From 平松禎史@アニメーター/演出家
◯オープニング
今回の投稿はテーマをどうしようか迷いました。
と言いますか、政治経済を巡る諸問題にしても北朝鮮危機にしても、何だか停滞していて取りあげにくいんですよね。
気が重いと言いますか…。
それぞれを専門に研究されている当メルマガ執筆者の先生方にしてみれば、掘り下げた問題定義や別角度からの検証、提言が可能かと思いますが、本職アニメーターで演出家のボクには難しい。
財政拡大やグローバル化の抑制、構造改革・規制緩和への疑問などなど、もう、自分の耳が痛くなるくらい繰り返して…それでも足らないとは思いますが…少々疲れてしまっています。
仕事も佳境にあって社会的な事柄にまで考えが至らないのもあるんですけども、ここは改めて先生方のご教授を静かに読み返すのが良いのか、と思っている今日このごろ。
というわけで、箸休めとして映画の話でも。
第丗九話:「サスペンス・アクションの王道『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』」
◯Aパート
『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』は2015年の夏に公開された映画です。
以下、ネタバレを含みますので見ておられない方はご注意を。
もっとも、この手の映画はオチが分かっても楽しめるので大丈夫かと思いますけども。
『ミッション:インポッシブル』のTVシリーズは日本では『スパイ大作戦』というタイトルで1967年から放送されていました。
ボクも子供の頃見た記憶があります。。
その映画版が1996年にブライアン・デ・パルマ監督で作られ人気作となりまして、『ローグ・ネイション』は五作目です。
このシリーズの特徴は、主演のトム・クルーズがプロデューサーも務め、毎回監督を変えて撮っていること。
トムとしては、毎回監督を変えることで自分より前に出る人間を現場に作らない意図もあったのではないかと思いますが、一作ごとに作風が異なるためそれぞれが新鮮な作品になっている。
主演のトム・クルーズ演じるイーサン・ハントと、一作目からずっと相棒役を務めたルーサ・スティッケル、3本目からチームに加わったベンジャミン・”ベンジー”・ダン、4本目から加わったウィリアム・ブラントの全員が活躍します。
このチームは4本目『ゴースト・プロトコル』で顔を合わせているんですが、この時はルーサーの出番がなく、最後に会っただけ。
なので、名実ともにイーサン・チームが揃って『ミッション:インポッシブル』の集大成映画になっているのも見てて楽しいところです。
ヒロインはスウェーデンの女優、レベッカ・ファーガソン演じるIMFエージェントのイルサ・ファウスト。
次の6作目にも登場する予定だそうです。
ボクはクールビューティが好きなので、気に入りましたよ。
このシリーズの敵は、生物兵器を売買する組織やブラックマーケットの商人、核戦争で人類浄化を企む奇人などで、特定の国家を想定したり政治的な要素は絡まないよう配慮されています。
『ローグ・ネイション』の大きなあらすじは、CIAとその下部組織であるIMFの内部抗争で一作目と似ていることも、シリーズ集大成の感を強くしています。
イーサンもその敵も、追っている情報やモノにはほとんど意味がありません。
この特徴は、サスペンス映画の王道でありまして、アルフレッド・ヒッチコック監督の作風でもあります。
◯中CM
『汚名』『北北西に進路を取れ』…ヒッチコックのサスペンス映画でも人気の高い作品です。
この2作の特徴と『ローグ・ネイション』は似た所があります。
全体として、作品の舞台を狭い範囲に留めて、登場人物を絞り、一見重要に見える機密に特に意味がないなど、ヒッチコック作品の特徴とよく似ています。
さらにヒロインの役どころは、オマージュと言いたくなるほどヒッチコック・ヒロインと似ているのです。
まずは、『汚名』。
ナチのスパイとして逮捕された父を持つ娘がその弱みに付け込まれてFBIにスカウトされ、南米に潜伏しているナチの残党から情報を得るエージェントになる。
次に、『北北西に進路を取れ』。
国家機密を売買するスパイ組織にアメリカ側のスパイと間違われて殺されそうになった一般市民のソーンヒル氏は、真相を確かめる最中に国連ビルで政治家暗殺の犯人と間違われて逃走。身の潔白を証明するために警察に追われながら敵組織を突き止めようとする。逃亡中に知り合った女は敵組織のスパイであり、実はアメリカ側の二重スパイだった。
『ローグ・ネイション』のヒロインは、何らかの弱み(今作ではハッキリしなかった)があって、敵スパイ組織に潜入しているIMFの二重スパイだ。
『汚名』と『北北西に進路を取れ』のヒロインを足したようなキャラクターですね。
イーサンと関わるうちに信頼以上の感情が芽生えるような描写もある。
さらに、ヒッチコック・オマージュを決定的に思わせるのは、オーストリア首相暗殺シーンが、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の劇中に音楽の一箇所を合図に行われるところ。
『知りすぎていた男』の某国首相暗殺シーンとまったく同じ。首相の出で立ちもよく似ていましたし、失敗して右腕を負傷するのも全く同じでした。
複数の暗殺犯がいるなど凝った場面になっていましたが、暗殺の瞬間へ高まっていく緊張感はヒッチ演出には遠く及ばなかった。
今作のイーサンはIMFが解体されてCIAに追われる身になっているところも『北北西…』に似ています。
ヒッチコックに多大な影響を受けたデ・パルマの一作目も似た立場になっていました。
ヒッチコック・オマージュ映画としてはスピルバーグ監督の『マイノリティ・リポート』以来の快作だと思います。
偶然でしょうが、どちらもトム・クルーズ主演ですね。
60年代のサスペンス作品が(『刑事コロンボ』なども)ヒッチコック映画の影響を受けているのは確かでありまして、筋立てが似てくるのも当然といえば当然なんですが、2000年代のハイテク時代、世界情勢が混迷を深めている中で、このような作風が今も通用するのが興味深い。
サスペンスとは、ハラハラ・ドキドキの連続、感覚に訴えるものなので、頭が働いてしまう政治的な複雑さは邪魔になります。
ヒッチコックは晩年の作品で冷戦期の時代の要請を受け、直接的な政治要素を入れざるを得なくなって輝きを失ってしまった。
これを払拭した最終作『ファミリー・プロット』が見事なまでに意味のない、実にチャーミングな、純粋に映画的な作品になったのも象徴的でした。
◯Bパート
ところで
タイトルの『ローグ・ネイション』とは「ならず者国家」の意です。
政治的要素が抑えられているとはいえ、そのネーミングや、組織内闘争などに現代的な問題意識がにじみ出ている。
そんなところがスパイスとなっているのもおもしろい。
2001年の911テロからイラク戦争以来、いわゆる「イスラム国」…ISISが猛威を振るうに至った頃、映画にもその影響が出ていました。
『ダークナイト』を筆頭に、テロとの戦いがアメリカの欺瞞ではないのか?という内部からの疑問がにじみ出ていた。
一方、『スターウォーズ』のエピソード1を見直したら、「民主主義」がどうとか言っていて何だか白けてしまいました。地球人でもないジェダイ騎士が「民主主義」??…とね。
エピソード1は1999年の公開で911テロの前でした。
冷戦終結後のアメリカが、まだ民主主義に自信を持っていた頃ですね・・・。
『ローグ・ネイション』の敵役も自ら参加していた組織の正当性への疑問に悩んだ末の凶行と描写されていました。
敵を外部に持っていくのではなく、自分たちが正義と思っていたことに疑問を投げかけるのがアメリカ映画の今日的なテーマになっています。
映画やエンターテイメントで描かれる政治・社会問題は、メタファー(隠喩)を用いて描かれます。
前作『ゴースト・プロトコル』はブラッド・バード監督のコミカルな持ち味で薄まってはいたものの、核戦争によって人間を浄化しようなどと企む人物は反国家的なテロリストそのものです。
そういった出来事が架空の出来事ではなく、明日にも身に降りかかるかもしれない危機感があるからこそ、良くも悪くもアメリカの映画は政治・社会問題をメタファーとして潜ませ、世に問えるのでしょう。
西部邁さんは、戦争とは人間の良識や伝統意識を鍛える試練の場だった、というようなことを書いていたと思います。
その点において、戦争経験の少ない日本人は未熟ではないか、と。
『ミッション:インポッシブル』のような純粋な娯楽映画においてすら、根っこにはアメリカの抱える問題が横たわり、にじみ出ているのですね。
◯エンディング
日本では実写映画よりもアニメ作品のほうが自由にその手のテーマを扱っています。
近年はアニメにも時代考証や舞台設定などの正確性が問われるようになって「現実のメタファーとしてのフィクション」の役割を果たしにくくなっている。
ボクは、日本の伝統的なテーマを扱いながらヒッチコックのようなサスペンス感覚を持ったエンターテイメント作品を作りたいと常々考えています。
デフレ不況が深まって、エンタメにお金を出してくれる企業は今後減っていくでしょう。
東芝が「サザエさん」のスポンサーを降りたのは、デフレ不況を象徴する事件だと思う。
家電産業や自動車、飲食、衣料、農業など身近でアニメ産業より桁違いに大きな産業がデフレで衰退していく日本経済のもとでは、文化の滅びも遠くないでしょう。
ああ… 政治経済の話が気が重い理由、わかりますよね。
否…、負けてたまるか!
◯後CM
東京アニメアワードフェスティバル2018のメインビジュアルを担当しました。
http://animefestival.jp/ja/post/7772/
2018年2月24日公開の映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』に参加しています。
http://sayoasa.jp/
『平松禎史 アニメーション画集』発売中。
『エヴァンゲリオン』シリーズや『彼氏彼女の事情』などカラーイラストを多数収載。
http://amzn.asia/hetpEPD
画集第二弾『平松禎史 Sketch Book』発売中。
キャラクターデザインのラフや楽描き、国民の祝日の絵「ハタビちゃん」シリーズなど収載。
http://amzn.asia/hUQoCkv
2017年放送のTVアニメ『ユーリ!!! on ICE』の完全新作劇場版、制作決定!
ボクのブログです。
http://ameblo.jp/tadashi-hiramatz/
【平松禎史】「霧につつまれたハリネズミのつぶやき」第丗九話への1件のコメント
2017年11月26日 3:41 PM
消費が先細り投資が縮小するデフレ20年の中でよくアニメなどのエンターテイメント産業が生き残っているものだと思います。
デフレの中ではどうあがいても消費が増えていかないし、投資も当然減ってしまう。デフレになる前の日本の状況ではアニメにしてもゲームにしても実験作にもよく投資されて、今では考えられないほどマニアック向けな作品がよく売り出されていた。表現したいことが実現できないデフレ地獄の20年間中では間違いなく芸術や文化も衰退してきたのでしょう。
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