From 角谷快彦@広島大学医療経済研究拠点(HiHER)拠点リーダー/広島大学教授
前回は、急激な医療費削減による日本の製薬企業の衰退と製薬市場の魅力減退により、中長期的にはドラッグ・ラグ対策が機能しなくなる可能性が高いことを説明しました。
全体として政府からは医療需要の継続的な増加に怯えながらせっせと医療費を切り詰め、ドラッグ・ラグ問題は何とか他国に置いていかれないよう乗り切ろうといったやや後ろ向きの姿勢が感じられますが、そうした姿勢は本当に正しいのでしょうか。
ご存知のように、日本の国債はすべて自国通貨建てで発行されており、現在のインフレ率は先進国中最低水準(1%未満程度)に甘んじています。これらのことから、私は医療費を大幅に節約しなければならないような差し迫った財政の危機が今の日本にあるとは考えておりません。むしろ、低インフレ時の今、新規国債増発により、成長が見込まれる分野の研究開発に中長期的なコミットメントを伴う財政支援を行う等、積極的な財政出動を行うべきと考えています。そして医療費削減を誘発する「必要な政策」は製薬市場の拡大状況等をみながら慎重に進めた方が良いでしょう。
なお、この辺りの財政出動の論拠につきましては、2016年の拙著「介護市場の経済学」の9章2節でも詳しく述べております。すなわち”自国で通貨発行権を持っている日本のような国では、デフォルトは論理的に不可能で、政府の財政悪化のリスクは物価の上昇(インフレ化)に限られる(p.202)”。一部、金融緩和が期待通りにいかなかった理由等、現在の方がうまく説明できる箇所もありますが、もしよろしければ同書を御覧ください。また同様の議論は昨年ロンドンとニューヨークで出版した拙著「Human Services and Long-Term Care: A Market Model」の9章2節(1段落目中盤に”not”抜けtypoあり)にも英文で記載してあります。
高齢化で世界の先頭を行く日本の、今後数十年も増加が続く豊富な国内医療需要は「脅威」ではなく、むしろ日本の医療産業の存在感を世界に示す「絶好の機会」と前向きに捉えるべきではないでしょうか。現在の有効なドラッグ・ラグ対策は維持する一方で、医療費の急激な削減につながる改革を進めるには慎重を期すべきだと思います。自国の製薬企業の体力(研究開発力)と市場の魅力を下げてしまっては、中長期的にドラッグ・ラグ問題が深刻化するリスクをむしろ高めてしまいます。代わりに、財政出動により中長期的視野で研究開発支援を実施すれば、国民皆保険制度もドラッグ・ラグの影響の少ない強固なものとして次代に引き継ぐことができる上、産業も振興され、将来的には日本を追って高齢化が進む多くの国の市場からも大きなリターンを得ることが可能になります。
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角谷快彦(かどやよしひこ)
1976年生まれ。広島大学教授、同医療経済研究拠点リーダー、Distinguished Researcher。
PhD (経済学、豪州・シドニー大学)。
主著に「Human Service and Long-Term Care: A Market Model」(Routledge)、
「介護市場の経済学:ヒューマンサービス市場とは何か」(名古屋大学出版会)。
ウェブサイト:https://home.hiroshima-u.ac.jp/~ykadoya/ja/
【書籍紹介】
『介護市場の経済学』(著書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4815808333/
『Human Services and Long-Term Care』(著書)
https://www.amazon.co.jp/dp/1138630934
https://www.routledge.com/9781138630932
『博士号のとり方[第6版]』(訳書)
https://www.amazon.co.jp/dp/4815809232
—発行者より—
御代替わりを迎え、新たなる時代において
日本人が正しい「歴史」を知ることのできるよう、
『経世史論』を開設しました。
「現代」を読み解くには、過去の歴史を
正しく理解する必要があります。
正しい歴史を子どもたちやその先の世代に語り継ぐために、
まずは私たち自身が正しい歴史を学びませんか?
こちらから詳しい内容をご覧ください。
http://keiseiron-kenkyujo.jp/apply/
【角谷快彦】ドラッグ・ラグで岐路に立つ国民皆保険制度(後編)への2件のコメント
2019年6月20日 11:09 AM
打ち出の小槌
ただ振りさえすれば いいのに、、
その素振りさえ見せない、、、
下手打ってる連中の 後頭部を
スコップで 思いっきり 叩きたくなる
ムスケル アルバイター で
ございます ♪
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2019年6月22日 8:48 PM
>高齢化で世界の先頭を行く日本の、今後数十年も増加が続く豊富な国内医療需要は「脅威」ではなく、むしろ日本の医療産業の存在感を世界に示す「絶好の機会」と前向きに捉えるべきではないでしょうか
おっしゃる通りだと思います。高齢化で医療費が~と悲観するんじゃなくてそれだけ需要があるんだと前向きにとらえるべきだと思います。
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