コラム

2022年5月14日

【竹村公太郎】地形から見る人類の誕生―サバンナ説?アクア説?なぜ四足歩行に戻らなかったか?―

 2018年6月のメルマガで「不可解な直立歩行への進化」で人間の謎を云うだけで終わった。いつかそれに決着をつけたいと思っていた。

 

人は何処から来たのか?
 ヒトの進化について、多くの謎が残されている。その中で最も大きな謎を挙げろと言われたら「ヒトは何故、直立二足歩行したか?」である。
 哺乳類、霊長類の中でヒトだけが、二足で直立歩行した。その理由はなにか?なぜ、ヒトはチンパンジーと別れたか?どこで別れたのか?
と次々と疑問が出てくる。
 ヒトへの疑問は尽きない。なにしろ、人間にとって、自分自身への興味に勝るものはない。

 

直立二足歩行
 800万年前のヒトとチンパンジーが別れる前、両者の共通の祖先は森の樹上に住んでいた。その後、約500万年経った約350万年前、直立歩行していたヒト科の猿人が出現していた。
 1974年アフリカ大陸、エチオピアの地層から、最古のヒト科猿人の化石が発見された。この化石は推定20歳の女性のものであった。身長は130㎝で、脳の容量は450ミリリットルであったが、直立二足歩行の骨格を示していた。
 この人類学上の大発見をしたのは米・仏チームの人類学者達。その時、調査隊のキャンプで流れていたビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイアモンズ」にちなんで、学者達はその骨の名前を「ルーシー」と命名した。(『ルーシー』(ドナルド・C・ジョハンソン、マイランド・A・エデイー著、どうぶつ社)
 それ以降、この化石の猿人は人類進化の母として、「ルーシー」と愛され親しみを込めて呼ばれるようになった。

(写真―1)は発掘されたルーシーの骨格である。
 問題はこの「800万年前」と「350万年前」の間の「500万年間」霊長類に一体何が起こったのかである。
 近年のミトコンドリアDNA研究の結果、ヒトとチンパンジーは800万年前に別れた判明している。しかし、その後の500万年間のヒト科の化石は発掘されていない。この時期は人類進化の謎の時期で、ミッシング・リンク(失われた環)と呼ばれている。
 人類の進化は高校時代に教わった。その時に教えられたのは「サバンナ説」であった。
 しかし、このサバンナ説では大きな疑問が解けない。

 

アフリカの大地殻変動
 6,500万年前、恐竜の時代が突然幕を閉じた。恐竜は1億5千年間も栄華を誇った。その恐竜の時代、こっそり森の樹の上で隠れるように生きていた小さな哺乳類がいた。それが人類の大祖先であったという。
 森の樹上は見晴らしも良く、弱い哺乳類の生き延びる条件が整っていた。
 長い長い恐竜の時代が終わり、生き残った哺乳類は一気に繁殖した。地球上は哺乳類の時代となった。
 さまざまな哺乳類が地上と水中へ進出していった。
 その中で、森の樹上に居続けた横着な哺乳類がチンパンジーへと進化していた。
 この樹上生活でチンパンジーは、ある特徴を獲得していた。手の発達である。前肢で樹の枝につかまり、後肢で身体を支える。その前肢が物を掴むという手のひらの進化をもたらし、後肢で姿勢を立たせるという特徴も獲得していった。
 この森の樹上での数千万年間は、結果として直立二足歩行するヒトへの準備期間となった。

(写真―2)は樹上のテナガザルである。
 約1,000万年前から700万年前にかけて、アフリカ大陸で大きな地殻変動が発生した。プレートテクトニクスによる火山活動、地盤の隆起、陥没が繰り返される大地殻変動であった。
 アフリカ大陸の東部に大断層が発生した。その断層に沿って大きな陥没帯、いわゆるアフリカ大地溝帯グレート・リフト・バレーが形成された。

(写真―3)はアフリカ大地溝帯であり、幅50㎞、長さ6,000㎞に及ぶ大陥没地形である。その大地溝帯の西側には、高さ4,000m級の隆起帯が連なった。

(図―1)にアフリカ大地溝帯の概念図を示す。
 500万年前のこのアフリカ大地溝帯が、ヒトの誕生する場所となった。
 アフリカ大陸の大地溝帯の西側では、チンパンジーの化石は多く発見されている。しかし、直立二足歩行の古いヒトの化石は、大部分がアフリカ大地溝帯の中で発見されている。
 アフリカ大地構帯の中で人類が発生したことは、ほぼ認定されている。
 フランスのイブ・コパン博士は、このアフリカ大陸東部での人類誕生の物語を、あの映画のウエスト・サイド・ストーリーをもじってイースト・サイド・ストーリーと呼んだ。
 しかし、このイースト・サイド・ストーリーには、二つのシナリオがある。
 定説になっているのが「サバンナ説」である。

 

人類起源の古典「サバンナ説」
 700万年前の大地殻変動で、南北に連なる4,000m級の山脈の東側では、
大きな気候変動が引き起こされた。アフリカの熱帯雨林を育てていた雨を運ぶ西風が、新しい山脈に遮られた。山脈の東側の大地溝帯では乾燥が始まり、熱帯雨林が衰退し、平原のサバンナとなってしまった。
 森の樹上生活をしていた猿は、縮小した森から平原に出て行かざるを得なかった。森を出た猿は、平原で直立歩行を始めた。そしてヒトへと進化していった。
 なぜ、サバンナで直立二足歩行を始めたのか。
 サバンナ説では、幾つかの仮説が提案されている。
① 平原で猛獣の獲物の腐肉を奪い、手で抱えて逃げるため
② 広い平原を最小限のエネルギーで歩いていくため
③ 平原で遠くを見回すため
④ 自分を大きく見せるため
等々である。
 しかし、これらの理由で直立する必要があれば、その時だけ直立になり、その後は四足歩行に戻ればよい。今のチンパンジーやゴリラなど他の霊長類の全てがそうだ。
 なにしろヒトのサバンナでの直立歩行への進化は、生命を否定するほど危険な進化であった。
 生命を否定する危険な進化とは、直立二歩行による「流産の危機」であり、もう一つが「体毛の喪失」である。

 

直立二足歩行の「流産」
 四足歩行の哺乳類は、よほどの病気でない限り早産、流産はしない。四足を地面につけているので、胎児は母親のお腹のハンモックで寝ているように安全な状態である。親が敵から逃げる時でも、安心してお腹の中で眠っていられる。

(写真―4)はナックル・ウオークの四足で歩くゴリラである。赤ちゃんは母親のお腹のハンモックの中で安心して眠っている。
 直立二足歩行をした瞬間、状況はガラッと変わる。
 直立二足歩行の母親は、外敵から逃げるたびに、胎児が重力によって大地に落下する流産というに危機に直面してしまう。そのため直立二足歩行のヒトは、やむを得ず産道を狭くして流産を避ける進化をせざるを得なかった。
 産道が狭くなれば、女性は赤ん坊を小さな未熟児で生まなければならない。未熟児で生まれた子供は、約2年以上も母親から乳と食べ物を与えられなければ生きていけない。また、サバンナで敵に襲われたときには、全速力で逃げなければならない。未熟児で生まれた子供が自力で敵から逃げるには、10年以上もかかってしまう。
 それに対して、四足歩行の動物は、可能な限り母親のハンモックの胎内で大きくなる。成熟に近い姿で誕生していく。生まれた瞬間から自分の足で立って、母親のお乳を求めて歩く。1ヶ月もすれば、敵からも逃げることができる。
 直立二足歩行の進化の代償として、生死をかけた誕生時の流産のリスクは割りが合わない。前述したサバンナの直立二足歩行程度の理由では、流産のリスクの説明できない。

 

サバンナ説の弱点「体毛の喪失」
 もう一つ、サバンナ説ではどうしても説明できないことがある。「体毛の消失」である。
 哺乳類が何千万年もかけた進化で獲得した体毛は、アフリカでの生存にと
って不可欠であり、極めて有利な装備であった。
 赤道に近いアフリカ大陸、特にサバンナの日中は灼熱で、夜間は摂氏マイナス10度まで冷え込む。この過酷な気象の中で、体毛は太陽の熱を反射し、太陽の紫外線から身を守った。また、体毛はその毛の間に空気を取り入れ、熱さと寒さの両方から体温を守った。
 さらに、乾燥したサバンナの大気は身体の水分を奪う。その身体の水分蒸発を体毛は防いでくれた。体毛は優れた遮光材であり、保温材であり、保湿材でもある。アフリカでの完璧な暖房・冷房のボディーガード・スーツである。

(写真―5)はアフリカのチンパンジーである。
 ゴリラ、チンパンジーなど全ての霊長類は、この体毛を脱がなかった。霊長類にとって、サバンナで体毛を失うことは、死を意味していた。
 なぜ、ヒトは体毛を脱ぎ捨てる進化をしたのか?サバンナ説ではそれが説明出来ない。
 サルからヒトへの進化の場所は、地形と気象から見て、サバンナでは疑問が残る。

 

エイレン・モーガンのアクア説
 なぜ、ヒトは流産という生命の危険を抱えてまで、直立二足歩行へ進化したのか。なぜ、ヒトはサバンナで大切な毛皮を脱ぐという進化をしたのか。
 それを説明できるのが「アクア説」である。
 このアクア説は異端の説として、人類学会などで正面から取り上げられていない。専門学会に所属しない研究者の説に対する軽視と蔑視は、どこの世界でも共通している。エイレン・モーガンはそれを知った上で世界の人々にメッセイジを送った。

 

人類起源のアクア説
 700万年前、アフリカ大陸の東部で大地殻変動があった。南北に連なる山脈が形成され、グレート・リフト・バレーと呼ばれる大地構帯が形成された。(写真―2)
 ここまではサバンナ説と同じだ。しかし、ここから先が地形に関して、サバンナ説とは異っていく。
 サバンナ説では、この大地溝帯の一帯は、乾いた草原地帯いわゆるサバンナであるという。
 アクア説のエイレン・モーガンと私は共通した推定をしている。大地溝帯がサバンナであったのではない。この大地溝帯には水が貯まり、膨大な水面域が連続した地形となっていた。このようの推定している。
 「大地溝帯は膨大な水域が広がっていた」との仮説には根拠がある。
 現在の大地構帯は西アジアの死海からアカバ湾、紅海を経てアフリカ大陸エチオピアのズワイ湖、シャーラ湖、アバヤ湖そしてケニヤのルドルフ湖、ビクトリア湖その後タンザニアのニアサ湖を経てインド洋へと続く。
 この大陥没地帯には古い海の水が流れ込んだり、雨水が貯留されたりして大きな湖が形成された。現在、大地溝帯の中にある多くの湖は、その大水域の名残りである。また、大地溝帯のアフリカ大陸の北端アファールデルタでは、塩が数百メートルも堆積している。かつてここに膨大な海水が貯留されていて、現在の死海のように海水が徐々に乾燥していったことを示している。
 700万年前の大地殻変動によって大地溝帯が形成された。その大地溝帯の水域に霊長類の猿が閉じ込められた。この水域には天敵が少なく、魚介類が豊富で快適な空間だった。
 水域での生活を始めたヒトの祖先は、自然と直立の姿勢をとるようになった。水辺の生活では、両手を地面につける四足歩行は不利である。姿勢を立てたほうが「呼吸」をするのに有利だ。鼻を水中に入れっぱなしは苦しい。現在、ゴリラなどが水中を行く時には、直立二足歩行で進むことが確認されている。
 数百万年間、この水域で猿は直立二足歩行のヒトへと進化を遂げることとなった。
 サバンナ説の直立二足歩行の説明は、中途半端であった。しかし、アクア説でのヒトの直立二足歩行の説明は、合理的で納得できる。

 

水中での安全な出産
 サバンナ説の大きな疑問は、直立二足歩行に伴う「流産の危険」であった。アクア説では、その問題が簡単に解消されてしまう。
 水中では、浮力で重力は小さくなる。重力に脅かされず、胎児は母親の胎内のハンモックで安全に育つこととなる。
 近年、欧州から水中出産が広がっている。水中出産では母親の血圧は下がり、ホルモン循環が活発になる。精神的にもリラックスでき、陣痛も少ない。その結果、赤ちゃんへの酸素供給が多くなり、赤ちゃんは産道をツルンと安全に出てくる。
 生まれたての赤ん坊にとって、水中は危険な場所ではない。生まれたての赤ちゃんは、そのまま直ぐに水中で泳ぐことが確認されている。この水中出産は、日本でも広まりつつある。

(写真―6)は生まれたての赤ん坊が、水中でリラックスして遊んでいる様子である。(『人類の起源論争』(エイレン・モーガン著、どうぶつ社、96頁)

 

水中での体毛の退化
 もう一つサバンナ説で厄介だった「体毛の喪失」の疑問も解消してしまう。
 水中において体毛は、断熱材として全く役に立たない。体毛の間に水が入ってしまうと、もう皮膚の近くに空気の層は形成されない。そのため体毛は、水の冷たさから体温を守る保温材の役目を果たさい。
 水の中で体温を保つのは、皮膚の下に脂肪を付けるしかない。水中に入って進化した哺乳類は、すべて体毛を脱ぎ捨て、皮下脂肪を発達させていった。
 7,000万年前、カバの祖先が水中に入り、クジラやイルカになっていった。5,000万年前、ゾウの祖先が海に入り、マナテイーやジュゴンになった。3,000万年前、熊や犬の祖先が海へ向い、アザラシやカワウソになった。彼らは全て毛皮を脱いだ。そして、皮下脂肪を蓄えていった。
 霊長類の猿も水辺で半水中生活を何百万年間過ごす中で、毛皮を脱ぎ、皮下脂肪を付けていった。

(写真―7)は水中へ進化したと言われる哺乳動物たちである。
 アクア説では、体毛の喪失は説明できてしまう。
 7,000万年前、アフリカ大陸の大地溝帯の水辺空間に閉じ込められた霊長類は、毛皮を脱ぎ皮下脂肪を付け、直立二足歩行という進化を開始した。

 

ヒトは陸へ
 数百万年を経て、大地溝帯の湖の水が蒸発し水辺が縮小していった。ヒトの祖先たちは、やむなく陸地に戻っていった。裸のヒトは二本の足でとぼとぼと歩き出していった。
 その最古の化石が、この大地構帯の350万年前の地層から発見されたルーシーとなる。
 以上が、ルーシーが登場するまでの人類誕生のアクア説である。
 ここでまた次の疑問が出てくる。
 「水辺の半水中生活で直立二足歩行していたヒトは、何故、陸に上がったとき四足歩行に戻らなかったか?」である。

 

ゴリラの頭部
 陸上生活に戻った後でも、ヒトは四足歩行に戻らず直立二足歩行をし続けた。
 それは、半水中生活から陸に戻ったヒトは、直立二足で歩行する以外に選択肢がなかった。言い方を変えると、ヒトの祖先はもう四足歩行に戻ることは出来なかった、と私は考える。
 もう30年前になるが1999年の秋、東京上野の国立科学博物館で「大顔展(だいかおてん)」という「顔」をテーマにした展示会があった。内容は大学の学園祭と、浅草のお化け屋敷をごちゃ混ぜにしたキワ物の展示会であった。
 笑いながら見て回っていたが、あるコーナーで足は止まった。ゴリラの頭部の解剖模型であった。ゴリラの頭部の解剖など見るのは初めてだった。
 視線が釘付けになったのが、ゴリラの頭部の筋肉であった。ゴリラの頭部の筋肉は、頭頂から肩まで張り付くように発達していた。まるで、おかっぱ少女の髪が肩まで広がっているような筋肉であった。
 このゴリラの発達した頭部の筋肉を見ていて謎が融けた。ヒトが陸上で、四足歩行に戻らず、二足歩行し続けた謎であった。
 ゴリラは前かがみの四足歩行である。ゴリラの歩行は、基本的には手を前につくナックル・ウオークである。頭部は前に突き出している。土木構造物で例えると「片持ち梁」である。(写真―4)を見てもらえばゴリラの歩行が分かる。
 そのため、前に突き出ている頭部を支えるため、強力な反力をとる筋肉が必要となる。それが頭部の裏側に発達した筋肉であった。ゴリラの太い首の筋肉をみていると、人間の首の筋肉など、悲しいほど細い。
 「大顔展」のゴリラ頭部の解剖模型は、ゴリラ頭部の発達は限度一杯ということを示していた。前かがみのゴリラにとって、頭部を支える筋肉の力学的な制約で、頭蓋骨の発達の余地はない。
 そのことが一瞬にして分かった。

 

四足歩行に戻らなかったヒト
 ヒトは水辺暮らしを始めた時、鼻に水を入れないよう姿勢を立たせた直立歩行をとった。何百万年間、大地溝帯で直立歩行をしたことで、ヒトの重い頭蓋骨を背骨の真上で支えることとなった。もう首の筋肉によって維持しない。S字の背骨の上に頭蓋骨を載せ、頭部の重量を背骨全体でバランスよく受け止める進化であった。
 頭部が背骨で支えられると、頭部を締め付けていた首の筋肉は不必要となった。筋肉は不必要となり、退化していった。首の筋肉と頭部の筋肉は退化し、頭蓋骨の締めつけがなくなった。筋肉の締め付けから解放された頭蓋骨は一気に膨張に向かった。
 締め付けから解放されたヒトの頭部は、他の哺乳動物に例がないほど、異常な大きに発達していった。
 大地溝帯の湖の水が縮小し、ヒトは再び陸に上がらざるを得なくなった。しかし、ゴリラやチンパンジーのように手を前に出し、四足歩行をする前傾姿勢をとらなかった。いや前傾姿勢をとれなかった。四足歩行の前傾姿勢をとるには、ヒトの頭部は重過ぎてしまった。異常に大きな頭部を進化させてしまったヒトは、前傾姿勢をとるほどの強靱な首の筋肉を失っていた。
 結局、ヒトは水中から陸の上に戻っても、直立二足歩行をせざるを得なかった。
 陸に戻った人類は、直立二足歩行をして大地を進んだ。直立二足歩行は、さらに頭蓋骨の発達をもたらした。直立二足歩行と頭蓋骨は、螺旋を描くように影響し合って発達していった。

 

下半身からの進化
 ヒトの進化については、謎が多く残されている。しかし、ヒトの進化に関して断言できることがある。
 「ヒトは直立二足歩行を行った。その下半身の進化の結果、上部の脳は発達した」
 決して「脳の進化が先にあって、直立二足歩行をした」のではない。
 500万年前、アフリカ大地溝帯の水域で、ヒトの祖先は二本足で生活し出した。四足歩行の前かがみの首を保つ筋肉の制約から解放されたヒトの頭蓋骨は、異常といえるほど巨大化した。
 現世人のホモ・サピエンスが誕生してから20万年経った。その20万年の間も、ヒトの頭蓋骨の内部の脳も肥大化し続けた。現在のヒトの脳は、猿の5倍、チンパンジーの3倍までも発達した。
 現在、肥大化したヒトの脳はまだフルに働いておらず、ヒトの脳の機能はまだ進化する余裕があるらしい。
 20万年後の、未来人類の子孫の脳は、我々が想像できないほどのレベルに到達しているかもしれない。

 

下部が支える上部
 人類の脳を支配したのは、身体の下半身の直立二足歩行にあった。
 このヒトの脳の進化は、文明社会のアナロジーとなる。
 人間社会の上部活動の経済・法律・教育・医学・芸術・スポーツそして環境活動等のヒト独特の知的活動は、文明社会の下部構造に依存している。
文明社会の上部と下部構造(インフラ・ストラクチャー)を(図―2)で示す。


 文明の下部構造は、上部構造を支えている。その下部構造は、その土地の地形と気象に適応して造られていく。
 下部のインフラ・ストラクチャ―が整い、維持されてはじめて、知的水準が高い上部のヒトの活動が保証される。文明社会の下部構造のインフラが崩壊していけば、上部構造も衰退し崩壊していく。
 人類起源の物語は、21世紀の文明社会のアナロジーにたどり着く。
 文明は人間が創った。文明はヒトの二足歩行と脳の進化とシンクロしている。

 

ヒトの頭脳は、下半身に支えられて進化した
(アナロジー)
文明の上部構造は、下部構造に支えられて発展した。

ヒトの下半身は、地形と気象に適応して進化した
(アナロジー)
文明の下部構造は、地形と気象に適応して造られた

 

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【竹村公太郎】地形から見る人類の誕生―サバンナ説?アクア説?なぜ四足歩行に戻らなかったか?―への4件のコメント

  1. 進化は アナログかディジタルか より

    進化はディジタルというのが
    自分の 信念

    理由は 簡単

    おサルさんの 振り回していた獣骨が
    天に舞って 宇宙船になる
    という あの 映像が 強烈 だったから、、

    というわけで『モノリス』は 何か、、、

    サルの浅知恵では 宇宙線やらゲノム改変ウィルス
    等々しか思いつきません

    が、、、

    宇宙線やら ウィルス感染を 毛嫌いする
    知的なホモサピエンスは

    進化から取り残されるのだ (たぶん)♪

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      1. ツァラトゥストラかく語りき より

        モノリスは「動機」のシンボル化
        太古の昔から未来永劫、どこにでも存在する

        返信

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  2. ホモサピエンス より

    ホモサピエンスがサルからヒトに進化した瞬間が打製石器から磨製石器への変化だとも言われている。
    手指の骨格がサルとヒトではかなり違うらしい。
    縄文人は世界に先駆けて磨製石器を開発し、1万年もの長期にわたる文明を築いた。
    いにしえの日本文明だが日本文明の礎でもある。

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  3. つぼた より

    恐れ入りました。4年で謎を解明された訳ですか。

    結局は、水が関係していたというのが、何か因縁めいていて、先生の御研究だなあという感じがします。

    >ヒトの下半身は、地形と気象に適応して進化した
    >(アナロジー)
    >文明の下部構造は、地形と気象に適応して造られた

    これが、ものすごい真理のように思えました。

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