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2013年9月13日

【古谷経衡】増税将軍

FROM 古谷経衡(著述家&『月刊三橋』ナビゲーター)

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前回お送りした「大減税で大繁栄した江戸時代の日本」(http://www.mitsuhashitakaaki.net/2013/08/30/furuya-4/が大変な反響を頂戴いたしましたので、今回はその時に少しだけ触れた8代将軍・徳川吉宗と、増税の関係について述べたいと思います。

時代劇「暴れん坊将軍」を知らないという人はあまりいないでしょう。松平健扮する8代将軍吉宗が、旗本の三男坊「徳田新之助」を名乗り江戸町人と交流しながら、悪を成敗するという勧善懲悪のストーリーです。普段は貧乏旗本として仮の姿をしている吉宗も、クライマックでは必ず「余の顔を忘れたか!」と一喝して「成敗!」と号する姿は、なるほどカタルシスに満ちたもの。

吉宗は、紀州徳川藩の四男として生まれました。本来、継嗣(世継ぎ)となるべき長兄たちが、次々と病気で死去したのでトントン拍子に紀州徳川藩主になり、そのまま将軍職に上り詰めた幸運の人です。

最初から将軍候補として育てられたわけではないため、庶民的で、機転がきき、そのうえ豪気の性格で、その親しみやすく力強い人柄が、江戸町民に親しまれた…そんなイメージが「暴れん坊将軍」の中に登場する徳川吉宗のイメージです。きっと本当の吉宗も、新之助に扮しないまでも、民衆から人気のあった殿様なんだなあ…。そう思ってしまう人も多いかと思います。しかし、実像は全くの嘘でたらめです。

江戸時代の税制についての基本的事実は、前回お伝えしたとおりです。年貢の母数を決める検地も、江戸の最初、つまり慶長年間(1596〜1615)に行ったきりで、以後行われなくなった、というのも前回のとおりです。それまで新田開発による高度成長で、空前の好況(元禄時代)を迎えていた日本は、吉宗の時代に転換点を迎えます。8代将軍に吉宗が就任(在位・1716〜1745)すると、その在位30年間の間に、彼が行った様々な改革を、元号に習って「享保の改革」と呼びます。

「享保の改革」は、簡単にいえば幕府の財政再建政策です。主軸は、年貢の収納改善です。それまで「五公五民」(税率50%)と建前上の年貢率が採用されていましたが、江戸時代の最初の80年間の大開発によって、当初の検地では記録されていない田畑が大量に登場しました。それまでの年貢は、慶長検地の分母に基づく検見法(田んぼの生産量に応じて税率を決める)だったので、検地後に増加した新田からの収入は、そのまま農民の懐に入っていき、実効税率はせいぜい2割から3割、といったところだったのです。

ところが吉宗は、江戸幕府の財政が悪化したために、検見法から定免法へと年貢の収納方法を変更するのです。この定免法というのは、生産力に対し50%とか60%という従来の納税率ではなく、予め指定した量の年貢米を毎年納めよ、という新方式です。つまり、従量課金から定額制に移行したのです。

ふつう、定額制の方が割安感があると思いますが、繰り返すように江戸時代の従量課金(検見法)の分母は、新田が増加する前の、低い基準を分母としています。農民にとって、実質的に増加した新田の分の生産量まで網羅される定免法は、事実上の増税と受け取られたのです。吉宗は定免法の導入に合わせて、「隠田」(かくしでん)の摘発も積極的に行いました。

「隠田」とは農民が届出を出さないで、密かに経営する農地のことです。当然そこは年貢の計算の及ばないところでしたが、吉宗はその部分へも定免法を押し付けたのです。いくら広い日本とはいえ、「隠田」を本当に隠れて作ることは出来ません。幕府はこれまで、統治者としての寛大な精神から、そういった農民のへそくりにはお目こぼしを与えていました。しかし、吉宗はそれを全く許さなかったのです。

こうした強引とも言える「享保の改革」のさなか、全国各地で事実上の増税に反対する一揆が増加しました。幕府の財政緊縮のため、江戸の街も一気に冷え切った様相になったと伝えられています。質素倹約が合言葉となり、豪華な催し(祭りや芝居)は禁止され、消費は落ち込み、世の中は一気に不景気になりました。H本龍太郎総理による消費税5%引き上げの時と、はからずもシンクロいたしますね。

では、なぜ吉宗はこうまでして財政再建を行わなければならなかったのでしょうか。それは吉宗以前の、歴代将軍による瀟洒な贅沢が原因です。徳川幕府の始祖、徳川家康は現在でも栃木県日光市の「日光東照宮」に祀られていますが、江戸時代、歴代の将軍は神君とまで呼ばれた家康の墓参に訪れるのが慣例となっていました。これを「日光社参」(にっこうしゃさん)と言います。

特に三代将軍家光・四代大将軍家綱による社参は壮麗で、国家を挙げての大イベントが、毎年のように開催されていたのです。このような莫大な浪費は、徳川家の権威を内外に知らしめるという効果はありましたが、いき過ぎた社参は幕府財政を圧迫し、家康の時代には江戸城の倉庫が黄金で光り輝いていたが、吉宗の時代の頃になると全くの空になってしまったといいます。つまり吉宗の「享保の改革」は、過去におこなった贅沢の尻拭いを、後世、国民にさせているのと同じです。これもどこか、現在と通じるものがあるかもしれません。

こういった吉宗によって引き起こされた緊縮財政による不景気が列島を覆う中、ただ一箇所だけ湧いていた都市があります。尾張徳川藩のお膝元、名古屋です。当時、尾張藩主であった徳川宗春(むねはる)は、吉宗のこういった増税政策に反発し、逆に財政出動と民間消費の喚起を目論見、人心を鼓舞することに勤めました。

宗春自身、「白牛に乗って、キセルを蒸かしながら街を練り歩いていた」という記録が残るほど、豪快で派手好きな人物だったようです。倹約の風潮で禁止されていた祭りや芝居も、名古屋では何の制限もありませんでした。こうした尾張藩の政策が功を奏し、名古屋には増税と緊縮財政で火が消えた日本各地から、商機や活気を求めて人口が流入し、空前の大繁栄を謳歌しました。現在、名古屋は人口200万を超える日本三大都市のひとつでありますが、その基礎は、増税に真っ向から対決した宗春が創り上げたといって過言ではありません。

しかし、こういった幕府と正反対の政策をおこなって成功した宗春に、吉宗は良い気がしません。嫉妬の炎を燃やしたのか、尾張藩内の反宗春派と結託して宗春を失脚に追い込みます。1739年、徳川宗春は蟄居謹慎(自宅軟禁)の命を受け、事実上の追放。吉宗が死ぬ1751年まで、屋敷に幽閉されることとなりました。吉宗の死後、宗春は自由の身となりますが、そのまま1764年に死去しています。大増税で民衆の怒りを買った徳川吉宗と、減税と人心喚起で名古屋繁栄の礎を築いた徳川宗春。どちらが正しかったのかは、歴史を振り返れば明らかなはずです。

PS
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【古谷経衡】増税将軍への3件のコメント

  1. 黒星降誤郎 より

     (どろろヴァージョン)《ギョロドロッ。ボトッ。》目から、偽眼ばかりでんがなっ。「あにきぃー!目っ、眼ん玉がぁーっ!」 この物語はフィクションです。と、は表示されるものの、筆者の頭ん中は刷り込みだらけになっちょるとかもしれんとですね。いつの間にか完全にテレビは日常茶飯事思考操作コントロール媒体になっちょったんですね。くわばら、くわばら。 まさにウソップランド列島。「夢見るぞーっ」 懐古カルト支離滅裂手記失礼しますた。

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  2. 雪国人 より

    江戸時代の経済は今のEUに似ていると聞いたことがあります。吉宗さんは紀州藩主時代に今のドイツのように構造改革をやって他の藩より生産性を上げて売りまくり、劇的に借金を返済した訳だが、将軍になって日本全体でこれをしてデフレ不況を招いて一揆がかなり多発したらしい。確か、最後は構造改革の片腕である大岡越前を江戸町奉行からはずして、小判に混ぜ物をして代わりにたくさん流通させる(当時の金融緩和のやり方で、かつてこれをした5代将軍綱吉を罵倒しまくっていた)をするはめになったらしい。

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  3. 新藤幸次 より

    約200年以前に、ヨーロッパでは預かり黄金以上の預かり証を発行(レバレッジ)した金細工商は、発覚した場合死刑になりました。 ローマ時代の金貸しは自分の金庫の中にある分だけを他人に利息を取って貸し付けました。 金貸し業(レバレッジ、手持ち資金の10倍以上を貸し付けることができる)の法制度の歴史は200年未満で、現在、世界中が浅い歴史の金貸し業法制度に殺されそうになっている模様です。 経世済民に必要な通貨と、金貸し業を意図的に混同し暴利(利益と権力)をえている集団が存在している気配です。経世済民(国家)の為にこれしか方法がないという法制度ではありません。 約20年におよぶデフレに対する諸政策の結果、国債残高1000兆円、利払い10兆円/毎年となりました。 預貯金_国債残高≒1位で、まったく問題ないことはもっと宣伝が必要かも。また、お金を投資もせず墓場までもっいく国民の代わりに国家が投資したのだ、と統治業者がけつをまくっています。 貸付先がないことを理由に、国債でしか運用できない金貸し業制度は不必要かつ有害な業務かも。 ひょっとしたら国債の発行は必要なかったかもしれないことにはまったく触れられていません。つまり政策の誤り、あるいは無作為(知っていて何にもしないこと)。  バブル崩壊で、経営破綻した金貸し業は全て解体が可能でした。国家が預金をすべて保護預かりしても1000兆円で足りました。臨時に銀行業務継続の手立ても可能でしょう。 公務員350万人で35兆円の給与(1000万円/一人)位ですから、給与3割カットで10.5兆円が浮きますから、通貨を守り経世済民の為の公務員175万人(給与600万円/一人)の増員が可能でした。 税務帳簿や、債券や担保の権利関係の登記簿をすべて握っている政府ですから、金貸し業者の内側、外側全ての事情を分析、整理、解決可能で、まさしく通貨を守れたように思います。 2年位、座る椅子の為だけに働く霞ヶ関の現行役人制度をいじらないと、安倍総理も使い捨てのような気がします。

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