政治

2017年9月22日

【上島嘉郎】基地反対のためなら違法性は阻却されるのか

From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

この8月下旬、沖縄県国頭郡東村にある依田啓示さん経営の「CANAAN SLOW FARM」を訪れました。依田さんは40代半ばの農業者で、自然栽培・循環農業の作物(塩パイン、マンゴー等)や自然肥育のアグー豚などを世に送り出し、日本農業の新たな地平を沖縄から拓こうと奮闘してきた人物です。

それが突然刑事被告人にされてしまいました。
詳細は以下の記事(平成29年8月6日付産経ニュース)を。
http://www.sankei.com/affairs/news/170806/afr1708060005-n1.html

ここで、本件に関する地元紙の記事を正確に全文記しておきます。まずは沖縄タイムス(2016年9月18日付)。

〈《集会に市民200人 国の姿勢を批判/村道通行の男が暴行》
【東】東村高江周辺の米軍北部訓練場内ヘリパッド建設に反対する市民らは17日、N1地区表側出入り口前で最大200人規模の集会を開いた。16日の「辺野古違法確認訴訟」での県敗訴に対し、「判決はむちゃくちゃ。高江でも大量の機動隊を導入し、工事もむちゃくちゃだ」と批判。「政府が三権を使って襲いかかっても、県民はひるまない」と気勢を上げた。

一方、市民らによると午後0時10分ごろ、高江の村道で50代の男女2人がヘリパッド建設の工事車両かどうかの確認のため停止を求めたところ、運転手の男が車から降りて男性を突き飛ばし、女性の顔を殴る暴行を加えた。男性は首の痛みを訴え、女性は唇を切るけがをして病院に行った。名護署に被害届を提出するという。〉

続いて琉球新報(2016年9月18日付)。
〈《東・国頭 ヘリパッド工事再開>男が抗議市民殴る/2人けが 車止められ激高/高江》
【ヘリパッド取材班】国頭村と東村に広がる米軍北部訓練場の新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設を巡り、工事に反対して抗議運動をしていた男女2人が東村民を名乗る男に首を押さえ付けられたり、殴られたりして負傷した。男性は頸椎(けいつい)打撲、女性は左頬部打撲のけが。

現場にいた人らによると、東村民を名乗る男はN1裏ゲート近くを車で通ろうとした際、工事関係者かどうか確認しようとした市民らに通行を止められたことに激高。車から降りて「東村民だ」と名乗り、男性の首を絞めた。

その状況を写真に収めようとした女性の顔を1回殴った。暴行を受けた男女は名護署に被害届を出した。

工事に反対する約180人は17日、N1地区ゲート前に座り込んで抗議行動を展開。ダンプカーやヘリによる資材搬入は確認されなかった。

この日は工事車両の搬入もなかったことから、座り込みの人たちと機動隊とのもみ合いはなく、一般車両はN1地区ゲート前を通行することができた。〉

沖縄タイムスは〈市民らによると〉、琉球新報は〈現場にいた人らによると〉という具合に”取材元”を記していますが、両紙とも一方の当事者である依田さんには取材をしていません。というより、誰であるか知らないまま記事にしたといって間違いないでしょう。

したがって、両紙の記事では、依田さんが外国人の親子を後部座席に乗せ観光案内をしていたこと、村道(公道)を通行中、高江のヘリパッド建設現場に向かう沖縄防衛局などの関係車両を通さないため、反対派の運動家たちが”私的”に検問し、Uターンを命じたこと、彼らが大声で恫喝したため、後部座席にいた子供が泣き出し、依田さんはそれに抗議するため車外に出たなどの事情は読者にまったくわかりません。

沖縄タイムスも琉球新報も「市民」「現場にいた人」と書きながら、実際は基地反対派の運動家たちの言い分をそのまま記事にしただけです。タイムスは〈名護署に被害届を提出するという〉、新報は〈名護署に被害届を出した〉と、これまた被害者の立場を記者に自己申告したそのままを書いているだけで、この時点で彼らの頭の中では加害者・被害者の構図が決まっているわけです。

厳密な話をすれば、被害届というのは被害者が警察署等に提出する犯罪事実の申告に過ぎず、この時点で暴行や傷害の容疑が成立するわけではありません。何らかの法的な効果が生じるわけではなく、捜査するか否かは警察の判断になります。したがって「暴行を加えた」あるいは「暴行を受けた」と書くのは、客観的な、あるいは捜査当局による証拠のない段階、つまり裏付けのないまま反対派の言い分を垂れ流しただけということになります。沖縄タイムス、琉球新報は基地反対派の機関紙、チラシなのか。

沖縄タイムスと琉球新報、それぞれ発行部数は約16万部で、沖縄の新聞購読部数に占める割合は合計約97%。瓜二つの主張を展開する二紙の影響力や推して知るべしです。
(ちなみに全国紙は日経が6000部弱、朝日が約1100部、読売、毎日、産経はそれぞれ百の桁の部数しか読まれていません。)

私は、沖縄の人々が反基地運動をすることに反対しません。日本国には思想信条の自由があり、言論・表現の自由があります。しかしそれは、「反基地」の主張のためなら何をしてもよい、道路交通法を破ろうが、不法に他者の土地に侵入しようが、不当に名誉を傷つける罵詈雑言を浴びせようが、違法性は阻却されるということではない。

一体沖縄で「法治」は守られているのか。また、沖縄の地元メディアは「法治」を尊重しているのか。彼らは言論・表現の自由の守護者ではなく「運動」の奴隷になっていないか。「法治」ではなく「情治」がまかりとおる現状は、まるでどこかの国のようです。

こうした疑問を表明することを「沖縄への差別だ、ヘイトだ」と叫ぶ人々には、「真の自由」を守る意思はない。自分たちに賛同する者、自分たちの気に入る者の自由を守りたいだけで、異論を排除することをなんとも思わない。それを矯めることがないメディアに対し「偏向」と呼ぶことは妥当性を欠いているか。

では依田さんはなぜ起訴されたのかと疑問に思う読者もいるでしょう。依田さんは、事実を話せば理解してもらえると思い、自ら名護署に出頭しました。ところがその時点で「被害届」はすでに那覇地検に回されていて、担当検事のM氏(女性)から、開口一番「これは起訴だね」と言われたそうです。

さらにM氏は、反基地活動家による違法な「私的検問」に当の東村の村民が迷惑していることなどの事情に耳を傾けることもなく、自分も活動家から被害を受けているのでその届けを出したいという依田さんに「お互いが被害者になると事務手続き上やりにくい」との理由で被害届の提出を控えるように求めた後、「被害者が紛失した携帯電話の代金を弁償したら略式起訴にしてやる」とも。

この検事とのやりとりは依田さんの話に基づきます。したがって細部にわたって事実かどうかは断定できません。第三者に対しそれを承知している依田さんは、「無実」を訴えるとともに、当該の活動家を違法行為と虚偽情報の流布による名誉毀損・威力業務妨等で裁判に訴えることにし、またそれによって検察官の不可解、不公正な言動も明らかにしていこうと決意しました。

ちなみにこのM氏は、平成27年(2015)5月3日付の琉球新報「論壇」に〈日本国憲法前文の平和主義/戦後70年節目に輝く理念〉という表題の一文を寄稿しています(この記事は現在琉球新報のアーカイブから削除されているのか、閲覧制限がかけられているのか、ネットからも検索できません)。そして、どんな人生の転機があったのか本年3月31日付で「退職」し、依田さんを裁判にかける前に検察を去りました。

依田さんは理不尽な事件に巻き込まれたことで、”闘う村びと”になりました。沖縄の人々の本当の心根が那辺にあるか。沖縄メディアがいかに「地元の声」を取り上げ、ある方向に誇張しようが、そこに全体を描く真実はありません。

これまで様々な取材テーマで何度も沖縄を訪れましたが、今回依田さんに実際に高江の現場に案内してもらい、また地元の状況を聞くにつけ、基地反対運動とその活動家たちの主張が、いかに”普通の沖縄県民”の思いとかけ離れているかを、改めて痛感せざるを得ませんでした。

依田さんと語り合いながら、私は沖縄県出身の映画監督・新城卓さんとのかつての対話を思い出しました。新城さんは、沖縄への航空特攻に殉じた若者と、彼らを見送った食堂の女将との交流を描いた「俺は、君のためにこそ死ににいく」(石原慎太郎氏原作、平成19年公開)の監督です。
新城さんはこんなふうに語りました。

「私は昭和19年2月に沖縄で生まれた。やがて陸上戦闘における最大の激戦を繰り広げる地で産声を上げたのは、自分にとって日本との切っても切れない縁だと感じている。沖縄は被害者だった、本土に見捨てられた、犠牲にされたという声ばかりがクローズアップされるが、そんな一方的な話でいいのか。むしろ沖縄県民は日本国民として最後まで立派に戦い抜いた。

私は、その誇りこそしっかり持ちたいと思っている。だから沖縄の人からは”沖縄人なのに何だ”と気色ばまれることもあるが、私は沖縄人であると同時に日本人である。
“戦争や特攻を賛美するな”とよく非難されるが、過酷な時代に、命を投げ出して戦った若者の姿を素直に描くことがなぜ戦争賛美なのか。それは批判する側が”一つの真実”しか認められないと考えているからだ。

あの戦争の大きな歴史的意味を考え、歴史の多様な真実の中から何を汲み取るか。この視点なくしては沖縄と本土の関係も見えてこない。過去の歴史を反省することは、エラそうにあの時代の日本人を一方的に糾弾することではなく、その苦悩、葛藤、決意の言葉に真摯に耳を傾けることだ。」

依田さんの声にも真摯に耳を傾けたいと思っています。今や日本を守る戦いの最前線は沖縄です。本土の有志は今度こそ、日本国全体のために奮闘する沖縄人を守りたいものです。

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
●依田啓示さんを支援する会が発足しました。不肖、私も呼びかけ人の一人です。
http://supportyodakeiji.ti-da.net/e9913732.htmlhttp://supportyodakeiji.ti-da.net/e9913732.html

●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ─大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●『歴史街道』(PHP研究所)9月号に寄稿しました。
「終戦二日前、九十九里のある町での悲劇が伝えるもの」
http://amzn.asia/2jMIX0Y

●『Voice』(PHP研究所)10月号に寄稿しました。
「憲法論議にみる『敗者の戦後』」
http://amzn.asia/5Mn6DAv

●拉致問題啓発演劇『めぐみへの誓い─奪還』の今後の公演予定。
http://www.rachi.go.jp/index.html
入場無料ですが事前申し込みが必要です。

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【上島嘉郎】基地反対のためなら違法性は阻却されるのかへの2件のコメント

  1. momo より

    基地反対派に中国やら何やらが大きく関わっているのは間違いないんでしょうが、彼らが表立って行動しているのならともかく、彼らに洗脳なり教育されて反対派となった日本人に対して、無下に扱っていいんでしょうか。
    それこそわが国が正しい道義に従って同士を説得するべきではないでしょうか。

    返信

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  2. 神奈川県skatou より

    「一つの真実」しか認められない人を、
    どうしたらよいのか。

    なぜ一つの真実にしがみつくのか。

    それは恐れから来るのかもしれません。

    自分を守る盾が無ければ糾弾の刃に
    切り刻まれてしまう。
    そんな情けない世の中だから、一つの
    真実に逃げ込むのではないか。
    弱きものの縋りつくヨリシロ。それが
    「一つの真実」なる、妄想の欠片なのかと
    最近考えております。

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