From 小浜逸郎@評論家/国士舘大学客員教授
このたび、5月にPHP研究所より
『福沢諭吉 しなやかな日本精神』
を上梓する運びとなりました。
宣伝を兼ねて、
その一端を紹介させていただきます。
福沢が、明治初年代、
欧米列強の餌食にならないよう、
日本の自主独立を切に願っていたことは、
よく知られています。
しかし、彼が経済に対して
どういう考え方をしていたかは、
ほとんど知られていません。
世の福沢論者も、あまりこの領域には
手を染めてこなかったようです。
このたび福沢論を書くにあたって、
彼の一連の経済論文にも
丁寧に目を通してみたのですが、
驚いたことに経済に対する彼の見識は、
現代の凡百の経済学者やエコノミストより
はるかに高いものがありました。
ことに、明治11年に発表された
『通貨論 第一』では、
まだ本位貨幣制度も整っていない時代に、
それを飛び越して、
現代の管理通貨制度と完全に等しい考え方を
採っているのです。
福沢はまず、通貨の本質について、
それは単なる品物の預かり手形と同じであると
言い切ります。
これは最近、三橋貴明氏が強調している、
「貨幣は債権と債務の記録であり、借用証書である」
という本質規定とまったく同じです。
また、その「預り手形」として
金銀を用いようが紙を用いようが、
その機能において何ら変わるところがない
とも言い切ります。
こちらも、最近、中野剛志氏が、
貴金属に価値の本源があると
錯覚してきた長きにわたる慣習(金属主義)
が無意味であって、
貨幣はただ価値を明示する印(表券主義)
と指摘した、
その議論とぴったり一致しています。
福沢は、前者の場合を次のような
たいへんわかりやすい例で説明しています。
《たとえばここに、不用の米十俵を所持して
これを綿に易えんと思えども、
差向き気に叶う綿の品物もなし、
さりとて、所持の米は不用なるゆえ、
まずこれを近処の綿屋に渡して
代金を受け取りおき、
追ってその店に綿の上物あるときに至りて
先に受け取たる代金をもって綿を買えば、
つまるところは米と綿と交易したる訳にて、
その代金はしばらくの間綿屋より受け取たる
米の預り手形に異ならず。(中略)
この預り手形に金銀を用いれば
何程の便利あるや、
紙を用いれば何程の不便利あるや、
いささかも区別あるべからず。
ただ、その約束の大丈夫なるとしからざる
との一事心配なるのみ。
この一段に至りて、金銀は人の苦痛の塊
(掘り出して精錬し鋳造する労働力
が込められている――引用者注)
なるが故に、
これを質に取りて大丈夫なりと言わんか、
決して頼みにするに足らず。
紙にてもまた大丈夫なる訳あり。》
福沢は、取引においては、
互いの需要を満たすために
必ず時間差や空間差が介入してくるので、
そのために「預り手形」(約束の証書)が
どうしても必要とされるというところに
通貨の本質を見ているわけです。
中略部では、それが不特定多数との間で
流通性を持てば、
通貨となるのだと説いています。
まことにその通りという他はありません。
ふつう貨幣のはたらきとして列挙される、
支払いの手段とか、蓄財の手段とか、
価値の尺度とか、富を誇示するためなどは、
あくまでその「機能」であって、
「本質」ではありません。
ところで引用部分の最後の指摘から、
それでは紙でも大丈夫だという信用
はどこから得られるのか
という問いが出てきます。
福沢はこれに対して、
商売取引が現に繁多に
行われていさえすれば
世人はみな貨幣を大切に思うので、
その現実こそが信用を実現させている
と答えます。
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、
品の質にあらずして
その働きにあるものなり。
今、金銀と紙とその質は異なれども、
これを貨幣に用いて
働きに異なる所あらざれば、
紙を大丈夫なりと言いて
毫も異論あるべからず。》
貨幣が大切であるポイントは、
品質の如何ではなく働きにこそある
というこの指摘は、コロンブスの卵です。
真理を鋭く簡潔に言い当てていますが、
なかなかこううまくは
表現できないものです。
観点は違いますが同様の把握は
この論考の後の部分にも出てきます。
世間の人々は千両箱が積まれていると
すごい金持ちだというが、
本物の商人はそういう見方をせず、
千両が運用されずに一年間寝かせてあると
百両か二百両は損してしまうと考える。
活発に商取引や事業が行なわれている
その実態こそ、
金持ち(豊か)である証拠なので、
だから元気旺盛な商人ほど、
帳簿を調べてみれば
たくさん借金をしていることがわかる、と。
帳簿では貸方、借方のダイナミズムに
目をつけなくてはならないという、
当然と言えば当然の指摘ですが、
これなどは、
財政収支の黒字化ばかり気にして、
日本経済をひどい不活発に追いやっている
現在の財務省にぜひ
聞かせてやりたいくだりです。
しかし、と反論があるでしょう。
第一に、そもそも一つの閉ざされた
共同体市場(たとえば一国内)で
紙を使って商売取引が繁多になるためにこそ
まず紙に対する信用が先立つのではないか。
それはどうして得られるのか。
第二に、貴金属に対する尊重の感情は
根深く人情として根付いているので、
簡単に金属主義を超えることは
難しいのではないか。
これらについても福沢は答えているのですが
それは後述しましょう。
【小浜逸郎からのお知らせ】
●『福沢諭吉 しなやかな日本精神』(仮)を脱稿しました。PHP新書です。
出版社の都合により、刊行は5月になります。
中身については自信を持っていますので(笑)、どうぞご期待ください。
●『表現者』76号「同第29回──福沢諭吉」
●月刊誌『Voice』3月号「西部邁氏追悼」
●『表現者クライテリオン』第2号「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」
(4月16日発売予定)
●現在、『日本語は哲学する言語である』(仮)という本を執筆中です。
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo
【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その1)への2件のコメント
2018年4月12日 1:01 PM
金本位制から管理通貨制になった経緯と、その本質をまともに答えられる学者はほとんどいないのではないでしょうか。
金本位制はとても饒舌に話せるのに、管理通貨制になるとしどろもどろ。何で管理通貨制でも世界経済秩序が保たれたのかとか、金が通貨の価値を保証しているなら、管理通貨制の下では誰が通貨の価値を保証するのか、またその論理的な説明が全く出来ない。
管理通貨制の中で金本位制の価値観を有しているガラパゴス学者のおかげで世界経済が大変な事になっています。
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2018年4月12日 9:43 PM
表券主義者
よって 福沢先生は最高額紙幣の お顔
さらには 先生のお顔に吹き出しをいれ
「余は汝の借金(@財務省) さっさと他に渡せ」
そんな 万札が発行されたら
それこそ 完璧 ♪
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