日本経済

2017年11月24日

【施光恒】TPP──米国やカナダから学ぶべきでは?

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございまーす(^_^)/

このところ、またTPPが話題になっています。米国抜きの11か国で行っている新TPP(TPPイレブン)の交渉が大詰めを迎えたからです。

日本政府は、相変わらずTPPに固執し、米国のTPP復帰さえ強く望んでいます。

TPPに関して、日本の政府やマスコミに決定的に欠けているものがあります。経済のグローバル化が進んだ現在では、各国の「国民一般の利益」と「グローバルな投資家や企業の利益」とが必ずしも一致しないという当たり前の事実です。

例えば、日本で言えば、日本国民一般の利益と、日本を主な拠点とするグローバル企業(例えばトヨタ自動車とか新日鉄のような大企業)や投資家の利益とは、必ずしも同じではないということです。「国民一般の利益」は「一部の財界の利益」とは一致しない、といってもいいかもしれません。

私が少し前に当メルマガで触れた昭和のエコノミスト下村治(しもむら・おさむ)の言葉を借りれば、グローバル化した経済の下では、「国民経済の論理」と「多国籍企業の論理」とは一致するどころか大きく異なるのです。
(「【施光恒】国民経済を重視したエコノミストの迫力」(『「新」経世済民新聞』2017年10月13日付)
https://38news.jp/economy/11180

TPPは、グローバルな投資家や企業の利益にはなりますが、各国の一般国民の利益にはあまりならない代物です。

米国の著名な経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ氏も、TPPが各国の国民一般のために作られているものではないことを指摘しています。
(「TPPは特定集団のために「管理」された貿易協定だ」(スティグリッツ「TPPと規制緩和を問い直す」『kotoba』 2013年6月号))
http://shinsho.shueisha.co.jp/kotoba/1306tachimi/04.html#1

スティグリッツ氏は上記の記事中、次のように述べます。

TPPのような貿易協定は「ある特定の利益団体が恩恵を受けるために発効されるものです。特定の団体の利益になるように『管理』されているのが普通です」。

米国であれば、政治的に力を持つ金融業界や保険業界などの特定の利益団体が、USTR(米国通商代表部)に影響力を及ぼし、TPPを進めてきたということです。

トランプ大統領が、大統領選の最中からTPPからの離脱を公約の一つとして掲げ、それを実行に移したのは、米国の有権者のかなりの部分は、TPPが米国の国民一般の利益にはならないということをきちんと理解していたからにほかなりません。

日本は、政府にしてもマスコミにしても、いまだに「『国民経済の論理』≠『多国籍企業の論理』」ということに気づいていないのか、それともあえて気づかないふりをしているのか、TPPをめぐる議論の不十分さには呆れてしまいます。

ところで、米国が抜けた新TPPの11か国から、今度はカナダも抜けるのではないかということが、最近、問題になっています。
(「TPP カナダの優遇要望却下へ 10カ国で署名の可能性も」(『産経新聞』2017年11月21日付)
http://www.sankei.com/economy/news/171121/ecn1711210007-n1.html

カナダは、自国文化を守るために外国からの投資を制限する「文化例外」の拡充を要望したのですが、これが却下される見通しであるため、カナダも抜けるのではないかとみられています。

「文化例外」の詳細は明らかにされていないようですが、上記の産経新聞の記事も触れているように、カナダ国内のフランス語文化圏であるケベック州の文化的独自性を保障するためのものだとみられています。

カナダは、文化的独自性を保障するために、ケベック州がさまざまな政策的手段をとることを認めています。TPPによって、これらの政策的手段が禁じられることをカナダは懸念したのでしょう。

産経の記事によれば、「交渉筋」は文化保護を重視するカナダの要求を「わがまま」とみなしているとのことですが、文化を保護したいという当たり前の望みを「わがまま」だと簡単に切り捨ててしまっていいとは決して思えません。

逆に、言語や文化を重視するカナダの態度を日本も見習うべきではないでしょうか。

以前のメルマガ記事でも触れましたが、カナダが、TPPの正文に英語やスペイン語と並んでフランス語を認めさせたのも、ケベックなど国内のフランス語話者のことを考えてのことだといわれています。
(「【施 光恒】民主主義の終わり」(『「新」経世済民新聞』2015年12月11日付))
https://38news.jp/archives/06686

他方、経済規模で言えば、日本は旧TPPでは米国に次ぐ第二位、今度のTPPイレブンでは首位であるはずなのに、日本政府は、日本語を正文に組み込もうという動きをまったく見せてきませんでした。

日本は、政府にしてもマスコミにしても、財界の特定勢力の影響力が非常に強いのか、あるいは勉強不足なのかよくわかりませんが(おそらく両方でしょう)、経済のグローバル化やその象徴の一つとしてのTPPは、日本の利益になる良いものだという思い込みにいまだにとらわれているようです。

トランプ大統領の米国がなぜTPPから真っ先に離脱したのか、そして今度はカナダもなぜ抜けようとしているのか、日本の政府やマスコミは、きちんと吟味するべきでしょう。

つまり、グローバルな投資家や企業の利益を不公正に優遇する一方、日本国民一般の利益、特に庶民層の利益を軽視するものではないかという観点から、TPPを厳しく検討していくべきでしょう。

また、TPPは、言語や文化の保護という観点から決して望ましいものとは言えないのではないかという観点からの再検討も大いに必要でしょう。

長々と失礼しますた
<(_ _)>

◎〈施 光恒〉からのお知らせ
12月2日(土曜日)に、福岡で、こぢんまりとした勉強会の講師を務める予定です。よろしければ、ぜひお越しください。以下、主催者からの告知を添付します。

●第22回 学ぶカフェのご案内
【テーマ】
「どこでも族」(Anywares) と「どこかに族」(Somewheres)
──グローバル化が招く社会の分断!?

【講師】
施 光恒 氏(九州大学准教授)

【内容】
今年、英国で大きな話題になった本に、ジャーナリストのデイヴィッド・グッドハートが書いた『どこかに続く道──英国政治を形作る新種族』(”The Road to Somewhere: The New Tribes Shaping British Politics”)(Penguin Books, 2017)があります。
この本は、グローバル化によって英国政治の見取り図が、伝統的な右派(保守党)と左派(労働党)との対立ではなく、グローバル化に賛成し、自分はどこででも暮らせるという意識を持つ人々(「どこでも族」)(Anywheres)と、自分はどこか特定の国や地域に属しており、その一員なんだという意識を持つ人々(「どこかに族」(Somewheres))との対立に変化したと分析しています。
いわば、地球市民を自認する人々と、やはり自分は国民だと考える人々との対立が政治の大きな対立軸になってきたと述べています。
今回の学ぶカフェでは、この本の内容を紹介しながら、グローバル化が今後、日本の社会や政治に及ぼす影響を考えてみたいと思います。高等教育の無償化論の背景、民主主義や愛国心の将来、各政党の勢力図の変化などです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日時:2017年12月2日(土) 10:30 – 12:00
場所:千鳥屋呉服町本店
博多区上呉服町10-1博多三井ビル1F
http://www.chidoriya.co.jp/tenpo/gofuku.html
★大博通り沿い、呉服町バス停前
★三井ビルディング1階入口からお入り下さい。
参加費:2,500円、学生1,000円 (茶菓子込)
………………………………………………
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その他ご質問は以下メールにお願いします。
学ぶカフェ事務局 manabucafe@gmail.com

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【施光恒】TPP──米国やカナダから学ぶべきでは?への6件のコメント

  1. 紅川 より

    国民の選択権を奪う体制がグローバル。一部の利権者にその富みを集中した社会。経済は、誰かに富が集中すると他は貧困に向かう。誰かの富みは誰かの貧困化によって支えられる。グローバルにより、淘汰される企業。貧しくなった国民は、選択権を奪われることとなるのです。

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  2. 拓三 より

    最近、保守も左翼と同様、メッキが剥がれてきましたなw

    加計問題でも自由貿易と絡めて問題視したらええのに右も左も日本が抜け落ちてるからワイドシーレベルの話で終わってまうねん。それを見越してのプロレスやろうけど。

    加計問題の重要点は国家の戦略と一致するかどうかや。
    今後日本が戦略的に獣医師の需要を決める産業に対しどうゆうビジョンが有り無しで加計問題の是非を問わなあかん。残念ながら政府は需要を減らし供給を増やそうとしているのが明らか。何故そこを突っ込まないのか !

    右は右で元愛媛県知事の国会答弁を神発言と崇めているしまつw
    ただたんに元文科省の官僚が自分の力で大学を誘致出来るとエエカッコ言うて蓋を開ければ断られ癇癪おこして文科省を攻撃してる哀れなお爺さんの話や。
    文科省攻める前に政府攻めらな。
    右のやっている事は、お隣の国と全く同じ構図。

    あーあ、この国の未来は……..

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  3. 反孫・フォード より

    >日本は、政府にしてもマスコミにしても、財界の特定勢力の影響力が非常に強いのか、あるいは勉強不足なのかよくわかりません

     売国奴者なのか大馬鹿者なのかさっぱり解らない。
    正に紙一重エスタブリッシュメンバー内閣と言えますね。いまだにマクロ真逆の改革症状は悪化するばかりです。
    今日も安倍総理は(何と言ったのか聞きそびれましたが多分自由貿易協定のことでしょう、それを)“切り札”だと発言していた、との報道です。トランプに対する当て付けなのでしょうか?。んなわけはないのです。単にウケる言葉を使っているだけなのです。都知事小池ブームと何らまったく代わらないのです。同類人なのです。

    ある種、オウム真理教“安倍教祖版”です。デフレは日銀に放置で生産性革命!に走る。これはサリンならぬ、爆・続小泉構造改革の撒き散らしです。嘘っぱち経済成長を是とする馬鹿垂れ政府。

    はらわたが煮え繰り返るばかりで長々と愚痴ばかり並べてしまいました。失礼しま舌。

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  4. minmin より

    マスコミはスピーカーみたいなものですから、与えられた電気信号を大音量で流すだけです。考えろと言う事自体無理があります。
    マスコミのあり方を議論したって無駄ですね。また特定の利益集団の考え方を変えさせるのも無駄です。
    やっぱり国民一人ひとりが正しい知識と正常な判断ができるように努力するしかないのでしょうね。まあそれも徒労に終わるんでしょうが。

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  5. ホワホ より

    批判者ですら6条件守れて無いのだから離脱しろ
    の一言も無しに、TPPの枠内は絶対死守する末期

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  6. ゆう より

    TPPがまだ続いてる事に驚きですね。すでに過去の遺物になってたと思ってましたよ。日本はすでに脱退を決め込んだアメリカだけじゃなくカナダがTPPを離脱しようとしてる状況にも関わらず執着する…まさに異常としか言いようがないですね。
    安倍さん自身が時代遅れになりつつある新自由主義を盲信してしまってるのかも知れないけど、このまま無駄な事に固執すれば冗談でもなく単なる無能なオッサンに成りかねないでしょうな。

    保守の立場から安倍政権を批判した西尾幹二先生や中西輝政先生や伊藤貫さんや江崎道朗さんの本を読まれた方がいいかもしれん。

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