日本経済

2018年5月26日

【平松禎史】霧につつまれたハリネズミのつぶやき:第四十五話

From 平松禎史@アニメーター/演出家

◯オープニング

2008年金融危機(リーマンショック)の被害を二度と起こさないために制定された規制を、緩和する法案が可決されたようです。

米下院、ドッド・フランク法見直し法案を可決-大統領に送付
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-05-23/P95JWR6K50YD01

ブルームバーグの記事の最後にある「ボルカー・ルール」は、1933年に制定され1999年に廃止されたグラス・スティーガル法に類似したものだそう。
この廃止後にサブプライムローンの不良資産拡大が起き、破綻に至ったとも分析される。
2008年金融危機の引き金になったわけです。
危機に陥ったメガバンクを救済するために、「ペイル・アウト」 — 税金の投入 — を行うのをおわらせる。つまり、債権者の負担による「ペイル・イン」方式への転換というわけですね。

10年経って、被害を最小化するために作った規制を緩和し、自由化・柔軟化する動きが出てきた。
これが新たな金融危機を誘発する可能性は、前例からすれば高いと思う。

海外の法律名には人名が冠されたものがよくあります。
「誰が」発案したのかを重視する意識があるのでしょう。
日本人の意識との違いが見えてくる興味深いところでもあります。

第四十五話:『「〈中身〉思考」から「〈誰が〉思考」へと傾斜している日本人の意識』

ドッド=フランク法はクリス・ドッドとバーニー・フランクから、ボルカー(ヴォルカー)・ルールはポール・ヴォルカーから、グラス・スティーガル法はカーター・グラスとヘンリー・B・スティーガルから、といったように立案に携わった人の名前がついています。

ところで

アメリカでは(ヨーロッパでもそうかな?)、様々なものに人の名前が付いています。
法律の名前、地名、ダム、艦船、惑星のクレーター・・・
アメリカという国名も、アメリゴ・ヴェスプッチから付けられました。

アメリカは「法の支配」を大切にする国です。
ビジネスでは契約書ありき、個人に至るまで弁護士が生活に密着していて「訴訟社会」などと言われるのも、「法の支配」を重んじる側面をあらわしている。
独立宣言から242年。南北統一を今のアメリカの規準とすれば153年で、明治維新後の日本とそう変わらない。
歴史が浅く、国民のアイデンティティーを根拠づける歴史が浅いため、人間が作り出した憲法や法律を根拠にし、争いごとを治めてきたのでしょう。
法を作るのは人間ですから、アメリカでは権威を「善き人」におくわけですね。
それで様々なものに人の名前がついているとすれば、納得できますしおもしろいですね。

日本では、「〈誰が〉思考」を持ちませんでした。
アメリカで言うと、土地や川の名前にネイティブ・アメリカンが名付けたものが残っていますが、ミシシッピ川が「偉大な川」という意味なことと同じように、日本の名付けも、その〈中身〉をあらわすものがほとんどで、森羅万象や神々が象徴する霊的な力に託して名付ける傾向があった
天皇という伝統(社会的なしくみとして言うなら「System…制度」とも言える)が、祭祀を通して日本の土地や気候と人々をつなぐ役割を代々継承しているのも、〈誰が〉ではなく、〈中身〉を大切にしているから、なのだと思います。

元々の日本語「やまとことば」は発声で伝えられたものですので、後に輸入した漢字が当てられて、意味がわからなくなったものが多々あります。
たとえば「木曽」という地名の語源はよくわかっていません。
また、最近テレビで「藪医者」の語源を「但馬国の養父の医者」が語源だとしているが、それは誤りだという指摘があります。「養父」も他の漢字であらわしたものがあり、どちらもはっきりした語源はわかりません。
当てられた漢字から辿ろうとしてもわからない。それどころか間違った解釈をしてしまうことがある。柳田國男が言ったように「どんな字病」に陥ってしまうのです。
「ケ」や「ハレ」、「モノ」といった古来からの感覚は、漢字であらわすことができません。
日本人の根底には、このように長い時間受け継がれる〈中身〉を重視しようとする意識があって、〈誰が〉書いたか問題にされる文章より、口伝を重視したのかもしれません。

× × ×

アメリカの艦船名は古くは地名などもありましたが、リンカーンやニミッツ、セオドアおよびフランクリン・ルーズベルト、J.F.ケネディなど第一次大戦以降から人名が増えています。フーバーダムやS.ルーズベルトダムも大戦後です。この変化も興味深いのであとで書きます。
日本では現代まで一貫して山や川や気象などにちなんでいます。

なぜ、人の名前でなく森羅万象や神々の霊性を象徴する名付けをするのか
日本人と土地の関わりが大きく影響してると思えます。
日本人が山や川、気象現象を、意識を共有する道具に使っていたことは、万葉集など歌にあらわれています。
ものごとを決める時、森羅万象の何かに託して名付けをすれば、人々が争うことなく納得して丸くおさまると考えるわけだ。
尊重されるのは人…「誰が」ではなく、森羅万象、長い歴史の象徴…「中身」なのです。

日本人は、激しく移り変わる国土条件に長く暮らすうち、〈中身〉を問う共通感覚で丸くおさめることを優先し、〈誰が〉で問うて争いを止められなくなるのを避けていたのではないでしょうか。

〈中身〉と〈誰が〉の違いは何か?

それは「時間的長さ空間的広さ」と「今」の違いでしょう。

〈中身〉を問う時、古くからの土地や気象、経験が問われるのに対して、〈誰が〉で問われるのは、せいぜい数十年程度の今この時です。

人智を超える国土条件にあって、今この時の自分本位でしくみを設計し決めようとすれば、争いをおさめられなくなって当然でしょう。おのづと「〈中身〉思考」が重要になります。
現代日本の病理は、元々は1000年単位の歴史に基づく「〈中身〉思考」を持つ人々が、それを忘れ、不慣れで短期狭小に陥りやすい「〈誰が〉思考」に傾いていること、ではないでしょうか。

長期視点の財政拡大やインフラ整備に関心が薄くなり、ありもしない「財政問題」という「今」にとらわれる。

日本人が「〈誰が〉思考」に陥ったのは、超長期デフレ不況とその過程で生じた劇場型政治の心地よさが原因でしょう。
つまり、小泉・橋下・安倍の「改革政治」です。
彼らの特徴は、既得権益を「敵」に設定し、個人や特定政党を槍玉に挙げ、デフレ不況で高まったルサンチマンを刺激して支持を勝ち取ることで一致している。
その挙句が、世界最悪の経済成長率と国民の貧困化ですが、状況が悪くなればなるほど「敵」探しに躍起になり、「〈誰が〉思考」が強化されて負のスパイラルに陥るのです。
安倍政権に対しては、支持派と打倒派が互いにその世界観を強化し合い、「〈中身〉思考」を失わせている。
恐ろしい話です。

では、「〈誰が〉思考」のアメリカはダメな国なのか?
そういうことではありません。
国の成り立ちが違うのです。
アメリカは歴史が浅い代わりに「法の支配」で「善き人」を選びだそうと「中身」を議論することを厭わない。論戦を通して「善」を導き出そうとする。
その結果が世界中を巻き込んで悪い方向に行くこともあるのでやっかいではあるけども、アメリカはそうやって育ってきた国なのです。

「〈誰が〉思考」が世界共通で弊害の大きいものなのかは、もっと歴史を振り返る必要がありますが、ヒトラーやスターリンなど独裁が悲劇をもたらした例は多々あるので、良いことじゃないと思ったほうが良さそうです。
建国当初は、ネイティブアメリカンの地名などを採用していたアメリカが、第一次世界大戦後に覇権国の仲間入りをしてから(アメリカ)人名を付けるよう変化してきたのは興味深い現象です。
成功体験を長続きさせるためには、成功させた人…〈誰が〉を中心に思考するようになるのかもしれません。
日本では明治以降、森羅万象や歴史を象徴してきた天皇を外国の神(GOD)や王や大統領に近づけ「〈誰が〉思考」に接近してしまったと言えないでしょうか。
国際情勢上、防衛は然るべきとして、日清日露の戦勝が「〈誰が〉思考」を増長させ、その結果、戦争を拡大させ大敗する結果をもたらしてしまったのではないか。明治の改革はもっと再検証が必要だと思う。
近年では、90年代後半に経済が停滞し、デフレ不況に転落してもなお高度経済成長の成功体験を幻覚のように持ち続け、「〈誰が〉思考」に深く陥り、「衰退途上国」化している。
安倍首相の名を冠した「アベノミクス」は、安倍首相もお気に入りとなり、国内外の演説や国会でも自身の成功を誇示するために使っています
野党は、政策群である「アベノミクス」を安倍首相個人と一体化させて批判する。どちらも〈中身〉は置き去りで、「〈誰が〉思考」への傾斜を如実に表していると思います。
安倍首相の政治手法を批判すると必ず出てくる反論が「他に誰がいる」です。
日本テレビの世論調査でも、安倍内閣を支持する理由のダントツ1位は「他に代わる人がいない」。政策への期待度がどんどん下がっているにもかかわらず、です。

「元寇」をはね返した手柄を「誰が」とせず、謙遜して「神風」のおかげと伝えた古来の感覚は変質してしまっているのでしょうか。・・・歴史の勉強が〈誰が〉中心なのも問題ありですね。歴史の捉え方、教育、経済状況、社会心理学的な状況、様々な局面に「〈誰が〉思考」への傾斜が見て取れます。

× × ×

「骨太方針」が今報道されている通りになれば、日本は「衰退先進国」になるでしょう。
プライマリー・バランス黒字化目標の撤廃と財政拡大なしには、デフレ状況から立ち上がることはできません。
今を「景気は良くなっている」と誤認して現状維持の方針を打ち出せば、悪くなるのは当然ですからね。

自信を失ったからなのか、自信を失いたくなくて理性的な現状認識を恐れているのか。
「誰が」悪いのか責任を押し付けようとする思考は、自分に責任が押し付けられる恐怖となる。
だから、失敗を認められないのではないか。
〈中身〉を問いましょう。

自信を得るには、失敗を認めて過去を振り返り、成功する(成功してきた)方法をやってみること。
財政拡大です。

まずは小さな成功でも良い。
日本人に合った「〈中身〉思考」で、成果を出していくことが肝心だと思う。
そして、成功したら慢心せず〈中身〉を問い続けることです。

◯エンディング

〈誰が〉ではなく〈中身〉で、という思考は、中野剛志氏の『経済と国民』で提示されている、人文主義と近代合理主義、あるいは、主流派経済学の「世界観」などのテーマとも通じます。

無時間で固定的な、科学的に美しく見える近代合理主義の「世界観」を構築した人々は、そこに安住し、これに反対するものを拒否する。
そのパワーは強力で、「世界観」に賛同しなければ生きていけない恐怖感を植え付け盲従させようとする。〈中身〉が問われなくなるのは、ハンナ・アーレントが批判したアイヒマンにしても同様です。全体主義ですね。
人文主義は、時間や経験を重視し、この世が移ろう動態だと認識して観察する。プラグマティズムです。

今の日本に必要なのは「〈誰が〉思考」に傾いていることを自覚して「〈中身〉思考」を取り戻すことではないでしょうか。

◯コマーシャル

岡田麿里監督作品『さよならの朝に約束の花をかざろう』
http://sayoasa.jp/
ボクはコア・ディレクターとして絵コンテ演出・作画監督などを担当しました。
2月24日から始まって3ヶ月、現在も13館で上映中です。

『平松禎史 アニメーション画集』発売中。
『エヴァンゲリオン』シリーズや『彼氏彼女の事情』などカラーイラストを多数収載。
http://amzn.asia/hetpEPD

画集第二弾『平松禎史 Sketch Book』発売中。
キャラクターデザインのラフや楽描き、国民の祝日の絵「ハタビちゃん」シリーズなど収載。
http://amzn.asia/hUQoCkv

TVアニメ『ユーリ!!! on ICE』の完全新作劇場版、制作決定!

ボクのブログです。
http://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/

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