政治

2018年10月19日

【上島嘉郎】ごまめの歯軋りでも

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

「春や昔十五万石の城下哉」

正岡子規がこう詠んだ松山城を
見上げるJRの駅近くの宿で
この原稿を書いています。

劇団夜想会(代表・野伏翔氏)による
『めぐみへの誓い―奪還』という、
北朝鮮による日本人拉致問題の
啓発を目的にした舞台劇の
企画者の1人として
愛媛県松山市での公演に立ち会います。

拉致被害者の横田めぐみさんと
両親の滋さん、早紀江さんを中心に、
同じく拉致被害者の田口八重子さん、
救出活動に取り組む荒木和博さん、
大韓航空機爆破事件の犯人金賢姫や
北朝鮮国内で反体制分子として
弾圧される人々など、
それぞれの人生を点描しながら、
“金王朝”の人権弾圧の苛酷さと、
日本人拉致の理不尽を描いた作品で、
問題を風化させてはならない、
演劇人として何かできないか
という野伏氏の熱意から生まれました。
https://www.youtube.com/watch?v=J6cZyGknNi8

初演は平成22年1月。

その後、第二次安倍政権で
初代拉致問題担当大臣をつとめた
古屋圭司さんの肝いりで、
政府と全国各地の自治体が共同して
「拉致問題啓発演劇」というかたちでの
公演が続けられています。

今年は9月6日の岐阜県多治見市での
公演を皮切りに、全国11の
自治体で公演が行われます。

拉致問題に関し私は本紙だけでなく、
同じような文章をあちこちに書いています。

くどい!と言われますが、
一人の日本人として
「寄せては返す波の音」
でありたいと思っているので
御容赦願います。

当時13歳の横田めぐみさんが
新潟市の海岸で北朝鮮に
連れ去られてから
この11月15日で41年になります。

なんと長い歳月か。

北朝鮮は平成14年の
小泉首相の訪朝で拉致を認めましたが、
めぐみさんはすでに死亡したと説明。

他人の「遺骨」をめぐみさんのもの
として引き渡すなど、
虚偽説明を繰り返し、
死亡との主張も変えていません。
他の被害者に関しても同様です。

本劇中、横田滋さんを演じる
原田大二郎さんがこう語ります。

「(拉致の)犯人はわかっている。
(被害者が)監禁されている
国もわかっている。

それなのになぜ取り戻せない…」

まさにそうです。

なぜ取り戻せないのか。

何事につけ「人権尊重」「人道重視」を
訴える市民団体や法曹関係者、
マスコミが、拉致被害者に対して、
その命の重さや祖国への帰還に
どれほど意を注いだことがあるか。

戦後の日本人がいかに
人権尊重、人道重視を謳おうとも、
拉致被害者に思いを寄せられないとしたら、
それは一部のイデオロギーによる
ご都合主義でしかない。

18年前、当時の石原慎太郎東京都知事が
こう述べたことを今また思い出します。

〈北朝鮮に拉致されて帰らぬ
横田めぐみさんの例一つを見ても、
日本国の外交は痛ましい
あの出来事が事実として存在することの
確認すら出来ずにいる。

他の同じような事例からしても、
多くの日本人の失踪のメカニズムが
何であり下手人が誰であるかは
ほとんど歴然と炙りだされているのに、
出来事への言及すらが同胞奪還の
責任者たる政府によって
なされたこともない。

国民の生命と財産を守ることこそを
大眼目とする国政はその使命と責任を
まったく果たしていない。

昔、「風とライオン」という題で
映画化もされた同じような事件が
アメリカにもあった。

若いアメリカ女性の教師の親子が
アラビヤで誘拐され、
それを返そうとせぬ相手に向かって
当時のセオドア・ローズベルト大統領は
軍艦を差し向け戦火を開いて
不法に拉致された国民を取り戻した。

それは国力を顕示することでの
国家意思の表明である。

ならば日本には相手を説得し
救出するだけの国力が
ないのだろうか。

いや、危うい手立てを下手に
講じれば相手にはミサイルがある、
その報復が恐ろしいというなら、
私たちはいたいけない同胞の生命と
自由を取り戻すために敢えて、
ノドンなりテポドンなる
北からのミサイルを甘んじて
受けようではないか。

その結果この国にようやく
蘇るものが必ずあるはずだと
私は思うのだが。(略)

日米安保への過大というより、
間違った信仰に似た評価と期待が
育んだ他力本願が、国家民族の
生殺与奪の権利をどこであれ
外国に安易に与えてはばからない
ような国家は、結局は他国の
下僕か属国への転落に
甘んじる以外にないだろうに。〉

(【日本よ】「同胞の命と、国家の領土」
2000年9月4日付産経新聞)

日本は、相変わらず

「平和を愛する諸国民の
公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を
保持しようと決意」

させられたことを疑わぬ、
それを後生大事に抱えて
現実を直視しないままの存在ではないか。

拉致被害者の救出のために
軍事力を用いることは
憲法上出来ないし、すべきでない
というのが大勢でしょう。

決然と同胞を救出するための
“超法的措置”はとれないが、
テロの恫喝に屈して
法を曲げることは厭わない。

不問に過ごす。

昭和52年(1977)9月に起きた
日本赤軍による日航機ハイジャック事件。

日本赤軍はインド上空で
日航機をハイジャックし、
バングラデシュのダッカ空港に
強行着陸させ、拘留中の
仲間9人の釈放と
身代金を要求してきました。

時の福田赳夫首相は
「人命は地球よりも重い」として、
超法規的措置を決め、
乗客・乗員の生命と引き換えに
服役・拘留中だった
「東アジア反日武装戦線」
のメンバーらを釈放し、
600万ドルもの大金を渡しました。

この対照にこそ、戦後日本の
現実が現れていると思います。

安倍首相はかつて

「歴史問題は匍匐(ほふく)
前進で行くしかない」

と語りましたが、
拉致問題の解決(被害者の救出)は、
匍匐前進でいいほど
残り時間はありません。

演劇などで事態を動かせるものか、
という批判を受けますが、
一国の意志が何によって
形成されるかを考えるとき、
けっして無駄ではないと確信しています。

他人事ではない、自らの問題として
「同胞の身の上」に少しでも心を寄せ、
それを強力な国家意志として
縒り合わせていく。

たとえ、ごまめの歯軋りでも、
それが「匍匐前進」から
国家として真っ当な措置が
とれるように、“跳躍”を促す
ことになれば…読者各位の
力添えを乞うものです。

『めぐみへの誓い―奪還』の
今後の公演予定です。

入場無料ですが、
事前申し込みが必要です。

詳しくは内閣官房
拉致問題対策本部事務局のHPを。
http://www.rachi.go.jp/index.html

●11月9日(金)山梨県南アルプス市・桃源文化会館桃源ホール
●11月20日(火)富山県富山市・富山県民会館ホール
●12月21日(金)兵庫県神戸市・神戸文化ホール中ホール
●2019年1月23日(水)大分県大分市・コンパルホール文化ホール
●1月29日(火)千葉県市川市・市川行徳文化ホール
●2月7日(木)埼玉県蕨市・蕨市民会館ホール
●2月20日(水)大阪府豊中市・豊中市立文化芸術センター大ホール

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
(10月17日〈日中韓の存在感 in アメリカ/五輪ボランティアと中国人/台湾独立を問うのに「住民」投票?/世界文化遺産ごときのために陵墓を発掘?〉)
https://www.youtube.com/watch?v=Fl9XvqKES7g

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【上島嘉郎】ごまめの歯軋りでもへの4件のコメント

  1. 神奈川県skatou より

    上島先生のお話をいつも楽しみにしております。
    拉致は依然として解決していないので、繰り返すのは正当だと思います。
    国内の高校が修学旅行で韓国へ行って土下座する暇があるのならば、この演劇を、私学からでも、どこからでも、心ある学校から、生徒たちに見せるべきだと思います。

    教師の世界も世代が変わっていると聞きますので、たとえ1、2校だとしても、実現するかもしれません。
    若者には夢と希望が必要ですが、夢や希望は幸福の文脈からだけしか生まれないわけではありません。せめて自己肯定感のあるチャレンジャーな若者(いまどき少数?)たちに、視野を広げて考えるチャンスを与えられればと、思われます。

    上島先生のご活躍を熱く熱く応援しております。

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      1. 上島嘉郎 より

        有難うございます。
        足らざるところばかりの私ですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。

        返信

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  2. たかゆき より

    風とライオン

    調べてみましたら 舞台はモロッコ とか

    ラストのシーン

    『あなたは風のごとく、私はライオンのごとし。あなたは嵐をまきおこし、砂塵は私の眼を刺し、大地はかわききっている。私はライオンのごとくおのれの場所にとどまるしかないが、あなたは風のごとくおのれの場所にとどまることを知らない』

    日本なら、、

    私は ネズミのごとくおのれの素穴に

    閉じこもる しかない。。

    人生なんて 不条理の連続 さ ♪

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  3. komiyet より

    知行合一

    この言葉を教えてくれたのは、赤の他人です。

    私が、三橋さんのブログにコメントした時、その方が、

    「知行合一、そこまでわかっているなら、ご自分が政治家になってやってみてはどうですか?」

    と言われました。

    知ってしまった人間は、行動を変えなければ、知らない事と同じだ。

    他人を変える前に、自分が変わろうと、小さなことをやっています。

    北朝鮮の拉致被害者が全員帰国するまで、ビールは飲まない。

    大好きなビールをやめることで、何も変わりませんが、

    私の中に変化が起こります。

    テレビのコンセントを抜いて1か月が経ち、もう大丈夫だと思い、今日、テレビを捨てました。

    NHKが解体、もしくは放送法が変わるまでテレビは家に置かない。そう決めました。

    小さな小さなことですが、知ってしまった人間は、行動を変えなければ、何も変わらない。

    日本人は、私は日本人だと個人の権利を主張するより、

    「私が日本だ」と、国と同化することをお勧めします。

    大脳支配生物ですから、思考が変われば世界が変わります。

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