FROM 柴山桂太@滋賀大学准教授
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環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)、いわゆる米欧FTAの交渉が7月に始まりました。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130709/fnc13070909150002-n1.htm
アメリカとEUは、2014年までに最終報告書を提出する、としています。しかしアメリカと欧州は長年にわたって通商問題を抱えているだけに、交渉は簡単にはいかないでしょう。
加えて、TTIPは、20を越える分野で基準やルールの統一を話し合う予定です。
http://www.ustr.gov/sites/default/files/lead%20negotiators%20list%20TTIP.pdf
このPDFの” Negotiating Area Leads”の項を見ますと、競争、電子商取引、環境、政府調達、知的財産、投資、SPS、TBT、国有企業の取り扱いなどおなじみの項目に並んで、「中小企業 Small -an Medium- Sized Enterprises」とか「エネルギーや原材料 Energy and Raw Materials」のようなTPPには見られない項目もあります。
いずれにせよ、米欧の場合は関税は十分に低いので、交渉の主眼となるのは規制や補助金など、非関税障壁の取り扱いになるでしょう。TPP交渉がどう進むかを占う上でも、同時並行で進められるTTIP交渉の行方には注目する必要があります。
さて、面白いのは、TTIPでもTPPと同じような対立構図が見られる、ということです。
第一に、政府(行政)は交渉に積極的ですが、議会は慎重、ということです。
アメリカもEUも、行政は交渉にやたら前のめりです。アメリカは、オバマ政権の方針ですので当然ですが、EUの方も欧州委員会は、TTIPに非常に前向きです。(EUは、なんとTTIP専門のツイッターアカウントまで作っています。https://twitter.com/EU_TTIP_team)
しかし欧州議会の方は、必ずしも全面的に賛成というわけでもなさそうです。たとえば欧州議会は、フランスの働きかけもあって、この5月に「文化と音楽・映像分野」を自由化対象から除外するよう、決議を行っています。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130707/amr13070707000001-n2.htm
資本規模の巨大なハリウッドが攻めてきたら、欧州の映画産業が軒並みやられてしまうという危機感があるわけです。
周知のようにアメリカも、自動車業界などが性急な関税撤廃には慎重であるべきだと議会に働きかけています。TPPで日本が、TTIPでドイツが自動車の輸出攻勢をかけてくれば、アメリカ企業の市場シェアはますます減ってしまうからです。なので彼らは、議会を使って必死に抵抗するでしょう。
TPPでも、日本の政府・行政がやたら前向きである反面、議会では地方選出の議員を中心にTPPへの警戒論が根強くあります。国民に与える影響が大きい自由貿易協定ほど、こうした対立が大きくなります。そして日本でもアメリカでもEUでも、政府・行政は必死になって議会の権力を押さえ込もうとしているのです。
第二に、TTIPも熱心に推進しているのはグローバル企業を中心とした財界ですが、逆に消費者や生活者、労働者の団体などは反対の声を上げています。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGV09002_Z00C13A7000000/
上のフィナンシャルタイムズの記事にも、「多くのビジネス団体が、協定により米欧諸国全体の経済が活性化されるとして歓迎している。一方、一部の消費者団体は食品の安全性、情報保護、金融商品、環境などの分野で規制を弱める結果になりかねないと懸念している。」とありますね。
貿易障壁の削減は、ビジネスを拡大したいグローバル企業や投資家にとっては福音かもしれませんが、一般の国民は生活の安全や安定に関わる規制が緩められてしまうのではないかという懸念を持っています。
少し古いデータですが、アメリカでも、2010年10月のピューリサーチセンターの調査では、FTAによって経済環境が悪化すると懸念している人の割合(44%)の方が、良くなると答えた人の割合(35%)を上回るという結果が出ています。
http://www.pewresearch.org/2010/11/09/americans-are-of-two-minds-on-trade/
財界はやたらと前向きだが、一般国民にとっては懸念が多い。この構図はTPPが話題の日本でも見られます。
以上をまとめると次のようになります:TTIPであれTPPであれ、どちらも「行政と財界」は推進論一色だが、「議会と一般国民」には懐疑論が少なくない、ということです。言いかえると、官僚やビジネス・エリートと、議会や一般国民の間の溝が、次第に拡がっているのです。
自由貿易を今以上に推進したい立場の人々から見れば、間違っているのは「議会と国民」の方だということになるでしょう。自由貿易が拡張すれば生産者にも消費者にもメリットは大きいのに、何でそれが分からないのか、と苛立っているわけです。
しかし「議会と国民」の視点に立てば、話は変わってきます。戦後まもなくの高関税時代ならともかく、すでにGATTやWTOを通じて先進国の関税は十分下がっています。これ以上、関税を引き下げて得られることのメリットよりも、国内で最低限守られるべき産業さえ失うかもしれない危険の方が強く意識されるのは、当然のことです。
加えてTPPもTTIPも、貿易や投資を阻害すると見なされる規制やルールを統一することに交渉の主眼が置かれています。しかし、規制もルールも、もともとはその国の国民によって(しかるべき民主的手続きを経て)設定されたものです。それを(財界の後押しを受けた)行政間の貿易交渉を進めるからといって、勝手に変えていいものなのでしょうか。議会制民主主義の原理は、そんなに簡単に反故にされていいものなのでしょうか。
いま始まっているTPPやTTIP交渉のゆくえは、参加する国の国益をかけた外交の戦いというだけでは読み解くことはできません。どの国でも起きている「行政と議会」の対立、「財界と一般国民」の対立のうち、どちらが政治の主導権を握るかという内なる戦いでもあるのです。
PS
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【柴山桂太】内なる戦いへの5件のコメント
2013年9月13日 10:13 AM
出来るのであればそれも望ましいかと。 ただ、グローバルに”ローカリスト”が団結出来るのかというと、微妙かも知れません。 例えば、円安ドル高になれば、日本の自動車産業なんかは儲かりますし労働者の給料も上がるでしょう。しかし、それは同時にアメリカの自動車産業の不振を招き労働者の給料の引き下げに繋がるかも知れません。 立場が違う者どうしが団結出来るかは微妙です。 さらに、グローバルにローカリストが集まった場合、日本ではそういった人々は共産主義者・社会主義者のレッテルを貼られてしまうかも知れませんね。
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2013年9月15日 2:14 AM
>いま始まっているTPPやTTIP交渉のゆくえは、参加する国の国益をかけた外交の戦いというだけでは読み解くことはできません。どの国でも起きている「行政と議会」の対立、「財界と一般国民」の対立のうち、どちらが政治の主導権を握るかという内なる戦いでもあるのです。そこで、ひとつお聞きしたいことがあります。反グローバリストのグローバルな連帯は、可能か?可能なら、いかにして?それともやはり、そんなの無理で、グローバルに各個撃破されるしかないのかなぁ。。。。。。大言壮語が過ぎました。お許しください。
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2013年9月16日 6:48 AM
日本では行政と財界が強いですね。政権成立後の行政と財界、さらにマスコミの影響力で有権者の民意は無化されていきます。民主党政権時も現在の自民党政権もあまり選挙公約が意味をなしていません。彼らにとって、選挙は既に邪魔なものでしかないのではないでしょうか。民意を自分たちの思惑の実現を制約する一種の無駄な規制のようにとらえ、意に沿わない民意は政権成立後に打破しようとします。民主主義による多数派の意思が絶対だとは思いませんが、かといって軽んじていいとも思えない。選挙など介さず直接的に自分の思惑を政治に及ぼしたい、そんな魂胆を隠そうともしなくなってきているように思えます。
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2013年9月17日 2:05 AM
今日のメルマガ、とても勉強になりました。ありがとうございます。TPPに反対すると、共産主義者だと言われることが多いですけど、私はTPP自体が民主主義を壊すものだと思えたので、やっぱり反対です。
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2013年9月18日 9:26 PM
興味深く読ませていただきました。対立の構図についてですが、ご指摘の通り消費者や生活者、労働者の団体などは反対の声を上げている一方、従来これらの立場の人を擁護していた朝日や毎日などの左翼系新聞がTPPに反対の姿勢を示していないのが興味深く感じます。やはりTPPは、国家権力・国家主権を規制し彼らの理想とするお花畑的コスモポリタニズムに近づくと考えているからなのでしょうか。新自由主義者とサヨクは行き着くところは同じではないか、という気がしてきました。
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