From 佐藤健志
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まずは前回のおさらいから。
「民意」をキーワードに考えた場合、ポピュリズムは以下のように規定できます。
1)民意は絶対だという前提のもと、
2)民意を体現すると目された(ないし、そう称する)人物に
3)強大な権力を与えること。
「民意は絶対」の意味は、こう規定できるでしょう。
1)民意はつねに正しい。
2)民意は十分な一貫性や整合性を持っている。
3)ゆえに民意に従ってさえいれば、世の中を上手に治め、経世済民を達成することができるはずである。
けれどもポピュリズムにおいては、「ポピュリスト的リーダー=民意」という等式も成立しますので(でなければ民意を体現したことになりません)、これは次のように書き直せます。
1)ポピュリスト的リーダーはつねに正しい。
2)ポピュリスト的リーダーは十分な一貫性や整合性を持っている。
3)ゆえにポピュリスト的リーダーに従ってさえいれば、世の中はうまく治まり、経世済民が達成されるはずである。
ポピュリスト的なリーダーが、自己絶対化に陥りやすいうえ、支持者がそれを容認する傾向を見せるのも、こう考えれば当然の話。
しかし当のリーダーにしてみれば、これは以下の四段論法が成立することにほかなりません。
1)民意は絶対だ。
2)オレは民意だ。
3)だからオレは絶対だ。
4)したがって、気にくわない民意は否定してよい。
かくしてポピュリズムは、民意の絶対化からスタートしつつ、まさしくそれによって民意の否定にいたるという、自滅的なパラドックスをきたすのです。
これにどう歯止めをかけるか?
例のアメリカ大統領候補、ドナルド・トランプをめぐる最近の経緯は、関連して非常に参考となります。
7月21日、共和党大会で正式な候補指名を勝ち取ったトランプですが、その直後からとんでもないトラブルを引き起こしてしまいました。
きっかけとなったのは、陸軍大尉だった息子を2004年にイラク戦争で亡くしたキズル・カーンという人物が、7月28日、民主党大会でトランプを厳しく批判したこと。
http://edition.cnn.com/videos/politics/2016/07/29/dnc-convention-khizr-khan-father-of-us-muslim-soldier-entire-speech-sot.cnn(全編収録)
カーンさんはパキスタン系移民でイスラム教徒。
何かにつけてイスラム教徒を敵視しがちなトランプに反発するのも、無理からぬところでしょう。
しかるに7月29日に収録されたABCテレビのインタビューで、トランプはこれに真っ向から噛みつきます。
https://www.youtube.com/watch?v=hhy-xQbQ14s(全編収録)
http://abcnews.go.com/Politics/donald-trump-father-fallen-soldier-ive-made-lot/story?id=41015051(ハイライト)
7月30日には「私と直接会ったこともないカーン氏が、私をあれこれ批判する権利はない」という趣旨の声明を発表。
31日にもツイッターで、「カーン氏はオレにたいする悪意に満ちた攻撃を行った。反論の自由はないのか?」と述べました。
https://twitter.com/realDonaldTrump/status/759743648573435905
これが各方面で大ヒンシュクを買ってしまう。
8月1日、戦死者の遺族23組が合同で、トランプに謝罪を要求する手紙を発表。
手紙の作成に関わったセレステ・ザパーラさん(この人も2004年に息子をイラクで亡くしています)は、トランプを「インチキ香具師(やし)の見本」と評したあと、こう語りました。
(イラク戦争を行った)ブッシュ大統領も腹立たしい存在だった。それでもブッシュは、私たちを侮辱したりはしなかった。私たちをこきおろしたり、見下したりもしなかった。
トランプよりもブッシュ一族のほうが、ずっと尊敬できる。
http://www.nydailynews.com/news/politics/gold-star-families-demand-trump-apologize-insensitivity-article-1.2733850
トランプを大統領候補に指名した共和党の内部からも、非難の声が続出します。
たとえば2008年の大統領候補だったジョン・マケイン上院議員。
わが党はトランプを候補に指名した。だからといって、アメリカ人の中で最も立派な人々(注:つまり戦死者とその遺族)を好き放題に貶めていいという許可まで与えたわけではない。
あるいはリンゼイ・グラハム上院議員。
戦死者の遺族を批判するなど、前代未聞のとんでもないことである。アメリカの政治には、侵してはならない神聖なルールがあったはずだ。祖国のためにわが子を犠牲にした親に文句をつけてはいけない、というのもその一つ。たとえその親が、こちらに文句をつけたとしてもだ。
http://edition.cnn.com/2016/07/31/politics/donald-trump-khizr-khan-family-controversy/
味方陣営でこの騒ぎですから、民主党の反応は推して知るべし。
8月2日には、オバマ大統領まで「トランプに大統領の職責は果たせない。論外なほど不適格だ」と宣言しました。
http://edition.cnn.com/2016/08/02/politics/obama-says-trump-unfit-for-presidency/
各種世論調査を見ても、ヒラリー・クリントン優勢の傾向が明らかに強まっています。
トランプの支持率が伸びている州もあるにはありますが、クリントンの支持率が伸びている州のほうがずっと多い。
http://www.realclearpolitics.com/epolls/latest_polls/president/
選挙人名簿の登録を済ませた共和党員のうち、なんと2割近くが、トランプに大統領選から降りてほしいと思っているという調査も。
有権者全体では、44%がそう望んでいるそうです。
http://www.reuters.com/article/us-usa-election-poll-idUSKCN10L0YS?utm_source=twitter&utm_medium=Social
共和党系の政治コンサルタント、マット・マコーウィアックなど、8月11日にこうツイートしました。
トランプは共和党そのものを脅かすにいたっている。彼がもたらしたダメージを消し去るには十年かかるかも知れない。われわれは党の存亡に関わる事態に直面しているのだ。
https://twitter.com/MattMackowiak/status/763789463575072768?ref_src=twsrc%5Etfw
アメリカの政治系情報サイト「THE HILL」の記事タイトルどおり、「列車で言えば、大脱線」です。
http://thehill.com/blogs/pundits-blog/presidential-campaign/290154-the-trump-train-flies-off-the-rails
だとしても、戦死者の遺族への批判が、なぜこんな大トラブルに発展したのか。
いやそもそも、なぜ「戦死者の遺族を批判してはいけない」が、侵してはならない神聖なルールと見なされるのか。
じつは戦死者こそ、経世済民につきまとうパラドックスを最も端的に突きつける存在なのです。
経世済民とは、世の中を(上手に)治め、国民の苦しみを救うこと。
当然、その目標は国民を幸せにすることです。
むろん安全保障も、経世済民の一環。
しかし安全保障政策の遂行は、戦死者という犠牲をしばしば伴う。
つまりそこには「国民を幸せにするために行われるはずの経世済民が、(一部の)国民に命を捨てるという究極の不幸を強いる」というパラドックスが存在します。
これは「民意は絶対だ」とか「(民意を体現する)リーダーは絶対だ」といった理屈で解消できるものではありません。
裏を返せば、いかなる政治的リーダーも、くだんのパラドックスの前には謙虚でなければならない。
さもなければ、経世済民など達成できるはずがないでしょう。
だからこそ、戦死者とその遺族を批判することが、政治家にとってタブーとなるのですよ。
そんなことが許されたら最後、「経世済民の大義名分を掲げて、民意の支持を取りつけることさえできれば、誰にどれだけ犠牲や不幸を強いてもいい」という話になる。
自己絶対化が正当化されてしまうわけです。
トランプにはこの点が見事に分からなかった。
「アメリカの民意を体現しているオレ様に、富裕層とも思えないイスラム教徒のオッサンが文句をつけるとは何事だ!」と言わんばかりの反応をやらかしてしまったのです。
自分が自己絶対化に陥っており、したがって経世済民など達成できるはずがないことを、モロに露呈したわけですね。
おまけにそれを自覚できないまま、「反論の自由はないのか?」などとツイートする始末。
『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』の表現にならえば、絵に描いたようなキッチュによる思考停止です。
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オバマ大統領から「論外なほど不適格」の烙印を押されたのも、致し方ない話と評さねばなりません。
・・・さて。
この大脱線から、ポピュリズムにたいする歯止めのかけ方が見えてきます。
民意を絶対視するだけでは解消できない「経世済民のパラドックス」を突きつければいい。
するとポピュリズムの中に、「民意の絶対化による民意の否定」という自滅的なパラドックスがひそんでいることが浮き彫りになる。
ポピュリスト的リーダーを支持する理由が消滅するわけです。
「経世済民のパラドックス」を突きつけさえすれば、ポピュリズムの台頭が必ず防げるかどうかは、保証の限りではありませんよ。
社会の状況が悪すぎる場合、「民意の絶対化による民意の否定」が浮き彫りになったあとも、人々はポピュリスト的リーダーを支持しつづけるかも知れない。
ただし、最も有効な歯止めにはなると思います。
そして「経世済民のパラドックス」の中核をなすのは、国のために命を捧げた人々の存在。
英霊は死してなお、別の形でわれわれを守ってくれている、そう表現することもできるでしょう。
けれども、ここまでくると気がかりなのが、わが日本のあり方。
平和主義が支配的な戦後日本では、「安全保障は犠牲を伴う」という発想自体が希薄です。
しかも「昭和の戦争」の戦死者については、英雄視することのほうが、政治家にとってタブーとなっている。
キズル・カーンさんはトランプにたいし、「あんたはアーリントン国立墓地に行ったことがあるか?」と問いかけましたが、日本では政治指導者が靖国神社に参拝すると批判されてしまうのですから。
わが国においては、「経世済民のパラドックス」が長らく隠蔽されてきたのです。
となるとトランプのような人物が出てきた場合、歯止めとして使える切り札がない。
そんな国で、はたしてポピュリズムの台頭を防ぐことができるでしょうか?
人の振り見て、わが振り直せ、という次第でありました。
なお8/24と8/31は、都合によりお休みします。
9/7にまたお会いしましょう。
ではでは♪
<佐藤健志からのお知らせ>
1)8月20日(土)、「表現者シンポジウム」の第一部に登壇します。
・時間 19:00〜21:30(18:30開場)
(※)これはシンポジウム全体の時間です。
・場所 四谷区民ホール
・会費 2000円
参加ご希望の方は、郵送ないしファックスで下記宛にお申し込み下さい。
西部邁事務所
〒157-0072 東京都世田谷区祖師谷3-17-22-303
03-5490-7576
お申し込みの際は、お名前、ご住所、電話番号、参加人数を記入していただきたいとのことです。
2)8月16日発売の『表現者』68号に、評論「少女と戦後の精神構造」が掲載されました。
3)「経世済民のパラドックス」が隠蔽されてきた日本では、いわゆる「保守(派)」も深刻な自己矛盾に陥りかねない点に関する体系的分析です。
『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)
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4)そもそもわが国の戦後史そのものが、壮大なポピュリズム的ファンタジーだったのかも知れません。
『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社)
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5)「オレは(注:アメリカのために)たくさん犠牲を払ってきたと思うね。本当に一生懸命に働いてきたし、数千もの雇用を生み出した。いや、万単位だよ。立派なビルもいっぱい建てた。オレは大変な成功を収めてきたんだ」(ドナルド・トランプ)
「革命によって権力を握った連中は、祖国を救うどころか、祖国を台なしにするにあたってすら、一滴の血も流してはいない。彼らが払った犠牲など、せいぜい資金づくりのため、靴についていた銀の留め金を差し出した程度のもの」(73ページ)
おかげさまで5刷となりました!
『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
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6)この本に特別収録された「愛国の霊言」では、1775年末にイギリス軍と戦って命を落としたリチャード・モンゴメリー将軍の霊が、地上に戻ってきて独立戦争の遂行を説きます。英霊は死してなお祖国を守るのです。
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7)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
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ーーー発行者よりーーー
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