日本経済

2018年4月17日

【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その2)

From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授

続いて彼は、金銀よりも紙を用いることの
便利さを列挙していきます。

第一、紙幣は運搬に便利。

第二、人の目に立たないので盗賊に会いにくい。

第三、金銀を紛失してしまうと、
再び「苦痛の塊」を苦労して作らなくてはならないが、
紙ならば、本人の損害だけで、
経済活動全体には影響がない。

第四、紙には偽札の危険があるという人がいるが、
それは印刷技術を高めればよいので、
金銀の場合も同じ偽造の危険はいくらでもある。

第五、紙幣は紙なので粗末に扱い、
浪費乱用の危険があるという人がいるが、
それは習慣の問題で、
すべて紙幣を用いる習慣が定着しさえすれば、
それを大切にするようになる。

この最後の指摘について、
福沢は、まだ中津にいた少年時代の
面白い経験を記しています。

夜分、使いに出されて、
一分銀か二朱金で支払おうとすると、
店の主人から、暗くて真贋を見極めにくいので、
札(藩札)の方がありがたいと言われたというのです。

商人が京大阪へ上った場合には、
札を両替して銀で取引したのでしょうが、
中津藩内では、藩札が重宝されて出回っていたわけです。
ここから、一藩(一国)の統治が安定していれば
信用が生まれてくるということが示唆されます。

次に福沢は、金銀は量に制限があるため
むやみに通用させることはできないが、
紙幣の場合、政府の都合でいくらでも増刷できるから、
物価騰貴を抑えられないという反論に対して、
いかにももっともだが、と断ったうえで、
次のように答えます。

それは政府を信じないところから生まれてくる議論で、
初めから政府を疑うなら、紙幣の発行に限らず、
いくらでも疑いの材料はある。
年貢のつり上げ、小判の質の悪化、新紙幣の発行、
私有地の官有化など、
現に旧幕府は人民の信用を落とすことを
いくらでもやってきた。

自分はともかく政府を信用する立場をとった上で
紙幣発行がいかに便利かという論点で議論を進める。
このように、議論の原則をはっきりさせるわけです。

するとここでも、どうしてその信用が得られるのか
という議論が蒸し返されます。

先の中野剛志氏は、政府が徴税権を持ち、
それを国民が現金紙幣で納めることを
政府が承認しているという事実が、
一国の紙幣信用を生み出す要因である
という説を打ち出しています
(『富国と強兵』東洋経済新報社)。

これに対して、福沢は、
旧藩時代と違って今日は全国一政府の時代なのだから、
そこが発行する紙幣は拒むも拒まないも、
安心するも信用しないも、
現に毎日盛んに商取引が行なわれている以上、
その紙幣を使う以外他に方法がないのだという点を
強調しています。

福沢は、現に商取引において一紙幣を使うという
合意が遅滞なく成立している「事実」のほうを
信用成立の原因としてやや重く見ているわけです。

中野氏と福沢、
二人の議論は対立しているのでしょうか。
そうではありません。

租税を現金紙幣で納めることを
政府が承認しているという事実は、
全国一政府の下に、経済人としての人民の
国民意識が統合されていることそのものの証しです。

逆に、一つの通貨によって毎日盛んに
商取引が行なわれていることは、
人民がその国の統一性を信用していることの証しです。

両者は同じことを違った角度から視ているにすぎません。

これは、米本位制による物納でも、
預金通帳からの引き落としという
書類上の納入の場合でも同じです。

そもそも信用とは、
AがBを信用することだけを意味するのではなく、
常にそれを受けるBの側からもAを信用する
という相互性の上に成り立つものです。

Aを国民、Bを政府とすれば、
Bに対するAの信用は、
現にBが発行した通貨を用いて
盛んに経済活動をやっているという
事実によって示され(福沢説)、
Aに対するBの信用は、
現金紙幣を租税徴収の手段として認めているという
事実によって示されます(中野説)。

また福沢は、開国以降、
国際的取引では金銀が本位通貨となるので、
紙幣の発行に関して警戒すべきことを、
実例を挙げて示しています。

まず国内での物価高は、
不換紙幣の名目として高くなっているだけで、
金銀との関係では、
逆に低いこともありうると注意を促します。
もしそういう時期に輸出をすると、
その輸出品は、より少ない量の金銀としか
交換できないので、
それで得た金銀は、国内で紙幣と両替すれば、
値打ちの低い物品と同じということになります。
つまり損をしてしまうわけです。

これは、現在の為替変動相場制における円高期
(少ない額のドルとしか交換できない時期)
の輸出と似ていますね。

福沢は、幕末期にこういうことになったのは、
わが国で紙幣と同じ名目価値しか持たない
一分銀を通用させ、
金と銀との実質的な割合について
おろそかだったからだと指摘します。

その上で、これを防ぐには、
万国普通の相場に従って金と銀との価値の比率を定め、
その貨幣の名目に準じて紙幣を発行するしかない
という提案をします。
癪な話ではあるが、開国してしまった以上、
通貨問題は国際標準に合わせざるを得ない
というわけですね。

この後『通貨論 第一』の白眉となります。

【小浜逸郎からのお知らせ】
●『福沢諭吉 しなやかな日本精神』(仮)を
脱稿しました。
PHP新書です。
出版社の都合により、刊行は5月になります。
中身については自信を持っていますので(笑)、
どうぞご期待ください。
●『表現者』76号「同第29回──福沢諭吉」
●月刊誌『Voice』3月号「西部邁氏追悼」
●『表現者クライテリオン』第2号
「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」
●月刊誌『Voice』6月号
「自殺幇助はどこまで許されるのか」(仮)
(5月10日発売予定)
●現在、『日本語は哲学する言語である』(仮)
という本を執筆中です。
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo

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【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その2)への1件のコメント

  1. 田中誠 より

    1.「 現金紙幣を租税徴収の手段として認めている」ことは、「国民に対する政府の信用」ではなく、あくまでも政府紙幣に対する国民の信用を補強するものではありませんか。

    2.「現在の為替変動相場制における円高期 (少ない額のドルとしか交換できない時期)の輸出と似ていますね。」
    →円安でしょう。(この部分、原文の意味もよく分かりませんが)

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