メディア

2017年10月6日

【上島嘉郎】テレビと政治

安倍首相が衆議院を解散し、政界は10日の総選挙公示を前に選挙戦に突入しています。小池百合子東京都知事が「希望の党」を旗揚げし、それへの合流をめざした民進党が分裂して立憲民主党なる左翼新党ができ、選挙のための離合集散がいまも続いています。本稿はそうした動きには立ち入りません。選挙戦を伝えるメディアの問題なかんずくテレビ報道について触れたいと思います。

「テレポリティクス」(Telepolitics)という言葉があります。端的に「テレビ(放映)を意識した政治活動」(三省堂『大辞林』)と説明されますが、この言葉は意外に古く、テレビの普及にともなって米国で生まれたもので、1953年から61年まで米国大統領(第34代)をつとめたアイゼンハワーにはテレビ演説の際に演技を指導する役者がついていたそうです。

テレビという媒体がいかに政治を動かすか。その力を最初に示して衝撃を与えたのが1960年に行われたニクソン対ケネディの米大統領選挙だったといわれます。アイゼンハワー大統領のもと2期8年間副大統領をつとめたニクソンは、政治家としての実績では明らかに格下で無名に近かったケネディに敗れました。ニクソン有利で進んでいた選挙戦を一転させたのが、テレビカメラの前で行われた「大討論」(Great debate)でした。
ニクソンがメーキャップを重視せず、ペール・フェイス(青白い顔)でカメラの前に立ったのに対し、ケネディは若々しい清新な指導者のイメージを存分に発揮しました。語り口も対照的でした。

政治は、いまやメディアとの関係抜きでは語れない状況です。政治はメディアに好意的に取り上げられるようなスローガンやキャンペーンを考えるようになり、メディアはどのような政治問題、政治家が読者、視聴者に受けるかを考えています。相互に利用し合う関係のなかで、政治はメディアの利用(操作)や迎合に走り、メディアは自らの商業的な強欲とイデオロギー偏向を省みなくなる…。

さて、筆者はここで「テレビと政治」の問題に関する一つの“事件”を思い出します。24年前のことです。テレビ朝日の椿貞良取締役報道局長(当時)が、東京都内で開かれた日本民間放送連盟(民放連)の「放送番組調査会」に出席し、「非自民政権が生まれるように報道するよう指示した」「“公正であること”をタブーとして積極的に挑戦する」という趣旨の発言をしました。
この一件をスクープした産経新聞によれば、椿氏の発言は具体的に以下のようなものでした。

「細川政権が久米・田原連立政権であるということは非常に嬉しいことであり、喝采を叫びたい。」

「小沢一郎の“けじめ”を棚上げにしても非自民政権が生まれるように報道するよう指示した。五五年体制を崩壊させる役割をわれわれは果たした。」

「幸い自民党の梶山静六幹事長、佐藤孝行総務会長は悪人顔をしており、二人をツーショットで撮り、報道するだけで、視聴者に悪だくみをする悪代官という印象を与え、自民党守旧派のイメージダウンになった。
その点、羽田氏(外相)は誠実さを感じさせるし、細川氏(首相)はノーブル、武村氏(官房長官)はムーミンパパのキャラクターで、非自民グループを応援するのに好条件がそろっていた。」

「われわれはあるべき主張のためにはっきりとした姿勢をとる。番組は公平ではなかった。むしろ公平であることをタブーとして挑戦していかないとだめだと考える。公正な報道に必ずしもこだわる必要はない。」

椿氏の“奮闘”の成果かどうかはともかく、平成5年(1993)7月の総選挙の結果、日本新党の細川護煕氏を首班とする7党1会派による「非自民反共産」政権が誕生したのは事実です。

テレビ朝日は、椿氏の発言が“発覚”したことから特別調査委員会を設け、その中間報告を受けて椿氏は退社、当時の伊藤邦男社長ほかを減俸処分にしました。
椿氏の発言は、氏自身が生み出した(?)細川政権下、衆議院政治改革委員会に喚問されました(平成5年10月25日)。氏はその場で「不用意、不適切な発言」だったが、内容は事実ではないと証言しました。

テレビ朝日は電波監理審議会から、更新間近だった期間5年の再免許を条件付きで答申され、11月1日、郵政相から条件付きで再免許状の交付を受けました。
ちなみに当時、この事件に関しTBSの社長は定例会見で概略こう述べました。
「テレビがこれほど大きな影響力もつメディアになった。送り手がおごり、過信に立つことは厳に自戒していかないと、と痛感している。」
「著しく誤解を与える発言と認めざるをえない。」

“お仲間”と見られる局ですら…なのですが、テレビ朝日は平成6年(1994)8月に公表した最終報告書で、「誤解を招くような問題発言があった」と認めつつも、「(番組に)偏りはなかった」と結論づけました。いやはや……。

テレビと政治の関係を考えると、どうしても放送法4条を取り上げないわけにはいきません。同条は「放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない」とし、(1)公安及び善良な風俗を害しないこと(2)政治的に公平であること(3)報道は事実をまげないですること(4)意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすることを規定しています。

(1)と(3)は当然として、政治報道で問題となるのは(2)と(4)です。特定秘密保護法、安保関連法、憲法改正、あるいは原発の是非等々、国民の間に賛否ある問題の報道、論評には「政治的公平」と「多角的な論点の提供」に特段の注意が払われるべきです。この視点から「椿発言」をみると、(2)と(4)の規定に反していることは誰の目にも明らかです(蛇足ですが、テレビ局に廉価に割り振られている電波は公共財で、故にもその事業は免許制なのです)。

平成7年(1995)5月にも、中止か開催かをめぐって青島幸男・東京都知事と、都議会・都庁が対立していた問題でTBSの「筑紫哲也ニュース23」が、都議会で開催決議が圧倒的多数で可決(100対23)されたあと青島知事を生出演させ、都議会決議の重要性との兼ね合いに悩む知事に、公約どおり中止を決断せよと、コメンテーターが一方的に迫ったことがあり、その後もさながらキャンペーンのように中止を誘導したとしか思えぬ展開をみせました。テレビ朝日の「ニュースステーション」も同様でした。

もう一つ政治に関わるテレビ報道では、時代が下って平成15年(2003)10月28日、都内で開かれた北朝鮮による拉致被害者支援の大会での講演で、石原慎太郎都知事が「日韓合併の歴史を100%正当化するつもりはない」と述べた発言に、TBSの情報番組「サンデーモーニング」が翌11月2日の放送で「100%正当化するつもりだ」と字幕をつけ、コメンテーターらが「問題発言」として石原氏を強く非難した“事件”もありました。
TBSは「テープの語尾が聞き取りづらく、番組スタッフが誤解した」と釈明しましたが、こんな言い訳が通るものかどうか…。
石原氏は翌年2月にTBSを名誉棄損罪で告訴、警視庁は同年12月プロデューサークラスの社員4名を書類送検しました。

テレビが政治を歪める一方、政治もテレビを利用します。「小泉劇場」「小池劇場」のように自らの言動が商品となる状態を生み出してテレビを巻き込んでいく。「売れる」ものに弱いのはテレビに限りません。「売れる」状況への迎合と、イデオロギーの偏向による誘導とが世論形成を歪めていく。

こうした問題について関西大学東京センター長の竹内洋氏はこう述べています。
〈言論が商品となり、言論活動が産業として展開するところでは、メディア産業は何を発信するかだけではなく、その反響を絶えず斟酌しなければならないという制約を背負う。ジャーナリズムの誕生とともに始まったスキャンダリズムはその極端な表れである。ウケ(反響)の斟酌は醜聞事件の社会ネタに限らない。政治経済問題にまで及ぶ。こうしたことはテレビだけではなく、新聞、雑誌などについてもいわれるが、分・秒単位の視聴率に晒される民放テレビで、その制約はことのほか強い。〉(2015年4月21日付産経新聞)

「椿発言」事件も〈「政治的」偏向の是非だけでは、事の半面をみているにすぎない。自民支配が崩壊する騒ぎにより、メディアイベントが盛り上がるという狙いが入っていたはずだからだ〉(同)と。

テレポリティクスの時代からイーポリティクス(インターネットを利用した政治活動。ホームページ・メールマガジンや掲示板を利用した情報の伝達、収集など)の時代に入ったと言われる今日、私たちは既存メディアの「宿痾」を承知したうえで、政治に関わる情報を選別することが求められています。
今回の総選挙、各政党の公約という「パン」を吟味し、劇場型の「サーカス」選挙に惑わされないように醒めた目で見極めたいものです。

〈上島嘉郎からのお知らせ〉
●大東亜戦争は無謀な戦争だったのか。定説や既成概念とは異なる発想、視点から再考する
『優位戦思考に学ぶ―大東亜戦争「失敗の本質」』(PHP研究所)
http://www.amazon.co.jp/dp/4569827268

●慰安婦問題、徴用工問題、日韓併合、竹島…日本人としてこれだけは知っておきたい
『韓国には言うべきことをキッチリ言おう!』(ワニブックスPLUS新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/484706092X

●DHCテレビ【真相深入り!虎ノ門ニュース】に出演しました。
https://www.youtube.com/watch?v=oZCoroRpNO8

●日本文化チャンネル桜【Front Japan 桜】に出演しました。
(9月27日 希望の党に希望はあるか?/ある日突然刑事被告人にされる悪夢/パンダの苦悩)
https://www.youtube.com/watch?v=BfJHWbliaPw
(10月3日「反省」という言葉は巨大テレビ局にはないのか/中国の党大会代表は如何に選ばれるか)
https://www.youtube.com/watch?v=-0YXq1gpHX0

●拉致問題啓発演劇『めぐみへの誓い―奪還』の公演予定
http://www.rachi.go.jp/index.html
入場無料ですが事前申し込みが必要です。

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