From 藤井聡@京都大学大学院教授
(1)今や「財政政策」の必要性は国際常識
筆者は、「プライマリー・バランスの2020年黒字化目標」という財政規律が足かせとなり、政府はアベノミクス第二の矢である「機動的」な財政政策が展開できず、結果、デフレ脱却を果たすことが出来なくなっている――という事を、様々なメディアで主張し続けて参りました。
そしてこの度、その主張をまとめた書籍『プライマリー・バランス亡国論』を出版いたしました。
https://www.amazon.co.jp/dp/4594077323
しかし、こうした主張は我が国では特定個人の「特殊な持論」のように扱われる事がしばしばです。とりわけ日本の「経済の専門家達」は、その様に扱う事が極めて一般的です。
ですがそんな日本の「経済の専門家達」が、いつも大いに参照している欧米では、当方の主張は決して例外的でなく、むしろ「極めて一般的」です。
例えば、ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン氏やスティグリッツ氏は財政政策こそがデフレ脱却のカギであることを、そして、そのために財政規律を無視することこそが必要であることを、繰り返し主張しています。
(※詳細は拙著を参照ください。 https://goo.gl/xkQukg)
今年になってからは、(当方の理論的主張とは少々異なりますが)同じくノーベル経済学賞を受賞したシムズ氏が、「統合政府」の論理を踏まえて財政政策の重要性を強調していることが話題となりましたが、
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-03-14/OMOQAQ6JIJUO01
それ以前に、かつて米国財務長官を務めたローレンス・サマーズ氏も、長期停滞状況から抜け出すには金融政策だけでは不十分であり、財政政策の拡大が不可欠である事を指摘しています。
https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/201603_summers/
しかも、国際金融アナリストのアナトール・カレツキー氏は、長期停滞の主要な原因をもたらしたリーマンショックから立ち直るには、金融政策ではなく「財政政策の拡大」が重大な意味を持っていたことを実証的に主張しています。
(詳細はこちら→ https://www.amazon.co.jp/dp/4594077323)
さらにはつい先日は、これまで金融政策の重要性をことさら強調し続けた元FRB議長の経済学者バーナンキ氏ですら、「財政政策」の「必要不可欠性」を主張するようになっています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170525-00000092-san-bus_all
このように主要な経済学者の多くが、当方と同様の「財政政策必要論」を声高に主張し始めているのが現状なのです。
ちなみに、こうした論調は2000年代後半まではほとんど見られませんでした。しかし、2008年のリーマンショックを経験した多くの学者達は、自らのそれまでの主張を見直したため、学術界の論調が「ガラリ」と変わってしまった、というのが実状なのです。
こうした状況を受けつつ、英国のフィナンシャルタイムズ紙ではコラムの中で、日本のプライマリー・バランス財政規律に基づく財政戦略を、
「愚かで場当たり的な財政戦略」(foolish and arbitrary fiscal targets)
だと激しく批判しながら、それを
「無視すべき」
と強く主張しています。そうした上で、しっかりと、「デフレ脱却に至るまで、財政政策を拡大しなければならない」と強調しています。
https://38news.jp/economy/10427
――つまり今や、「財政政策の必要性」は国際常識になりつつあるのです。
(2)PB目標は、菅直人政権が日本に撃ち込んだ毒矢である
では、このように外国の経済紙にまで激しく批判される「愚かなPB目標」を、日本政府はなぜ導入したのでしょうか?
その根源的理由は、2010年にPB目標を導入したのが、前政権の菅直人政権だったという事実に見いだすことができます。彼は、その破壊的なインパクトを十分に理解せず、PB目標を導入してしまったのです。
結果、「継続性」を重視する我が国ではその目標がそのまま引き継がれてしまったのです。我が国では政府の最重要決定である「閣議決定」がなされれば、何らかの特別な状況変化でもない限り、後続内閣はそれを粛々と踏襲し続けることがしばしばなのです――。
結果、安倍内閣でも、前政権時からさして大きな変化がないという「消極的理由」で、このPB目標が堅持されたのです。
(3)アベノミクスの異次元緩和で、「PB目標」は不要となった
ただし、2013年から徹底的に進められた「アベノミクス」によって状況は一変した結果、PB目標を堅持し続ける「理論的根拠」が失われてしまいました。そしてPB黒字化という財政規律は、著しく不条理な「不要物」になってしまったのです。
以下、解説します。
そもそも政府の財政再建とは、「債務対GDP比の縮小」を目指すもの。これはG20各国が目標としているもので、「財政再建目標の国際標準と」言うべきものです。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page3_000373.html
にも拘わらずなぜ我が国においてのみ「PB黒字化目標」が導入されているのかといえば――これまで「金利と成長率はおおむね同水準であろう」と「想定」されたからです。確かに、この「想定」が正しければ、債務対GDP比の引き下げにはPB黒字化という「手段」が必要です(金利=成長率ということは、債務対GDP比の分母・分子の拡大率が等しいということです。その場合、債務を直接引き下げるPB黒字化が、債務対GDP比の引き下げには必要となるのです)。
ところが、今、アベノミクスにおける日銀の「異次元緩和」によって状況は一変しています。異次元緩和の下では、「金利が成長率よりも圧倒的低い水準で抑えられる」からです。
そうなれば、PBが多少赤字であっても債務対GDP比は引き下がっていきます。
なぜなら、金利が低いので「債務」はあまり拡大しない一方、名目成長率が高ければ
「GDP」がより早く拡大していくからです。そうなれば、「分子よりも分母の方が早く拡大」し、結果として、分数としての債務対GDP比が「縮小」していくのです。
実際、2015年から2016年にかけて、債務対GDP比は、着実に「縮小」しています。その意味において、我が国は既にPBが赤字のまま、財政再建に向かって歩み始めているのです!
つまり異次元緩和によって金利が低く抑えられ続けている限り、PB黒字化という「手段」は、債務対GDP比の引き下げという財政再建にとって「不必要」なのです。それは理論的に「自明」であるのみならず、現状の財政データから「実証的」にも明白なのです。
これこそ、今、異次元緩和を進めている安倍内閣において、PB黒字化が「不要物」となっている理論的かつ実証的な「根拠」なのです。
(4)政府はデフレを脱却する「自由」を得るために、「PB目標」を解除すべし。
本記事ではまず、多くの学者達の主張に基づきつつ「デフレ脱却」のためには財政拡大が必要である一方、「PB制約」のためにそれが不可能となっている――という状況を指摘しました。
同時に今の日本では、「財政再建」のためには「PB目標」は不要だ、ということを理論的、実証的に指摘しました。
だとすれば、
「デフレ脱却=経済成長」と「財政再建」の二兎を追うため
には、次の「財政方針」を採用する他に道は無い、ということが明確となります。
【安倍内閣が採用すべき、財政方針】
デフレが完全脱却できるまでの間は、
PB目標を「正々堂々」と解除した上で、
財政拡大を果たすべきである。
もしも財政拡大ができなければデフレは脱却できないでしょう。結果、財政再建も不可能となるでしょう。だからデフレ脱却のためにも、そして財政再建を果たすために、当面は「財政拡大」が必要不可欠なのです。
「財政再建のために財政拡大を」という一見、逆説的すら聞こえてしまうこの「理論的に明白な結論」を踏まえるなら、後に残された課題は、それをどのような「政治プロセス」で実現していくかという一点に収斂しますが――それについては学者であり参与である当方としては、政治に直接間接に携わる皆様方に委ねたいと思います。
心ある皆様方に本稿の主張が届きますことを、心から祈念申し上げます。
追伸:本稿の議論を詳しくご理解いただくためにも、一人でも多くの方々に拙著『プライマリーバランス亡国論』をご一読頂きたいと思います。是非とも、よろしく御願いいたします。
https://www.amazon.co.jp/dp/4594077323
【藤井聡】政府は「正々堂々」とプライマリーバランス目標を解除せよへの4件のコメント
2017年5月30日 5:11 PM
その通り、誰かが借入しないといけません、銀行にお金が貯まるだけ。
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2017年5月30日 5:39 PM
PB目標が日本政府の財政を緊縮に縛り付けていることは本当でしょうが、しかし、PB目標が無かった頃もずっと日本は馬鹿馬鹿しいほど意図的に緊縮財政でデフレ状態にあったのでしょう。だから緊縮財政を本当に是正するには財務省解体または根本改革が必要ではないですか。政府が本気で狂気レベルの緊縮財政を是正する気があったならとっくの昔に日本はデフレ停滞を脱していたと思われますが、その中で狂気の沙汰を最も堅持してきたのは間違いなく存在自体が緊縮財政そのものである財務省でしょう。
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2017年5月31日 8:46 AM
ではの守を非難するために
ではの守にならないといけないとは
皮肉な世の中ですよね
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