主要テーマになるとのことですから、延期の可能性が高まっていると予想する向きが多いと思われます。
しかし、なにぶん政治の世界ですので予断を許しません。
政財官の増税推進派が圧力を強めてくることも懸念されます。

大方の予想を覆すように「予定通り増税を実施します」と総理が決断すれば、ショックは倍加するでしょうから、一気にデフレスパイラル突入という事態にもなりかねません(ショックに備え、そうした事態を想定しておくことも必要でしょう。杞憂に終わればそれに越したことはありません)。

本日は、財政均衡主義思想を国民にあまねく普及させようとする財務省の目論見の一端を紹介すると共に、財政に関する国民意識の意外な側面についてお話ししたいと思います。

財務省は、なぜ景気状況に関わりなく単年度の財政均衡主義(プライマリー均衡:PB)に固執するのでしょうか。
景気変動が不可避な現実経済にあって一時的にプライマリー均衡を達成する意味(国民生活へのメリット)を論理的に示すこともなく、その達成のためのコスト(国民生活への打撃)を説明することもありません。
普通は両者を比較してから結論を出しますよね。

おそらく「健全なる財政状態」を「財政均衡もしくはPBを達成した状態」であると短絡的に考えているのでしょう。
そこに「国家目線(国民経済がどういう状況かという大局観)」を欠いているのが最大の問題です。

国家の目標は、経済面に限って言えば、「国民経済の健全化」ですから、本来それと両立する財政運営が財務省の目標とする「健全なる財政」でなければなりません。
具体的には、国民経済を健全化させる財政運営(デフレ不況期にあっては財政赤字を、景気過熱期にあっては財政黒字を目指す)を図ることが「健全なる財政」の姿なのです。
あくまでも国民経済が「主」であり、財政は「従」なのです。
財務省は、そこに思い至らず、国民経済の動向を無視して自省の目標(PB目標)に固執しています。財政を「主」と誤解しているのです。

しかし、「財政均衡した社会」が「国民にとって理想の社会」であることを論理的に証明しない限り、財務省の掲げる目標が国家の目標たりえないことは明白です。
もちろん、そんな理屈は経済学の何処を探しても見つかりません。
なぜなら、財政均衡は、主流派経済学の予算(所得)制約式にすぎないからです。
それは理論を発散させないためのただの前提条件であって、到達すべき目標(主流派的に言えば主体的均衡の達成された状態)ではないのです。
財政均衡主義に幾ばくかの説得力があるとしても、それは個人の家計と政府の財政を同一視させるトリックに依存したものにすぎません。

結局、財務省は、主流派以外の経済論理も、現実経済も、国民も、もちろん経世済民思想も全く考慮していないのです。
「社会がどうなろうとも、財政均衡を達成しなければならない」と考えているとしか思われません。
こうなると、もはや理屈云々ではなく、財政均衡を奉(たてまつ)る信仰に近いように思えます。

国民にとっては大迷惑な話ですが、財務省による財政均衡プロパガンダが止むことはありません。
否、かえって強化されようとしていることをお伝えしなければなりません。

財務省の方針決定に与かるのは財務官僚および財務大臣・副大臣等でありますが、政策策定の場に大きな影響を及ぼすのが民間の有識者からなる審議会や研究会です。
その中でも財務相の諮問機関である「財政制度等審議会(財制審)」は、毎年「予算編成に関する建議」を答申する有力な審議会です(現会長は吉川洋立正大学教授)。
もちろん、財務省の主張を代弁する経済学者達が主導する審議会ですから、増税と歳出カットの嵐のような答申をするわけです。

今般、思わず私が眉をひそめたのは、その審議会で本年4月15日に開催された「財政制度分科会」の議事内容です(下記参照)。
http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/outline/zaiseia280415.html

その後段に「財政教育は、学校教育において、小中高それぞれの段階でしっかりと行っていくべき」であり、「財政の課題を適切に反映させ、学習指導要領をしっかり充実させることも重要」とあります。
また、「社会保障が子ども達にとって将来最大の問題となることを踏まえ、受益と負担についてしっかりと教育していく必要」があり、「財政健全化には国民全体で問題を共有し、コンセンサスをとるべきであり、そのためには、簡略なパンフレットのような題材などを用いて、情報をできるだけ分かりやすく発信することも重要」と結んでいます。

簡単に言えば、「財政均衡主義思想を学習指導要綱に載せて小中高生から教え込め」ということです。
そして財務省脳に染まった健全な大人、例えば「消費税率を上げないと日本は不幸な国になる。国の借金が増え続けているというこの現実を、もっとみんなが共有しなければならない」と主張する経済同友会の小林喜光代表幹事のような人になりなさいと言っているのです。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL12HM2_S6A410C1000000/

財務省HPの「日本の財政を考える」コーナーも動画などを取り入れて、以前にもまして財政危機を煽り、消費増税不可避の雰囲気を醸造しておりますが、今回の分科会の議論は、そうした「嘘」を教育現場に持ち込もうとしているわけですから極めて罪が深い。
何か一種の思想教育を目論んでいるように思えます。

財務省のプロパガンダもそうですが、財務省に忠誠をつくす経済学者の詭弁に辟易します。うんざり。

財制審メンバーの土居丈朗慶應義塾大学教授が「家計所得低迷の原因は、実質所得低迷にあり、消費増税のせいにしていては何も解決しない」という論考を発表しています。
http://toyokeizai.net/articles/-/112008
要約すると、「消費増税は一年間しか実質所得低下の原因とはならない(物価上昇率は前年同月比で測定するため)。それゆえ増税から一年経過した2015年4月以降の家計所得の低迷は、消費増税によるものではなく、実質所得の減少が原因である。実質所得が低迷するのは賃金が上昇しないからである。賃上げに必要なのは一時的な財政出動ではなく、労働生産性の向上を図ることだ」と。最後は予定調和的なお決まりパターンです。
「消費増税の影響は一年だけだから、今度の増税もみんな一年だけ我慢して将来に備えましょう」と言いたいのです。

簡単に論駁しておきます
土居氏は、「消費増税の影響は物価上昇による一時的な実質所得の減少である」と限定して考えています。
しかし、消費増税は物価水準の上昇を通じて実質所得を減少させる効果ばかりでなく、全ての消費財価格を上昇(前回は3%)させることで直接的に消費需要を減少させる効果も併せもっています。
土居氏は、この消費増税による「物価の高止まり」を意図的に無視しています。

一年間で消費増税の影響が終わるわけはありません。
二年目も三年目も、ずっと物価の3%の高止まりは続くのですから、(他の事情が一定であれば)消費増税前より消費需要は減少した水準で推移していくのです。
これが悪影響でなければ、何なのでしょう。

もう一言しておきます。
当然のことですが、消費増税の影響を見るには、「増税前」と「増税後」の実質所得を比較しなければなりません。
消費増税によってガクンと落ちた「消費増税後の実質所得」と「現在の実質所得」を比べて、消費増税の影響は無いといったところで説得力はありません。
「現在の実質所得」と比べるべき対象は「消費増税前の実質所得」なのです。

土居氏の話が、統計概念(一年前との比較)を利用した詭弁であると断じるのはこうした理由からです。

実際は、消費増税によって消費需要が減り、それが所得減として現在まで続いているのが現状でしょう。
誰にもわかることです。
目をつぶって見ないようにしているのは財制審の経済学者(砂もぐりしている駝鳥?)だけしょう。

ただ一筋の光明が見えました。
財務省のプロパガンダや御用学者の詭弁という攻勢にも関わらず、国民は健全な判断をしつつあるかもしれないという統計数値に出会いました。
常々、経世済民の言論活動をしていても、なかなか国民の意識を動かすには程遠いと無力感を感じることもあるのですが(でも止めません)、「現実はそうでもないかな」と思い直しました。

内閣府が4月に発表した「社会意識に関する世論調査」(下記資料参照)に「国の政策に対する評価について」という調査項目があるのですが、そこに興味深い事実を見つけました。
http://survey.gov-online.go.jp/h27/h27-shakai/gairyaku.pdf
調査項目に「現在の日本の状況について悪い方向に向かっていると思われる分野」についての質問があります(資料P.19)。
複数回答可で選択肢が何項目も列挙されているのですが、悪い方向へ向かっている分野の第一位は「国の財政」で、38%でした(国の財政という用語は問題ですが)。
これだけ見ると、日本人の多くは財政問題を最も心配しているのだと思いがちですが、実はそうではないのです。

このアンケート調査には、平成10年からの時系列データが添付されています(資料P.20)。
それを見ますと、財政が悪化していると考えている人の割合がここ数年でかなり大きく減少していることがわかります。
景況感とも関係しているのかもしれませんが、リーマンショック直前で68%を超えていた数値が、それ以降、徐々に低下を続け、現在の水準(38%)に至っています。

この期間中、もちろん国債残高は増え続けており、2008年度末残高の546兆円が2015年度末には807兆円になりました。
客観的状況と軌を一にして、以前と同様、財務省も、経済学者も、マスコミ人も財政危機を煽ってきました。
しかし、そうしたプロパガンダにも関わらず、「財政は悪化していない」と考える人の割合が増え続けていたのです(今や62%!)。

国民が次第に正しい財政観を得てきたと言い切るには時期尚早でしょうが、ここ数年、さまざまなメディアを通じた良識ある論者たちの正しい財政知識の普及活動が徐々に実を結んできたのかもしれません。
財務省が100回嘘をついてきたとしても、飽くことなく、101回の正論で返答する必要性を痛感した次第です。
読者の皆様、有識者の皆様、あきらめてはなりません。未来はここからです。

〈青木泰樹からのお知らせ〉
「経済学者はなぜ嘘をつくのか」(アスペクト社)が発刊されました。お手に取って頂ければ幸いです。
http://www.amazon.co.jp/dp/4757224257

ーーー発行者よりーーー

「国の借金が1000兆円を超えた」「一人当たり817万円」
「次世代にツケを払わせるのか」「このままだと日本は破綻する」

きっとあなたはこんなニュースを見たことがあるはずです。一人の日本国民として、あなたは罪悪感と不安感を植え付けられてきました。そうしているうちに、痛みに耐える消費税増税が推し進められ、国民は豊かにはならず、不景気のムードが漂い続けています。本当に増税は必要だったのか? そもそも「国の借金」とは何なのか?

その正体とは、、、
http://www.keieikagakupub.com/sp/38DEBT/index_mag2.php

『三橋さんは過激な発言をする人だと思っていましたが…』
 By 服部

“私は今年退職をして、世間から離れて行く様に感じていました。
そんな時、月刊三橋をインターネットで見つけ、三橋先生の
ご意見を聞くようになり、世の流れに戻る感じがしました。

月刊三橋を聞き始めて3か月になります。
最初は過激な発言をする人だなあと思って聞いていましたが、
今回の国債破綻しない24の理由を聞いて、
今まで何回も聞いていた内容が、私のように頭の悪い者でも
やっと理解出来るようになりました。有り難うございます。

これからの日本の為にも益々頑張って頂きたいと思います。”

服部さんが、国の借金問題について
理解できた秘密とは・・・▼▼
http://www.keieikagakupub.com/sp/38DEBT/index_mag2.php

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【青木泰樹】100回の嘘と101回の正論への4件のコメント

  1. 學天測 より

    経済学の前提となる合理的経済人を作ろうとしているのが経済学でありその具体的な手法が市場経済で、合理的経済人とは100%アニマルスピリッな人ならざる獣としかいいようがない。狼に育てられたた人は人間の前提から切り離された狼であり、経済学はもはや悪魔学と名前を変えたほうが適正と言える。

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  2. たろう より

    パナマ文書で企業と富裕層の節税問題が明らかになり、消費税増税延期の雰囲気が高まりつつあったのに、ベッキー復帰と舛添都知事政治資金疑惑でリセットされました。増税派の権力と執念の凄まじさを感じてます。もうこれは、日本と日本人を貧乏にしたい苛めたいどす黒い悪意です。

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  3. robin より

    英語、経済学、統計学はこれを積極的に自身の勢力拡大や優越感を得るための手段として用いる学説信仰の学者、自由市場原理主義者達から身を守るための必要悪なのかな。国際信認?を優先すれば国内政策、主権も制限される。国民の信用を損なっての脱国民、国際化を目指してるのか。砂漠の民こそ真の自由人だ、とはゲームの中に留めて欲しい。

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  4. たかゆき より

    昔 陸軍 今 財務 ♪義務教育制度と徴兵制度は同じ年に発足したようですが、、明治の頃から この国におけるお偉いさんたちの首から上は何も変わっていませんね。。。財政均衡に関しては大政翼賛のようですしこのまま 敗戦まで突き進みA級戦犯には 東京裁判において絞首刑の判決が 下されることに なるのでせうか??

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