日本経済

2018年9月6日

【小浜逸郎】国民の思考停止

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

テレビは、ニュース番組以外はほとんど見な
いのですが、8月26日の「たけしのTVタッ
クル」をたまたま見ました。
大水害がテーマで、いろいろと防災対策につ
いて話し合っていました。
ハザードマップの当たる確率の高さが強調さ
れ、そのあと防災対策を何とかしなければと
いう話になりました。
そこまではいいのですが、とにかく堤防を整
備しなくてはならない、しかし国に多くの税
金が行ってしまうので、自治体には資金が不
足していると誰かが発言しました。
そこから先に議論が進みません。

これは何もTVタックルに限った話ではないの
です。
社会福祉、医療、科学技術開発、国防、どんな
社会問題を扱った番組でも(といってもニュー
ス番組やクローズアップ現代などで見る限りで
すが)、その個別問題について詳しい専門家を
連れてきて、ディテールについて紹介をしま
す。
それによって問題の根深さが強調されます。
さてどうするか。
解決のためには、こういう努力が必要だとい
った結論に導かれるのですが、そこから先は
思考停止状態に陥ります。
解決に導くための資金をだれが出すのか、そ
のために何が必要か、だれが資金提供を阻ん
でいるのかという問題に突き進まなければ、
みんなで頭を抱えていても意味はないのです。

さてこの問いの答えははっきりしています。
中央政府が、問題ごとに国民の生命、安全、
生活にかかわる度合いを判断して、優先順位
を迅速に決め、積極的に財政出動をすればい
いのです。
ところが、どの番組も、個別問題を切れ切れ
に取り上げて、その範囲内で「資金不足だね
え、困ったねえ」と財政問題に突き当たって
止まってしまいます。
話がそこまで行けばまだいいのですが、ただ
の精神論で終わる場合も多くあります。
総合的に政策を見ようとする視野がちっとも
開かれません。
目の前に梁(うつばり)がかかっています。
もちろん、かけている張本人がおり、かけら
れている張本人もいるのです。
前者は財務省、後者はマスコミ(これは前者
と共謀もしていますが)と、それをうのみに
する国民です。
先のTVタックルでは、初めから三つの大き
な誤りと無知にもとづく枠組みによって番組
が構成されていました。

第一に、まず番組の初めに、政府が2023年
に配備運用を予定しているイージス・アショ
ア(弾道ミサイルを陸上で迎撃するシステム)
に6000億円も必要だという情報をセンセーシ
ョナルに流しておいて、それと大規模な災害
に対する対策とどっちが大事か、と視聴者に
二者択一を迫ったのです。
予算規模が限られていることを前提として、
そのパイの範囲内でどちらかを選べ、という
心理操作を行っているわけです。
しかしこれは二者択一の問題ではありません。
安全保障と防災、どちらも大事で、どちらに
も大金を投じて実現させなくてはならないの
です。
すぐ後で述べますが、それはいくらでも可能
なのです。

第二に、税金が国にたくさん行っているから
地方に金が回らないという認識ですが、これ
は二重の意味で間違っています。
まず国の予算規模は100兆円ですが、税収は
わずかに40兆円です。残り60兆円は国債そ
の他で賄っています。
発言者はそんなことも知らないのでしょうか。
そしてこの予算総額の中には、当然、地方へ
の補助金も含まれます。
もし政府が事態の重大性にかんがみて、国債
発行による特別予算を組み、補助金を大幅に
増やせば、自治体に金が回らないなどという
ことはないのです。

第三に、財務省が流し続けた例の財政破綻論
のウソにみんなが騙されているという事実で
す。
以下は、「キャッシング大全」という、国の
財政とは直接関係のない、個人借金のための
サイトですが、そこにまで、両者を混同させ
るようなことが書かれています。

http://www.cashing-taizen.com/kokusai1016.html
《国が頼りにしている国債は誰が貸している
のか?
それは国民です。
なので国債=国の借金=国民の借金というこ
とになるのです。
もし国は破綻すればその借金はほぼ国民にか
かってくることになります。2015年3月の時
点で1053兆円もの大金が国の借金となり、国
民1人あたりで計算すると830万円もの借金
をかかえていることになるのです。》

やれやれ。
完全に財務省のトリックにハマっていますね。
国民が貸主なのに、なんで国債=国民の借金
ということにされてしまうのか。
でもみんなが騙されるのも無理がないかもし
れません。
なぜなら、財務省の御用学者たちが、その権
威を傘に着て「財政健全化」を説き、根拠な
き「財政破綻の危機」、それゆえの「消費増
税の必要」を煽りつづけているからです。

たとえば吉川洋東大名誉教授は、大規模災害
対策のための公共投資よりも、「財政健全化」
を重視すべきだと平然と述べて、ここ数十年
にわたる公共投資のひどい削減を正当化して
います。
吉川氏は、本年6月に土木学会が発表した、
南海トラフ地震で予想される被害総額1400
兆円のうち、40兆円の耐震化費用で500兆
円以上の被害が防げるという試算結果を悪
用し、次のように述べます。

《今回の土木学会の発表で最も注目されるの
は、インフラ耐震工事約40兆円で南海トラ
フ地震の場合509兆円の被害を縮小できると
いう推計結果である。これほどの高い効率性
をもつ公共事業は他に存在しない。整備新幹
線はじめほとんどすべての公共事業をわれわ
れはしばらく我慢しなければならない。(中
略)あれもこれもと、現在国費ベースで年6
兆円の公共事業費を拡大することはできない。
それでは『国難』としての自然災害を機に、
『亡国』の財政破綻に陥ってしまう。》(『中央
公論』8月号)

要するに、すべての公共事業費をあきらめる
か、そうでなければ南海トラフ地震対策をあ
きらめるか、どちらかにしなければ、「財政
破綻」すると言っているわけです。
こういう狂信的な輩が「学術論文」めかして、
財務省の緊縮路線に根拠を与えているのです。

さらに吉川氏は、2003年3月19日付日本経
済新聞「経済教室」で、「このままだと政府
債務の対GDP比率が200%に達するが、この
水準は国家財政の事実上の破たんを意味する
と言ってよい。たとえデフレが収束し経済成
長が回復しても、その結果金利が上昇すると
ただちに政府の利払い負担が国税収入を上回
る可能性が高いからである。」と述べています。
ところが、経済思想家の中野剛志氏が、「しか
し、現在の政府債務の対GDP比率は、吉川氏ら
が『国家財政の事実上の破たん』とした水準を
すでに上回り、230%以上となっているが、長
期金利はわずか0.03%に過ぎない。政府債務
の対GDP比率と財政破綻とは関係がないの
だ。」(「東洋経済オンライン2018年8月1日」)
と反論しています。
吉川氏の「警鐘」がまったく非現実的であっ
たことが事実によって証明されたわけです。
また、政府債務は、無利子無期限の新規国債
に次々に借り換えてゆくことによって、原則
として返済しなくてもよい特殊な「借金」な
のです。
国民が取り付け騒ぎでも起こして、返せ返せ
と押し掛けたわけでもないのに、いったい誰
に返すのですか。
それとも銀行ですか。
銀行は新規国債が発行されないために、発行
残高が不足して取引が成立せず、困っている
状態です。

政府は通貨発行権を持っていますし、日本国
債はすべて自国通貨建てです。
そうであるかぎり、財政破綻など起こりよう
がありません。
そもそも「財政破綻」の定義とは何でしょう
か。
御用学者や財務省は一度もこれを明らかにし
たことがありません。
それは、政府の負債が増えることではなく、
正確には、国として必要なのに誰もお金を貸
してくれなくなった状態を意味します。
しかしいまの日本は、国債を発行すれば、い
くらでも貸し手(直接には、主として銀行)
がいる状態です。

またたとえば、政府の子会社である日銀が市
場の国債を買い取れば、事実上、その「借金」
なるものは、買い取った分だけ減殺されるの
です。
現にここ数年日銀が行ってきた大量の量的緩
和によって、すでに日銀の国債保有高は400
兆円を超え、国債発行総額の4割に達してい
ます。
つまり「国の借金1000兆円超」というのは
デタラメなのです。

水利事業、インフラ整備、国防、災害対策
――これらは、現在、政府が果たさなくては
ならない喫緊の課題です。
税収で賄えない分は、どんどん新規国債の発
行で賄うべきです。
新規国債の発行は、これまでの負債の借り換
えによる補填以外は、そのまま政府の新たな
公共投資を意味しますから、市中へ資金が供
給され、内需の拡大に直結します。
日銀の金融緩和によって銀行の当座預金残高
がいくら膨らんでも、投資のための借り手が
大幅に現れなければ(現れていないのです
が)、デフレから脱却できません。
しかし政府の公共投資は、具体的な事業のた
めの出資ですから、確実に市場にお金が回り、
生産活動が動き出します。
それによる経済効果も、特に疲弊した地方を
潤すことになるでしょう。
やがて沈滞している消費も活性化し、30年
間伸びていなかったGDPも上昇、結果、税収
も伸びるでしょう。
こうした一石三鳥、四鳥の財政政策の発動を
阻止し、自分で自分の首を絞め、デフレ脱却
を遅らせて国民生活を窮乏に陥れているのが、
当の財務省なのです。

この程度のことは、少し勉強すればわかるこ
とです。
しかし政治家、学識者、マスコミ人のほとん
どが、この程度のことを理解していません。
残念ながらそれが日本の現状です。
自民党次期総裁選に立候補する石破茂氏も、
全然このことを理解していませんよ。
こんな人が次期総裁になったら、日本はさら
に悲惨です。
今の日本人の多くが、財務省を総本山とする
「緊縮真理教」という宗教の信者になってし
まったので、個別社会問題をあちこちでいく
ら取り上げても、根っこは、当の総本山にあ
るのだということが見えず、ある時点で必ず
思考停止してしまうのです。
マスコミで取り上げられる社会問題のほとん
どの原因は、財務省の緊縮路線にあるのだと
いうことにみんなが気付くべきです。

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●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo

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【小浜逸郎】国民の思考停止への5件のコメント

  1. たかゆき より

    緊縮真理教

    教祖さまも 信徒のかたがたも
    まさか
    日本銀行券が 兌換紙幣 だなんて
    信じてませんよね。。。

    彼等の教理を眺めていると
    紙幣=金(きん)と確信している のか
    しら ん。。。

    さてさて
    日本に移民様が 溢れかえる ご時世になったなら
    震災のたびごとに 焼き討ちやら 略奪やらを
    拝見できるように なるのでせうね (たぶん)

    ではでは
    真理教の かたがたに 習い
    天を仰いで 数珠握る と いたします
    南無南無

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  2. 日本晴れ より

    >緊縮真理教」という宗教の信者になってし
    まったので、個別社会問題をあちこちでいく
    ら取り上げても、根っこは、当の総本山にあ
    るのだということが見えず、ある時点で必ず
    思考停止してしまうのです。

    全くです。結局どこのメディアもあれこれ社会の問題を論じますが結局の所財政がーとか国の苦しい台所事情がーとか結論は部分は皆同じなんですよ。その考え方自体間違ってると思うし
    結局財政の問題があるなら、どれも絶対に解決しませんよ
    何でそんな事も分からないのか不思議でしょうがないです。

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  4. たけちゃん より

    財務省が緊縮真理狂の総本山で吉川洋が理論付けして石破茂も信者だと、、、、、
    じゃあ安倍晋三は一体何なんだ? 
    色々固有名詞上げる割には安倍晋三の名前が一切出てこないて何だ?
    いい加減にしろよ 日本会議 酷死館大学 似非国士 デマゴギー野郎!!!!!

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  5. komiyet より

    この長いコラムを読む人はこの内容を理解できる。

    すでに知っているからね。

    貴方は、知らない人にこれを読んでもらいたいのに、

    知らない人が検索しそうな日本語を入れていない。

    って思うコラムでした。

    インテリのパラノイヤ。

    すでに知っている人に読んでもらっても仕方がないんじゃないの?

    知らない人の検索に引っかかりそうな工夫したらどうですか?

    返信

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